細かいところを見る前に、表5の合計欄を見ていただきたいんですけれど、合計欄を見ると大きな変化はありません。つまり、この間に、子どもたちが、より多く自信をなくした―、少なくともここで捉えたデータですが、優れたところがあると思わなくなったという傾向は全体としてみると、それほど大きな変化は見えない、という結果です。
表5「自分には人よりすぐれたところがある」*母親の学歴*年度別
母親の学歴
調査年=79年 |
中卒 |
高卒 |
短大・高専卒 |
大卒 |
合計 |
非常に感じる |
7.5% |
9.4% |
11.5% |
18.8% |
9.4% |
やや感じる |
30.8% |
33.7% |
27.9% |
27.1% |
32.0% |
余り感じない |
50.2% |
45.7% |
42.6% |
44.7% |
47.0% |
全く感じない |
11.3% |
11.2% |
16.4% |
7.1% |
11.2% |
(ケース数) |
452 |
716 |
61 |
85 |
1314 |
調査年=97年 |
|
|
|
|
|
非常に感じる |
6.2% |
10.3% |
10.3% |
10.6% |
10.1% |
やや感じる |
25.9% |
29.5% |
29.8% |
27.2% |
29.0% |
余り感じない |
54.3% |
46.4% |
45.4% |
49.4% |
47.1% |
全く感じない |
13.6% |
13.5% |
14.2% |
12.2% |
13.5% |
(ケース数) |
80 |
753 |
282 |
180 |
1278 |
カイ2乗検定による有意確率79年=.004、97年.979
|
しかも、ここでは母親の学歴ごとに見ていますが、非常に面白いことが分かります。79年の段階では、(これ、カイ2乗検定という、統計の値をみると)親の学歴によって差があったということです。つまり、親の学歴が高いほど、生徒の自己有能感とか、自分が優れているというふうに思う回答率が高く出てくるということです。
ところが、97年の結果を見ると、その関係が消えます。つまり、親の学歴によって、こういった感情を持つかどうかということに、一見、相関関係がなくなってしまうんです。
こうしたことは、一見すると、社会が平等化したんじゃないか、というふうに見えてしまうわけですが、果たしてそうなのか、というのがこれからお話しすることです。
この問題を考えるに当たって、私が一つの手がかりとしているのは、自分が優れていると思うかどうかという、自分自身に対する見方というものが、今の生活と将来に対する生活を天秤に掛けたときに、どちらをより重視しているだろうかというような事柄、(将来志向とか現在志向といっていいと思いますが)そうしたその現在志向というような意識とのかかわりで見ようということ、それから次には、学校で一生懸命頑張って勉強したり、努力すると、将来いいことがあるよ、という、何と言うんでしょう、学校を通じての将来的な成功、あくせく勉強して、いい会社や学校に入るといいことがあるよ、という意識が一体どうなっているか、それとの絡みで、こういった自尊感情というものとの関係を見ていこうというふうに考えました。
ここからはちょっと統計の話が続くんですが、まず、私たちの調査の対象となった生徒たち全体を親の学歴(父親と母親)・親の職業、この三つの要因を使いまして、大きく三つのグループに分けました。
これは、私が社会階層グループと呼んでいるものですが、それを親の学歴と職業を使って、一つの物差しを作ったわけです。その物差しを当ててみて、大体生徒たちが三等分になるように生徒を三つに分けてみるという、統計的な手法を使いました。
ですから、これから社会階層の上位グループ・中位グループ・下位グループというのが出てきますが、これは必ずしも社会の“上層”という意味ではありません。まして、“上流”階級という意味ではありません。あくまでも相対的に生徒たちを三つのグループに分けた場合の、相対的なグループの違いだと見てください。下位グループといっても、“下層”の人たちという意味ではありませんので、そこをちょっと注意してください。
いずれにしても、分析の上でサンプル数を確保するために、サンプルの全体を三つのグループに大きく分けました。その三つのグループごとに、先ほどの質問:「自分には人より優れたところがあるかどうか」という項目と、ここでは現在志向と呼んでおります「将来のためを考えるより今の生活を楽しみたい」というふうに思うかどうか、肯定的に思うかどうか、ということ、の関連を社会階層三つのグループごとに表わしたのが次の表6と表7です。
表6:「自分には人よりすぐれたところがある」と現在志向(社会階層)
社会階層・下位グループ |
現在志向 |
将来志向 |
合計 |
非常に感じる |
12.5% |
8.7% |
11.0% |
やや感じる |
27.7% |
25.8% |
27.0% |
余り感じない |
46.5% |
47.2% |
46.7% |
全く感じない |
13.3% |
18.3% |
15.3% |
合計 |
100.0% |
100.0% |
100.0% |
ケース数 |
721 |
492 |
1213 |
カイ2乗検定による有意確率79年=.031
|
社会階層・中位グループ |
現在志向 |
将来志向 |
合計 |
非常に感じる |
13.4% |
9.9% |
12.0% |
やや感じる |
28.9% |
25.0% |
27.3% |
余り感じない |
4539% |
49.8% |
47.5% |
全く感じない |
11.7% |
15.3% |
13.2% |
合計 |
100.0% |
100.0% |
100.0% |
ケース数 |
717 |
496 |
1213 |
カイ2乗検定による有意確率79年=.057
|
社会階層・上位グループ |
現在志向 |
将来志向 |
合計 |
非常に感じる |
14.3% |
12.0% |
13.2% |
やや感じる |
28.8% |
32.4% |
30.6% |
余り感じない |
43.9% |
41.6% |
42.8% |
全く感じない |
12.8% |
13.5% |
13.2% |
合計 |
100.0% |
100.0% |
100.0% |
ケース数 |
