特集 : 「柔らかなシステム」としての高校教育の創造
 

学校システムの問題を考える
─「原級留置」の問題を中心として─

三橋 正俊 

 
 はじめに

 どこの高校でも、学年末を迎えるころ、重要だが憂鬱な会議となるのが、進級あるいは卒業の判定会議である。これが終わらないかぎり、新しい学年は始まらない。もっとも、その実態は様々である。中には、あまり議論もなく、短時間で早々と会議が終わってしまう学校もあれば、夜が更けるまで議論しても終わらず、重苦しい雰囲気の中で翌日も延々と議論を続けなければならない学校もある。もちろん、早々と議論が終わってしまう学校が、手を抜いているわけでも、延々と議論の続く学校が、不手際なわけでもない。会議の長さは、原級留置になる可能性のある生徒(いわゆる、審議対象となる生徒)の多少によって決まってくる。
 ところで、こうした進級、卒業の判定においては、しばしば現場の頑さが批判の的になっている。たとえば、神奈川県の高校の将来像を描くとされる「県立高校将来構想検討協議会(以下「将来構想検」)」も、「高校では、単位制と学年制が併用されているにもかかわらず、進級や卒業に関して、学年制に偏った運用がなされている状況も見受けられる(答申のP.16)」と指摘している。ただし、条件整備の問題を切り離して、「単位制と学年制が併用」などと言い切られて、もっともとうなずくわけにはいかない。また、「学年制に偏った運用」と片づけられるほど、現場がおかれている状況はかんたんではない。また、「学年制と単位制が併用」されていることに、現場が無知だから、「偏った運用」になったわけでもない。むしろ、知ってはいても、取らざるをえなかった、「偏った運用」と見たほうが、現実にあった見方だといえる。様々な批判はあっても、多数の原級留置の対象者をかかえた学校では、多大の精力と時間を投入し、いわば「審議を尽くして」、やっと結論を出しているのである。それでも、外からは厳しい批判にさらされ、現場の中にも「この結果でよかったのか」という後味の悪さが残ることもしばしばである。多大な労力を費やしながら、納得もできず、理解も得られないという虚しい結果になってしまうのは、なぜか。このあたりから、考えてみたい。
 

 「課程主義」と「原級留置」

 やや古い話になるが、ある歴史家の叙述によれば、記録上最初に学年という制度をとったのは、十六世紀初頭のイギリスのセント・ポール寺院の付属学校、そして文法教授の教室だったと伝えられる(「子供の誕生」P.アリエス 杉山光信・恵美子訳 みすず書房P.169 )。つまり、あらゆる年齢のこどもたちを一緒くたにした、中世の混沌とした学校のあり方から、段階をふんで学年の階梯をのぼるシステムへと変化したのは、あれこれの教育理論の結果ではなかった。冠詞、語尾変化などの練習を積み重ねて複雑な段階へと進んでいく系統的学習の必要性から、学年というしくみは生まれた。いまは、学年の起源を論じているわけではないので、歴史家の話からは、このことを確認するだけにとどめておく。
 さて、学年というしくみが、系統的学習の必要性から生まれたものであるならば、年齢とともに、進級していかなければならないという理由はどこにもなかった。学習成果が不十分ならば、容赦なく原級に止められることは、むしろ当然のことであった。逆に、進み方が早ければ、「飛級」も積極的に行われるはずであった。学年というのは、もともとこんなものだったのである。学年というしくみが、文法学という特殊な世界から、一般的な教育制度の始まりとともに、すべての学校へと拡大していった後も、学年の持つこの基本的性格は残りつづけた。義務教育の段階であっても、学年ごとの進級試験、あるいは最後の卒業試験に合格しなければ、進級も、卒業もできないというやり方は、日本でも世紀の変わり目までおこなわれていた。戦後になっても、「各学年の課程を終了しないで、上級学年への進級は認められない」という、文部省の説明もあった(1954年初等中等教育局長)。このような、一定の課程の修了が認められてはじめて、次に進むことが許されるという考え方を、教科書的用語法にはなるが、とりあえず「課程主義」と呼んでおく。

