はじめに
「教員の資質能力向上特別部会」 での審議を経て、 2012年 8 月に 「教職生活の全体を通じた教員の資質能力の総合的な向上方策について」 と題する中央教育審議会答申(以下、 答申と記述)が公表された。
本誌の主たる読者が神奈川県立高校教員であることや紙幅の関係上、 拙稿では、 答申の中でも現職教員に関連した資質向上策に焦点化することにしたい。 前半部で答申の概要を確認し、 後半部ではそこで提言された資質能力向上のあり方をめぐって検討を加えたい。
- 答申が提言する現職教員の資質能力向上策の概要
*社会や学校における現状と課題
社会の急激な変化(グローバル化・情報化・少子高齢化等)に伴い、 学校教育に求められる人材育成像の変化へ対応する必要。 具体的には、 基礎的・基本的な知識・技能の習得に加え、
思考力・判断力・表現力等の育成、 学習意欲の向上、 多様な人間関係を結んでいく力の育成が課題。
*今後の教員に求められる資質能力
- 教職に対する責任感・探究力・教職生活全体を通じて自主的に学び続ける力(使命感・責任感・教育的愛情)
- 専門職としての高度な知識・技能
- 教科や教職に関する高度な専門的知識(グローバル化・情報化・特別支援教育等の新たな課題に対応できる知識・技能を含む)
- 新たな学びを展開できる実践的指導力
基礎的・基本的な知識・技能の習得に加え、 思考力・判断力・表現力等を育成するための知識・技能を活用する学習活動や課題探究型の学習、 協働的学び等をデザインできる指導力
- 教科指導・生徒指導・学級経営等を的確に実践できる力
- 総合的な人間力
豊かな人間性や社会性、 コミュニケーション力、 同僚とチームで対応する力、 地域や社会の多様な組織等と連携・協働できる力
教職生活全体を通じて実践的指導力等を高めるとともに、 社会の急速な進展の中で知識・技能の絶えざる刷新が求められることから、 教員が探究力を持って学び続ける存在であること:
「学び続ける教員像」 の確立が不可欠。
*改革の方向性
- 入職前の教育は大学、 入職後の研修は教育委員会、 と断絶した役割分担から脱却し、 教育委員会と大学との連携・協働により、 教職生活全体を通じた三位一体の改革を推進し、 「学び続ける教員」 を支援する仕組みを構築。
- 養成教育を修士レベル化して教員を高度専門職業人として位置づけ。
- 教員免許システムとして一般・基礎・専門免許状 (仮称) を創設。
一般免許状:探究力、 学び続ける力、 教科や教職に関する高度な専門的知識、 新たな学びを展開できる実践的指導力、 同僚と協働して困難な課題に対応する力、 地域との連携等を円滑に行えるコミュニケーション力を有し、 教科指導・生徒指導・学級経営等を的確に実践できる力量を保証する標準的免許状。 学修の標準は、 学部 4 年に加え 1 〜 2 年程度の修士レベルの課程。
基礎免許状:教職への使命感・教育的愛情を持ち、 教科に関する専門的な知識・技能、 教職に関する基礎的な知識・技能を保証する免許状。学士課程修了レベル。
(早期に一般免許状を取得することが期待されるとも付記)
専門免許状:学校経営・生徒指導・進路指導・教科指導 (教科ごと)・特別支援教育・外国人児童生徒教育・情報教育等の特定分野に関して実践を積み重ね、 さらなる探究をすることによって高い専門性を証明する免許状。 複数分野の取得が可。一定の経験年数を有する教員等が、 大学院教育、 教育委員会と大学との連携による研修等で取得が可。 学位取得とはつなげない。
*当面の改善方策
[ 採用から初任段階 ]
- 採用の改善
大学での学習状況等を選考の評価に反映 する方法の検討や、 年齢構成上少ない30 〜40代を積極的に採用する方策を、 資質 能力を担保しつつ推進。
- 初任者研修の改善
教員養成の修士レベル化を視野に入れ、 教職大学院等との連携・融合によって同 研修の高度化を図る。
様々な教育課題に的確かつ柔軟に対応で きる力量を確実に育成するべく、 初任段 階の教員に複数年で研修を実施している 教育委員会の取り組み参考に、
初任段階 の教員を支援する仕組みを構築。
[ 初任段階以降 ]
- 現職研修等 (教員免許更新制、 10年経験者研修を含む) の改善
教育委員会と大学との連携・協働による現職研修のプログラム化の推進。
専門免許状創設を念頭に、 研修の単位化や免許認定講習の開設を進め、 多くの現職教員が同免許状を取得できるよう工夫。
教員免許更新制は、 適切な規模を確保するとともに、 必修領域の内容充実や受講者のニーズに応じた内容設定等、 講習の質を向上。
- 校内研修や自主研修の活性化
