- はじめに
神奈川県高等学校教育会館教育研究所主催の2014教育討論会からほぼ 1 か月後に行われた第47回衆議院選挙は、 52.66%という戦後最低の投票率でした。
多くの若者が投票に行かなかったと伝えられています。 年末で、 焦点が明確にされず、 突然の選挙だったことも低投票率の要因だったと思われますが、
それ以上に若者を取り巻く雇用環境の悪化や絶望的ともいえる格差の拡大が若者の投票行動を 「奪った」 のではないかと思われて仕方がありません。 それほど現在の労働現場の実態はすさまじいものです。
私は、 連合が全国47都道府県に配置した神奈川県の労働アドバイザーとして 7 年強にわたり労働相談を基本に個人で加入できる連合ユニオン神奈川という労働組合 (中小・零細企業の労働組合を含むいわゆる合同労組) の書記長として、 労働の現場と向き合ってきました。 そうした私が、 最近強く感じているのが格差の拡大とその固定化、 一度派遣労働者やパート、 契約社員になると正社員になることがほとんどできないという現実です。 こうした若者が増えており、 こうした若者は、 現状と将来にも夢も希望も持てない、 持っていないという社会の閉塞感です。 政治家の子弟は政治家、 最近では芸能人も子弟は芸能人という時代です。 職業も固定化され、 間違いなく労働者内での階層化が進行しているといわざるを得ません。 こうした若者にとって、 選挙での投票行動で何が変わると思われるでしょうか。 現在の社会の不条理、 矛盾に切り込むことなくして選挙の投票率も上がらないのではないかと思われます。
- 非正規労働者の増加と労働組合組織率の低下
「雇用の劣化」 が言われて久しいですが、 相変わらず非正規労働者は拡大を続けています。 有効求人倍率は改善された、 雇用は拡大しているといわれても中味は非正規です。
派遣、 パート、 契約、 アルバイトなど非正規労働者は、 2000万人を超え、 雇用労働者全体の38%強、 働くものの 3 人に 1 人以上となりました。
そして雇用労働者の 4 人に 1 人にあたる1100万人を超える労働者は、 年収200万円以下層と言われていますので、 これら非正規労働者はほとんどが年収200万円以下の低賃金層と思われます。
結婚したくても結婚できない、 子供を産みたくても産めない、 正社員になりたくてもなれない階層の人たちが増えているのです。
さらにこれら非正規労働者の多くは、 労働組合に組織化されていない未組織の労働者であると考えられます。 何故なら、 現在の雇用者 に 占 め る 労 働 組 合 員 の 割 合 は 、 わ ず か に 17.5%であり、 組織率は 4 年続けて過去最低を記録しています。 100名未満企業の組織率は1.3%と100人に 1 人強しか組合員がいない、 ほぼ99人は未組織労働者という状況です。 一方、 1000人以上規模の組織率は54%です。 全企業の99.7%を占め、 従業員数では 7 割を占める中小企業ではほとんどが非組合員ということです。 非正規労働者や非組合員の多くは、 低賃金であるばかりでなく、 労働基準法をはじめとした労働法も守られていません。 こうした労働者にとっては、 17.5%の組織労働者は、 労働者の中の 「特権階級」、 豊かな階層と映っているだろうと思われます。 しかも深刻なのは、 多くの場合財産や学歴や階層までが事実上相続され、 固定化されているということです。 安倍政権は、 アベノミクスの第 3 の矢で規制緩和を前面に打ち出し、 労働者派遣法や残業代ゼロ法など労働法の抜本改悪を進めようとしています。 これに対し連合は、 労働者 「保護ルール」 改悪阻止全国リレー集会などを展開しています。 しかし非正規、 未組織労働者の多くは、 すでに失うべき 「保護ルール」 さえも保障されていないのが実態なのです。 だからこそ、 非正規労働者を正規にするか、 賃金・労働条件を正規並みにするか、 非正規の組織化を含め、 未組織労働者の組織化を全力で進める必要があります。 そして労働法の改悪に対しては、 正規・非正規、 組織労働者・未組織労働者が一体となって安倍政権と対決できる体制を作り上げなければなりません。
- 戦後の労働組合活動をふり返る
労働現場の実態の話に入る前に、 少し戦後の労働組合運動について触れておきたいと思います。 現状を考えるうえで比較、 対照の観点からも参考になることが多いと思います。
雇用者に占める労働組合員の割合 (労働組合組織率) は、 1949年〜50年頃が最高で推定で60%と言われています。 1950年は、 総評が結成された年です。
1982年から30%台に落ち込み、 そして1989年連合が発足してから減り続け、 2003年には10%台となり、 現在は17.5%となっています。
