『教育白書98』独自調査

自分を伸ばせる自由な学校を求めて
通信制高校への転編入生に対するアンケートの分析から

■はじめに

教育研究所は、これまでにいくつかの調査を重ねてきました。1994年度には「教員の生きがいと健康調査」、1995年度には「学校間格差と教員の意識調査」、1997年度には「高校生の学校に対する意識の変化を探る−『学校不適応』と思われる生徒100人に聞く」を実施し、その結果と分析を『教育白書』で公表してきました。
 そのなかで、私たちは、神奈川県立高校の学校間格差が教員の肉体的・精神的な健康に重大な影響を及ぼしていることを報告し、昨年度の調査では、「学校不適応」と考えられる生徒たちに面接調査をして、現在の高校の抱える問題点を切開しようとしました。この調査を通じて、いわゆる「課題集中校」であるか否かを問わず、今の高校生の中に、「学校を見限りつつある」意識が存在することが見えてきました。私たちは、このような結果を見て、「『ここが人生の学びの基礎』と高校生が問い掛けるに値する授業が果たして展開されるでしょうか。高校生はそういう意識で授業に望んでいるでしょうか」と、問題を投げかけました。
 さて、「高校改革」の波は、行政主導のまま、明確なうねりとなってきています。この6月には、教育課程審議会が2003年度からの新たな教育課程の素案を示しました。像を実現化していくことは急務といえるかもしれません。にもかかわらず、現場の私たち教員の意識や行動は、大いに遅れをとっているといえるでしょう。
 新たな学校象を構想すること、それを「処方箋を書くこと」とするならば、それは「学校=規律権力」論の立場からは、形を少し変えたにすぎない権力を構築することに他ならず、永続的な批判による脱構築こそが求められているのかもしれません。しかしながら、教育の場は当面存続するものであり、そこに生きる生徒や私たちがいる以上、よりよいと思われる制度を構想・構築していくことは重要な課題として現にあり続けています。

 私たちは、これまでの独自調査の流れを踏まえて、今回は、高校生たちが、どのような高校像を求めているかに接近しようとしました。その際、通信制高校に転入学あるいは編入学した生徒たちにアンケート調査をすることを考えました。(なお、転入学とは、学籍が存続したまま別の学校に移ること、編入学徒は、中途退学でいったん学籍が切れたあとほかの学校に入学することです。)
 自分のいる学校をやめる生徒はたくさんいます。神奈川県の公立高校では、1995年度の統計で、全日制の中退率が1.65、定時制は17.76%になります。その中で再び高校に入りなおそうとする生徒は、数字上はとても少ないものです。しかもその少ない数の生徒たちが比較的たやすく入れる学校は、現在通信制の高校しかありません。通信制は希望者の全入を原則としているからです。また、このアンケートに答えてくれた200人の生徒たちは、中退者の中のごくわずかですし、学校を継続しようとしている人たちですから、中退者の思いを代表するとは言い切れないことも踏まえておきたいと思います。
 近年通信制高校は神奈川県でも、また全国的にも、このような転編入生の増加傾向が続いています。全国統計によれば、転編入生の数は1989年度の6,579人から1997年度の10,377人へと約1.6倍に増え、1997年度の通信制入学者総数44,466人のうち、約23%を占めるようになりました。また、入学生の平均年齢も今年度初めて20歳を下回りました。「仕事を持つ成人対象とする」という通信制高校の姿は、もう10年以上前から、都市部を中心に変貌しているのです。「若年で、さまざまな精神的・肉体的な問題を抱えた生徒の増加」そして「転編入生の増加」は通信制高校のあり方にも大きな問題を投げかけています。 モチロンこうした現象の意味することは、単に通信制高校の変革という問題にとどまらず、むしろ全日制・定時制の高校にこそその制度改革を促しているといえるはずです。とりわけ転編入生が感じ、考えていることは、今の全日制・定時制高校がどのような問題を抱えているか、あるべき高校像は何かを考えるにあたって、大きな参考になると考えられます。今回の調査を実施するにあたっての私たちの問題意識は、おおむね以上のようなものでした。

 今回の調査は、神奈川県立高校のうちで通信制課程を持つ、厚木南高校、湘南高校、横浜平沼高校に在籍する転編入生を対象にしました。1998年の1月から5月にかけて、各校の何名かの先生方にお願いして、それぞれ100名の生徒たちを対象に教室、あるいは、郵送で解答用紙に無記名で書いてもらうという形で実施しました。回答者の入学年度は特に問題にしていません。回答を寄せてくれた生徒の数は、それぞれ65名、29名、106名で計200名となりました。回収率のばらつきは、各校での調査方法の違いによるものです。このような面倒な調査にご協力いただいた生徒の皆さんと実際の調査の労をとっていただいた各校の先生方に深く感謝いたします。
 なお、1988年に「神奈川県高等学校教職員組合 通信制高校問題検討会議」が、転編入生意識調査を実施したことがあります。この調査は今回の調査と同じ県立の3つの通信制高校に対し1987年10月に実施し、転編入生計65名の回答を得ています。(『先生 教えないで 私 学びたいの』という冊子に収録。以下1988年調査と略記)このまとめを参考にして、以下の分析の中にいかしていくことができました。上記の団体に感謝したいと思います。


