●特集 T● 「神奈川の高校教育の未来を考える」
公開研究会に参加して

 宗田 千絵
 今回発表された報告書 「県立高校の将来像について」 の中で最大の特徴は何といっても 「高校教育にインクルーシブ教育を取り入れること」 が基本的な考え方の 1 つに据えられたことである (報告書 3 頁)。 これは画期的なことである。 しかし、 同時にこの報告書では 「県立高校の教育内容の充実」 を図るための具体策として 「すべての県立高校において科目ごとに共通テストを導入」 して、 「統一基準により評価すること」 や 「全県統一的な学習達成度調査」 を導入したいと述べている (16頁)。 生徒一人ひとりのニーズに合わせた支援をめざすインクルーシブ教育と生徒を一つの物差しで測ろうとする共通テストの実施では矛盾していないか?と違和感を持ったのはおそらく私一人ではないだろう。 インクルーシブ教育はすべての県立高校ではなく、 結局は特定の学校で行われるのではないか?と懸念する声すら現場の教員から聞こえてくる。 公開研究会でも永田裕之さんが 「インクルーシブと言いつつタイプ別に学校を分けようとしている。 個の重視・インクルーシブ教育が後退しないか」 という趣旨の発言をされていた。
 県立高校にはすでにさまざまなタイプの 「発達障害」 をもつ生徒が入学している。 そうした生徒にどうかかわっていけばよいのか、 日々の授業や学校生活でのさまざまなトラブルへの対処に悩むことが多くなった。 学習評価についても、 それぞれの困難さを抱えた生徒を他の生徒と一律の基準で評価することがそもそも無理なことなのだが、 「公平・公正」 に 「同じ基準」 で生徒を評価しなければならないと今まで思い込んできた教員の意識はそう簡単には変えられない。 カリキュラムや指導方法、 そして評価の仕方も一人ひとりの生徒に合わせて柔軟に考えていかなければならない。
 中田正敏さんから 「今、 その生徒にどんな支援が必要かは流動的で刻々と変わるものであり、 インクルーシブ教育は先が見えないものである。 こうすればこうなるだろう、 と計画的に進めようとすると管理的になる」 という発言があった。 インクルーシブな学校づくりのためにはまず 「生徒の声を丁寧に聴」 (27頁) く、 ということであろう。
 中田さんの報告で取り上げられた1994年 「サラマンカ声名」 (特別なニーズ教育における原則、 政策、 実践に関するサラマンカ声名) には以下のような文章がある。
  「特別なニーズ教育は、 すべての子どもたちが利益をうるであろう、 確固とした教育学の立証された原則を取り入れている。 それは、 人間に相違がみられるのは当然のことであり、 したがって学習は、 学習課程の速度や性質に関して予定された仮定に子どもを合わせるよりも、 むしろ子どものニーズに応じて調整されなければならないことを想定している。」 すなわち 「児童中心の教育学」 である。
 そうであるならば 「共通テスト」 の導入で 「学校として学力目標達成に向けた成果を見取る」 (16頁) という発想はやはりインクルーシブ教育の理念とは相容れないのではないだろうか。 共通テストでふるい落とされて傷つく生徒、 せっかく高校に進学しても中途で退学してしまう生徒を出してしまったらインウルーシブな学校にはならない。
 報告書 (22頁) にも神奈川県の支援教育は 「様々な子どもの教育的ニーズに応じて学校を変えていくことを求めている。 生徒に応じた指導・支援のあり方や新たな支援プログラムの開発等が必要である」 と書いてある。 評価方法についてもインクルーシブ教育の視点から開発の余地はあるのではないか。
 また、 今回の報告書では 1 学年 8 学級から10学級の学校規模が適正に学校運営・教育活動を行うために望ましいとされ (31頁)、 議論を呼んでいる。 しかしインクルーシブな学校づくりを進めるために 「生徒の意見を丁寧に聞き、 教職員が積極的に支援に取り組める体制づくりを進める」 (27頁) ためには 1 学級40人は多すぎる。 難しいとは思うがまずは学級定員を減らすことはできないだろうか。 そのことによって特別に障害をもった生徒ではなくてもそれぞれの苦手や困難さをもった生徒たち一人ひとりの声を聴くゆとりができる。 インクルーシブ教育を進めるためには教職員対象の研修、 地域や外部機関との連携なども必要だが、 今現在の職場の労働環境を考えると私たち教職員が働きやすい環境をつくることも絶対に必要だ。 特に今の私たち教職員は生徒の話を聴くための時間的・精神的ゆとりを一番必要としているのではないだろうか。
 現在の学校に障害を持った生徒をインクルージョンするのではなく、 様々な生徒を受け入れることによって学校のほうが変わっていくチャンスになれば良いと思う。

 
 (そうだ ちえ 教育研究所員)

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