●特集 T● 2014年度研究所討論会 関連寄稿
ブラックバイト
大内 裕和
 「ブラックバイト」 とは、 2013年 7 月に私がつくった言葉です。 自分がつくった言葉がここまで短期間で知られるようになり、 現在ではある種の 「流行語」 になっていることに、 とても驚いています。
 言葉を思いついたのは最近ですが、 それまでには長い経緯があります。 私が大学教員になったのは、 今から17年前の1998年です。 愛媛県にある松山大学に就職しました。 大学で教えるようになってとても驚いたのは、 学生のアルバイト日数の多さと時間の長さでした。 週 5 日以上のアルバイトをする学生が大勢いました。
 授業が終わればアルバイトのある学生ばかりですから、 学生と話をするのは大変でした。 たとえば夜の 8 時〜12時と長いインターバルで会を設定し、 「いつ来ても、 いつ帰ってもいいよ」 と声をかけて、 バイトで遅れる学生やバイトで途中退席する学生に配慮しながら、 何とか学生と話す機会をつくりました。
 ゼミ合宿を行うのも大変です。 ゼミ合宿の一ヶ月以上前には学生と日程について話し合う機会をつくり、 そこで学生同士の日程を調整して、 それでもアルバイトの日程の重なる学生にはそれを休むようにしてもらって、 ゼミ合宿を行いました。 ゼミ合宿はゼミの学生全員が集まらなければ不平等ですし、 教育効果も十分ではなくなってしまうからです。
 こうしたやり方も2010年前後からは、 とても困難になりました。 ゼミ合宿の日程を 1 ヶ月前に調整しようとしたら、 一人の学生が手を挙げます。 「無理です。 私のバイトは 2 ヶ月前にシフトが決まっています」 と言われました。 そこで 2 ヶ月以上前に日程を相談すると、 今度は別の学生が手を挙げます。 「不可能です。 私のバイトは 1 週間前にシフトが決まるので、 予定が組めません」 との発言です。
 この二人の予定を調整するのはとても困難です。 それでも何とか調整して別の日程を提案すると、 また別の学生が手を挙げます。 「その日は駄目です。 曜日固定制のバイトが入っています」 と言います。 曜日固定制のバイトは、 いかなる理由があっても休めないとのことです。 私はゼミ合宿の実施を断念せざるを得ませんでした。
 問題はゼミ合宿にとどまりません。 私は2011年 4 月に愛知県の中京大学に異動しました。 そこで出会ったのは、 試験前や試験期間中に 「アルバイトで勉強できない」 という学生の悲鳴です。 「余り勉強しない」 と言われている現在の学生も、 試験前や試験期間中には勉強しようとします。 しかし試験前や試験期間中にもアルバイトのシフトが減らせず、 勉強ができないと悩みを訴えてきました。 こういう悩みを訴えるのは真面目な学生です。 勉強する気のない学生ではありません。 真面目だからこそ、 試験勉強ができないことに悩んでいるのです。
 もっと驚いたのは、 アルバイトのために試験そのものを欠席し、 単位を落とした学生が出たことです。 また、 アルバイトのために、 大事な就職の面接に行けない学生も出てきました。 嘘のような話ですが、 どちらも本当です。 私は 「これでは大学教育はできない」 と考えて、 2013年 6 月〜 7 月に学生のアルバイト調査に踏み切りました。
 そこで驚くべき実態を知ることができました。 未払い賃金、 サービス残業、 自爆営業、 本人の希望を無視したシフト設定、 辞める時の罰金請求、 パワハラ、 セクハラなど、 違法行為や劣悪な働かせ方が横行していました。 そこで私が個人名を伏せて自分のフェイスブックに、 大学生のバイトの実態を掲載しました。 短い時間でとても多くの方にその記事はシェアされ、 内容にも大きな反響がありました。
 すでに大学を卒業してかなりの年数がたっている世代の皆さんからは、 「これが本当にアルバイトなのか?」 という驚きの反響がほとんどでした。 一方で現役の高校生や大学生からは、 北海道から沖縄まで 「私の地域も同じです」 との反応が返ってきました。 そこで私は、 これは自分の身の回りのみの現象ではないと判断し、 「ブラック企業」 になぞらえて、 「ブラックバイト」 と名づけました。
 ブラックバイトの定義は次のようになります。 「学生であることを尊重しないアルバイト。 フリーターの増加や非正規雇用労働の基幹化が進むなかで登場した。 低賃金であるにもかかわらず、 正規雇用労働者並みの義務やノルマを課されたり、 学生生活に支障をきたすほどの重労働を強いられることが多い」。
 バイトといえば、 フリーターもいます。 しかし、 ここではフリーターのことは含めず、 高校生や大学生の学生アルバイトに限定しています。 そこには、 狙いがあります。 高校生や大学生などの学生アルバイトに限ることによって、 「学業との両立不可能性」 と 「将来の労働力の再生産不可能性」 を社会問題化したかったからです。
