海外の教育事情 (19) 
アメリカ・イギリスの新聞記事を読む
 
  記事紹介:山梨 彰     論評:佐々木 賢
 
 (要約) アメリカではブッシュ前大統領の 「落ちこぼれゼロ」 法以来、 オバマ大統領の 「頂点への競争」 政策でも中等学校の生徒へのテスト漬けは変わらない。 フロリダ州の親は、 このような状況を改善するために立ち上がった。

  1. テスト批判

    テスト体制失敗という意見にフロリダ州が同意(New York Times 2014.11.10) より

     最近フロリダ州の高校で保護者の集会が開かれた。 親は学校でのテストの多さを批判し、 「テストのストレスを和らげるため精神安定剤を服用している」、 「不登校になった」、 「授業よりテストに価値をおく学校文化に反対して教師が退職する」、 「子どもは学校が好きだが、 学校まで車で送りたくない」、 「子どもの体の震えがひどく、 疲れているのに眠れず、 空腹なのに食べられない」、 「子どもを学校に行かさない。 テストのための授業は社会を破壊している」 などと訴えた。
     今までも不満はあったが、 今年は親も州の教育関係者も動き出した。 全国にも抗議が広がって、 州によっては卒業テストをやめ、 40州以上で全国基準とされる共通基礎 (Common Core) のテスト結果の発表を延期し、 テスト実施回数を減らした。 8 月に教育相は 「テストのせいで教室は息苦しい。 教師も新しい基準やテストに対応できていない」 と述べた。 大都市部の公立学校校長の会合でもテスト体制への懸念が表明された。 フロリダ州のテストの回数は他州よりも多く、 今年は年間180日の授業日の内平均60~80日が標準化テストに当てられる。 毎日テストを受ける生徒もいる。
     フロリダ州ではイデオロギー、 政党、 人種を問わず激しい怒りが沸き起こっている。 教育に説明責任制度を導入したブッシュ前知事は、 こうしたテスト体制と学校の 6 段階ランクづけを導入した。 兄のブッシュ前大統領がテキサス州知事の頃に同じようなことをし、 大統領になると 「落ちこぼれゼロ」 法で成績向上が判定できるテストを各州に開発させた。
     フロリダ州は標準化テストの目標を上げ、 テストを難しくした。 州は教員評価を導入すれば連邦補助金を得られる、 各学校区は新標準化に歩調を合わせたいというそれぞれの思惑で、 今年からテスト回数を増やしたため不満が高まった。
     この事態のなかで、 フロリダ州の各学校区は強制的なテストを減らそうとしている。 パームビーチ郡は今年ある数十回のテストを削減すると発表した。 マイアミ・デイド学校区監督 (superintendent) は 「テストは暴風のようにやってくる。 多すぎるし、 長期間にわたり、 急がせすぎである」 という。
     この監督は、 州の他の学校区監督や教育委員会の委員とも協力して、 新テストの採用の先送りを要求している。 新テストには、 公立学校、 教員、 生徒をランクづける 「フロリダ標準化テスト」 (注:共通基礎の別種で今までよりも基準が厳しい) もある。 共和党が多数派の州議会はテスト体制を支持しているが、 州の教育当局は生徒の成績向上、 教師の支援、 親への情報提供という本来の教育の使命を、 各州をリードして果たすようだ。 批判の高まりの中で、 知事は州教育長 (Education Commissioner) に、 多くの州で義務化されている標準化テストの調査を要請した。 フェアテスト (注:FairTest テストの公平と公開を進め、 標準化テストを監視する全国組織) の担当者は 「テストの多さと影響に対して世論は怒り、 政治家は対応に苦労している」 と述べた。
     フロリダ州では今年多くの変化があった。 連邦の 「頂点への競争 (Race to the Top)」 政策 (注:オバマ大統領による2011年からの公立学校教育の改革政策で、 2011年の予算は43億5千万ドル。 改革の主眼は生徒の進歩を測定し、 それに基づいて教員評価をするデータシステムの構築) による補助金を支出して、 州は全科目に学年末テストをし、 その得点に連関させて教師の給料と職を評価する。 マイアミ・デイド郡の学校科目は1,600科目ある。 学校区が科目試験を作成するが、 議会はこれに予算を充当せず試験作成は非常に遅れている。
     日常の教室でのテストに加えて、 成績を記録し管理する学校区主導の診断テストが増加している。 2 週間毎にテストをする教師もいる。 これまで大学レベル先行学習 (Advanced Placement)、 SAT、 ACTというテストがあったのに、 である。
     ところが、 フロリダ州でのテストの実行は難しい。 州は小学生も含む全生徒が今年、 標準化テストをコンピュータで受験するよう指示した。 しかし州はこのために必要な予算を組んでいない。 学校には全生徒分のコンピュータはないので、 テストは時間をずらして一日中行なわれ、 そのためテスト監督が増え、 授業がますます減る。 今年のテストは共通基礎と同様に難しく、 ニューヨークなどの都市では得点が下がり、 生徒は落第を、 教師は自分の評価への反映を恐れている。 フロリダ州では不合格の高校生は落第するか、 卒業できなくなる。
     テスト体制への不満は噴出している。 リー郡区教委は批判の先頭を切って、 州が義務付ける標準化テストをやめようとしたが、 やめると罰則があるので撤回した。 マイアミ・デイド郡は教師と生徒が教室にいる時間が長くなるように、 学校区指示の中間試験の一つを廃止した。 ゲインズビルの幼稚園教諭は、 州が義務付ける読みの診断テストを取りやめるとフェイスブックで親に説明した。 このテストは一人ひとりコンピュータでやらなければならず、 3 週間分の授業時間を費やす。 この教諭の影響で、 教育長は年少の生徒に特別なテストを課すことを疑問視し、 親や教師は憤懣を露わにした。