■結果の概要

 今回のアンケート調査から分かったいくつかのポイントをあらかじめ、概要として述べておきます。
 まず、回答してくれた転編入生の年齢の傾向は、現在の通信制高校の年齢構成と大差なく、20歳以下の若い層が大半でした。また、かれらの全籍の学校は、公立全日制が6割以上を占めています。彼らが学校をやめた理由は、学校側による退学や転学などの働きかけよりも、「自分の考えることがあってやめた」という生徒が多いという結果になっています。中退者の中でも通信制に来る人はそれなりに目的意識がある人が多いことを、この回答の結果は示しているようです。
 また、今回の調査では、「いじめ・不登校」という理由と「健康上の理由でやめた」という数を合わせると「自分から」という回答とほぼ同数であり、今の高校が、生徒に与える精神的肉体的な辛さがしのばれます。
 回答した点編入生たちの、前世寄稿への不満は、実に多岐に渡りました。学習・授業、先生、生活指導への不満の内容は、10年前と大きな差は見られません。今回の特徴は、「友人関係・クラスや学校の雰囲気」への不満が最多数になったことです。これは、今の学校では、目立つのを恐れて、個を集団の中に埋没せざるをえなかったり、過度の同調によるストレスがたまるということでしょうか。大変気になる結果でした。こうしたことからか、やめたことを6割以上の人が公開していないし、何も思っていません。しかし、学校歴社会の中にあって、やめたために就職や進学などで困ったと、多くの人がその体験を書いていました。
 彼らが行き着いた通信制高校については、大きな傾向として、全籍の学校よりも随分とプラスの評価がなされていました。特に自分のペースでの生活や学習ができること、自由な雰囲気であること、大変ではあるが自己管理や自主性が身に付くこと、などが異口同音に述べられています。生徒同士や教員とのコミュニケーションが取りにくく、レポート学習を続けていくのはしんどい面があり、脱落者も大変多い通信制ですが、それでも多様な生徒たちが互いに触発し合えるのは、積極的に評価されています。
 全日制・定時制と通信制という勝手が違う複数の学校を体験した彼らが考える、理想の学校像についても、とても多彩な解答がありました。それを合えて要約すれば、以下のようになるようです。
 学年には関係なく学べ、お仕着せではなく、彼らの主体的な学習の成果によって卒業が可能になり、それを補強する幅広い選択科目をもつ仮っキュラムが求められています。さらに、少人数クラス、再入学の容易さ、画一的ではない学ぶ集団、各自の学びのペースが尊重されるシステム、通学頻度の弾力性、制服・校則の無意味さなどが回答の中では印象的でした。
 学習内容としては、自分の関心・興味を深められる学習ができることを、知識の涼・点数にとらわれずに学びたいようです。また、自由な雰囲気の中で、一人一人を人間として尊重してくれるような教師のもとで、自主的に学んでいければよいと考えています。
 さらに、学校は、潜在的な可能性を伸ばそうとしている生徒をありのままに受け止め、邪魔をせず、援助してほしい、このための条件を整えてほしいと望んでいるようです。こうした欲求に応えられる教育が求められています。
 生活面では、個性が尊重され、自主的な生活を可能にする自由があり、精神面に充実でき、ルールは必要最低限のもので、学校の中での人間関係のよさが望まれていました。
 こうして要約してしまうと、言葉の上だけの、底の浅いものと受け取られてしまうかもしれません。しかし私たちは、このような転編入生たちの思いが、彼らの一人一人の彼らなりに重い体験の上でのものであることを、忘れないようにしたいものです。彼らの直接の記述に重点を置きながらまとめたのも、そうした理由からです。


■アンケートの結果とその分析

1.年齢的傾向〜通信制の生徒全体の年齢層と大差がない。

年齢 %
16〜18歳 79 39.5
18〜20歳 56 28
20代前半 38 19
20代後半 17 8.5
30歳代 6 3
40歳代 2 1
na 2 1

