「進路研究」の話が長くなってしまった。ただ田奈高校では「総合的な学習」を考える場合、どうしても「進路研究」という科目の経験がモデルになってしまうのである。「総合的な学習」の授業形態を考える場合には、「進路研究」の授業がイメージとして頭に浮かぶ。また内容を考えるときにも、「進路研究」をなんらかのかたちで「総合的な学習」の中に取り入れる方向で考えることになってしまう。だから「作業部会」が検討を始めるときにはすでに、「進路研究」を「総合的な学習」の中に組み込むことが検討をすすめる上での前提として確認されていた。
(1)行き詰まりかけた検討作業
しかし「進路研究」を「総合的な学習」の中に組み込むことが決まっていたとしても、それ以外の部分は白紙である。どのように検討をすすめたらいいのか。ともかく様々な案やイメージを出しあうしかない。
検討の最初の段階ではこんな案も浮かんだ。個々の教員がすでにおこなっている様々な実践、あるいはこれからやりたいと思っているアイデアを掘り起こして、「総合的な学習」として通用するものをつくってはどうだろうか。たとえば国際交流に関心を持ち、関わっている教員もいる。あるいは福祉の問題に関心を持ち、活動をしている教員もいる。表現は悪いがそれらを寄せ集めれば、「総合的な学習」になるのではないか。
だがこのように個々の教員の活動や問題意識をたよりに「総合的な学習」をつくったとしても、それが長続きするとはおもえない。どんなすばらしい実践であっても、それが個人の実践にとどまっている限り継続性はない。優れた実践であればあるほど多くの教員に共有され継続性を持つものになっていかなければならない。そのためには実践を担う組織をつくらなければならない。
たとえば、全教員を構成員として含むテーマ別のグループ、興味関心別のグループをつくって、「総合的な学習」を担当していく。そんな方法もあるだろう。だがそこには大きな問題がある。いま教科に所属し、学年に所属し、分掌に所属し、委員会に所属している教員に、さらに新しい組織に所属することをもとめるのか。おそらくどこの学校でも同じだろうが、この田奈高校でも学校規模の縮小とともに教職員の数は減ってきた。いわゆる加配も期待できない。それなのに仕事量はほとんどかわらない。だれもがいま抱えている仕事で手一杯である。こんな状況の中でさらに「総合的な学習」のために新しい組織をつくるのか。これは本校の現状を考えたら、とても現実的な案とは言えない。内容と同様に、「総合的な学習」の運営方法も現実的なものを考えなければならない。早くも検討は行き詰まりかけた。
(2)画期的なアイデアの登場
ここでいままで考えもしなかった角度からユニークなアイデアが飛び出した。「総合的な学習」を分掌に担わせようというアイデアである。「教科に位置づけることができず、新しい組織をつくることも難しいならば、そしてすべての教員がかかわったものにしようというなら、分掌ではどうだろうか」。
教務部とか総務部といった分掌は、これまで授業に直接関わったものとは考えられないできた。たぶんどこの学校でも同じだろう。だがそれぞれの分掌の仕事内容をあらためて見直してみると、程度の違いはあれ授業に生かすことができる内容がそれなりに存在している。たとえば本校では総務部が担当している人権に関わる研修などは、これまでは教職員の研修として実施されてきた。これを直接生徒を対象にするものに発展させることはできないものだろうか。あるいは、救急・救命に関わる研修は管理保健部が担当しているが、これを授業に生かすことができないものだろうか。つまりこれまで各分掌が担当してきた仕事の中から、授業に生かせるものを探し出せば、「総合的な学習」をつくっていくことができるのではないか。おもしろい発想というより膠着状態を打開する画期的アイデアである。このアイデアを提供したひとはさらに次のような具体的案をつくってくれた。
進路指導部・・・進路教育(進路研究)
生活指導部・・・安全教育
管理保健部・・・環境教育と救命・救急に関する教育
総 務 部・・・人権教育
生徒会指導部・・創作活動教育(文化的教育)
教 務 部・・・資格取得に向けた教育 |