  2. ニューヨーク市の学校強化策(New York Times 2014.11.7) より

      先日市長は失敗校を支援し、 学校を変える困難校救済計画を公表したが、 学業成績が最低で、 最も機能していない学校を再建するには不十分な内容である。
     市は卒業率や試験成績を判断基準として最困難校94校を再建校に指定した。 再建校は、 生徒に連日の補習と夏期講習、 教師に追加研修を行なう。 学校に追加予算として150万ドル (1億7,600万円) が 2 年間与えられる (注:1 校あたり年間約8,000ドル (約95万円) )。
     さらに改善策は、 学校をコミュニティ・スクールに変えようとしている。 そうすれば精神衛生、 歯科治療などを提供でき、 生徒の学習の社会的阻害要因が除去できるという。 しかしこれまでの実績を見ると、 この転換は良し悪しである。 例えば、 コミュニティ・スクールの試行の先頭を走るシンシナチ市では、 多額の投資にもかかわらず学業成績は低いままだ。 特に学校を順調に運営してきて、 落ちこぼれた生徒を熱心に教育してきた校長にとっては、 新しい援助策全体を調整する仕事は難しそうだ。
     市長の政策は 3 年間にわたる。 来年は生徒の出席状況の改善、 再来年は学業成績の改善が必須である。 基準に達しない学校は、 指導部の入れ替えや組織再編成の憂き目をみる。 94校の再建校のうち53校は州の学校のうち最低ランク 5 %に入り、 長年困難校であった。 州や連邦の規則によると、 このような学校にはただちに介入して学校を再組織し、 3 年間といわずすぐに生徒を援助する必要がある。 ブルックリンにある 2 つの高校はこうした長年の困難校に当てはまる。 前市長は、 失敗校の閉鎖を教育計画の要とした。 前市長はコミュニティと丁寧に相談せず、 学校閉鎖に先立つべき学校改善への取り組みが不十分だった。 しかし卒業率の改善などをみると閉鎖策は正しかった。 現市長は前市長と異なる方法を取るようだが、 有用な改革策の放棄にはならないだろうか。