賃上げ、 労働争議件数をみると賃上げのピークは1974年で、 73年秋のオイルショックによる大幅なインフレがありましたが、 平均で32.9%、
3 万円を獲得しています。 そして労働争議件数も1974年が最高で、 5,200件、 360万人が半日以上のストライキに突入しています。 現在は、
賃上げ 2 %、 労働争議件数は38件10万人以下と往年の組合活動は見る影もありません。 もちろん背景には、 デフレ経済、 非正規労働者の増加、
さらには産業構造の変化が存在することも事実です。 労働組合の中心であった工場・製造業の就労人口は1975年には、 34.2%でしたが、 現在は約半分の18%にすぎません。
一方、 サービス業の就労人口は37%、 医療・福祉が12.8%と両者で雇用者数のほぼ半数を占めるに至っています。 サービス業や医療・福祉に働く労働者の組織化は、
規模や分散化などの要因でほとんど進んでいません。 こんなところにもこれまでの労働組合運動停滞の要因があると考えられます。
さらに現在は、 年功序列型賃金や一時金、 退職金などが仕事や能力、 成果の査定による決定基準に変わってきており、 賃金、 労働条件の個別化が進行しています。 その結果、 労働組合組織率の低下と相まって、 従来の集団的労使関係から個別的労使関係、 個別的労使紛争の増加が目立っています。 こうした状況に対応するために、 労働局のあっせん機能の強化や従来の裁判より簡単な手続き、 短い期間での裁判として労働審判制度が確立されてきています。 こうした中で、 私たちのような労働相談機能、 個人で加入できる労働組合の存在価値が高まっているのだろうと考えられます。
- 労働現場の状況
- IT企業に勤める大学新卒のI君の事例
金融関係のシステム開発会社に正社員として就職。 1 年弱後、 体調を崩し心療内科を受診、 1 か月後には脳神経科に行く、 その 3 か月後、 仕事が忙しく毎月50時間程度の残業を 2 ヵ月続ける。 再び体調を崩し会社を 1 週間休む、 その後出勤のため会社の前まで行くが出勤できず、 母親に 「旅に出るから探さないで」 とメールを残し 1 週間行方知れず、 この間会社を無届欠勤。 その後出社するが、 常務に 「無届欠勤なので、 懲戒解雇か自己都合退職か選択せよ」 と言われる。
学校から企業に、 この環境変化は大変なものです。 企業は縦社会です。 業務命令は絶対です。 コミュニケーションがとりにくい人や仕事が遅い人はおいて行かれ、 時には排除やいじめの対象になります。 私たちの労働相談室には、 年間900件を超える労働相談があり、 そのうち 1 割強の人が個人で私たちの労働組合である連合ユニオン神奈川に加入し、 会社と交渉を持ちます。 最近は組合員になる半分以上の人が何らかの形で 「心療内科」 を訪れたことがある人たちです。 Iさんも組合に加入し会社と交渉を持ち、 会社都合での退職、 解決金として 3 か月分の賃金を受け取り、 再就職先を探すことになりました。
- 看護師Kさんの事例
Kさんは九州から看護師として上京、 神奈川県で就職しました。 しかし友達もおらず、 人間関係がうまく作れず仕事を休みがちになり、 うつ病で休職、 その後職場復帰するものの欠勤を続け、 病院側からパワハラや退職を迫られ相談に来ました。 組合員になり病院側と交渉、 退職も解雇もありませんでしたが、 その後もほとんど出勤できず、 相談する人もおらず孤独そのもの。 社会保険料の本人負担分や借上社宅の家賃さえ支払うことができず、 病院が立て替え、 その後生活保護での生活になりました。 現在は、 病院側との話し合いで病院の立替金80万円ほどを病院が免除、 社宅の立ち退き期間を 2 か月もらい、 1 か月分の移転料と退職金で第二の人生を踏み出しています。
職場に余裕がなくなり、 成果主義と短期的な利益追求が蔓延するようになってから職場での人間関係が変わってきているようです。 連帯だとか助け合いは過去の遺物となってしまったのでしょうか。 労働組合ぐらいはこうした人間のぬくもりを大切にしていくよりどころとしてあり続けたいと思います。
- パートで購買の仕事、 Dさんの事例
Dさんは新卒で大手スーパーに就職し、 購買の仕事に従事しました。 購買の仕事を10数年続け、 職場の居心地も悪くありませんでした。 ところが親が倒れ、 その介護のために退職せざるを得なくなり、 退職。 数年後親を看取った上で再就職することにしました。 ところが正社員の職がなく、 仕方なく大手企業に購買の仕事があったので、 時給900円のフルパートとして就職しました。 購買の仕事の経験があったことで、 職場では正社員とほぼ同様に価格交渉や見積もりなどもこなしてきました。 ところが勤続 4 年になろうとしているのに賃金は、 時給900円のままです。 上司からは賃金について納得のいく説明がないとして相談に来ました。 Dさんも組合員になり、 会社に交渉を求めました。