■ 根拠のない「課程主義」
 文部省の定める学習指導要領によれば、義務教育の段階における教科内容は、学年ごとに配当されている。高等学校の段階になると、各科目と学年はたてまえ上は切り離されている。それでも、一部の例外を除き、ほとんどの高校が実際に編成している教育課程は、学年ごとに科目を配列したものなっている。そして、進級の判定において、大部分の学校では、該当学年に設置した科目すべての修了を求めている。もちろん、一部の科目は「落としてもよい」という学校もないわけではない。だが、その場合であっても、認められ得る限界まで、その学年の課程を修了していなければならない。「落としてもよい」ケースは、あくまでも例外にとどまるのである。
 ところで、この学年ごとの課程なるものの意味は、高校だろうが、小学校、中学校だろうが、なかなか見えてこない。もし、学年というしくみの出発点に位置していた文法学のように、段階をふんだ系統的学習が不可欠であることが、だれの目にもあきらかならば、各学年ごとに課程を組むことの意味は、一応は見えてくる。一学年で学ばなければならない文法事項、二学年で学ばなければならない文法事項が存在することは、文法学の教室ならば、一応理解できる。文法学などという古色蒼然たる例を持ち出さなくとも、たとえば数学Tの学習を前提にして、数学Uの学習が成り立つというように、各教科ごとに考えた場合は、程度の違いはあれ、それなりの系統性を理解することができる。しかし、現代の学校は、たったひとつの教科を学ぶために存在しているわけではない。多くの教科にまたがって学びながら、学年を進んでいくシステムになっている。教科を横断する学年ごとの課程の意味など、どこにあるのだろうか。数学、国語、体育・・・の教科がならぶ中で、総合的に「1学年の課程」などと言うことの意味を探しても、見つけることができるとはとうてい思えない。もし、この問に無理に答えようとしても、せいぜい「高校一年生ならこれくらいはできていないと」、「社会に出るためには必要だから」という、あいまいな答え方になってしまうだろう。たとえば、聖職者になるために、文法を学び、ラテン語の読み書きができるようになる必要はあるだろう。しかし、「社会で生きていく」ために何が必要か、これに納得のいく説明をつけることは、ほとんど不可能である。
 結局のところ、学年ごとの課程というものは、たまたま同一学年に並んだ科目を一括りの「セット」と考えて、それに「何学年の課程」という名をつけた、という以上には説明のつけようがないのである。そして、その「セット」そのものの意味は、だれにも説明できない。無理に説明しようとしても、「セット」だから「セット」であると、同語反復におちいってしまうのが関の山である。高校だろうが、義務教育の段階だろうが、課程の意味が説明できないというこの事態は同じである。ただ、原級留置という現実をかかえている高校では、問題が表にでてきてしまい、義務教育の段階では問題が隠れてしまう。この違いがあるだけである。