教務部の「資格取得に向けた教育」というのは、いま教務部がやっている仕事からすればやや無理な観もある。また、生徒会指導部の「創作活動教育」というのも、やや具体的イメージにとぼしいような気もする。しかしまったく新しいものをゼロからつくろうというのではなく、各分掌が現在かかえている仕事の延長線で「総合的な学習」をつくっていこうという発想である。これがうまくいけば、新しい組織をことさらつくることなく、いまある分掌の仕事のひとつとして「総合的な学習」を位置づけていくことができる。充分に魅力的、しかも現実的なアイデアである。
(3)「安全教育(生活教育)」の浮上
これ以後の検討は、このアイデアをもとにして進むことになった。ただ、このアイデアが魅力的であったとしても、実際の方法を考えていくと、やはり様々な問題がありそうである。たとえば、もしすべての生徒にここにあげた全分野を学ばせようとするならば、少しずつさわりだけやることになるだろう。それはそれで意味がないとは言えないが、あまりにも散漫になってしまう。あるいは、コースをつくってどれかの分野を選択させるという方法もあるだろう。だがすべて同じレベルで考えてしまっていいのだろうか。とくにすべての生徒に考え学ぶ機会を保障したい分野はないのか。
こんな検討をすすめていく中で、いまかりに「安全教育」と名づける分野がとくに注目されるようになってきた。「進路研究」という科目は、生徒のこれからの生活に役立つものという視点からつくられた。同じように、「総合的な学習」も、これからの生活のために必要な知識にふれ、考える機会を生徒に保障するものにしたい。それならば、交通安全を中心として、薬物にかかわる内容、あるいは性に関わる内容などは、高校入学後すぐの生徒すべてを対象にして実施した方がよいのではないか。こうして、「進路研究」とならぶ「総合的な学習」の柱として、「安全教育(あるいは生活教育)」というものが浮かび上がってきたのである。
こうして「総合的な学習」の具体的な授業計画の検討に入った。だからこそ、進路指導部、生徒指導部、管理保健部という3つの分掌と体育科から、「作業部会」のメンバーを加わえる必要が生じたのである。そして新しいメンバーで検討をすすめた結果、次のような項目に沿った「作業ノート」の原型をつくるところまで、検討作業はすすめることができた。
「総合的な学習の時間」(1年次)の作業ノートの案
1.次の2つの内容を主な柱とする
(1)職業と進路に関する知識を広げ、自分の進路を考える学習
現行の「進路研究」を発展させたものとする
(2)社会生活をおくる上で必要な知識を広げ、自分の生活について考える学習
「安全教育」交通安全、薬物、性教育等の内容の学習を考える
2.安全教育(名称については生活教育という案もある)の主な項目案
(作業ノート作成にあたっての「目次」案)
(1)体と健康
・日ごろの生活リズムについて、自分なりに確認し、問題点等を考えてみる
・日ごろの食生活について、自分なりに確認し、問題点等を考えてみる
(2)体に害を与えるもの
・喫煙の問題
・飲酒とアルコール依存症
・薬物の危険性
・薬物と犯罪
・薬物等に係わる法規
(3)交通安全について
・交通全般、環境への影響、交通事故
・田奈高校の現状
・交通法規について
・保険制度と補償問題
(4)性教育
・思春期と性
・家族計画と性にかかわる責任
・性感染症
・性犯罪と関係法規
・エイズとそれをめぐる問題
(5)まとめ
・安全で健康な生活を守るために
・これからの総合的な学習に向けて
来年度の「総合的な学習」に向けたガイダンス(各テーマの説明)
|
もちろん今は原型をつくっている段階であり、内容を盛り込み仕上げるまでは、まだまだ時間と手間がかかるだろう。そして1年生の分(2単位相当)の見通しが立ったところで、2年生の分(1単位相当)に取りかからなければならない。2年生については、いまのところの計画では、先にあげた「総合的な学習」につながる分掌の仕事の中で残ったもの(例えば総務部にかかわる「人権教育」など)を中心にしながら、それ以外に考えられるもの(例えば国際理解にかかわるものなど)を含めて、幅広いものを考えていくつもりである。そしていくつかのコースをつくって、生徒に選択させるつもりでもある。とはいえ2年生の分についてはまだ計画だけであり、田奈高校の「総合的な学習」づくりは、道半ばというよりも、やっと出発したというところである。