 上の図を見れば明らかなように、20歳以下が67.5%を占めています。これは、現在の通信制高校の生徒の年齢傾向と大きな差はありません。年配の方が少ないのは、通信制では、むしろ年配の方は新入学で一年次から入学してくる人の方が多いためともいえます。この回答者の平均年齢は、厳密には計算できませんが、おおむね19.8歳ぐらいです。以下の分析では、何年次に入学したかということは問題にはしていませんが、どのような年齢層が応えているのかは念頭に入れておいてください。
ません。


2.全籍校について〜全日制からの生徒が中退者の総数からは多い。

 これもまずは下に結果を示してみます。
 公立の全日制普通科・専門学科を合わせると61.5%、公立定時制普通科・専門学科の計が9.0%、私立全日制普通科・専門学科の計が23.5%になっています。この数字は、一見すると定時制からの通信制への転編入学者の割合が際立って多いように見えます。というのは、県下の中学生の進学先の統計(1997年度のもの)は、県内の公立全日制普通科・専門学科)への進学者は63.5%、同定時制へは1.2%であり、これとの比較では定時制から通信制にくる生徒が相当割合が高いからです。しかし、高校中退者の比率と比べると、逆の傾向が見えてきます。1995年度の統計では、公立全日制の中退者数と定時制の中退者数の構成比は、約2.4:1となります。この数値の傾向は、毎年大差はないようです。この数値を、このアンケートの回答者数の公立全日制:公立定時制の批准6.8:1に比べると、ずっと定時制が少ないことが分かります。これは、もちろん定時制の中途退学者の絶対数が多いことにも関係が深いわけですが、全日制からの生徒の方が学校を続けられやすい、あるいは学校にこだわるということなのかもしれません。
 また1988年調査に比べると、1988年の転編入生は、公立全日制:公立定時制の批准=9.2:1でした。これは、この10年間に定時制からの転編入生が増加したということなのでしょうか。逐年統計がないので結論は出ませんが、興味深いことです。

転退した攻守 %
公全普 100 50
公全専 23 11.5
公定普 13 6.5
公定専 5 2.5
私全普 35 17.5
私全専 12 6
通信制 4 2
その他 5 2.5
na 3 1.5
200 100


3.前の学校をなぜやめたか〜学校側に原因があるよりも「自分の考えることがあり、やめた」

やめた理由
1 自分から 70
2 退学処分 2
3 自主退学 15
4 留年→転学 36
5 健康上 33
6 家庭事情 19
7 いじめ、不登校 33
8 その他 20
9 na 0
計  228

 やめた理由は、一つには絞れなかったのか12%の人が複数の理由を上げています。その83%は公立高校からの人でした。グラフと表を示しましょう。
 このうち、2〜4は、とりあえずは学校からの働きかけが大きな要因となって、通信制にきたといえます。退学処分を受けたのが少ないのは、注意してもよいでしょう。最近の高校はあまり退学させないという傾向の反映でしょうか。あるいは2と3は実質的にはそれほど大きな差はないのかもしれません。この中には、「不登校気味になった」、先生や学校と合わない」、「アルバイトや遊びのため出席日数が不足した」などの様々な事情が含まれています。ここには、自分の意志からの積極的な選択肢として通信制を選んだのではない人たちがいるといえるでしょう。
 2〜4が合わせて52になったのに対して、1の「自ら進んでやめた」というのは70になっています。これは通信制にきて、学習を続け、高校卒業資格を得たいというのは、やはりそれだけの意志を持つ人たちが多いためといってもよいのでしょう。前籍校の校種とこの「やめた理由」とをクロスして見ると、公立高校をやめた人、その理由として2〜4を上げた人は、25.9%となり、1を上げた28.4%とほぼ匹敵するのに対して、私立高校をやめた人は、1が38.8%、2〜4をあげた人が18.3%となり、公立高校から北生徒は私立高校に比べて、積極的に通信制を選んだとはいいがたいのかもしれません。この傾向が、公立高校での安易な通信制への転学のすすめを示しているのでなければよいのですが。
 その他を選んだ20件の中に、「結婚や出産」にまつわるものが7件になっています。例えば「在学中に子どもができ、生むためにやめた」と答えた未成年の人のように現在の全日制高校では、在学中の妊娠・結婚は、ありえないものとされています。
 さて以上の考察を1988年調査と比べてみると興味深い変遷が見られます。
 1988年調査では、「どうして転校・中退することになりましたか」という設問に対して、1自分の考えることがあって進んでやめた 2退学処分を受けた 3学校の指導で退学せざるを得ない情況に追い込まれた 4家庭の事情で辞めざるを得なかった 5病気のため という5つの選択肢からの択一回答となっています。その結果は、次の図に示されています。

転校・中退の理由は
1 自分から 151
2 退学処分 19
3 学校の指導 50
4 家庭の事情 18
5 病気のため 27
265

(1998年の調査による)