  3. 記録的な労働者家庭の貧困
    低賃金人口増と生計費以下での就業財政援助方式が変わると学校予算は大削減に(Guardian 2014.11.24) より

     ある財団の調査によると、 不安定かつ低賃金就労で貧困状態に陥った労働者家庭の数字は記録的になり、 昨年就業した人の 2/3 の賃金は生計費以下である。 この10年間以上、 年金生活者は裕福だが、 最悪の暮らし向きの人の実質所得は10%下落した。 生計費は全国的に£7.85 (1,396円)/時間、 ロンドンだと£9.15 (1,627円) かかるが、 いずれも法的義務である最低賃金£6.5 (1,156円) を越える。
     労働者家庭の多くが貧困なのは、 ゼロ時間契約 (注:zero-hours contract 仕事がある時だけ呼び出される雇用契約であり、 被雇用者は求めに応じて就業するので、 明確な労働時間が保障されていない。 (“Wiktionary”より) )、 パートタイム、 或いは低所得の自営で働いていることも一因である。 約140万人の人が最低労働時間も保障されない問題のある労働契約であり、 低賃金の仕出し店、 小売業、 事務職で働いている人が大半である。 自営業での稼ぎも、 5 年前に比べて平均13%も減った。
     2008年から2013年にかけて常勤労働者の平均的時間賃金は、 男では£13.9 (2,472円) から£12.9 (2,295円) に下がり、 女では£10.8 (1,921円) から£10.3 (1,832円) に下がった。 貧困ラインとなる賃金水準がいっそう低下しているのは、 低所得者向けの公共住宅に住めずに私営の賃貸住宅に住む人々が増えたからだ。 地主から立ち退きを迫られても、 多くの人は転居先がないためにホームレスになる。 また、 この10年間の食料費、 光熱費、 交通費の値上がりは消費者物価指数の30%の上昇をはるかに凌ぐ。
     財団によると、 イギリス社会は短期間に完全に変化したという。 「貧困問題と闘うには総合的な戦略が必要だ。 低賃金や高価格の生活必需品などの貧困の原因と闘わねばならない。」
     報告書をまとめた研究者は、 「収入は 5 年前よりも低く、 就業できても多くの人は低賃金の仕事しかない。 政府は福祉の改革を進めてきたが、 貧困問題に取り組むにはもっと広い視野が必要だ。 労働市場、 住居費や安全性、 低所得者への公共サービスの均等化などだ。」
     低所得者向け住居に住む人の割合は、 年金生活者の13%、 就業年齢の大人の21%、 子どもの27%になる。 貧困層とは、 住居費を除いた家計収入が中央値の60%以下の人々である。 2013年の独身者で週あたり£130 (23,000円) になる。 しかし、 政府は 「政府の長期経済計画の目的は回復力のある強い経済を作ることだ。 今の政府で大不況以来初めて実質賃金が上昇した」 と述べる。

  4. イギリス企業の半数が移民を雇用(Guardian 2014.11.24) より

     イギリス商工会義所の報告書によると、 イギリス企業の約45%がEU内外からの移民労働者を雇用している。 イギリス生まれの労働力が足らず、 海外からの働き手は意欲的な労働倫理を持っているという。 会議所の理事長は、 「企業が移民労働者に依存しているのは、 国内に有能で適切な人材を見つけられないからだ。 移民労働者のほうがイギリス人労働者よりも仕事に対して順応性や意欲が高く、 経験も資質も優れている」 と述べた。
     あるサンドイッチメーカーがイギリス人ではなくハンガリー人労働者を雇って非難されるという事態が最近あった。 しかし、 ある機械部品メーカーの話によると、 東欧からの移民は大変労働意欲があるし、 病気で休むことはまずないし、 新しい技能をすぐに修得するという。 この家族経営の部品メーカーは、 雇用差別をしない企業 (equal opportunity employer) であり、 今まで移民もイギリス人も両方雇ってきている。 この企業の経営者は 「長期的・持続的なイギリスの成長のためには、 教育者や保護者とも協力して、 世界で最良のものと競争できるような十分な技能と労働倫理を若者に与えるべきである」 と述べた。
     会議所によれば移民労働者を雇っている10社中 9 社では、 移民労働者の割合は低く、 社員の 3/4 以上はイギリス人だという。 12%の会社で全社員の10%強がEUからの移民であり、 4 %の会社で非EU移民が全社員の10%だという。 食品仕出し会社やホテル業界では約70%の会社が移民を雇用している。

