S高校を離れてからは、授業内容やその進め方について相談する相手もなく、「ひとりぼっち実践」となった。S高校での蓄積をもとに生徒の実態や時代変化に合わせて、教材の更新はもちろんのこと、内容の加除・組み替えをおこない、今日に至っている。独り身の気楽さはたしかにあるが、一方ではこの問題の奥行きの深さにいまさらながら驚くとともに、力不足・勉強不足をいやというほど痛感させられている。
T高校を経て昨年(2000年)、長後高校に転勤となり、3年ぶりに「現代社会」を担当することとなった。週2時間というのは初めての経験だが、「現代社会」を導入したころの初心に立ち返って授業に取り組んでみようと決意した。「青年期の愛と性」とのネーミングで行った2000年度の授業構成(11時間)を以下に示そう。
<資料2> 2000年度の授業構成
項 目 |
方
法 |
時 間 |
(1)病院に運び込まれた女子高校生 |
ミニレポート |
2 |
(2)性交する前に考えること |
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1 |
(3)避妊と中絶について考える |
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1 |
(4)「産む」お産から「産ませる」お産へ |
ビデオ |
2 |
(5)どう考える?援助交際 |
ミニレポート |
2 |
(6)しのび寄るSTD |
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1 |
(7)エイズは怖くない |
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2 |
先に示した87年度の実践と比べると、導入部分はほとんど変わらないが、後半に「援助交際」「STD(性感染症)」「エイズ」などが入っており、この数年で大きく変えた部分でもある。T高校のときは、「エイズ」のところで「私を抱いて、そしてキスして」(106分)などのビデオを見せた年度もあったが、週2時間という時間的制約を考えて、ビデオは(4)の部分で使用した「弟たちの誕生」(31分)の1本だけにした。
1時間目の「病院に運び込まれた女子高生」は「性」の授業の導入としては定番となっている。以前は各人黙読させていたが、今回は「読めないよ〜」といった声があがったので、『さらば悲しみの性』(河野美代子、高文研・刊)の一部をプリント裏表に縮小印刷した資料(全文でおよそ7,000字分)を朗読した。すると、いままで騒がしかった教室内が水を打ったように静まり返った。朗読するだけでも15分から20分近くかかり、正直いって読むのもけっこうたいへんだったが、プリント越しに生徒の様子を見ると、ほとんどの生徒が真剣な顔付きとなって食い入るようにプリントを見ていた。
残り時間は「ミニレポート用紙」を配って、「彼氏、彼女に私は言いたい」とのテーマで感想・意見を書かせた。「これでは彼女がかわいそう」とか「あんな彼氏は許せない」など生徒は素直に怒りを「ミニレポート」(B6大)にぶつけるようにぎっしり書いてきた。そこで、次の時間には同じクラスの仲間がどのような意見を書いているかを互いに知ることも大切と考え、全員分の「ミニレポート」を読み上げた。予想どおり彼氏の行動に批判を集中させたものが多かった。読み終わったあと、対等な男女関係を築くことができないために、「嫌なことは嫌!」とはっきりと相手に言えなかった彼女の弱点を指摘した。
そして最後は、得意のダジャレで、「これをNOと言う能力というんだ」と言ってオチをつけた。
(2)(3)(5)などでは、この授業を始める前に行ったアンケート(ちょうど直前がテスト返却の時間だったので、答え合わせと解説のあとに「生と性アンケート」を実施)の集計結果(5クラス分)を示しながら、すすめていった。
ビデオ「弟たちの誕生」は、親子が出産に立ち会い、3番目の子ども(双子の男の子)の誕生を迎えるという内容だが、T高校時代から必ず見せている定番ビデオの1つである。はじめて見る出産シーンに驚く生徒も少なくないが、素直に感動し、涙をにじませる純情な(?)生徒も時々いる。今回、このビデオを見せたあと、その感想とともに、「あなただったら、立ち会うか(立ち会ってほしいか)」をアンケート形式で聞いてみた。すると、回答のあった男子(44人)の43.2%(19人)が「立ち会う」と答えている。女子(57人)は男子に比べやや低かったが、3人に1人(実数は19人)が「立ち会ってほしい」という思いをもっていることがわかった。数年前にも同じことを生徒に聞いたことがあるが、そのときは、「立ち会いたくない」「立ち会ってほしくない」と答えた者の方が多かった。少子化社会を迎え、立ち会い出産をすすめる病院が増えつつあるという時代変化の影響なのか、それとも今の高校生のもつ「やさしさ」の現れなのだろうか。
(7)では、「薬害エイズ」によって17歳という若さで亡くなったM君の事例をもとにしながら、エイズの症状・感染経路や予防などにふれた。続く2時間目には、「薬害エイズ」の感染者と結婚し、さらに出産した女性(その後の検査で母子ともに陰性)が書いた『希望の子』(ワニブックス)という本の一部をプリント資料にして読ませた。こうした実話を通じて、感染者やその家族の思いを読み取ることによって、「エイズは怖い」といった偏見や差別を持ってはならないことを自然と理解してくれるのではないかと考えた。