●特集 U● 教育の場における情報管理システム
校務支援システムの効果と課題

 坂本 和啓

はじめに
 図 1 は、 文部科学省が出している 「平成25年度 学校における教育の情報化の実体等に関する調査結果 [速報値]」 の 「校務支援システムのある学校の割合」 である【1。 校務支援システムとは、 文部科学省の定義によれば、 「校務文書に関する業務、 教職員間の情報共有、 家庭や地域への情報発信、 服務管理上の事務、 施設管理等を行うことを目的とし、 教職員が一律に利用するシステム」 のことである【2。 調査によれば、 平成26年 3 月 の 校 務 支 援 シ ス テ ム の 導 入 率 は 全 国 平 均 で 80.3% である。 山口県、 佐賀県、 大分県は 100%の学校に校務支援システムがある。 神奈川県は、 昨年は71.4% (全国32位) で平均値を下回っていたが、 今回は86.3% (全国17位) でこの 1 年で10%以上増えている【3。
 2011年に文部科学省から出された 「教育の情報化ビジョン」 によれば、 公立学校の校務用コンピュータ整備率が教員 1 人 1 台に大きく近付いた今、 「今後は全ての学校への普及に向けて、 校務支援システムの充実を図ることが重要な課題である。 管理職は、 校務の情報化を学校経営の中核として位置付け、 教職員間でその意義の共有に努めることが求められる」 という。
 このようにほとんどの学校に校務支援システムが導入され、 学校経営の中でも重要視されようとしている中で、 現場に様々な効果がもたらされる一方で、 新たな課題も生じている。 本稿では、 校務支援システムの現状を確認した後、 その効果と課題について整理したい。
  1. 校務支援システムの現状
     文部科学省 『教育の情報化に関する手引』 (以下 『手引』)によれば、 「教育の情報化」 とは、 情報教育、 教科指導におけるICT活用、 校務の情報化の 3 つから構成される4。 校務の情報化とは、 校務にコンピュータやネットワークを導入して、 校務を効率化することである。 平成18年度文部科学省委託事業の 『校務情報化の現状と今後の在り方に関する研究』 によれば、 校務は図 2 のように定義されている【5。
     学校における業務は、 「学校事務」、 「事務以外の実務」、 「授業」 に分類され、 広い意味ではすべてが 「校務」 だが、 ここでは、 「学校事務」 のことを 「校務」 と呼び、 この領域を対象に情報化が考えられている。 学校の中の業務だけではなく、 教育委員会と学校間の連携、 教育委員会間での連携、 教育委員会と首長部局間の連携も校務情報化の対象範囲に含められる。
     校務の情報化を進める上で重要な課題とされているのが、 校務支援システムの導入である。 校務支援システムの例としては、 文部科学省の先導的教育情報化推進プログラムの一環として熊本県教育委員会が開発した校務支援システム、 国立情報学研究所が開発した次世代情報共有システム (NetCommons)、 その他市販のソフトなどがある【6。
     NetCommonsとは国立情報学研究所が運営する NetCommons プロジェクトが2001年から開発・メンテナンスを行っているソフトウェアである【7。 NetCommons自体は様々な使い方ができるが、 職員間の情報共有が十分でない状況を改善するために、 教員向けグループウェアとして導入するケースが増えている。 グループウェアの機能として@カレンダーAスケジュールB施設予約C共有キャビネットD電子掲示板EToDoリストの 6 モジュールが提供されている。 神奈川県では茅ケ崎西浜高校がこれらの機能を職員室コミュニケーションサイトとして利用している。
     神奈川県においては、 県立高等学校のうち、 単位制による課程がある学校には、 生徒の学籍・出欠・成績の管理、 生徒指導要録、 各種証明書の作成を行うことができる 「単位制高等学校運営支援システム (すく〜るねっと)」 が導入されている【8。 単位制以外の県立高等学校には、 日々の出欠管理以外はほぼ同様の機能を持つ 「成績処理支援システム」 が導入されている。 「成績処理支援システム」 では、 各学校においてサーバ的位置付けとなるデータベースを管理するコンピュータをメインPCと呼び、 メインPC以外の校内LANで接続されたコンピュータを一般PCと呼ぶ。 一般PCからブラウザを利用して、 メインPCにインストールされた 「成績処理支援システム」 を用いて成績処理を行い、 そのデータを暗号化システムで管理するというしくみである。 このシステムの導入により、 すべての県立高等学校で同一の操作によって成績処理を進めることができるようになり、 学校独自の成績処理システムの不備が原因で生ずる調査書等の作成ミスを防ぐことができるという。
     海外に目を移すと、 韓国では、 既に全国すべての学校において全国教育行政情報システム (NEIS/National Educational Information System) が整備され、 日本の文部科学省に相当する韓国教育科学技術部が韓国教育学術情報院を通じて、 校務情報を集中的に管理運営している【9。 文部科学省は日本でも 「中長期的には、 費用対効果やセキュリティのリスク等の全体的な最適化の観点、 地方自治体の要望等も把握・分析しつつ、 全国ベースの総合的な校務の管理運営体制の構築の可能性も含めて検討することが考えられる」 としている。
  2. 校務支援システムの効果
      『手引』 によれば、 校務の情報化の目的は、 効率的な校務処理 (業務の軽減と効率化) とその結果生み出される教育活動の質の改善である【10。
      『手引』 に挙げられている校務支援システムによる業務の軽減と効率化の例を見てみよう。 グループウェアの掲示板を教職員間の諸連絡に利用することで、 朝の職員打合せを短時間で終えたり、 打合せの回数を減らしたりできる。 成績処理から通知表作成、 指導要録作成の作業が一貫して行えるシステムにより、 確定した成績データを通知表や指導要録に転記する作業時間が大幅に削減され、 データの転記ミスも皆無となる。