  5. イギリスの学校とイスラム教徒をめぐる記事から

    「トロイの木馬」 スキャンダル
       
     2014年 3 月に、 BBCを含むメディアに内幕暴露的な手紙が公表された。 その内容は、 バーミンガム (イギリスの中でもイスラム教徒の居住人口が多い) にある幾つかの学校 (小学校も含む) で、 イスラム主義やサラフィスト (アルカイダのネットワークを構成する組織の一つで、 アルジェリアの過激派) が学校を乗っ取り、 彼らの精神を組織的に教育しようとしており、 他の都市にもそれを広げているというもの。 『タイムズ』 などの主要メディアはこれを 「偽文書」 としたが、 1 か月後にバーミンガム市議会にこの手紙と同様な内容を主張する数百の訴えがあった。 教育査察局や地方自治体や政府、 さらにキリスト教の宗教団体も含めて、 この問題が波及した。
     (英語版ウィキペディア‘Operation Trojan Horse’ を参照)


    英国教会系学校の査察不合格はイスラムとの繋がりのため(Times 2014.11.21) より

     東ロンドンのイギリス国教会系の有名校をイスラム過激派から生徒を守れていないという理由で、 教育査察局 (Ofsted) が不合格にした。
     査察局によると、 生徒の90%がイスラム教徒の同校ではグラウンドの利用を男女に分け、 シックススフォーム生が作るイスラム関係グループの行動を調査せず、 このグループのフェイスブックに過激な説教師との繋がりが疑われる、 という。 学校の安全管理に不安があると、 査察は自動的に不合格になる。
     校長は 「この査察結果は驚きだ。 本校の教育は1999年以来ずっと良好だ。 地方教育局や教会管区とともに指摘された問題に対処して、 できるだけ早く優秀校に戻りたい」 と述べた。 学校の一部分での過ちに対し、 査察局が過剰反応したようだ。 グラウンドの男女分けは同校が優秀と評価された時も存在した。
     さらにバーミンガムにある21校のイスラム系学校が査察を受けたのは、 これらの学校がイスラム強硬派に乗っ取られているという匿名の知らせがあった後だった。 カンタベリー大司教は 「トロイの木馬に関する反応を見ると宗教系学校に問題があるように見えるが、 それは正しくない」 と述べた。
     
  6. 子どもの安全が保障されないイスラム系学校が閉鎖か?(Times 2014.11.22) より

     教育相は、 教育査察局が子どもの安全面などで不適切としたイスラム系私立学校 6 校の閉鎖の可能性を示唆した。 具体的には、 以下の様な例が査察局の報告書にある。
     6 校中の 3 校はモスクの中にあり、 学校に出入する際の安全への配慮が足りない。 入口がカフェと共通の学校もあり、 誰でも出入りできる。 学校への訪問者をきちんと調べず、 過激主義の危険を子どもに教えていない。 女子生徒は家で掃除と調理をしていればいいと言われた学校がある。 男子生徒や男性教員がモスクから戻るまで学校にいる女子生徒は授業の開始を待たなければならない学校もある。 6 校中 4 校で職員の経歴調査が不十分であり、 全 6 校で福祉、 健康、 安全に関する対策が皆無かあるいは古い。 どの学校のカリキュラムも範囲が狭く、 中心教科を教えずにイスラム教の知識を集中的に深める内容である。
     6 校はすべて東ロンドンのタワー・ハムレット地区にある。 教育相は 「これらの学校は子どもの役に立たない。 現代イギリスでの生活に備えるように子どもを育てねばならない。 学校は直ちに行動計画を作り、 数週間以内に改善すべきだ。 さもなければ強制閉鎖の権限を留保する」 と述べた。 査察は、 バーミンガムでの 「トロイの木馬」 事件に続いて行なわれた。 査察報告を読むと教育査察局の姿勢の一貫性について疑問が生じる。 今回不適切とされた 6 校の内 1 校は前回は優秀、 3 校は良好、 2 校は十分であった。


