第一部 今回の調査の概要と先行する類似調査との比較

 

(1)調査の経緯

 この数年の教育統計数値を見ると、高校生の中途退学率は、これまでにない高水準になってきている。最初に上げるグラフ1は、神奈川県の全日制高校の中途退学率の推移を表したものである。90年をピークにやや減少し、ほぼ横這いの数値を保っていたものが、96年、97年と上昇し、2%を越える高水準に達しているのである。
 いま、神奈川の高校で何が起きているのか。本研究所では、神奈川県の高校生の生活の実態と意識に迫ることを目指して、アンケート調査を実施することとした。
 これまでの高校生の意識に迫ろうとした調査としては、「神奈川県高等学校教職員組合生活指導検討委員会(教育調査プロジェクトチーム)」というグループが行った、「学校生活における意識と行動」に焦点を当てた調査がある。このグループの調査は、ほぼ5年おき(83年、88年、93年)に行われた。調査は、各回それぞれ50前後にわたる項目に対して回答を求めたものであり、全県下の公立高校二十数校、、2・3年生各2クラスずつ、総計2000〜3000人の生徒を対象としたものであった。そして、83年の調査の結果は、84年の9月に、88年の調査の結果は、89年の9月に、それぞれ冊子化され、各学校現場に配布された。ただ、93年の調査については、その結果がすぐには公表されず、96年7月に行われた補足調査の結果を加えた上で、97年になって「課題集中校対策会議」により報告されることとなった(『学校づくり最前線』1997年3月所収)。
 また、82年、87年、92年にも、「生活指導検討委員会」による調査が行われたが、これは「家庭における意識と行動」に焦点をあてるものであり、他の調査とは主旨を異にしたものであった。
 また、本県救助が独自に行った調査としては、「高校生の学校に対する意識の変化を探る(『教育白書97』)というものがある。この調査は、97年に、百名の高校1・2粘性を抽出して、聞き取り方式で行ったものであった。この調査の分析方法は、高校生の「学校離れ」の進行という問題意識に立ち、中学校における生活と高校入学後の生活の関係に焦点をあてたものであった。
 今回の本県救助の調査は回答を得た数は1940人、学校数は27校である。生徒数、学校数ともに、先の「教育調査プロジェクトチーム」のアンケート調査よりもやや縮小したとはいえ、調査規模においては十分に比較検討が可能といってよいであろう。しかし、今回は、家庭生活に関する項目をはずした調査としたので、「家庭生活における意識と行動」をテーマとした調査との比較はできない。また、こまでの調査は、実施したグループの名称にもしめされているように、教員と生徒の関係、生徒指導とういう視点から、「生徒たちの背後にある生活の実態」を調査することをめざしたものであった。そのため、教員の指導と生徒の実態の「ずれ」にポイントをおいた調査になっていた。それに対し、今回の調査では、学校の性と指導に対する生徒の意識等は、調査対象とはしなかった。このように先行する調査の結果との比較が可能な部分は限られているが、とりあえず共通している項目に限って、比較検討するところからはじめたい。
 (以後、グラフ等で「83年」、「88年」とあるのは、「生活指導検討委員会」による、83年、88年の調査をさす。また、「97年報告」となっているものは、「課題集中校対策会議」が97年に報告した、93年と96年の2度行われた調査をさす。)


(2)「学校生活への満足傾向」の比較

 83年、88年の調査、97年の報告と今回の調査すべてに共通している項目は、「学校生活への満足」を聞く項目である。

 「不満である」「どちらかといえば不満である」という不満傾向をしめす回答は、、「97年報告」までは一貫して下降し続けていた。しかし、今回の調査では、大きく上昇している。一方、「満足している」「どちらかといえば満足している」を合計した、満足の傾向を示す割合は、今回の調査では低下した。ただし、不満傾向の比率の大幅な上昇が、必ずしも満足傾向の大幅な低下につながっているわけではない。満足傾向を示す回答に比率低下は、小幅にとどまっている。むしろ、「満足している」という割合は、今回の調査でも比率を上げてさえいる。不満傾向の比率を上げたのは、「どちらともいえない」という回答と、無回答の比率の低下である。とくに無回答は97年の報告までは、5〜6%を占めていたものが、今回はほとんどゼロに近い数値になっている。つまり、判断を保留していた比率が下がり、その分だけ、不満傾向への偏りが生じたといえるのである。
 この変化を、学校間の格差とあわせて見てみたい。ただし、個々の学校の位置づけについては、様々な捉え方があるだろう。実際、いま神奈川では、「課題集中校」という言葉が使われているが、83年、88年の調査では、この言葉は使われず、「進学校」「既設校」「新設校」という分け方になっていた。この時期には、十分な条件整備も得られず、劣悪な教育環境のもとにおかれた「新設校」が大きな問題となっていた。そのため、このような分類が取られたと思われる。その後、「新設校」「既設校」という類型では捉えきれない事態も進行し、97年の報告では「進学校」「中堅校」「課題集中校」という分け方になっていった。今回の調査においても、「進学校」「中堅校」「課題集中校」という3分類を使った。3ランクに分けるという分類方法については、これまでの類似調査すべては基本的に一致している。とはいえ具体的な線引きについては、各調査ごとに違いがあると考えられる。

 したがって正確な比較ができているとはいえないが、「満足している」と「どちらかといえば満足」を合計した「満足の傾向」と、「不満である」「どちらかといえば不満」を合計した「不満の傾向」を、三段階に学校を分けて作ったのが、グラフ3とグラフ4の二つである。

 「課題集中校」において、「満足の傾向」は、微増もしくは横這いというところである。しかし、「進学校」「中堅校」においては、「満足の傾向」は、83年から88年の調査にかけて上昇したあと、比率を下げ続けている。他方、「進学校」から「課題集中校」にいたるまで、どのランクに位置づけられた学校でも、「不満の傾向」は、今回の調査で、その比率が大幅に上がっている。ただし、「課題集中校」の場合は、調査の度に下降していたものが、今回始めて上昇に転じているのに対し、「進学校」「中堅校」の場合は、前回の調査の時点で、既に上昇傾向が始まっていた。この点で、「進学校」「中堅校」と、「課題集中校」の間には、若干のずれがある。さらに、今回の調査における、「中堅校」の「不満傾向」は、ほとんど倍増ともいえる著しい上昇をしめした。「中堅校」と見なされるような学校における、生徒に意識に大きな変化が生じているのかもしれない。

 また、中途退学者が「課題集中校」で集中的に発生する、という現実から考えると、特に「課題集中校」の数値には注意しなければならないかもしれない。今回の調査では、「課題集中校」における、「不満傾向」をしめす答えが、伸びは「中堅校」よりも小さいとはいえ、ほとんど4割に近づくところまでになっている。もちろん、学校に不満だから、中途で退学する。というほど現実は単純ではない。しかし、学校への不満をしめす数値としては、あまりにも高すぎるのではないだろうか。