●特集T● 2014年教育討論会
「若者の雇用・労働の現実は?そして何が可能か?」

日時  11月15日 (土) 14:00より (13:30開場) 17:00終了
場所  神奈川県高等学校教育会館大会議室
講演  雇用・労働の現場を取材して 東海林智さん (毎日新聞記者)
報告と討論 神奈川の労働と教育の現場から考える  
     報告者
     ○紙屋源太郎さん (連合ユニオン神奈川書記長)
     ○加藤はる香さん (湘南高校定時制教員)
     コーディネータ 
     ○本間正吾さん (教育研究所特別研究員)
討論会報告のはじめに
  1. なぜこの討論会を開いたか
     労働、 雇用の現場の過酷な状況がマスコミ等で大きく取り上げられるようになってすでに久しい。 臨時、 派遣、 請負といった非正規雇用の増加が先ず注目された。 時間と身体の
    限界まで働いても生活が成り立たない、 いわゆる 「ワーキングプア」 の存在も報道されるようになった。 やがては、 正規の職を得たとしても 「名ばかり正社員」、 管理職になっても 「名ばかり管理職」 とよばれ、 休日もないまま深夜までの労働を強制される事態も多発した。 さらには、 あらゆる労働法規を無視する企業、 いわゆる 「ブラック企業」 の存在も取り上げられるようになった。 そして今、 「ブラックバイト」 という言葉さえ登場した。 労働市場に本格的に参入する以前の学生にまで雇用劣化の波は押し寄せてきたのである。 もっとも学生の多くにとって、 アルバイトはもはややらないですむものではなくなっている。 その意味では、 「本格的に参入する以前」 という言い方は不適当なのかもしれない。 学生であっても労働市場に本格的に参入せざるを得ない時代になっていること、 これもまた大きな問題である。 しかも、 どんなに騒がれ、 問題にされ、 告発されても、 雇用の劣化はとどまることなく深化し、 拡大しつづけている。
     今ここに書いたような事態、 そして 「ブラック企業」、 「ワーキングプア」 というようなことばは、 すでにだれもがよく耳にするところになっている。 おそらくことばの意味も、 特別な専門的知識などなくとも、 ほとんどの人がそれなりに理解するところになっているだろう。 しかし、 はたらく者を死に追いやるまでに荒廃した現場を見ようとしても、 外にいるものには肝心なところは見えてこない。 どんなに劣悪な条件のもとではたらいていても、 従業員は笑顔で客に応対する。 たとえ住む家を失っていても、 労働者は黙々と作業をこなしていく。 過酷な労働が渦巻いているはずの店舗を外からのぞきこんでも、 明るくきれいな店の中で元気よく店員ははたらいている。 すさまじい現実はつねに裏に隠れ、 容易に姿をあらわさない。 だから話を聞く機会が必要になる。 直接に見ることができないからこそ、 訴える人、 告発する人の声に注意深く耳を傾け、 想像力をはたらかせることが必要である。 その機会をつくりたい、 そうした思いでこの討論会を開いた。
  2. どのように討論会を進めたか
     集会の前半は東海林智さんにお話をお願いした。 東海林さんは毎日新聞の記者として長年にわたり労働の現場、 貧困の現場を取材してきた方である。 その体験にもとづく著書 (『貧困の現場』 毎日新聞社2008年) は、 「貧困の現場から、 悲しみと怒りを込めて」 という言葉から始まっている。 正規であろうが非正規であろうが、 もはや雇用の形態とは関わりなく、 人間は酷使され、 使い捨てられていく。 これが現代の労働現場の実像である。 東海林さんはさらに 『15歳からの労働組合入門』 (毎日新聞2013年) という本を著している。 人間に対して 「鮮度」 という言葉を平気で使う使用者、 「人らしくはたらかせろ」 と訴える労働者、 人間としての尊厳を守るためのたたかいである。 だからこそ、 「もはや、 労働組合がなければ生きていけない」 時代なのだ。
     東海林さんの話を受けた後半は、 連合ユニオン神奈川の書記長の紙屋源太郎さんと湘南高校定時制教員の加藤はる香さんにお話をお願いした。 そして東海林さんも含めて討議を進めた。
     連合ユニオン神奈川は 「一人でも加入できる労組」 である。 一人ひとりの権利が守られなければならない。 だが、 一人では権利を守ることができない。 だから労働組合は必要である。 紙屋さんはそうした労働組合、 ユニオンの運動をすすめてきた。 「私どもに来る相談者の 4 分の 3 は心療内科に通っている人ですよ」 と紙屋さんは言う。 神奈川におけるもっとも厳しい労働者の状況を見ている方が紙屋さんだと思う。
     加藤さんは定時制高校の教員である。 アルバイトも含めた生徒のさまざまな労働問題に、 定時制ではたらく教員は出会う。 さらに加藤さんは若手の教員の労働実態と意識にも注目し調査してきた。 じつは若手の教員の勤務実態もきわめて過酷なものになっている。 若い教員の多くはそれでも自分たちは恵まれていると考えている。 今の時代の事実認識として、 それはまちがってはいないかも知れない。 しかし、 そんな意識が労働問題への感性を曇らせてしまうのではないか。 しかも教員は生徒を労働の場へ送り出していく立場なのである。
     その後、 質疑取り混ぜて、 フロアーも含めての議論があった。 社会で起こっているさまざまな事件を伝えるジャーナリストの思いを聞く問い。 「ブラック企業」 とは違った方向でとりくんでいる企業の話。 労働問題を取り上げることの難しさ。 また知識だけでは意味を持たないという、 労働教育にかかわる難しい状況の指摘。 さまざまな声が上がってきた。 ただ、 十分な時間を取ることができなかったことが残念であった。
  3. 討論会の報告について
     最初にお話をいただいた東海林さんの講演の記録をのせさせていただいた。 もちろんそのままではなく、 紙幅の都合上かなりの部分を割愛し、 一部は書き直してある。 また、 後半で提案をお願いした紙屋さんと加藤さんにはそれぞれのお話の内容をまとめていただいた。 もちろん当日お話しいただいたことすべてをそのまま書き記すことは無理である。 削ったところもあれば、 付け加えていただいたところもある。
     さらに討論会のテーマである現在の劣化し続ける雇用状況、 とくに若者の置かれている困難な状況について、 これまでもさまざまなかたちで発信してきた研究者の方にも執筆をお願いした。 大内裕和さんと竹信三恵子さんのお二人である。 大内さんは松山大学、 次いで中京大学で教えながら、 教育、 社会の多様な問題、 とくに学生たちがおかれている経済状況について問題提起をしてきた方である。 竹信さんは長年にわたり朝日新聞の記者として、 労働、 雇用の現場を取材し、 いまは和光大学で教えている方である。 討論会の報告に加え、 お二人の研究者に寄稿していただくことにより、 若者にかかわる問題についての議論をさらに拡げたいと考えた。
(教育研究所)


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