  7. イギリス的価値観を学校で強制する規則に教会が警鐘(Times 2014.11.14) より

       政府は 「トロイの木馬」 スキャンダルへの対応として、 公私立学校で 「イギリス的価値観」 を教える規則を決めた。 「イギリス的価値観」 とは、 「民主主義、 法の支配、 個人の自由、 相互の尊重、 異なる信条への寛容さ」 である。 政府の決定は主にイスラム学校に向けられているが、 他の宗教系学校やイギリス国教会の教育担当者からの政府への不満も呼び起こした。
     イギリス国教会系の公立学校4,700校を束ねる全国協会は、 政府の計画への憂慮を表明し、 政府の方針が夏休み中の短期間の検討の結果にすぎず、 広い公共の議論を踏まえることが必要だと政府を批判した。  
      「この価値観をテストするならば、 コミュニティの誰が 「安全」 で、 誰が 「忠誠」 であるかを調査する結果になる恐れがある。 これは望ましくなく、 人々に敵愾心をもたらす。 私たちのナショナルな帰属を決める方法であってはならない」 と述べた。 その代わりに、 全国協会はイギリス的価値観として、 「汝の隣人を愛すること」、 外来者を受け入れ、 良心に基づいて意見の相違の大切さを理解し、 寛容と尊敬の精神がコミュニティを強くする上で非常に有効なことを、 生徒に伝える必要があるという。 それによりイギリス的価値観への自信を生徒の中に養わなければならないが、 「強化された査察体制による監視下で生徒に強制することは考えていない」 と述べた。  
     教育省は 「基本的なイギリス的価値観は、 4 年前に政府が取り決め、 それ以来ごく当たり前に通用している。 隣人愛のようなキリスト教的原理ももちろんこの中に含まれる」 と述べた。
     
  8. 首都圏の学校は移民のお蔭で試験成績がトップ(Times 2014.11.12) より

       ロンドンなどでの中等学校生徒の成績格差が広がっているのは、 移民家庭の子どもが熱心に勉強するのが原因だ。
     過去10年間のGCSEの結果や家族統計を分析したある大学の研究によれば、 GCSEの高成績は優秀なエスニック集団の生徒、 なかでも最近の移民家族のお蔭である。 最近の移民の子どもは教育に大きな希望と期待を持ち、 勉強に熱心に取り組む。 ロンドンの学校では、 多様なエスニック集団の子どもがうまく統合されているため成績が良いし、 白人のイギリス人の子どもにも副次的な効果を上げている。
     研究者によると、 ロンドンとバーミンガムでは最近移民生徒が増え (ロンドンで34%、 バーミンガムで21%)、 最も学業成績が良いエスニック集団が多い。 一方ニューカッスルの移民生徒の割合は11%、 白人のイギリス人生徒は83%で、 GCSEの結果はずっと低い。
     これはそれほど驚くことではない。 出身地を問わず移民家族は故郷を心に収め、 異国へ移住してきた。 適応するため大きな努力を払い、 英語を学び、 一生懸命に勉強し、 試験のために復習する。 これが移住者のエートスになった。 学業成績が一番いいエスニック集団は中国人、 インド人、 ブラック・アフリカ人、 パキスタン人、 バングラデシュ人である。
     しかし、 移民が多い地域で非移民の子が受ける影響はどうだろうか?この子たちのレベルが下がり、 不利になるのか?互いの交流がない隔離地域ではイギリス人の生徒に恩恵はない。 ところが交じり合っているとイギリス人生徒の成績も良くなるという結果だ。
     移民への反対論は、 移民の存在に単純かつ悲観的に反応し、 移民は 「先住の」 若者の機会を奪うという。 しかしこの研究によればそれは正しくない。 教育的には移民は良い影響を及ぼす。 イギリス人にとって良い教育を受けるには他の選択肢はないだろう。 また、 移民は概して、 たくさん税金を払い、 仕事を作り、 多くの技術革新をし、 社会的な平均よりも生産的である。


