6.中退者の動向と教務規定

 神奈川県の全日制公立高校の最近10年間の生徒の中退者数の動向は、文部省の1997年度の中退者数と中退率の動向(図7)とほぼ一致していることが分かる。文部省の調査データには全日制公立高校のみならず私立高校の中退者と定時制高校の中退者が含まれている。全国の動向を把握できる数字であるが、1990年代前半に中退者が数、率ともに減少傾向を示し、少子化傾向が続く中で1996年度からは増加に転じている。この神奈川と全国に共通した現象は、何によってもたらされたものだろうか?神奈川を中心に若干の考察を加えてみたい。
 すでに見てきたように、中退者(長欠者)者増加は課題集中校に著しく集中して見られる現象である。神奈川県教委は、1990年度から始めた神高教の教育改革要求に応じる形で1991年度より「生徒指導」加配を新設して課題集中校に対する定数加配を始めた。1991年度には神高教に課題集中校対策会議が設置され、定数・予算ともに課題集中校への傾斜配分を求める取り組みを本格化させた。その欠課、「小集団」加配も新設され、課題集中校では、学級数・学級定員数の削減とともに、教育条件整備の面で改善が進んだ。この改革の取り組みが、課題集中校の中退率を押し下げた要因の一つと考えられる。
 次いで、文部省の学習指導要領の改訂とともに、各学校での教育課程の改革と教務規定の見直しが始まる。1989年3月に新学習指導要領が発表され、1990年度から4年間の移行措置を踏まえ、1994年度から本格実施されることになる。従って1990年代前半は教育課程の改革(卒業単数の削減、自由選択科目の拡大など)と教務規定の改善(履修と修得の分離、単位制の弾力的運用など)が進行する。特に課題集中校では、生徒の実態の変容に促されて、教育課程・教務規定とともに改革の流れは加速されていった。
 しかし県脅威は、1994年度7月に高校入試の多様化・多元化を目指して入試改革大綱を発表する。その入試制度の改革に合わせて「魅力と特色ある高校づくりプラン」を各学校に提出を求め、1995年度にはこの「特色プラン」に合わせた入試における総合的選考の基準の提出が求められる。そして1995年度以後、「特色ある高校づくり」加配を新設して、課題集中校へ加配されてきた定数加配を、「特色ある高校」へも分配して、課題集中校への加配が制限されるようになる。その結果、課題集中校では教育課程の自由選択の拡大を進めたり、1クラス2展開、6学級8レッスンクラス展開など様々な小集団学習の試みを行ってきたが、「特色づくり」と無縁であれば加配の対象とは見なされなくなり、厳しい状況に追い込まれるようになった。この数年後には、県財政が未曾有の危機に陥り、定数加配・非常勤加配ともに一層の削減を被るようになる。
 これに加えて、毎年新たに入学してくる生徒の様相が大きく変わり始める。1990年代後半は、「援助交際」など社会問題ともなった「コギャル」文化が高校に進出してくる。すぐ「キレル」男子生徒の暴力で器物破損・対教師等への暴力が増加する。陰湿な「いじめ」は沈静化したといわれるが、日常的にふざけたりからかったりする形での「いじめ」はむしろ増えている。その中で、友人関係が結べない高校生が、ちょっとしたトラブルで学校を去っていくようになる。何よりも、課題集中校では、欠席・遅刻・早退が目立つようになり、授業時に1クラスの生徒の半分以下しかいないという状況が顕著になってきている。こうした、「地殻変動」にも比すべき生徒の変容を前に、教育課程・教務規定の多様化・弾力化の改革は、有効に機能しているといえるのであろうか?
 今回の教務規定のアンケート結果を振り返って、履修・修得要件としての授業への出席条件を厳しく要求する学校が増加していることに注目したい。授業への欠席が、実授業時数ないし標準時数の1/3を越えてはならない。その上、遅刻・早退を欠席に換算する。特別指導による謹慎を欠課時数に加算する。年度末には、欠課のリミットオーバーに対する特別な配慮を行う学校が少なくなっている。教務規定は全体で穏やかなものになってきているが、この部分に関しては、逆に厳しくなってきていると見受けられる。高校生の変容に対抗して各学校が教務規定の出席条件の厳格化に走る傾向は、生徒の実態に何とか歯止めをかけ、全日制高校として「授業を大切にする」学校の姿勢を維持しようとする一種の防衛対策に他ならないと思われる。「朝起きて登校する」「授業には毎時間参加する」といった従来学校を成り立たせていた生徒の「規範錦」が崩壊していく中で、出席条件を緩和することは「学校が学校でなくなる」という「危機意識」が教員の多くに共有されている。
 教務規定の改善が進み、「授業に参加している限り」は進級・卒業が危くなるということは心配しなくてもよくなった。「1科目でも修得できなければ留年」という問題の解消が図られてきている。従来はこれが中退者を増大させている元凶とされた。しかし今日では、履修・修得条件の中の出席条件が厳格になり、運用も規定通り行われていく中で、年度途中から単位修得の見通しが立たなくなって、中退者が増大していくという構造を新たに生み出してきているのではないだろうか。とは言っても、今回の調査では推測の域を出ない結論である。課題集中校の教育条件整備の後退など検討すべき課題は多い。ましてや全国レベルで中退者(長欠者もおそらく)が1990年代後半に増加傾向を示していることに関しては、様々な視角からの分析が必要である。


