海外の教育事情 (16) |
アメリカ・イギリスの新聞記事を読む |
記事紹介:山梨 彰 論評:佐々木 賢 |
「バベルの塔」 の小学校(Daily Mail 2013.3.2) より ケンブリッジ州ピーターバラには生徒数が445人の小学校がある。 英語が第一言語の子は一人もおらず、 23の言葉を話す子どもたちの出身地はパキスタン、 インド、 ラトヴィア、 リトアニア、 ポーランド、 ポルトガル、 アフリカ、 ドイツ、 スロヴァキア、 フランス、 セイシェル、 ギニア・ビサウなどだ。 掲示板には様々な言葉で 「今日は」 と書かれ、 校長室のドアの名札も英語とウルドゥー語だ。 この小学校は最近 1 週間ずっとニュースになった。 わずか14ヶ月で教育水準局の評価が 2 段階上がったからだが、 それはニュースになるほどのことでもない。 しかし、 英語が第一言語の生徒が皆無の全国で初めての学校が、 好成績を得たのは奇跡的だ。 「バイリンガルの子を肯定的に見るのはとても大切です」 と 2 年間パキスタンに暮らし、 多文化学校に魅かれた校長は言う。 23の言葉を話す445人の生徒を教えるのは、 費用も時間もかかる。 繁華街に近い恵まれない地域がこの学校の校区だ。 白人のイギリス人家族のほとんどは校区から出て、 この学校に来る子は英語を全く話さないか片言だ。 「英語を全然話せない方がむしろいいのです。 英語と親の言葉の混在は直すのに時間が多くかかります。 英語を話せない子にはまず単語を少し教えます。 6 ヶ月たつと完璧に話しだす子もいます」 と校長はいう。 移民が多く地方教育局からの援助は予算の上限に達しており、 やっと授業援助者を各クラスに一人、 計18人配置できた。 10人はバイリンガルだ。 地方教育局は今年は約10万ポンド (1500万円) を、 英語が困難で入学後 3 年目までの生徒の親を支援する 「家族支援員」 の雇用に充てた。 読みと計算が困難な生徒への一対一の支援にも費用が充てられている。 新たに渡英した子どもが、 同じ言葉を話す仲間とペアをつくる 「二人組制」 を続けている。 教員は二週間毎に、 生徒の母国を知る研修会を開く。 ピーターバラは昔から移民が多く、 50年代のイタリア人を皮切りに、 ウガンダ人、 ベトナムのボート難民、 パキスタン人やバングラデシュ人が来た。 EUが拡大した2004年、 東ヨーロッパから 2 万人以上の移民が来た。 こうして人口は10%以上増え、 185,000人を超えた。 現在、 人口増の64%以上は移民が占める。 100以上の言葉が使われ、 英語が第一言語でない生徒は全体の 1/3 で、 過去 5 年間で20%増えた。 イングランド全体の小学校と中等学校ではそういう生徒は2007年に80万人、 現在は100万人以上である。 EUの規定ではイギリスに住み、 仕事をし、 福祉手当を要求する権利があるブルガリアとルーマニアから数千人が来年早々に来るかもしれない。 もとから住むイギリス人は地域が全く変わったという。 ポーランド人のスーパーマーケットとラトヴィア人の総菜店がある通りに住む人たちは 「最近は英語を話す人は近所ではまばらで、 通りにはイギリス人家族は数件だけ。 パキスタン人も多い」 という。 小学生たちは驚くほどマナーが良い。 「学校が大好き。 大きくなったら看護師になりたい」 とパキスタン人の 9 歳の少女は話す。 多文化主義者には夢のような学校だろう。 校長は、 「生徒は自分がイギリス人だと強く感じています。 オリンピックではイギリスを応援しました。 出身国からも目を離しませんでしたが」 という。 白人のイギリス人生徒が全くいないのは 「通学区の問題であり、 避けているのではありません」 と校長は言う。 この小学校の入学希望者はどの学年も満杯だ。 子どもは英語が流暢になるまで平均 1 ~ 2 年だが、 親はそうはいかない。 親への支援者の費用に税金がさらに必要になれば、 「多文化主義の凱歌」 は納税者の大きな負担となるだろう。 「なにもかもつらい」 鬱病に襲われる10代の心(Times. 2013.2.25) より 17歳のシャルロットは、 Aレベルのコースワークに失敗し、 家で薬を過剰に飲んだ。 鬱病になってから最悪だった。 ずっと自分を責め、 自分がダメな人間だと思ってきた。 