 この狙いは成功しました。 ブラックバイトを提唱してから、 大手の新聞社・テレビなど多くのマスコミによる取材が殺到しました。 すでに 『現代用語の基礎知識2015』 (自由国民社) や 『朝日キーワード2016』 (朝日新聞社) にも、 ブラックバイトは新しい言葉として掲載されています。 すでに言葉として社会的には認知されたと言ってよいと思います。
 ブラックバイトの登場には社会的背景があります。 第一に、 日本社会の貧困化です。 高校生・大学生の学費の主たる担い手である保護者の経済状況は、 急速に悪化しています。 たとえば、 民間企業労働者の平均年収は、 1997年度の467万円から2013年の414万円に低下しています (国税庁 「民間給与実態統計調査」)。
 また、 1 世帯あたりの平均所得金額は、 1994年の664万円をピークとして2012年には537万円にまで低下しました (厚生労働省 「国民生活基礎調査」)。
 この状況下で、 学生のアルバイトはかつての 「自分で自由に使う」 お金を稼ぐためのものから、 「それがなければ学生生活が続けられない」 お金を稼ぐものへと変わりました。 大学生の多くが授業の教科書代、 自動車免許取得の車校代、 就職活動の交通費などをアルバイトで稼いでいます。 高校生のアルバイトの重要な理由の一つに、 専門学校や短大・大学の入学金が入っています。 入学金を払えない親が増加したことから、 「入学金をバイトで貯めること」 を生徒に指導せざるを得ない高校もあるそうです。 親の所得減によって、 学生が 「遊ぶ金を稼ぐ」 以外の理由で働かなければならない状況が広がっています。
 第二に、 労働市場の劣化です。 1990年代以降、 政府・財界の規制緩和政策などによって、 正規雇用の急減と非正規雇用の急増が進みました。 非正規労働者の数は2014年11月に2012万人と2000万人を突破し、 正規労働者の減少もともなって、 非正規労働者の全労働者に占める割合は38.0%に達しました (総務省 「労働力調査」)。  かつては、 非正規労働者の多くが、 正規労働者の 「補助」 補助労働の役割を果たしていました。 しかし、 非正規労働者の増加と正規労働者の減少は、 労働市場における非正規労働者の位置付けを変えました。 正規労働者の減少によって、 非正規労働者は職場の 「基幹」 労働を担うことを余儀なくされるようになりました。
  「基幹」 労働になってしまった非正規労働者は、 かつての 「補助」 労働の時のように、 自分の都合で休んだり、 シフトを調整することが容易ではなくなります。 バイトリーダー、 バイトマネージャーなど、 学生バイトであるにもかかわらず、 正規労働者並みの義務やノルマを課されることが、 珍しくなくなっているのもそのためです。
 第三に、 フリーターとの競合とアルバイト労働の高度化です。 経済的に厳しくてバイトを辞めることが難しくても、 すべてがブラックバイトではないのだから、 バイトを替われば良いのではないかと思われる方もいると思います。 しかし、 それも容易ではないのです。
 私が一人の学生が余りにもひどいアルバイトをしているので、 「君のバイトはブラックバイトだから他のバイトを探したら」 と聞いたら、 「次のバイトを探したくない」 と言われました。 「どうして」 と聞くと、 「またバイトを見つける苦労をしたくないから」 という答えが返ってきました。
 聞いてみると驚いたことに、 その学生は今のアルバイトを見つける前に、 アルバイトを50社ほど落ちているというのです。 その学生はとても真面目でしっかりしているので、 アルバイトの面接で問題があったようにも思えません。 詳しく事情を聴いてみると、 その学生は理科系の学部に通っていたこともあって、 実験や必修の時間はバイトには出られないので、 その時間はバイトを入れられないと雇用主に明確に伝えていたそうです。
 すると 「それなら結構です」 とバイトに落とされてしまいます。 こうしたことが起こる背景には、 フリーターの急増によって、 フリーターと学生アルバイトとの競合が起こっているということがあります。 学校との両立が必要でないフリーターは、 学生よりも時間に自由が利きます。 そこで学生よりも便利な労働力なのです。
 そのためフリーター並みの条件を飲まないとなかなかバイトが決まりません。
  「就活」 ならぬ 「バイ活」 (竹信三恵子さんのつくった言葉) が必要となっているのです。 バイトを見つけることが難しくなれば、 学校との両立を犠牲にせざるを得ませんし、 ブラックバイトに直面しても他の職場に移ることも困難になります。
 アルバイト労働の高度化も、 ブラックバイトを辞められない理由になっています。 かつてのアルバイトと違い、 現在の多くのアルバイトは責任が重いことに加えて、 かなり高度な労働を要求されます。 職場の人間関係の構築も加えれば、 アルバイトとして慣れるのに 2 ヶ月から 3 ヶ月を必要とすることも稀ではありません。 それだけの苦労をもう一度するくらいであれば、 ブラックバイトであっても、 我慢して働き続けようと考える学生も少なくありません。 このことが、 多くのブラックバイトを結果的に温存させることになります。