     平成18年度文部科学省委託研究 「校務情報化の現状と今後の在り方に関する研究 報告書」 によれば、 「校務の情報化により、 どのような効果があると思いますか」 という質問に対して、 「転記作業が少なくなる」 「手書きによる資料作成が少なくなり、 情報の再利用が可能になる」 「転記ミスなどが減少し、 正確な資料が作成できるようになる」 「情報を探す時間が減り、 情報を活かす時間が増える」 といった効果があげられる傾向にあった【11。
     教育活動の質の改善は、 児童生徒に対する教育の質の向上と学校経営の改善と効率化に分けられる。 『手引』 の例を再び見てみよう【12。 教育の質の向上の例としてあげられているのは次のようなものである。 職員掲示板の活用で、 朝の打合せの時間が短縮し、 教員の心の余裕や子どもとのコミュニケーションの時間が増える。 児童生徒の学習記録や生活記録などを電子化することにより、 学級担任・教科担任以外の複数の教職員で共有できる。 他の教員の所見を読むことにより、 児童生徒をどのように見ればよいのか、 その子がもつよさをどう文章に表現するかを学ぶことができる。 学校経営の改善と効率化の例としては、 児童生徒のデータを一元管理することで、 観点別評価の同じ児童生徒の間で評定に大きな違いがないかを簡単に確認することができることがあげられている。
  3. 校務支援システムの課題
     以上のような効果に対してどのような課題が考えられるのか、 主に新たなミスの危険性と情報セキュリティの視点から整理してみたい。
     確かに成績データを通知表や指導要録へ転記するミスはなくなるであろう。 しかし、 成績データを電子化することで、 新たなミスの危険性も生じる。 2011年10月に小田原市で見つかった通知表の誤記載を受けて、 教育環境整備事業の一環として校務支援システムを進めている横浜市教育委員会が調査したところ、 2011年度の 1 学期末か前期末の段階で合計119校のべ1371人、 3 学期末か後期末には 88校、 1281人の通知表で、 成績や出欠席、 部活動などのデータが誤って記入されていた【13。 横浜市教育委員会の公文書はその主な要因として、 次のようなことを挙げている。 記録簿から基礎データへのパソコン入力時の照合が徹底されなかった。 表計算ソフトの誤操作により計算式を誤り、 素点合計値や数値に誤りが見られた。 表計算ソフトの出力時に、 出力範囲の指定を誤った。 入力ミスや転記ミスによる出欠席等の日数記載が事実と異なっていた。
     統一されたシステムにより教職員が異動しても操作方法が変わらないようになるという意見もある。 また十分な注意をすることでこのような初歩的なミスは防げるという意見もあるだろう。 しかし、 校務でコンピュータを使用する場面が急速に広がる中で、 教員間のデジタル・ディバイド (コンピュータやインターネット等の情報通信技術を利用できる者と利用できない者との格差) が生じている。 ICTを得意とする教職員ばかりではなく、 不得意な教職員もいる。 不得意な教職員はテクノストレス、 特にテクノ不安を感じる可能性がある【14。 不安定な精神状態がさらにミスを誘発する危険性が考えられる。 これに対しては、 教職員のスキルに応じた個別支援が欠かせず、 ICT支援員による専門性を生かした支援が対策として考えられる【15。
     また、 『手引』 によれば情報セキュリティは、 校務の情報化を進める上で、 避けて通れない課題である【16。 情報セキュリティとは情報資産を安全に守ることである。 校務支援システムが扱う情報資産は、 児童生徒の生年月日、 住所、 成績、 指導要録などプライバシーに関わり漏洩することが、 消失することが許されない重要データである。
     尹賢植氏は、 韓国のNEISの問題点としてプライバシー権の問題を指摘している17。 例えば、 それは児童や青少年の個人情報が過度に包括的に収集され、 集中管理されることにとって、 プライバシー権の侵害を誘発するところにある。 しかも、 児童や青少年の個人情報流出は成人の情報よりも一層深刻である。 個人情報の収集過程において、 児童や青少年の場合、 自己情報がどんな経路でどのように利用されうるのかを確認し、 それにもとづいて個人情報提供の意思を決定することが容易でないという。
      『手引』 は、 情報セキュリティを守るために学校情報セキュリティポリシーの策定について述べている【18。 学校情報セキュリティポリシーとは学校の情報資産の管理の仕方を定めたものである。 例えば、 校務で使用するデータは、 教職員個人のものではなく公的なデータであるという意識をもち、 個々で保管するのではなく、 まとめてサーバの中に保存するのが望ましい。 特に個人情報が含まれているものは、 暗号化して保存するのが望ましい。 また、 情報漏洩は、 個人情報が入ったデータを校外に持ち出した場合に多く発生している。 そのため、 持ち出しを極力避け、 例外的なケースについては予め手順を示してこれに従うようにする。 これについては、 VPN (Virtual Private Network) シンクライアントなど漏洩を防ぐシステムの導入も考えられるという。
おわりに
  『手引』 では、 次のように述べられている。 「校務の情報化を進めていく過程で、 その効果を検証していくことが大切である。 ともすると、 校務の情報化を進めることが手段ではなく目的になってしまい、 仕事が以前よりも複雑になってしまったり、 教育の質も向上していない結果になってしまったりすることも考えられる」【19。 今回、 校務支援システムについて調べる中で、 校務支援システムの効果を紹介する文献に比べ、 その課題について考察した文献は少なかった。 校務支援システムは今普及しつつあるICT、 つまり科学技術の一端である。 どのような科学技術も両面性をもつ以上、 校務支援システムの導入と活用を進める際にも、 絶えずその効果のみならず課題について省みる視点が求められる。