シャルロットは、 鬱病の発症によくあるように、 10代の初めから気分が落ち込み、 早朝に目覚めて泣きながらまた眠りについた。 14歳で初めて自傷をし、 腕を切った。 両親が離婚しているのでも、 養育放棄でもなく、 快適に暮らすAレベルの生徒だった。 ただ、 髪型も化粧も試験成績も完璧を目ざす完璧主義者だった。 シャルロットは 「良い成績を取る私は価値ある人間でした。 鬱病になった理由は分かりません」 と話す。 WHOは、 2004年に世界第 3 位の健康問題であった鬱病は2030年までには第 1 位になるという。 子ども・青年の鬱病が増え、 1991年から2001年までイギリスで抗鬱剤を処方された子どもの人数は70%増加した。 ナフィールド財団によると、 15歳と16歳でよく不安や抑鬱を感じる子は30年間で倍増し、 少年では30人に 2 人、 少女では10人に 2 人である。 慈善団体 「若者の心」 によると、 自傷による入院は10年間で68%、 この 1 年間だけでも25歳以下で10%増えた。 家庭崩壊、 学校での学力偏重、 若年からのアルコール摂取、 SNSサイト、 外見を重んじる実利主義、 就職の厳しさなどの理由が挙げられている。 専門家は近代社会が根本から変化したからだと言う。 今日の若者が感じる重圧は先例がないと言う 「若者の心」 のラッセル氏は、 「若者はオンラインの世界では仮想の友人が500人いても、 現実には一人もいない。 コンピュータ上にはいじめ、 ポルノ、 セックス、 暴力がある。 仕事はなく、 試験、 試験、 試験だ。 教育政策は学業成績が中心で、 心の落ち着きなど考えていない」 と語る。 青少年の心の健康サービス予算は削減され、 NHS (英国保健サービス) の予算の11%しか精神衛生に使われていないし、 その内子ども向けの予算はわずか0.7%である。 35,000人から40,000人の10代が抗鬱剤を処方されている。 英国国立医療技術評価機構は、 軽い鬱病の子どもは服薬の前に面談で治療すべきという。 服薬は特に自殺願望があれば使うべきだが、 薬のために自殺したくなる場合があるので常にその子の観察が必要だ。 シャルロットは最悪の状態のときに感じたことを 「人は普通自分を守る感情のバリアをもっているようですが、 私にはそれがなく、 なにもかもむき出しです」 と印象的な比喩で語った。 外見に潔癖なのは、 感情を隠す 「仮面」 だった。 シャルロットは自傷をし、 さらに摂食障害になり、 母に主治医に連れていかれた。 「主治医は親切に話を聞いてくれ、 わかってくれました。 私にはそれが必要でした」。 自殺を図ったあとに対話的行動療法という治療を受けた。 「これは命の恩人でした。 一人で悩むときは絶望的でした」 という。 18歳になると、 成人向けの精神衛生ケアに突然、 時には容赦なく移される。 ラッセル氏は 「成人向けは家族全員とは関わらないし、 全体観的な治療もなく、 大きなカルチャーショック」 といい、 シャルロットは、 「18歳で成人向けに移るのは、 心の準備がなく嫌でした」 といった。 教師は労働組合の順法闘争命令を無視(Times, 2013.1.30) より 二大教師組合は教師に 「順法闘争」 を指示した。 指示の内容は、 定期的な報告書の提出、 放課後の会議への出席、 授業計画の提出、 休んだ同僚の代行、 休日の子どもの指導、 これらの拒否である。 しかし、 約3/4の学校では組合の指示が無視されている。 残りの18%は業務を幾つかボイコットしているが、 影響はほとんどないか、 皆無という。 親はホッとするだろうが、 組合指導者は戸惑うだろう。 指導部にはボイコットを拡大する余力はなく、 譲歩したら面目がつぶれる。 全国教員組合 (NUT) の、 2011年の年金改革反対ストライキに関する投票では組合員の40%が投票したが、 昨年 9 月に行なわれた今回の行動については27%だけだった。 教育相は順法闘争の影響を懸念し、 先月校長宛に出した書簡で参加者には減給処分と指導をするようにといった。 教育省による教員組合についてのアンケートの中に順法闘争の影響を尋ねた項目がある。 その結果は、 教員が自分の学校で順法闘争をしているとしたのはおよそ 1/4 で、 その内10%はその影響は不明、 8 %は影響がない、 9 %が影響があると答えた。 