現在介護休業法はあるものの、 長い介護となれば、 会社を退職する事例はかなりあると思われます。 しかし一度正社員から外れると正社員としての復活は厳しいものがあります。 多くは、 パートや派遣社員など非正規社員としての再就職になります。 賃金は低く、 賞与も寸志程度、 退職金制度などは、 まずありません。 使い捨ての構造です。 正社員との違いは 「雇用の形態」 が違うというだけで、 労働時間や仕事内容はほとんど変わらないという事例も多いのです。 労働組合が職場でこうした層を組織化し、 賃金や労働条件の改善を企業に求め、 政府に対して制度的な改善の法制化を強く迫っていかなければ、 労働者は救われません。 安倍自民党政権は、 派遣労働のさらなる拡大につながる派遣法改悪や有期雇用の労働契約 5 年で正規社員への転換を決めた労働契約法の改悪などを進めており、 このままでは、 使い捨て労働者は増えるばかりです。
- 常用の派遣社員として10年以上勤務、 T君の事例
派遣には、 登録型という雇用関係を派遣の時だけ締結するものと、 常用型という派遣会社と雇用関係を締結し、 派遣先で働くという二つの形があります。
T君は常用型の派遣労働者として、 大手自動車会社の開発部門に設計として派遣され、 働いていました。 余談ですが大手自動車会社の開発には多くの派遣労働者が働いていると聞かされ、
ビックリでした。 各企業の中枢にまで派遣労働者が入り込んでいるのですね。 T君は福島に仕事が入り、 二重派遣を避けるために形だけ別会社に転籍して、
そこから他社へ派遣で行きました。 その会社で賃金のトラブル=不払いが発生し相談に来ました。 T君は組合員となり、 元の会社に戻った後、 元の会社を通して転籍先の賃金不払いを請求し、
支払いを実現しました。
常用型はまだ恵まれていますが、 登録型の派遣に問題が多いのです。 派遣先の仕事がなくなれば、 簡単に雇用が打ち切られます。 他の会社を紹介されるといっても勤務場所や条件に大きな違いがあり、 現実には無理な場合がほとんどです。
不安定な雇用、 これでは本当に病気もできません。 結婚などとても考えられません。 子供をつくることなどありえません。 いつから日本はこんな社会になってしまったのでしょうか。 かつては生活は苦しいながらも結婚し、 子供をつくり、 将来に多少の夢を持てた日本ではなかったのでしょうか。
- 携帯電話の販売業務、 妊娠 6 か月、 Sさんの事例
携帯電話の販売業務に従事する契約社員。 入社して間もなく妊娠、 妊娠を報告すると店長は冷たい対応。 残業、 深夜にかかる仕事もそのまま継続させられる。
体調がすぐれず、 残業、 深夜の仕事を断ると 「何様のつもりなのか」 言われ、 認めてくれない。 明らかに法違反ですが、 結局Sさんは切迫流産で入院、 そのまま出産しました。
特に中小の職場やサービス業では、 「マタハラ」 が増えています。 妊娠して、 残業や深夜労働を断っても認めてもらえない、 「軽易な労働」 を望んでも認めてくれない。 むしろ退職を強要される。 総合病院に勤める小児科の医師が病院の院長に妊娠を報告したところ、 退職を求められた事例もあります。 明らかに、 労働基準法や男女雇用機会均等法違反であっても組合もなく、 相談者もいなければ退職せざるを得ない人も多いと思われます。 妊娠差別だけでなく、 出産してから産後休暇が明けて育児休業を取ると、 その育児休業期間に退職を迫られたり、 復職を約束してあるにもかかわらず、 復職を認めない事例も後を絶ちません。 私たちは、 こうした相談について、 組合員になってもらい、 会社との交渉の中で具体的な事例にあった解決を図っています。
- 居酒屋の調理人、 時間外不払い、 Yさんの事例
Yさんは居酒屋の調理人、 準備のための買い出しから、 開店準備、 調理、 後片付けまで毎日12時間以上の長時間労働、 土曜日も出勤、 しかし時間外手当などは支給されていません。
2 年間で700万円を超す時間外の未払い、 新しい賃金制度の整理などを巡って相談、 Yさんは組合加入、 会社と交渉。 半額程度の不払い分を解決金として受け取り、
新しい賃金制度を確認しましたが、 日常的に顔を合わせる経営者とうまくいかず、 結局 1 年後に退職しました。
居酒屋系のチェーン店では、 雇用者は、 正社員の約10倍のアルバイト社員が当たり前の状況です。 あるチェーン店では、 アルバイトは 1 か月の労働時間を130時間に抑え、 翌月は200時間を超えてほぼ無制限に働かせ、 厚生年金、 健康保険のいわゆる社会保険に加入していません。 しかしこの事例はまだましな方で、 法的には、 週30時間以上働かせているので本来加入しなければいけない社会保険に未加入、 ひどいところでは週20時間以上働かせているにもかかわらず、 雇用保険さえも未加入というところが個人経営の接客業、 パチンコ店の店員、 新聞配達店の配達員、 調理師などで多く見受けられます。 法律がほとんど機能していない現実がいくらでも存在するのです。