 以上のように、 日本社会の貧困化、 労働市場の劣化、 フリーターとの競合とアルバイト労働の高度化を背景として、 ブラックバイトが大量に生み出されてきました。 この状況で私たちに何が求められているのかを考えます。
 第一に、 ブラックバイトの現状を認識することです。 ブラックバイトはすでに 「当たり前」 のものとして定着していますから、 多くの学生は自分のアルバイトがひどいということを理解していません。 高校や大学の教育関係者や保護者は、 自分たちの時代のアルバイトと現在の学生のアルバイトが全く異なっていることを認識し、 そのことを高校生や大学生に伝えていく必要があります。
 学校現場では、 勉強や日々の生活において、 「努力」 の重要性を強調する傾向があります。 職場での 「適応」 や 「忍耐」 へ向けての 「努力」 を強調し過ぎると、 アルバイトの違法で劣悪な現実を見逃す危険性があります。 生徒・学生が不満や批判を伝えてきた場合に、 それを 「わがまま」 と切り捨てるのではなく、 職場の実態により注意を払うべきでしょう。
 第二に、 高校生や大学生自身が、 ブラックバイトを理解するための知識を提供することです。 ブラックバイトを理解するためには、 自分の働き方が違法であることを認識する必要があります。 しかし、 多くの高校生や大学生には労働法の知識がありません。 それは、 彼らの多くが労働法を学んだ経験がないからです。
 必要なことは彼らが労働法を学ぶ機会をつくることです。 高校生向けや大学生向けの労働法の教材は近年、 次第に充実してきています。 ブラックバイトについては、 私が作成に関わったブラックバイト対策マニュアル 「ブラックバイトへの対処法」 が、 ブラック企業対策プロジェクトのホームページ (http://bktp.org/ ) にアップされていて、 無料ダウンロード可能です。 ぜひ活用してください。 また、 弁護士などの専門家に労働法に関する講演や出前講義などを依頼するのも効果的だと思います。
 第三に、 ブラックバイトに直面した時に、 相談する窓口をつくっていくことです。 労働法の知識を学んで、 自分の職場がブラックバイトであることを認識しても、 それに対して声を上げることは容易ではありません。 違法で劣悪な条件で働かされていても、 あきらめて泣き寝入りしている高校生や大学生が多いのが現状だと思います。
 こうした現状を変えていくためには、 高校生や大学生がブラックバイトに直面した場合に、 気軽に相談することができる相談窓口をつくっていくことです。
 私の地元の愛知県では、 全国初のブラックバイト専門の弁護団 「ブラックバイト対策弁護団あいち」 (bb.help.aichi@gmail.com) が結成され、 高校生や大学生の労働相談にのるなど、 活動を広げています。 高校や大学の教育関係者は、 それぞれの地域の弁護士会や労働組合、 自治体などに対して、 ブラックバイトの相談窓口設置を要望することが大切だと思います。 また、 大学内での相談窓口の設置も有効かも知れません。
 ブラックバイトは 「学生であることを尊重しないアルバイト」 ですから、 それを容認することは高校教育や大学教育を不可能にしてしまいます。 すでにアルバイトによって、 部活動が困難になっている高校やゼミ活動が困難となっている大学は、 数多く登場しています。 ブラックバイトが高校生や大学生の 「教育を受ける権利」 (憲法26条) を奪っている現実を、 放置することは許されません。
 また、 ブラックバイトの広がりは、 非正規雇用労働の増加と基幹化を意味しますから、 正規雇用労働の減少と待遇の劣化をもたらします。 そのことは高校生や大学生の卒業後の就職にも悪影響を与えます。 正規雇用に就職しにくくなり、 またその正規雇用の処遇も悪化します。 就職難や学卒労働市場の劣化を食い止めるためにも、 ブラックバイトを根絶することは重要な課題です。
 ブラックバイトは、 1990年代以降の日本社会の貧困化と非正規雇用の急増に見られる労働市場の劣化から生み出されました。 その点で、 歴史的・構造的に生み出された根の深い問題です。 解決することは容易ではありませんが、 この現実から目をそらすことなく向かい合って対処していくことが、 高校や大学教育に関わる人々に強く求められていると思います。
 ブラックバイトについてより詳しくは、 今野晴貴×大内裕和 「ブラックバイトから見える教育の困難」 (『現代思想』 2015年 4 月号、 青土社) と大内裕和+今野晴貴 『ブラックバイト』 (堀之内出版) をぜひご参照ください。

 
 (おおうち ひろかず 中京大学)

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