抗議をしている教師の割合が中等学校での15%に対して小学校では 3 %だけなのでずっと影響は少なさそうだ。 全国統一教員組合 (NASUWT) が順法闘争を始めたのは2011年11月で、 2012年の秋からNUTが加わった。 2 つの組合に教師の85%が加入している。 世論調査によると、 回答した教師の97%は組合員だが、 行動に参加したのは、 実利的な理由が大半である。 参加理由の72%は自分の学校の問題、 11%は組合への信頼、 6 %は選挙運動と答えた。 この結果は昨夏の教師対象の別の調査の結果と符合する。 それによると、 教師の 1/4 は、 正規の代替要員のような実際の支援が得られるならば組合に入りたくないという。 教員組合はいま業績給導入に対してストライキをするかどうかという難問に直面している。 NUT内では連続した 1 日ストライキなどの争議行為の拡大で意見が割れた。 先週の投票ではNASUWTとの統一行動に賛成した組合員がいて、 20対22で否決された。 NASUWTは、 ストライキは政府が待ち受けている罠だとして慎重であり、 総選挙に勝つための運動に焦点を当てている。 NASUWTの総書記は 「教育省は抗議行動した職員への罰金や調査を学校に指示して私たちを煽動しストライキをさせようとしている」 と言う。 生徒が親指の指紋をとられる(Times, 2013.4.4) より 進学向け私立小学校で、 子どもが授業時間外に学校食堂の新支払方式のため親指指紋をとられたという。 年間授業料が15,255ポンド (=230万円) のこの学校に息子を通わせる親の話だと、 4 日前に通知がホームページに出たが、 注意や同意を求めることはなかったという。 昨年下院は、 子どもの生体認証データの収集は、 反対がある場合や親の同意がない場合は非合法とする法を制定したが、 発効は 9 月からである。 新支払方法は、 食堂でランチや軽食を買うときスクリーンに親指を当てると、 代金が口座に請求されるというものだ。 この方式を拒否もできるが、 運営会社の 「全国小売サービス」 が指紋を収集したあとからだと親はいわれた。 指紋を削除できるが、 その代わりに 4 桁の記号を持たされるという。 ある生徒は 「授業時間外に学年毎に指紋をとられました」 という。 別の子は 「やるかやらないかは選べませんでした。 何をするのか、 いつどこに行けばいいのかとだけ言われました。 親も何なのか全く知りませんでした。」 上の学年の生徒には副校長から、 食堂のサービスを改善するために生体認証方式に移行するというメールが来た。 メールには 「生体認証用に指紋をとります。 来週の火曜日か水曜日の昼休みにやる予定です」 とも書かれていた。 ある父親は、 「生体認証を使うのは便利でしょうが、 セキュリティが確実でなければ、 昼食代金の支払という些細なことに子どもの指紋を使うことは変です」。 現金なしの方式は、 学校ではますます人気がでている。 生体認証は選択肢の一つだが、 他にも磁気カード、 ICカード、 暗証番号などの方法があるはずだ。 運動団体の 「ビッグ・ブラザーを監視する」 は 「学校は、 簡単に生徒の指紋をとるべきではない。 教育省はこの種のことが学校ではおきないようにすべきだ」 と述べた。 【論評】 多言語学校 DM 13.3.2 英語を母語としない生徒が445人いて、 23種類の言葉を話している学校がある。 日本でも外国人が多くなり、 教育も行われているが、 イギリスの場合は規模が違う。 この学校が教育基準局の評価を上げたというから、 確かに称賛に値する。 20世紀後半からの経済グローバル化の影響で、 商品や貨幣や技術や情報や利権が世界中を駆けめぐっているから、 人の移動を抑えるわけにはいかない。 労働市場の世界化である。 ただ、 故郷を捨てて移動せざるを得ない庶民の立場からすると、 苛酷な現実が待っている。 ところで、 日本の憲法を変える動きがある。 2012年に出された自民党の憲法改正草案で、 移動の自由を記した第22条に注目したい。 内田樹は 「自民党の憲法改正草案を 『復古調』 とか 『国家主義』 と言われているが、 真の狙いは国民国家の解体ではないか。 