論評
  
Ⅰ テスト批判と困難校支援
 アメリカには連邦テストと州テストと地区テストがあり、 一年間の全授業日180日の過半数日が一斉テストに費やされているから、 忙しくて普通の授業ができない。 子どもたちはテストストレスのために不眠症や拒食症や不登校や健忘症になっている。 テストが子どもの勉強意欲を削いでいる。 精神安定剤を服用すると肥満や糖尿病や暴力癖の副作用がある。 人体実験ができないから精神障害薬は科学的な根拠がない。 だからずっと以前からテスト批判の声があったが、 今全米規模にも広がったのだ。
 もう一つの記事、 ニューヨーク市が 困難校の支援計画をだした。 公立校をコミュニティスクール化して、 毎日補習をし、 教師研修を強化し、 夏期講習をする。 改善しない学校は指導部が組織を再編成し、 最後に学校を閉鎖する。 紹介記事によると、 多額の費用をかけても、 改善された学校は極めて少ない。 現実には、 困難校を改善するのは困難だ。
 アメリカのコミュニティスクールは1974年の Community School Act に基づいて創られ、 地域の住民が公立学校の施設を利用し、 子育て支援や生涯学習をする、 謂わば学校開放の施策だ。 管理や運営には学校駐在の教育主事が担当する。 日本では2002年に新タイプ学校として実践研究が始められた。 教育委員会が住民や保護者に学校運営協議会の発足を促し、 協議会は地域運営学校の校長に教育内容の様々なプログラムを提言する。
 内容として、 カリキュラムや時間割作成や行事の企画と運営、 それに進路や生徒指導、 校舎の管理等の膨大な業務があるから、 地域住民や保護者がこの業務に携わる事が難しい。 実質的には、 地域運営学校の校長が実務を担うことになる。 研究指定校の足立区立五反野小学校の初代校長はベネッセコーポレーション出身者が就任している。 やはり日米共に、 教育民営化の一種と見た方がいい。
 2001年に共和党のブッシュ大統領が No Child Left Behind 法を出し、 2011年に民主党オバマ大統領が Race to the Top 政策を打ち出した。 共に生徒のテスト成績によって、 教師の地位や給与を決め、 学校の存続や廃止を決める施策だ。 アメリカにはテストに反対する全国抗議集会やテスト監視全国組織もあり、 その中には共和党や民主党の人々が含まれ、 教育長や校長や教師と保護者がいて、 超党派で運動している。 だが、 政権担当者は共和党であろうと民主党であろうとテストに固執している。 何故か。
 テストには内部テストと外部テストがあり、 前者は期末テストのように、 教師の自己評価の意味を持つ使用価値だが、 後者は任命権者が教師を評価する交換価値である。 商品が貨幣によって評価されるように、 テストによって教育商品の価格が表示される。 学校や教師や生徒がテストによって評価され、 序例化されて労働市場に売りだされる。 現場教師の期末テストは地域貨幣のようなものだが、 全国一斉テストは中央銀行の発行する円やドルに匹敵する。 政府としては 「中央銀行券の円やドルの発行を止めろ」 と言われても、 止めるわけにはいかない。 教育で利益を得ようと目論む人々にとって、 死守すべき砦が一斉テストだからだ。
 アメリカでは、 数千万人以上の顧客データを持つテスト業者のピアソン社や、 2000社以上ある教師派遣業社の利権が絡む。 日本でも情報漏洩の不祥事を起こしたベネッセを全国一斉テストの指定業者から外さなかった。 如何に反対意見が多かろうと、 国の行政担当者は財源に影響を及ぼす金の問題には身動きがとれない仕組みになっている。