■ 説明のつかない「原級留置」
 ここで最初の問題にもどる。原級留置という措置が、それなりに根拠あるもの、説明がつくものとしてとられているならば、たとえそれが過酷なものだったとしても、おそらく理解を得ることができるだろう。しかし、「修了できなかった」と判定される学年の課程そのものが、最初から意味がなかったとするならば、その措置を説明することは不可能である。多大な労力を費やす作業を強いられながら、何の根拠もなかったとするならば、それは何と虚しい作業だろう。原級留置にまつわる、虚しさの由来はここにあるのではないだろうか。
 それでは、説明することのできない原級留置なるものが、なぜまかり通っているのか。おそらく、次のような解釈しか成り立たないのではないか。たしかに、各学年の課程そのもの、まして原級留置という措置も、理論的に正当化されるものではない。しかし、理論どおりに物事が進むほど、現在の学校現場の置かれている現実はかんたんではない。とくに「課題集中校」とよばれるような学校は、様々な学習指導上の問題、生徒指導上の問題をかかえている。なかなか学習について来ることのできない子ども、学校に寄りつくことさえできない子どもを抱えている。その結果、多くの原級留置の審議対象者をつくり出してしまう。しかも、そんな学校であればあるほど、原級留置者の数倍の「予備軍」とも言える子どもたちを抱えている。その結果、たとえば、こんな言葉が現場で飛び交うことになる。「このひとりの進級を認めたら、全体の指導体制が崩れてしまう・・・」、「事情はそれぞれ違うが、どこかで線を引かなければ・・・」、等々。また、いわゆる「上位」の学校ならば許されるような例外も、「下位」の学校では、許すことが難しくなってしまう。「こんな状況でなければ、もっと配慮できたのだが・・・」、「ここで例外を許したら、バランスが崩れてしまう・・・」、等々。もちろん、学習について行くことのできる体制、学校に寄りつけるような体制をつくること、学校そのものを変えていくことは、何よりも必要だろう。だが、その体制が未だ見いだせない状況のもとで、学校現場がやむをえずとっている現実的対応が、原級留置という措置なのである。
 もともと、原級留置者の少ない学校が、他の学校に比べ、際立って緩やかな教務基準を定めているわけでも、学習指導において丁寧な対応をとっているわけでもない。逆に、原級留置者の多い学校が、格別にきびしい教務基準にしがみついているわけでもなければ、学習指導が雑なわけでもない。もちろん例外はあるだろうが、これがおおよその実情である。それにもかかわらず、「上位」に位置づけられている学校においては、「不登校」等の一部の例外を除き、原級留置は大部分の子どもにかかわる現実的問題となっていない。これに対し、「下位」に位置づけられた学校では、年度末に大量の原級留置の対象者を抱えることになる。結局のところ、原級留置の問題とは、理論的に説明できるような問題ではなく、学校現場の深刻な現実からのみ説明できる問題である。これが、現場の感覚からする、「当たり前」の解釈である。この現実に目を向けることなく、「単位制と学年制が併用されているにもかかわらず、進級や卒業に関して、学年制に偏った運用がなされている状況が見受けられる(「将来構想検」答申)」と分析し、「運用」の改善を提唱してみても、問題解決には近づかないのである。
 

 「単位制」の限界

 課程なるものの説明がつかず、学年制そのものの説明もつかないのならば、どんな道が残るのか。ここで、いわゆる単位制というものも、考えてみる必要があるだろう。神奈川県の「将来構想検」も、単位制の積極的な導入を提唱しつつ、こんな説明をつけている。

 単位制では、学年による教育課程のよる区分がなく、すべての生徒が履修する必修科 目を学習した上で、主体的な科目選択により必要な単位数を修得すれば卒業できるシステムになっている。(答申のP.10)

 結構な話である。「学年による教育課程の区分がなく」とあるように、単位制をとるならば、意味の見失われた各学年の課程を押しつけることなく、子ども自身の選択により、一つひとつの科目の単位を修得し、単位数を積み上げていくことができる。そして、「必要な単位数を修得」すれば卒業できる。だから、単位制を取りさえすれば、学年制の抱えている厄介な問題も解決できるはずだ。こう思うのも、一応はうなずける。