憲法草案22条 『居住、 移動、 職業選択の自由』 に、 何の制約もつけていないのを見ると分かる。 国民の権利を記した他の条文では 「公益及び公の秩序に反しない限り」 という制約がつけられているのに、 草案22条にはそれがない。 自民党の誇りは国際経済競争で勝つこと、 金もうけ競争に勝つことだ。 社会全体をスピードアップし、 資本も商品も情報も高速流動化し、 これを邪魔する国境や国の法律や言語や生活習慣や文化を壊したい。 地域社会や共同体を壊し、 一人一人を砂粒化させ、 低賃金の労働者を大量に生み出す。 彼らをとことん安い賃金で使い、 企業が収益をあげていく。 財界の求めているのはそういうモデルだからだ (社会新報2013年 5 月 8 日)。」 と指摘している。 この内田の説は傾聴に値する。 イギリスの一つの学校で起こっている多民族多言語の問題は、 背景に経済グローバル化とグローバル資本の画策があることが分かる。 ウツ病 T 13.2.25 心の病が増えている。 原因は紹介記事にあるように、 家庭崩壊や学力偏重・就職難、 それに、 仮想友人が500人いても生身の友人が一人もいないとか、 外見重視の風潮があり、 性犯罪や暴力がある。 WHOは2004年の世界の健康問題の 3 位はウツ病で、 2030年には 1 位になると予測している。 英国の慈善団体 「若者の心」 の調査では、 自傷入院が10年間で68%増え、 ウツ病と診断された者は70%増え、 15から16歳のウツ病は30年間に倍増し、 少年は30人に 2 人、 少女は10人に 2 人いることになると発表している。 これは世界中で起きている現象のようだ。 日本の厚労省による医療保険利用状況調査 (朝日新聞2013年 8 月22日) によると、 大企業のサラリーマン1600万人の内、 心の病で受診した人数が2008から2011年の 3 年間で20%も増えた。 受診者は08年には1000人中延べ235件だったのが、 2011年に延べ280件になったのだ。 この背景は08年のリーマンショックに因る就職難と雇用不安があり、 長時間労働と過労が重なり、 職場内の人間関係がギスギスし、 ストレスが溜まるのだ。 ただリーマンショックは単なるきっかけに過ぎず、 構造的には1990年代後半から始まったというから (前掲朝日の記事、 神戸大山岡順太郎の解説)、 グローバル経済の進展と関係がある。 イギリスの学校内での子どもや若者のウツ病の増加はテストストレスが背後にあるが、 日本のサラリーマンのストレスと共通原因がある。 つまり、 グローバル競争社会に突入し、 格差が広まり、 身近な人と互いに競い合い、 家庭や地域や学校で一人一人がバラバラにされる砂粒化現象も重なっている。 先に紹介した移民と労働市場の世界化とも通底する。 世界中の庶民が競争させられているからだ。 もう一つ別の原因がある。 国の健康政策がグローバル薬品資本と一体化している問題だ。 政府は04に発達障害者支援法を出し、 自閉症・アスペルガー症候群・広汎性発達障害・学習障害・注意欠陥多動性障害を発達障害と規定した。 ついで、 06年に心のバリアフリー宣言を出し、 心の病の早期発見と早期治療を奨励した。 07に特別支援教育を導入し、 以前にあった身体障害の他に、 LDやADHDや高機能自閉症を対象とする教育が始まった。 11年にはウツ病・発達障害・ひきこもり・いじめ・虐待・自殺・不登校等が増えたので 「心の健康政策が必要だ」 として、 「心の健康推進基本法」 の制定を目指して運動を起こし、 ガン・脳卒中・心筋梗塞・糖尿病の 4 代疾病の他に精神疾患を加えて 5 大疾病とし、 12年に労働安全衛生法を改正し、 企業にメンタレヘルス検査を義務化せようとした(未審議)。 こうした政策と世間の風潮を背景にして、 日本国内の抗ウツ剤の売り上げは2000年に170億円だったのが 2007年に900億円に跳ね上がった (読売新聞11. 1.23)。 また、 野村証券が勧める売れ筋の注目株として、 明治ホールディングス発売の抗ウツ薬 「リフレックス」、 大日本住友製薬発売の統合失調薬 「ルラシドンル」 が推奨され、 「ガン100万人、 ウツ病100万人、 統合失調100万人いるから」 と解説している (同社発行情報雑誌 『産業アウトルック11年11月号』)。 