【注】
【1】 文部科学省(2014)、 p.7
【2】 文部科学省(2014)、 p.14
【3】 文部科学省(2013)、 p.13、 文部科学省(2014)、 p.14
【4】文部科学省(2010)、 p.2
【5】 日本教育工学振興会(2007)、 p.63
【6】文部科学省(2011)、 p.24
【7】 新井紀子(2006)、 p.385
【8】 神奈川県立総合教育センター(2009), pp.20-21
【9】 文部科学省(2011)、 p.24
【10】 文部科学省(2010)、 p.145
【11】日本教育工学振興会(2007)、 p.15、 17
【12】 文部科学省(2010)、 p.150
【13】 斎藤貴男(2013)、 pp.56-58
【14】春日伸予(2011)、 p.34。 テクノストレスとは、 コンピュータ作業をする人に共通してみられる精神的な症状であり、 テクノ依存とテクノ不安に大別される。 テクノ不安は、 コンピュータ操作の技能不足から生じる不安感がコンピュータに対する嫌悪感を生じさせ、 うつ病や神経症などを引き起こす病態である。
【15】 石塚康英(2013)、 p.50
【16】 文部科学省(2010)、 p. 160
【17】 尹賢植(2003)、 p. 208。 彼はこの論文でプライバシー権と教育自治権の問題を中心に扱っている。 しかし、 NEISの問題点は他にも教師に過重な業務負担を付与する、 計量化・定量化可能な形で教育構造を画一化させる憂慮がある、 学生個々人の人格発達に障害をもたらしうる、 入試偏重の教育構造が一層固着しうるなどの点があると述べている。
【18】 文部科学省(2010)、 pp. 159-162
【19】文部科学省(2010)、 p. 162

参考文献
文部科学省、 『教育の情報化に関する手引』、 2010、
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/1259413.htm
文部科学省、 「教育の情報化ビジョン〜21世紀にふさわしい学びと学校の創造を目指して〜」、 2011、
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/__icsFiles/afieldfile/2011/04/28/1305484_01_1.pdf
文部科学省、 「平成24年度 学校における教育の情報化の実体等に関する調査結果(概要)」、 2013、
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/__icsFiles/afieldfile/2013/09/17/1339524_01.pdf
文部科学省、 「平成25年度 学校における教育の情報化の実体等に関する調査結果[速報値]」、 2014、
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/zyouhou/__icsFiles/afieldfile/2014/08/08/1350411_01.pdf
日本教育工学振興会、 『校務情報化の現状と今後の在り方に関する研究』、 2007、
http://www2.japet.or.jp/komuict/dl_report.html
新井紀子、 「教育機関向けワンストップサービス構築ソフトウェア NetCommonsについて」 (『情報管理』 49(7)、 2006、 pp. 379-386)
神奈川県立総合教育センター、 『みんなで進めよう!校務情報化〜児童・生徒に対する教育の改善を図るために〜』、 2009、
http://www.edu-ctr.pref.kanagawa.jp/kankoubutu/h20/pdf/johoka.pdf
斎藤貴男、 「デジタルは教育を変えるか第2回 校務の情報化・効率化のもとに」 (『世界』、 岩波書店、 2013)
春日伸予、 「IT化とストレス」 (『日本労働研究雑誌』 53(4)、 2011、 pp. 34-37)
石塚康英、 「教育委員会による校務の情報化の進め方」 (『学習情報研究』、 学習ソフトウェア情報研究センター、 2013、 pp. 48-51)
尹賢植、 板垣竜太訳、 「各国事情新自由主義の前に屈した教育理念  韓国NEISの反教育的性格」 (『現代思想』 2003年4月号、 pp. 196-211)

 
  (さかもと かずひろ 教育研究所員)

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