Ⅱ 英労働者の貧困
 イギリスの労働者家庭の 3 分の 2 は記録的な低賃金で貧困に喘いでいる。 賃金が下がり生活費が上がったからだ。 待機して呼び出された時に就業する 「ゼロ時間契約 zero-hours contract」 は雇用が保障されていない。 消費者物価指数は30%上昇し、 公共住宅不足と賃貸住宅の家賃値上げでホームレスが出ている。 収入は五年前より低く、 やっと失業状態から脱出しても、 多くの人は短期で低賃金の仕事しかない。
 大卒初任給年500万円の職に就くのは30倍の激戦で、 マスコミや銀行や製造業は50倍、 軍隊は7,5倍である。 大企業の70%はケンブリッジ大やオックスフォード大の有名大の卒業生のみを採用している。 投資銀行に就職すれば初任給年約765万円、 法律事務所だと約 672万円、 公務員は約380万円程である。 金融関係に職を得れば、 公務員の倍の収入がある。 初任給最低の公務員を含め、 ホワイトカラーの職に就ける若者が約四十人に一人しかいない。 階層格差は益々深まり、 中間層の下位や庶民層や貧困層が圧倒的多数になっている社会構造は変わらない (タイムズ14.7.7)。
 どの国の政府も 「経済が成長すれば賃金も上る」 というトリクルダウン論で国民を説得してきたが、 これが嘘である。 トマ・ピケティは200年間の先進各国の資料に基づき、 資本の収益率rが経済成長率gを上回ることを確かめた。 特に最近20年間で、 r>g現象が強くなっている。 経済成長率より資本収益率を上回ると格差が広がる。 これを是正するには富裕層への増税しかない。 それも、 所得ではなく資産に累進課税する。 金融資産と不動産等の純資産が、 1 億5000万円までは無税、 それ以上の 7 億5000円に 1 %、 それ以上の資産は 2 %課税する。 富裕層は租税回避地に資産を移すだろうが、 それを防ぐために、 金融機関に口座情報を報告させる義務を追わせ、 違反すれば30%の懲罰税を課す。
 僅か 1 ~ 2 %の課税で済むのかと不思議に思うが、 超富裕層の資産が膨大な額に達していることを意味する。 守秘義務があって、 ケイマン諸島やオフ・ショア市場 (政府の権限の及ばない市場) での租税回避情報は開示しなくていいシステムになっている。 新自由主義のグローバル経済体制とはそういうものだ。
 日本では年収122万円の貧困線以下の人が 16.1%いる。 これと同じような現象が先進国に広がっていることを見た。 単なる貧困は怖くない。 だが格差は怖い。 人間関係が乏しくなり、 他者に無関心になり、 育児放棄や児童虐待も増え、 心の貧困が伴う。 正規労働者が非正規を見下し、 非正規労働者が外国人労働者を蔑む。 近隣の中国人と韓国人を一把一絡げに憎み、 全体主義志向に傾くと、 テロや戦争の危機が迫るからだ。