教育委員会が校内研修等を活性化するための取り組みを推進するとともに、 組織的、 かつ効果的な指導主事による学校訪問のあり方の研究等、 学校現場の指導の継続的改善を支える指導行政のあり方を検討。
校内研修の質・量の充実を積極的に支援する視点から、 教育委員会や教育センターは、 指導体制の確立、 組織的・計画的な学校への指導・助言、 教育委員会・学校と大学との連携・協働、 近隣の学校との合同研修等の取り組みを推進。
[ 管理職 ]
- 専門免許状の創設を念頭に、 管理職としての職能開発のシステム化を図る。
- マネジメントに長けた管理職を幅広く登用するため、 教職大学院のカリキュラムや教員研修センターの学校経営研修等を活用しつつ、 管理職・教育行政職員に求められる資質能力をもとに、
マネジメント力を身につけるための育成プログラムを開発。
*教育委員会・大学等関係機関の連携・協働
- 以上の取り組みを実効あるものとすべく、 教育委員会・大学等が連携・協働して教員養成や継続的学習への支援を行うことが重要。
- 特に、 教職大学院と教育委員会とが連携・協働を率先して行い、 他の具体的なモデルとなる役割を期待。
- 現職教員の継続的学習に関連した主な役割としては、 (1)管理職や教員に求められる資質能力を明示、 (2)大学と教育委員会、 特に教職大学院と都道府県の教育センターとの一体的な体制を構築、
(3)現職研修プログラムを開発、 (4)校内研修プログラムを開発して支援体制を構築。
- 答申が提言する現職教員の資質能力 向上策をめぐって
現状も教員は経年・課題別等々の行政研修を受けているが、 今答申の資質向上方策においても研修の改善が示されている。 なお、 これまでとの相違としては、 一般・専門免許状 (仮称) の創設を見据えた研修の改善を図ろうとしている点が挙げられ、 研修のプログラム化・単位化、 あるいは初任段階の教員を複数年にわたって指導する仕組みの構築等、 研修をより体系的にすることにより、 教員の資質能力のレベルアップに結びつけようとしていることを確認できる。
加えて、 教育委員会や大学等の機関の、 とりわけ教職大学院【1】と教育委員会が連携・協働し、 他機関のモデルケースとなり得る研修プログラムの開発を求めており、 養成教育は大学(院)、 現職研修は教育委員会、 といった従来の棲み分けを払拭し、 教職大学院と教育委員会の主導の下、 養成 採用 研修を包括的に展開していこうとのねらいが前面に押し出されたものとなっている。
ただ、 そうした改善に乗り出す根拠(論拠)が釈然としないように思われる。 (前章で確認してきたように、) 答申は山積する諸課題の渦中に社会や学校が置かれているとの現状分析から出発 (説き起こ) し、 それに随伴する問題・課題を挙げ、 打開のための改革の必要を訴えている。 が、 過去にも教員のあり方は度々俎上に載せられ、 種々の対応策が打たれてきた経緯【2】がある。 この検証作業はどのように進められようとして (もしくは進んで) いるのか。 答申は、 これまでの教員の資質能力向上の各施策について今後不断に検証を行い、 その結果に基づく取り組みが必要とも述べてはいるが、 今までの施策に関する検証やそれに係る説明を先送りして改革を唱えるのは、 手順が前後していると考えられないであろうか。 その例を 1 つ引くなら、 教員免許更新制 (以下、 更新制) がある。 「その時々で教員として必要な資質能力が保持されるよう、 定期的に最新の知識技能を身につけることで、 教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、 社会の尊敬と信頼を得ることを目指す」 (文部科学省) として2009年より導入された更新制をめぐっては、 生涯通用するはずであった免許に有効期限を設けるという制度上の不整合や、 免許更新講習と10年経験者研修との兼ね合い等が早い段階より問題視され、 前民主党政権時にはその改廃が取りざたされたいきさつがある。 答申は、 更新講習の適切な規模の確保、 必修領域の内容充実、 受講者の要望に応じた内容設定等の見直しにも言及しているが、 これらの方策は、 上記の趣旨に適ったシステムとして機能しているか子細な調査分析を踏まえてのものなのだろうか。 更新制をはじめとして、 仮に検証が尽くされぬまま次々と改革が浮上し着手されようとしているのであれば、 改革の必然性や有効性を何に見出せば良いのか疑問に思う。
