『教育白書97』独自調査

「高校生の学校に対する意識の変化を探る」
―「学校不適応」と思われる生徒100人に聞きました―

■はじめに

 教育研究所では、独自調査として94年度に「教員の生きがいと健康調査」、95年度には「学校間格差と教員の意識調査」を実施し、その結果と分析を『教育白書』で公表しました。二つの調査から明らかになってきたのは、神奈川における学校間格差の問題が教員の肉体的・精神的健康に重大な影響を及ぼしている実態でした。
 この間、全国的には高校改革と入試改革が叫ばれ、神奈川においても、長い実績を持つ「神奈川方式」に代わり、1997年度入試より新しい入試制度が導入され、各学校の「特色づくり」も進行してきています。第14期中教審で「日本の教育の最大の病理」と指摘された「格差と序列」の問題は、第15期、16期の中教審では黙殺されたかのごとく、「飛び入学」やら「中高一貫校」などエリート教育にシフトした答申が出されてきています。
 しかし、学校間格差の問題は全国的にも解決されつつある問題どころか、その「病理」は、生徒の「学校離れ」、「教育の空洞化現象」となって深く進行しているような気がします。教育研究所では、この間の行政主導の入試改革や高校改革がそうした「病理」に対して有効に機能していないのではないか、むしろ生徒の「学校離れ」を促進しているのではないかという認識を持っています。
 今回の「独自調査」では、「教育の空洞化現象」、とりわけ課題集中校で象徴的に顕在化している「学校離れ」の実態に焦点を当て、「学校に来ない」「学校に来ても授業に参加しない」「訳もなくやめていってしまう」「何事にも積極的に関わろうとしない」「誰にも心を開かず、人との関わりが取り結べない」「ほとんど教師(大人)の言うことを聞かない」生徒たちの生の声を聞きだし、彼らが学校や家庭でどのような生活を過ごしているのか(いたのか)、彼らの学校観や大人観、社会観はどのようなものなのかを明らかにすることで、これからの学校(高校)像を模索する手がかりにしたいと考えました。
 折りしも、神戸で中学3年生によると思われる小学生殺害事件が起きて、社会的にも若者を覆っている閉塞感が問題視され、学校教育がそのやり玉に挙げられようとしています。「コギャル」「援助交際」など女子中高生の無軌道ぶりがマスコミ的に騒がれていますが、大人に「若者」が見えにくくなっているのは事実のようです。「若者」と最も多く接触の機会を持っている教師である私たちには生徒の本当の姿が見えているのでしょうか。この調査が、高校生の意識の内実、大きな「地殻変動」の予兆とも呼ぶべき現象を解明する手がかりになればと期待しています。3学期という多忙な時期に面倒な調査にご協力いただいた先生方に心よりお礼を申し上げます。それから快く調査に協力してくれた生徒諸君にも感謝いたします。


■調査方法について

 今回の調査は、対面聞き取り調査という性格からいくつかの限定をあらかじめ加えた上で行っています。別紙「アンケート依頼文書」に明らかなように、調査目的から考えて、聞き取り対象生徒を以下の三つのグループに分類しました。【Aグループ】「不登校の生徒、2学期末までの欠席日数が20日 を超えている生徒」【Bグループ】「学校には登校するがなかなか授業には参加しない生徒」【Cグループ】「その他」。学校の枠組みや制度の中に収まりきれない生徒を中心に調査担当者の責任で抽出する方式を取ったために、最初から傾向のハッキリした生徒群が対象となっています。また、対面聞き取り調査という方式の持つ手間と教育研究所の力量から調査対象者数を100名に限定したことで、サンプル数として十分な数でないことも承知していますが、調査結果には対面聞き取り調査ならではの良さもでているのではないかと考えています。
 調査対象校はできるだけ多様になるように「進学校」から「課題集中校」まで17校を選びましたが、全日制普通科中心(職業科2校)になり、地域的にも横浜・川崎地区に偏る結果となりました。集計上「課題集中校」(指定校)グループ51校とそれ以外の「非課題集中校」グループ49校に分類しましたが、校名は載せていません。
集計表をご覧になっていただければわかりますが、学年別には1年生が53名、2年生が47名(3年生は3学期なので除外しました)、男女別では男子が55名、女子が45名となっています。グループ別の分類では、Aグループ33名、Bグループ25名、Cグループ42名となっています。Cグループの中には20日以上の欠席を持っている生徒もいますが、調査担当者の分類に従いました。しかし、集計の結果、当初考えていたようなグループごとの顕著な傾向はほとんど表れていませんでした。
調査は主に96年度の3学期中に行いましたが、一部新学期にかかったものもあります。ただし、数値等は全て96年度のものとなっています。アンケートは選択肢と記述部分が混在した形式になっていますが、集計表には、字数の関係上、内容を要約したり、主旨を損なわない形で書き換えたかものが記載されています。生徒の生の声をそのまま反映できないのは残念ですが、そのニュアンスは生かされていますのでお酌み取りください。