長時間労働、 時間外不払いは、 中小運送業に働く運転手の中でも一般的に存在する傾向です。 1 か月300時間労働はざら、 固定残業代として処理されたり、 いずれにしても正しい時間外分は支払われていないことが多く存在します。 また、 賃金の低い介護・福祉の現場では、 パワハラが横行しているのではないかと思われるほどパワハラ関係の相談が多くあります。 人がかかわる仕事で、 職員数が少ないという背景が垣間見える気がします。 最近はやりのブラック企業ですが、 これは、 近代的な職場、 一見魅力的な職場で実は労働の強制が存在するというものです。 ヤマダ電機やワタミの過労死や過労自殺、 「過労死は自己管理の問題」 だとか、 できないとは言えない職場の雰囲気、 ユニクロでは 3 年以内での離職率が 5 割、 サービス残業の問題やうつ病になる人が多いことなども指摘されています。
- 我々がなすべきこと〜労働法・労働組合を知ろう、 教えよう
今アメリカでは、 99%対 1 %ということが言われています。 99%の貧困層と 1 %の富裕層、 この矛盾がウォール街の占拠として表現されました。 日本では、 65歳以上層が25%を超え、 15歳〜64歳までの生産人口は、 32年ぶりに8000万人を切ったといわれています。 アベノミクスは、 大企業の利益を拡大し富裕層を優遇することで、 下にお金がしたたり落ちるとしていますが、 格差の拡大しか作り出さないのではないかと思われます。 すでに先進国では、 かつてのような成長は望めません。 現在成長しているのは、 最近若干落ちていますがインド、 中国、 アフリカなどです。 しかもこうした新興国の成長は、 世界人口をさらに増加させています。 現在世界の人口は、 72億3000万人強、 1 日に20万人が増えているといわれています。 この世界の人口が新興国の成長によってさらに拡大を続けるということになれば、 地球環境はどうなるのでしょうか。 人類の将来はどうなるのでしょうか。 種の保存のためにもこれ以上の成長は 「オーバーシュート」 になるのではないでしょうか。 最近の地震、 火山の爆発、 ゲリラ豪雨、 さらにはエボラ出血熱などはこうした人類の勝手な行動に対する自然からの警告だと考えなければならないと思われます。
雇用の劣化、 人間の尊厳の低下としか言いようのない格差の固定化、 今や職場は人間の協働の場ではなく、 競争の場と変わりつつあるように思われます。 現在の矛盾の根源を我々はその足元、 職場から作り変えていかなければならないと考えます。 そのためには、 いくつかの方策があると思いますが、 皆さんとの関わりで言えば、 まず学校教育の中で、 職場、 労働について考えてもらうことだと思います。 今、 働くということ、 生きるということはどういうことなのか、 経営者と労働者との関係とはどういう関係なのか、 こうした現実に迫る教育を行うことが必要なのだと考えます。 学校生活と職場での生活は雲泥の差があります。 環境は一変します。 しかも見てもらったような労働現場の実態です。 多くの人が、 最初は戸惑い、 悩むことになると思います。 生徒たちが職場で感じるだろう問題に対処するために労働組合の必要性や最低の賃金や労働条件は法律によって規定されていることを教えていかなければなりません。 さらに雇用契約で約束されている賃金、 労働条件は、 一方的に不利益変更することはできないことなどを教えていく必要があります。 そのためには、 まず皆さんに労働組合法、 労働基準法、 労働契約法程度は学習し、 理解してもらいたいと思います。
生徒の皆さんには、 それでも解決がつかずに困ったときは、 私が所属するような労働相談室に電話をして相談するように話してください。 相談するだけでなく、 個人でも入れる労働組合があり、 問題の解決を図ることができるはずです。 私たちの組合、 連合ユニオン神奈川は、 交渉には99%近い企業が応じていますし、 90%以上という高い解決率を誇っています。 連合の労働相談室は、 全国に存在します。 各都道府県とも同じ電話番号です。 フリーダイヤル0120-154-052です。 何かあれば、 電話をかけて相談するように、 そして問題の解決のためには、 個人でも入れる組合へ加入すること、 このことも是非、 伝えてください。
今の時代を人間らしく生きていくためには、 労働組合の存在が不可欠です。 労働組合こそ、 格差と閉塞社会に対する対抗軸となりうる存在ではないかと考えます。
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