答申は、 校内研修や自主研修の活性化にも触れている。 学校の小規模化や年齢構成の変化等に起因し、 日々の教育実践、 校内研修、 自発的研修等によって学び合い高め合いながら実践力を身につける機能が近年弱まりつつあるとの指摘が聞かれるので、 教育委員会が校内研修等を活性化するための取り組みを推進するとともに、 学校現場への指導の継続的改善を支える指導行政のあり方を検討していくことが必要なのだとしている。 この記述から推測できるのは、 研修の不振を招いている要因が、 教員の職務の繁忙化・過密化といった実態を加味して複眼的に把握されていない可能性、 研修の活性化の成否は学校現場に対する行政の指導次第といった発想、 そして、 日常的でインフォーマルな教育活動や、 学校や教員の現況・問題関心に根ざした研修を保障していこうとする目配りの希薄さであるように思う。
また、 理想とする教員のあり方として、 「学び続ける教員像」 も答申は掲げている。 確かに、 教育という営みに携わる職務ゆえに、 教員はそのライフコース全体を貫いて学ぶことが肝要であろう。 けれども、 その学びのスタイルの多様性がなおざりにされていないであろうか。 学びの本流が、 行政や大学が用意する研修を経由して 「学び続ける」 ことにあるとされ、 教員個々の教職生活の有り様 (校種・担当教科・分掌業務)、 専門性、 自律性といった面が不問に付されてはいないか。 これらの点に絡んで、 辻野による 「日本における教師教育改革とは絶えず 『教師以外の誰かが教師を教育 (教授) する』 というパラダイムにとらわれ続けている」【3】との指摘は示唆的である。 答申は、 多忙化の解消等、 教員が研修等によって自己研鑽に努めるための環境整備が必要であるとも踏み込んで述べている。 そうであるなら、 指導する側とされる側に峻別する研修体系を再編成するのと合わせ、 従前の研修のあり方や教員の勤務の内実を精査し、 教員が能動的に学ぶことのできる条件を財政的措置も込みで整備していくという、 字義通りの自主研修 (傍点は筆者が加筆) の活性化の道筋は探れないものか。
答申には、 生涯にわたり教員の資質能力向上を可視化する仕組みを構築する (傍点は筆者が加筆) という文言も記されている。 そして、 ここには教員の資質能力向上策を打ち出す(打ち出さねばならない)意図が内包されているように思える。 もちろん、 諸策は教員の資質能力向上を志向していよう。 が、 本研究所教育討論会 (2012年11月17日) での中田康彦氏の言である、 昨今の改革の原動力は、 あることを変えて良くしたいというより、 責任、 わけても説明責任 (アカウンタビリティ [accountability]) を果たさねばならないとの動機づけにある、 といった見地に立つなら、 明示的な施策での可視化は避けて通れないのでないか。 これには、 ( 1 章において示したところである、) 教員の資質能力そのものが総花的で漠としており、 向上策の効果についても確認しがたいことが関わっているように思える。 そうであるからこそ、 研修を拡充したり、 教員免許を高度化するというように制度改変を重ねていくことで、 教員の資質能力向上策を講じているその事実を知らしめる手続きが必須条件となるのではないだろうか。
おわりに
教員免許の修士レベル化は法改正を要するのでしばらく実現はなさそうなものの、 研修の改善に向けて始動するのはあながち遠い時期ではないだろう。 教員がさらに研修に駆り出されることで、 自らの教育実践を省察しながら主体的に研鑽を積み上げる機会が一層手放されることになりはしないか。 過去の施策に対する検証が留保され、 教員自体の意向や状況が十分に顧みられることなく制度設計される研修によって教員の資質向上は担保されるのであろうか。 今後の動向を注視していきたい。
<注>
【1】答申は、 教員の資質向上にあたって教職大学院の役割をクローズアップし、 これを中核とした教師教育制度の改編を強調している。
しかし、 教職大学院の経緯や実相 (関連する論考としては、 例えば、 池田賢市・大森直樹 「なぜ教員免許更新制は廃止されないのか」 『世界』 2012年11月号、 266-9頁、 を参照のこと) を鑑みると、 慎重な検討が求められる。
【2】資質能力 (向上) に言及した過去の中央教育審議会や教育職員養成審議会等の答申・建議については、 拙著、 「教員としての資質能力に関する考察に向けて (研究ノート)」 ( 『教育研究』 [青山学院大学教育学会紀要]、 2011年)において検討を加えている。
【3】山崎準二・榊原禎広・辻野けんま、 『 「考える教師」 省察、 創造、 実践する教師 』、 学文社、 2012年、 143頁。
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