おわりに

 文部省は1999年3月に高校の新たな学習指導要領を告示した。2002年度からの学校五日制の完全実施を射程に入れて、週当たりの授業時数を30単位を標準として、卒業単位数を74単位に削減するものとなっている。この学習しぢょ羽陽量にも度づく教育家庭は、2003年度から本格実施される。それとともに、教務規定の見直しもスタートすることになる。さらに神奈川県では、県教委による県立高校の今後10年間にわたる再編計画が1999年8月に発表された。具体的な校名の入った計画発表は前期計画のみであるが、すべての学校で「特色ある高校づくり」を一層推進するとともに、総合学科高校、単位制高校さらにフレキシブルスクールと高校の多様化を全県規模で実現するというものである。
 神奈川の高校は21世紀を前に、大きな改革の渦に飲み込まれることになる。これらの改革で、今回の調査で問題となった中退者・長欠者の増大に歯止めをかけることができるのだろうか?総合学科高校やフレキシブルスクールを含め単位制の形態を取る高校が、将来的に県内各地に27〜28校に増えることになる。これらの校高yが単位制をどのように活用していくのかが問題解決の一つの鍵を握っている。また、再編計画に該当しなかった高校で、教育課程・教務規定の改革がどのように進められるのか、特に卒業単位数、履修と修得、単位制の弾力的活用をどう図っていくのかが注目される。
 さらに県教委は、高校再編に合わせて入試制度の改革を予定しているという。「特色ある高校」を推進する中で、「行ける学校」から「行きたい学校」へと生徒の学校選択の幅を拡大する方向性を打ち出している。入試制度改革で現在の学校間格差を是正することができれば、中退者・長欠者の様相も大きく変わる可能性もある。1997年度から実施された複数志願制と「特色」に応じた総合的選考による新入試制度では、学校間格差が是正されたとは言えない。学校間格差を是正する入試制度改革は、今後に残された課題である。
 最後に、今回の独自調査アンケートの作成・集計の担当者について触れておきたい。11年前の校総検の教務規定アンケートとの統一を図りながら、今回のアンケート研究所員の島村・樋浦が作成した。回収された回答をデータベース化を図りながら、樋浦・粒来が集計した。その中から問題分析に必要なデータを表・グラフとして粒来が作成し、分析の文章化は三橋が担当した。もちろん、内容に打ち手は教育研究所の所員会議で検討したものである。回答すべてのデータは膨大な量にのぼるため、この紙面に載せることは不可能であった。また、調査項目に採用しながら客観化が難しいデータについては、今回の分析では割愛することにした。各高校で回答して下さった方々には、ここで改めてお礼を申し上げたい。

(担当 島村照一 樋浦敬子 粒来香 三橋正俊)