■中学校へは取り敢えず行っていた

「中学校での生活の様子」という調査項目を設けた意図は、広い意味での「学校不適応」症状を示している生徒たちは、中学校時代の生活の中にその兆しを有しているのではないかという予測を持ったからです。
 調査結果をみて、意外に感じたことは、彼らの半数(51人)が「学校をほとんど欠席しなかった」と答えていることです。ただ、非課題集中校グループに比べて課題集中校グループの生徒の方が、中学校時代の出席状況は悪くなっています。これに「たまに欠席した」の39人を合わせると9割が中学校生活をそこそこ無難に過ごしていたことになります。これを彼らの高校入学以後の出席状況と比較してみるとその違いが顕著です。3学期現在で20日以上欠席した生徒が半数近くに上り、50回以上遅刻した生徒は6割に達しています。彼らが回答した「ほとんど欠席しなかった」「たまに欠席した」が、どのあたりまでの欠席数を許容してのことか明確ではありませんが、中学校時代より高校入学以後の学校生活に大きな変化が表れています。
 しかし、【4−3】の「学校に行きたくないと思ったことはありますか」という設問結果をみると、「行きたくないと思ったことはない」と明言した生徒は35人で、他の65人は「時々あった」「よくあった」と答えています。現実の生活の面では顕在化していないが、潜在的には半数以上の生徒が学校に行くことに精神的プレッシャーを感じていたことがうかがえます。
 この結果と、【5−2】「高校をやめたいと思ったことがありますか」の設問で、「やめたいと思ったことはない」と答えた生徒数が32人で、【4−3】で「行きたくないと思ったことはない」と答えた35人とほぼ同数です。この結果から推察すると、中学校時代にすでに学校に行くことに対して感じていた圧迫感が高校入学後顕在化したようにも考えられますが、【4−3】と【5−2】の回答結果をクロス集計したみたところ強い相関関係はありません。中学時代「行きたくない」と思っていた生徒の中にも「やめたいと思ったことはない」と応えた生徒もいますし、逆に「行きたくないと思ったことはない」と回答した生徒の中にも、高校入学後「やめたい」と思っている生徒もいます。この調査結果を見る限りでは、中学時代の出席状況と高校入学後のそれと強い相関関係を持っているとはいえません。


■中学校生活に「澱」のように沈殿している「かったるさ」

 それでは、その背景にあるのはどのような心象風景なのでしょうか。
 彼らが「どんな時学校に行きたくないと感じたか」【4−3】の回答をみると、「かったるい」「だるい」「眠い」「面倒」など身体的不調や無気力症状と思われるようなものが目立ちます。「部活」や「いじめ」など明確な理由がありそうな回答は少なく、「何となくかったるくて行く気がしない」という心理状況が見て取れます。この心理状況は、高校入学後、さらに加速され、「高校を辞めたいと思っている」生徒の理由は「かったるい」「だるい」「つまらない」に集約されていっています。学校へ行くことの意味や意義がなかなか見いだせないまま、惰性的に毎日をやり過ごしているような気がします。
 これは学校生活の最も主要な活動である「授業(学習活動)」の求心力が衰えていることと連関があるのではないでしょうか。【4−1】で「中学校時代の楽しかった思い出と楽しくなかった思い出」を聞いていますが、この結果にそのことが象徴的に現れています。「楽しかった思い出」に「授業」に関わる項目をあげた生徒はわずかに2名(「担任の授業」「美術の授業」)のみです。他は圧倒的に「修学旅行」や「文化祭」、「体育祭」など学習活動以外の学校行事で占められています。「勉強以外の時間」という回答や「楽しくなかった思い出」の中に「勉強や授業」に関する内容が多い事実が端的に示しているように、「授業は退屈でかったるいが仕方なく受けて」いて、授業以外の友人たちとの交流の中に楽しみを見いだしていたと思われます。学習活動にほとんど魅力を感じない生徒の多数が高校へ進み、中学時代と何ら変わりのない高校での生活に緊張感を喪い、次第に持続力を喪失していく様子が明らかです。「かったるい」「だるい」「つまらない」という彼らの拙いけれど端的な表現に、彼らの陥っている日常の危機が垣間見える気がします。