【寄稿】

小児医療と子どもの貧困

和田 浩

はじめに
  私は長野県飯田市の病院に勤務する小児科医です。 診療のかたわら数年前から子どもの貧困問題を考えてきました。 ここでは、 いくつかの事例を紹介し、 取り組みの中で感じたことをお伝えしようと思います (事例はプライバシー保護のために実際とは変えてあります。 名前はすべて仮名です)。

事例
<なんだか不満そうなカオルさん>
 カオルさんは21才のシングルマザー。 2 才の一人息子を連れて受診しますが、 表情が硬く笑顔を見せたことがありません。 病気についての説明も黙って聞いていて、 なんだか不満そうに見えます。 「他に何か心配なことは?」 と聞いても 「ありません」 としか言いません。 「とらえどころがない人だなあ」 と感じていました。
 事情がわかったのは、 友人のユカさんが 「カオルが大変なので、 生活保護の相談をしたい」 と言ってきてくれたからでした。 カオルさんは夫から暴力を受けて実家に帰ってきました。 実家には祖母 (カオルさんの母) がいるだけですが、 その祖母に末期がんが見つかり、 しばらく入院したのちに亡くなりました。 祖母には多額の借金があり、 カオルさんは看病であまり出勤できず失業。 アパートからも退去を求められ、 困ってユカさんに電話してきたのです。 ユカさんもシングルマザーで、 以前当院の医療ソーシャルワーカー (MSW) が相談に乗ったのです。 MSWが同行し、 生活保護が受給できました。
 カオルさんが不満そうに見えたのは、 つらい状況なのに誰に相談したらいいかもわからず不安が強かったのだろうと思いました。

<定期通院に来ないケイコさん>
 ケイコさん (40才) と子ども 4 人の母子家庭。 3 人の子どもと母自身が喘息でいずれも継続的な治療が必要ですが、 定期受診にはほとんど来ません。 発作を起こすと受診しそのつど私は定期受診の必要性を説明し母は 「わかりました」 というのですがやはり来ない繰り返しでした。 ある時 「定期受診の日に来ないのは、 もしかしたら経済的に大変だからですか?」 と聞くと (この時私は 「こんなこと聞いていいんだろうか」 とかなりドキドキしましたが、 思い切って聞いてみました)、 「実はそうなんです。 医療費は後で返ってくる (長野県は小児医療費は償還払い制) けれど、 4 人分の薬代は 1 万円を超えてしまうので、 かかれない」 ということでした。
 この一家は何年も前から診ているかかりつけの患者さんでしたが、 私はそれまで 「何度言っても中断する困ったお母さん」 としか見ていませんでした【1】。

<子どもをどなりつけるマナミさん>
 27才のマナミさんは 8 才・6 才・4 才の 3 人子持ちでシングルですが、 髪は紫に染め化粧も服装も派手です。 子どもたちはそろって多動で、 待合で動き回りマナミさんは大声でどなりつけます。 派遣の仕事をしていますが、 それだけでは足りないので週末だけホステスのバイトをしていました。 ところが元夫と半年前から連絡が取れなくなり、 月 3 万円の養育費が途絶えてしまったのです。 しかたなくホステスのバイトを週 3 回に増やしました。 子どもたちを託児所に預け午後 8 時に出勤、 お店は 2 時までですが帰って寝るのは 3 〜 4 時。 6 時には起きて子どもたちを迎えに行きます。 睡眠不足でフラフラな時に子どもたちが騒ぐとイライラして手が出てしまうこともあるといいます。