要するに、 精神疾患治療薬は爆発的な売れ行きを政府が後押しをしていることが分かる。 紹介記事のシャルロット14歳がウツ病で自傷行為や薬の過剰摂取をするのは、 テストによる競争主義が大きな要因であることは明白だ。 イギリスでは小学校入学から大学まで10年間に平均70回の共通テストを受ける(「ねざす」 40号、 海外教育情報 8 )。 そのシステムが子どもたちに与えた影響を論ぜず、 精神疾患の問題に転化し、 薬品資本を儲けさせる方向に社会が仕組まれている。 教員組合遵法闘争命令無視 T 2013.1.30 NATの提唱する順法闘争に対して、 同じような大労組であるNASやUWTが慎重論である。 イギリスの教組はストができ、 日本よりも政府への抵抗力が強いとされてきた。 そのイギリスでさえ、 最近は順法闘争もできなくなっている。 こうした状況の背景は何か。 「教師のストは70年代戦術と教育相」 という記事がある (デイリー・メイル13.6.22)。 これによると教育相ゴーブは 「教員のストは時代遅れだ。 子どもに有害だし、 教師の尊厳を台無しにしている」 と述べている。 さらに親たちは 「どの職業にも評価があるから教員評価は当たり前、 子どもに混乱や動揺をもたらすから、 ストはやめて」 と叫んでいる。 つい 2・3 年前まではこんな風潮はなかった。 まるで、 日本みたいだ。 そこでもう一つの記事 「教師への損害補償金3000万£、 記録的 (タイムズ13.3.29) を見ておきたい。 教師が学校内のホールで滑って転んで怪我をし、 通勤途中で生徒から暴行を受けたり、 教室内で侮辱されたりしたことに訴訟を起こし、 その賠償金が記録的な額に達したという。 7 歳の児童に腹を蹴られ入院治療を余儀なくされた50歳の女性教師は118,865£ (1783万円)、 仕事中にアスベストを浴び肺機能障害になった技術科教師は35,000£(525万円)、 テスト中に不正があったと解雇された中学教師に6,000£ (90万円)、 校長に退職を迫られた18年勤務の教師に30,000£ (450万円)、 生徒から性的な侮辱を受け、 ウツ病になった教師が10,000£ (150万円)、 それぞれ賠償金を受け取った。 昔なら組合が交渉し、 組合員個人を守ったものだが、 組合を離れて個人で訴訟を起こし、 賠償金を獲得している。 社会全般が個人主義になり、 組織を当てにしないで個人の自己努力に任されている。 こうした風潮をセグメント (分節化) というが、 グローバル経済下で、 個々人がバラバラにされたことが分かる。 これは危険な状態だ。 歴史をみると、 近現代以前には共同体が中心で、 互いに絆を大切にして生活してきたのに、 それが無くなった。 ゴーブ教育相が如何に 「時代遅れ」 と評しようと、 絆の喪失は人間社会の末期症状ではないのか。 同じ資本主義でも、 今のは金融資本主義であり、 金儲け中心の金権社会である。 これは人類の崩壊に向かっているように思える。 組合だけの問題ではない。 生徒の指紋採集 T 13.4.4 紹介記事に児童が指紋を無承諾で取られたとある。 指紋を使って食堂でカードなし、 暗唱番号なしで食事が出されるから 「便利」 だという。 代金請求が口座に連動し、 支払いも簡単になる。 これに対して、 ある父親は 「個人情報が漏れる危険性」 を指摘し、 「ビッグ・ブラザーを監視する会」 の人は 「そう簡単に指紋を取るな、 業者との間に教育省が介入せよ」 と警告しているが、 どうやら行政側の教育省が進んで指紋採取を応援しているようだ。 2008年 1 月10日、 10歳未満の40人の子どもたちのDNAサンプル (遺伝子情報) が国に登録されたと、 デイリー・メイル (08.3.21) が伝えている。 これは犯罪に関わった際、 有罪か無罪かの判断をする時の参考にする。 既にイングランドとウエールズでは18歳以下のDNAサンプル 450万人分、 16歳以下の15万人分が司法省に登録された。 ロンドンの科学捜査庁長官は 「児童の将来の犯罪予測は 5 歳から必要だ」 といい、 警察庁長官は 「将来は 5 歳の全データを確保する」 と述べている。 警察所長協会長は 「データ収集は市民のためだ」 といい、 家庭教育局は 「小学校からのデータ収集を検討中」 と述べている。 