631 |
599 |
1230 |
カイ2乗検定による有意確率79年=.400
|
|
表7:「自分には人よりすぐれたところがある」と学校成功物語(「あくせく勉強してよい
学校やよい会社に入っても将来の生活に変わりはない」)(社会階層グループ別)
社会階層・下位グループ |
学校成功物語・否定 |
肯定 |
合計 |
非常に感じる |
11.8% |
9.9% |
10.9% |
やや感じる |
29.3% |
23.9% |
26.9% |
余り感じない |
44.3% |
49.4% |
46.6% |
全く感じない |
14.0% |
16.7% |
15.2% |
ケース数 |
672 |
544 |
1216 |
カイ2乗検定による有意確率79年=.031
|
しゃかいかいそう・ |
学校成功物語・否定 |
肯定 |
合計 |
非常に感じる |
12.8% |
10.5% |
11.8% |
やや感じる |
27.2% |
27.3% |
27.2% |
余り感じない |
47.4% |
47.2% |
47.3% |
全く感じない |
11.8% |
14.8% |
13.1% |
ケース数 |
685 |
532 |
1217 |
カイ2乗検定による有意確率79年=.264
|
調査年=79年 |
学校成功物語・否定 |
肯定 |
合計 |
非常に感じる |
12.8% |
13.4% |
13.1% |
やや感じる |
32.4% |
28.6% |
30.5% |
余り感じない |
41.7% |
43.9% |
42.8% |
全く感じない |
12.5% |
13.6% |
13.0% |
ケース数 |
624 |
611 |
1235 |
カイ2乗検定による有意確率79年=.692
|
これを見ていただきますと、社会階層の中位と上位のグループでは、今言った現在志向「将来のためを考えるより今の生活を楽しみたい」と思うかどうかと、「自分には人より優れたところがある」という意識との間には、それほどの差が出てきません。
ところが、社会階層の下位グループにおいてのみ、現在志向が強いほど、つまり将来を考えるより今の生活を楽しみたい、という意識が強くなるほど、自分には人より優れたところがあるという、肯定的な自己有能感を持つ生徒が増えてくるということが分かります。もっと平たく言ってしまえば、社会階層の低い子どもたちにとっては、今を楽しんでいることによって、自分に自信が生まれてくるということです。
もう一つ、「あくせく勉強してよい学校やよい会社に入っても将来の生活に大した変わりはないじゃないか」という意識との関係を同じようにして見ました。ここでもまったく同じ結果が出てきます。つまり、社会階層の下位のグループの子どもだけが、あくせく勉強しても仕方がないよ、将来変わりがないよ、という意識を強く持てば持つほど、自分には人より優れたところがある、という意識を強く持つという傾向が出てきているわけです。
こういった関係は、上位グループや中位グループに出てきません。これはどういうことかといいますと、多分、高校2年生になるまでの、いろいろな、それこそ、先ほどお話が出たきたような、いろいろ学校での経験、あるいは、家庭での経験を通じて、いわば、将来の生活と自分の学校生活との結びつきを断ったところではじめて自尊感情が生まれてくるそういうメカニズムが、社会階層の低い子どもにおいて顕著に表れるようになったということです。
で、この関係が、もし過去においてもあるのであれば、日本の社会に変化があるとは言えないわけですが、この関係が過去にはなくて、現在において生じているということが今日私がお話したいポイントです。
つまり、社会全体として、日本ははるかに豊かになりました。79年と比べれば、全体の生活水準もはるかに上がっております。大学に行ける子どもたちも増えております。教育改革を通じて、おそらく学校側のいろいろな対応にしましても、79年のころに比べれば大きく変化した。そのころ何が起きていたのか思い出してみれば分かるわけですが、当時は共通1次の時代ですから受験勉強も大変な時代ですし、そのちょっと後に校門圧死事件があるとか、いろいろ学校の管理が大問題になる、そういうような、子どもにとっては学校が非常に息苦しいと言われた時代でした。
ところが、そういう時代には、先ほど申し上げたようなメカニズムは発生していなかったんです。これは、私たちがどう考えるか、学校の変化と社会の変化というものの、交差するところで、一体、こういう現象をどう考えたらいいのか、ということになってくるわけです。
階層差というものが生まれてくるメカニズムというものは、おそらく、学校がどうであれ、社会がある一つのメカニズムとして持っているものだと思うんですが、学校がそれにどういうような影響を与えたり、差し引いたりするのか、そこのところを見ていく必要がある。最初にお話した、例えば、勉強時間のことにしても、次にお話した意欲のことにしても、最後にお話した自尊感情にしても、そうしたことが社会階層という要因と絡み合うことで、どういう形で現象として、現れるのかということが違ってきてしまうのです。
それで、ここから先は後の議論のところでしていければいいと思っているんですが、確かに個々の子どもたちを見たときには、それぞれの子どもたちの抱えている問題も複雑であるし、それぞれの子どもたちの違いや背景というものを見ていかなければいけないということは否定するまでもありません―。非常に大事なことです。
同時に、こういう、ちょっと引いてみたときに見えてくるような社会全体の変化の中に問題を置いて考えるときに、もう一つまた別の視点からの議論ができるだろうということを、私としては今日の問題提起としたいと思います。以上です。(拍手)
本間:限りある時間の中で、どうもありがとうございました。学校現場という視点から、生徒たちの人間関係と生徒が気遣いに疲れている、という実態のお話、カウンセラーの視点からは、自尊感情という言葉を使いながら、真面目な生徒ほど他人への気遣いをしているというお話等がございました。それを踏まえた上で、刈谷さんから、マクロの話として、具体的な社会構造とその変化、という観点から、お話いただきました。
ここまでのシンポジストの話という範囲で、ご質問・ご意見をフロアのほうから受けたいと思います。
質問・意見のある方は挙手をお願いいたします。