Ⅲ イスラム国
 現在のイギリスでイスラム主義を巡って混乱が起きている。 「トロイの木馬」 スキャンダルの影響で、 教育査察局が 「安全管理に不安」 との理由で国教会系の学校を不合格にし、 イスラム系の学校が閉鎖された。 日本でも 2 人の人質が殺され、 イスラム国ISへの恐怖が語られているが、 直接テロ攻撃を受ける可能性がより高いイギリスでは戦々恐々である。
 教育相が特にイスラム系の学校に 「男女差別がある」 と指摘し、 是正を迫っている。 これに対して、 指摘された現場の校長やイギリス国教会系や他の宗教系が異論を唱えているのが興味深い。 当局側が 「民主主義、 法、 自由、 相互尊重、 異信条への寛容」 を主張し、 反論として 「隣人愛、 外来者受け入れ、 寛容さと尊敬精神のコミュニティ」 を主張している。 言葉としては両者が極めて似ているのに、 何故対立するのか。
 それは行政と現場の違いだろう。 例えば 「男女平等」 は理念としては正しいが、 イスラム圏の子どもを預かる学校現場では、 生活の中で徐々に改善していく他に方法がない。 当局側の主張のように、 査察不合格や学校閉鎖等の強硬策では解消されないからだ。 それに 「トロイの木馬」 スキャンダル以前には、 当局側が 「男女不平等」 を黙認し、 査察でも 「良好」 と評価していたから、 現場では 「何を今さら」 という気がする。
 合わせて紹介した 「首都圏の学校は移民のお蔭で試験成績がトップ」 という見出しの記事がある。 アジア系や中東系やアフリカ系の移民の子の成績がよく、 イギリス白人の子の成績向上に役立っている。 イギリス国内企業の45%が移民を雇用しているという (Guardian 14.11.24)。 移民労働者は意欲があり、 経験が豊富で、 病欠も少ないから、 食品業や旅館業等の70%の企業が移民を雇用している。
 異なる国や人種や宗教を受け入れる寛容さがないと、 全体主義 (ある集団に属する個人が罪を犯すと、 その集団全体を 「犯罪集団」 と看做す志向) に陥る。 イスラム国ISの出現やテロや戦争の危機にある現在、 立場の異なる人々が一同に会して議論することが、 今ほど必要とされている時期はない。 紹介された記事に、 広範な議論を呼びかけている人々がいることに注目したい。
 メディアが伝える戦争やテロの 「情報や事実」 は 「真実」 ではないことが多い。 太平洋戦争中の大本営発表を思い出せばわかる。 気になるのは日本のメディアがイスラム国ISを 「ならずもの集団」 とか 「残忍、 非道な手口」 とか 「悪性細胞」 等と表現していることだ。 こういう形容詞を使った報道では真実が伝わらない。 イスラム国に支配された庶民がどのように生活をしているのが分からない。 過激派の武力勢力は先進国の軍隊より弱いから、 鎮圧されるだろうが、 世界的格差の底辺にいるイスラム圏の庶民の不満は解消されるだろうか。 なぜ、 欧米諸国の若者がイスラム国の軍隊に参加しようとしているのか。 テロは被抑圧者の権力への抗議の意味があるのではないか。
 イスラム国は国際社会に認められていない 「未承認国家」 である。 未承認国家は過去、 現在、 未来を通じて延々と存続する。 中国東北地方の 「満州国」 は未承認国家であったし、 現在の台湾・東チモール・チェチエン・コソヴォもそうだ。 資源や利権に絡んで、 覇権を持つ大国が承認しないだけなのだ。 大航海時代以来500年間の植民地化された地域の国境は直線で区切られた。 旧植民地の国境はそこに住む庶民の意志とは無関係に、 覇権国間が恣意的に区分した。 国際間の領土保全と民族自決の両原則は互いに矛盾する。 覇権国が 「自衛のために領土保全」 という時、 住民側の民族自決を無視している (広瀬陽子著 『未承認国家』 NHK出版)。
 テロ集団といわれているイスラム国は住民からの徴税収入があり、 イラクからシリアに跨がる広大な地域を支配し、 ラッカに首都を構え、 水や電気のインフラの整備をし、 闇市場を取り締まり、 児童にワクチン接種をしているから、 近代国家の内容を備えている(国際関係学者、 ロレッタ・ナポリオーニの解説、 朝日15.3.18)。 「テロ集団」 というより、 未承認国家の分離独立運動と見る方がいい。
 戦争になれば庶民の死者は兵士の60倍になる (Iraq body count 朝日13.8.21) から、 悲惨な目に遭うのは庶民だ。 1000回以上も空爆されたイスラム国の庶民がどうなっているかを60倍の紙面を割いて報道しなくてはならないのに、 発表報道をするマスコミが怠っている。 要するに庶民の立場から見れば、 敵対する国の支配者同士の一方に加担すべきではない。



      (やまなし あきら 元県立特別支援学校))
   (ささき けん 研究所共同研究員))

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