なぜ医療現場では子どもの貧困は見えにくいのか?
 2008年ころから子どもの貧困に関する本が次々と出版されました。 当時 7 人に一人が貧困と書いてありましたが、 私の患者さんの中にはそれと思い当たる事例が思い浮かびませんでした。 それは 「いるけど見えていない」 ということなのでしょう。 「なぜ見えにくいのか、 どうしたら見えるようになるか」 と考えました。 そして武内一さん (耳原総合病院小児科医・佛教大学教授) とともに、 2010年から日本外来小児科学会年次集会でワークショップ 「子どもの貧困を考える」 を開催するようになりました。 これまでの取り組みで、 「なぜ見えにくいのか」 は大体わかったと感じています。
1) 患者さんからは言ってくれない。
 患者さんから 「うちは経済的に大変です」 と言ってくれることはほとんどありません。 そんなことは医療機関で相談することではないと考えているのです。 それなら、 こちらから聞いてみる必要があります。 「よほど信頼関係がないと聞けないのではないか」 と考える方が多いのですが、 私は場合によっては初対面でも聞くことがあります。 もちろんプライバシーに十分配慮し、 ていねいに聞かないといけませんが、 私はそれによって関係が悪化したことはなく、 むしろ 「先生がそんなことまで心配してくれるんですか?」 と感謝され、 信頼関係を深められることが多いのです。
2) 他の困難も抱えている
 貧困層の家庭の多くは貧困だけを抱えているわけではありません。 虐待、 DV (家庭内暴力)、 一人親、 外国人、 慢性疾患、 精神疾患、 発達障害、 失業、 不安定雇用、 若年出産など、 様々な困難を抱えています。 私たち医療者にはこうした点は見えやすいのですが、 その背景に貧困があるという点が見えにくいのです。 むしろ、 こうした困難を抱えている時に 「背景に貧困もあるのでは?」 と考えてみる必要があります。
 松本伊智朗さん【2】は、 北海道の児童相談所で虐待相談として受理した事例を分析し 「経済的困窮、 家族変動、 夫婦間暴力、 子どもの障害、 養育者の疾病と障害、 社会的孤立が重なり合い、 複合的な不利が形成される中で、 子育ての困難が子ども虐待問題として表面化する」 としています。 困難は複合しているのです。
3) 一人では見えない
 一人で把握できる情報には限りがあります。 私は 「気になる親子」 がいるとスタッフ (看護師・事務・保育士) とカンファランスを持ちます。 「気になる」 とは 「お母さんがおどおどしていた」 「些細なことにこだわっていた」 「子どもの落ち着きがなかった」 などといった文字通り 「ちょっと気になる」 程度のことです。 私が気になった親子はスタッフも気になっていることが多く、 それぞれの視点から親子のいろいろな側面を見ています。 待合での過ごし方は 「絵本を読んでやる」 「スマホばかり見ている」 「子どもをきつくしかる」 など親子関係がよくわかります。 会計で 「持ちあわせが少なくて」 などと話をしていく人もいます。 病児保育は時には一日 1 対 1 で子どもと過ごすので、 その子の様子がよくわかります。 そうした情報をつなぎ合わせると、 その親子の状況が見えてきます。

 私たちは年に 2 3 件ですが、 家庭訪問もします。 単にその患者さんについてよく知るというだけではなく、 困難を抱えた患者さんへの理解が深まり 「気づき」 の感度がよくなっていきます。
 地域の多職種と連携すると、 さらによく見えるようになります。 個人情報保護には十分配慮が必要ですが、 受診すべき時に受診しないのは医療ネグレクトに当たり、 虐待の疑いのある場合には通告義務があり積極的に連携するべきです。 それは 「悪い親を摘発する」 のではなく 「援助を必要としている人にきちんと援助の手を差し伸べる」 ということです。
 
「援助してあげたい気持ちになりにくい人たち」 を援助する
 困難を抱えた親子はどんな姿で私たちの前に現れるでしょうか。 私たちの中には 「貧乏だけれど健気な親子」 といったイメージがあり、 そうした場合は自然に援助してあげたい気持ちになります。 私は本当に健気な親子もたくさん知っていますが、 しかしそうではない場合の方が多いと感じます。
 外見・態度が 「オジサン好み」 ではない (化粧が厚い・服装が派手・タトウーをしている・あいさつをしない・ガムを噛みながら話すなど)。 コミュニケーションが上手ではなく、 キレる・感情的になるという形でしか気持ちを表現できない。 トラブルメーカー・クレーマー・モンスターなど。 一言で言うと 「援助してあげたい気持ちになりにくい人たち」 であることが多いのです。 私たち援助する側に何らかのネガティブな感情が生じる時、 相手は何か困難を抱えていると考えるべきだと思います。
 私たちには、 そうしたネガティブな姿の向こう側に、 様々な困難を抱えてつらい思いをしていることを理解し共感するとともに、 コミュニケーションの苦手な人とうまくコミュニケーションをとり、 援助に乗りにくい人を上手に援助していく技術を身につける必要があります。 こうした人たちの中には親自身が発達障害を抱えている場合も多いのではないかと思います。 発達障害について私は初心者レベルですが、 「発達障害かもしれない」 と考えると 「あのお母さん困るね」 で終わらず 「どんな工夫をすればうまく伝わるだろう」 と前向きになれることが多いと思います。
 小児科医が貧困問題に取り組んでいると言うと 「すごくストレスの多い仕事に歯を食いしばって取り組んでいる」 といったイメージを持つ方が多いようですが、 私はとても楽しく取り組んでいます。 なぜ楽しいのかと言うと、 こうした人たちのことを深く知ると、 一見 「困ったお母さん」 と思った人が、 実はとてもつらい思いを抱えていたり、 すごくがんばっていたりするのもわかってきて、 自然に 「援助したい気持ち」 になってくるのです。 医者は診療の中で患者さんに対しちょっとイライラすることはよくあります。 私がスタッフと行っているカンファランスは、 その理由を探る作業でもあり、 それがわかるとイライラの多くは解消するのです。
 もちろんうまく信頼関係が作れない場合や、 感情的なしこりを引きずってしまうこともあります。 そういう時に燃え尽きることなく援助を続けていくやり方も、 ひとつの技術として身につける必要がありますし、 そのためにもチームで取り組んでいくことが大切だと思います。