指紋もDNAも政府や業者が集めたがっている。 日本はどうか。 政府は国民の共通番号制度の導入に向け、 02年から住基ネットの一元管理に向け、 09年から外国人登録の住基ネットトへの組込も始まった。 これも 「便利だから」 という。 12年から共通番号 「マイナンバー」 法が2015年の施行を目指して動き始めた。 峰崎内閣官房参与は 「番号というのはツールなんですよ。 国民の生活を豊かにするものなんだから、 目的や利用範囲はあとから考えればよい」 と述べている。 利用事務内容は、 社会保障・税・災害対策・費用徴収・入所入院措置・患者管理・事件捜査・裁判執行・税制・金融機関・パスポート・社会保障・政令で定める公益上の必要あるとき等々だという。 旧植民地において、 「満州」 で現地住民に労働認可証や居住認可証を持たせ、 指紋で認証したことがある。 1934年から45年にかけ朝鮮人に 「協和会手帳」 の所持を義務づけた。 戦後でも、 1952年から旧植民地出身者の朝鮮人と台湾人に指紋押捺とIDカードの携帯を義務づけたが、 反対運動とグローバル経済の進展とともに、 00年に廃止された。 このように指紋は監視の眼差しを内面化し、 自律訓練を促したが、 それは軍隊や学校や監獄や病院や工場で使われた。 監視する者は見えずに、 監視される者がよく見えるようにすることは支配の常套手段である (フーコー 「監獄の誕生」)。 ここで監視社会についての用語を説明しておきたい。 生体認証 Biometricsとは、 生理学的特徴である指紋・紅彩・掌紋・顔貌、 それに行動学的特徴の声紋・署名・動態分析のことである。 ビッグ・ブラザーとは、 ジョージ・オーウェルの小説 「1984年」 に登場する架空国家の指導者であり、 実在するかどうか不明の人物だ。 テレスクリーンで国民一人一人を監視し、 国家に反逆する者を事前に探知する。 1999年にオランダでTV番組 Big Brother が放映された。 応募者の内から男女各10人を選び、 3 ヶ月間スタジオ内に特設した Big Brother House で生活させ、 視聴者がそれを観て、 生活態度について評価し、 態度の悪いのを追放し、 最後に残った男女二人に莫大な賞金をだすという番組だ。 その後同類の番組が英米独仏でも流行った。 少数の者が多数者を監視するのはパノプチコンというが、 多数者が少数者を監視するのはシノプチコンといい、 最近では後者の方が権力側に使われる。 兵庫県小野市で生活保護者の不正受給を監視するのを促したのはこれに当たる。 GPS全地球測位システム。 人工衛星を使い、 時差を計算し、 移動する者や車を監視し、 動向を追跡する。 データーがリアルタイムで通報でき、 保存もできる。 顧客関係管理システム。 ビジネスに使われ、 長期間に利益を上げる消費者を育成し、 高度なサービスを提供するが、 無利益の消費者を名簿から自動的に削除する。 CCYV。 閉鎖回路的TV複数撮影、 俗に監視カメラという。 映像を中央制御地に送信し録画し、 交通管理や消費者行動を観察し、 病院で患者を点検し、 防犯予防に使う。 カメラの眼には、 傾斜、 旋回、 ズーム機能があり、 暗闇でも撮影できる。 イギリスは世界の主要都市にあるCCTV台数の 5 分の 1 を占め、 外出する全ての人が 1 日300回見られている。 だがイギリス市民は監視カメラに異議を申し立てることが少ない。 なぜなら凶悪犯罪がこれによって防止できるからだ。 グローバル経済とIT技術の進歩により、 精度が高くなり、 天文学的数値の範囲を監視できる。 一見 「客観的」 で 「便利」 だが、 分析や分類の基準が権力側の眼差しであるため、 社会的振り分けと言われ、 性差や習慣や文化等を極めて差別的に観察することになる。 イギリスばかりでなく、 日米も庶民が監視社会に無頓着であるため、 将来が危ぶまれる。 グローバル資本の必要とする資料が容易に集められ、 差別と格差が広がるからだ。 資料として体系的なのはディヴッド・ライアン著 「監視スタディ (岩波書店刊)」 がある。 |
(やまなし あきら 元養護学校教員 県立高校非常勤講師) (ささき けん 教育研究所共同研究員) |
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