■ 「単位制」につきまとう問題
 しかし、単位制の実現もそうかんたんなものではない。まず、ひとつには条件整備の問題がある。「将来構想検」の言うように、単位制の積極的な導入をすすめようとするならば、これまでとは比較にならない、膨大な人員と資金が必要になるはずである。一方、現在の教職員数の算定方式は、「学年−学級」からなるシステムが基礎になっている。教室等の施設も、予算配分も、やはり学級数を基礎にして算出されている。この意味で、現在の学校は、「学年−学級」のシステムの中に閉じ込められているともいえる。たてまえの上は学年と科目配置が切り離されていても、学年ごとに科目を配置し、「セット」を組む方式に、各学校がしがみつかざるをえないのも、結局はこの壁に阻まれているからだともいえる。現在の算定方法を越える条件整備の保障がなけれれば、単位制の積極的な導入を提唱しても、所詮ないものねだりに終わってしまうであろう。
 二つ目には、学習内容の系統性の問題がある。教科の枠を越えた課程全体の系統性を認めることができないとしても、各教科の中に限るならば、そこに系統性があることは否定できないであろう。程度の差はあれ、各教科内の学習内容には順序がある。少なくとも各教科の中では、一定の段階を踏みながら進んでいく方式をとらざるをえないのである。もちろん、各教科の系統性を楯にとって、硬直した教育課程を編成することには問題があるだろう。しかし、学年に関係なく「好きな科目」を取ればよい、とかんたんに割り切ってしまえるようなものでもない。
 三つ目には、高校段階では何を学ぶ必要があるか、という基礎的教養の問題がある。「社会に出るために必要だから」という言い方は、たしかに「課程主義」を正当化する上での説得力を持ってはいなかった。しかし、だからといって、自分の「好きな科目」を「好きな量」だけとればすむ、ということにもならない。「将来構想検」の開いたフォーラムにおいても、「単位制による高校」の拡大により、教養の幅が狭められてしまうことへの疑問が投げかけられていた(横浜会場における高校生の発言など)。もちろん、基礎的な教養として身につけておかなければならない内容を、かんたんに説明することは難しい。それでも、教養として必要な内容がそれなりにあることもまた、否定することができないのではないか。

■ 「単位制」の限界
これらの問題は、単位制につねにつきまとう難問であり、一つひとつ解決していかなければ、単位制の現実的展開は不可能だろう。だが、これら以上に厄介な問題は、次の点にある。たしかに単位制においては、進級を問題にしてはいない。しかし、進級の先にある卒業の段階では、単位制も学年制と同じ問題に出会ってしまうのである。たしかに、卒業の場面で「何の科目」の単位を修得したかは、単位制のもとでは問われない。だが、「必要な単位数を修得することで卒業を認定」とあるように、各科目の単位を加算して、何単位になったかが問われる。そして、その単位数に一単位でも不足するならば、卒業は認定されないことになってしまう。事実、何年たっても卒業できないまま、在籍年数のみ増えていく生徒が多数いることも、単位制をとっている学校から聞いている。もちろん、単位制とはそうしたものだ、と割り切ることはできる。しかし、「進級はできます」と進級させておきながら、「でも、卒業はできません」となってしまう事態が、「そうしたものだ」と割り切れるであろうか。
 もともと、単位とは、各科目の内容を量的に見えるようにしただけのものである。ある科目は4単位、ある科目は3単位・・・。教科、科目をこえて単位を加算してみても、その単位合計なるものの意味は、教科をこえた「学年の課程」の意味と同様、説明がつくものではない。さらに、卒業認定の必須条件として要求される「単位数」にしても、根拠は不明である。どこから、八十単位という数字が出てきたのか。「学習指導要領に書かれているから」という以上の説明をすることが可能だろうか。無理に答えようとしても、「これぐらいの単位数はとらないと高校卒業は認められない」という、これまたあいまいな答えしかできなくなってしまう。学年制において、課程から進級を説明することができなかったのと同じように、「合計単位数」から卒業を説明することもやはり無理なのである。結局、単位制をとろうが、学年制をとろうが、卒業をめぐっては、変わることのない状況が生まれてしまうのである。
 一方、規定の単位数に達した子ども、無事に卒業までたどりついた子どもには、また別の問題がおこる。規定の単位数に達していさえすれば、それ以上は何単位を修得したか、何の科目の単位を修得したかは、ほとんど問われなくなってしまう。卒業にたどりついたところで、個々の科目の単位修得の意味は、陰に退いてしまう。残るのは、「何高校を卒業したか(あるいは単位制である大学でも同じように、「何大学を卒業したか」)」という「卒業証書」だけになってしまう。
 このような卒業の問題を抜きにして、「学年による教育課程の区分を設けず・・・」と言って、「単位制による高校」をいくつかつくってみたところで、やはり問題の解決からはほど遠いのである。

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