なぜ 「助けて」 と言えないのか?
 私たちは 「そんなに困っているのなら、 言ってくれればいいのに」 と思ってしまいます。 しかし、 彼らは 「助けて」 と言えません。
 雨宮処凛さん【3】は、 人間が誰かに 「助けて」 と言えるためには
  1. 「自分は助けられるに値する、 生きるに値する人間である」 という自己肯定感
  2. 他人や社会に対する最低限の信頼感
というふたつの条件が必要だとしています。 他人や社会への信頼感とは、 具体的には、 相談すれば何とかなると思える・相談してもばかにされないといったことでしょう。 彼らは、 相談してもどうにもならなかった、 「自己責任」 と言われかえってみじめな思いをしたといった物語を背負っています。 さらに、 そもそも社会に生活保護をはじめとした、 困難を抱えた人を助けるシステムがあるということ自体を知らないことが多いし、 知っていてもそれを利用することは恥であり、 社会に多大な迷惑をかけることだと思っています。
 私たちは彼らの自己肯定感と他者への信頼感を高める援助をすると同時に、 社会に流布される自己責任論や生活保護バッシングに抗して行く必要があります。

貧困は子どもの健康を悪化させる
 諸外国には貧困と子どもの健康に関する膨大なデータがあります。 例えば Currieらは【4】、 カナダの 0 11才の小児14169人を調査し、 保護者が子どもの健康状態が悪いとした率は、 0 才から格差があり10才代ではその格差が広がることを示しています【図】。 他に慢性疾患・喘息・入院などでも格差があります。
 日本ではこうした調査はまだきわめて少ないのですが、 阿部彩さん【5】は厚労省の 「21世紀出生児縦断調査」 のデータから、 入院と慢性疾患 (喘息・アトピー性皮膚炎・湿疹・食物アレルギー) の通院について検討を行い、 「入院と喘息の通院は貧困層に多く、 アトピー性皮膚炎・湿疹・食物アレルギーの通院は、 所得が多いほど通院率が高い」 ことを示しています。
 Currie のデータの中の 「貧困層の子どもの健康状態は10才代で悪化し、 格差が広がる」 という点について、 私は初め 「そんなことってあるんだろうか」 と思いましたが、 元高校教員の本間正吾さんからは 「いわゆる高校のランクと経済格差が結びつき、 そして子どもの体格も疾病の状況も結びついていることは、 いわば 『現場の常識』 と言っていい」 というコメントをいただきました。 医療者は子どもの健康問題の専門家ですが、 実感でとらえられていることとそうではないことがありそうです。 データを出すことの重要性を感じます。
 また阿部彩さんのデータについて、 金澤ますみさん (スクールソーシャルワーカー・桃山学院大学教員) からは 「入院が非貧困層より貧困層に多く、 通院は貧困層より非貧困層に多いという点は、 現場感覚とマッチするもの」 とのコメントをいただきました (このことを金澤さんは 「月刊生徒指導」 にも書いておられます【6】)。 私たちには医療機関に来ない子どものことはわかりません。 それをしかたのないこととしてしまうのではなく、 私たちの目の届かないところに不健康な子どもがいることを認識して医療を行っていく必要があります。 そのためにも教育・保育などの分野の方との連携・交流が必要なのだと思います。
 私も参加する佛教大学の 「脱貧困プロジェクト」 では、 2014年度全日本民主医療機関連合会小児科の協力を得て、 入院・外来・新生児に関して、 貧困と子どもの健康に関する調査を行っています。 こうした調査や他分野との交流を広げて 「貧困と子どもの健康」 についての実態を明らかにし、 政策提言などもしていきたいと考えています。


<付記>
※ 「子どもの貧困と医療を考えるメーリングリスト」 での情報交換を行っています。 参加ご希望の方は和田 (zan07102@nifty.com) までご連絡ください。

<文献>
【1】和田浩:小児科医の見た子どもの貧困問題、 長野の子ども白書2012;94-95 (http://naganonokodomo.moo.jp/kodomo/hakusho/)
【2】松本伊智朗:子ども虐待と家族、 明石書店2013
【3】雨宮処凛:いま、 改めて 「生きさせろ!」。 生活保護で生きちゃおう、 あけび書房、 東京120-130、 2013
【4】 Currie et al. Socioeconomic Status and Health: Why is the Relationship Stronger for Older Children? The American Economic Review 2003 ; 93, No.5:
【5】阿部彩:子どもの健康格差の要因―過去の健康悪化の回復力に違いはあるか― 医療と社会2013 ;.22:255-269
【6】金澤ますみ 「医師と出会えることの意味―つながりを探して?―」 『月刊生徒指導』 2014年12月号, 学事出版

 

(わだ ひろし  長野県飯田市健和会病院小児科医)


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