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相模向陽館高校研究発表会に参加して

中島 太郎

 私は昭和62年 3 月、 横浜緑ヶ丘高校を卒業した後、 「北海道に住みたい。」 という安直な理由から平成 6 年 4 月、 道立高校の国語教員となった。 小樽工業高校定時制を振り出しに、 現在まで 4 校に勤務し、 昨年 4 月からは大学院修学休業制度の適用を受け、 北海道教育大学釧路校教職大学院学級経営・学校経営コースで学んでいる。

参加理由と感想
 私は、 「ねざす」 第47号の加藤富也氏の寄稿を読み、 相模向陽館高校に関心を抱いた。 人間は自分の行動を自身で選択している、 という選択理論心理学【1】の主張はもっともである。 だが、 それを高校経営にそのまま活かすことなど、 出来るのだろうか。 そこへ折良く、 昨年11月16, 17の両日、 同校の研究発表会の実施を知り、 これ幸いと参加した。
 そこで私は、 次のような感想を持った。 この高校は、 従来の高校では卒業が難しい生徒のために、 工夫された教育活動を展開している。 そして、 教職員の協働体制を築きつつ成果を上げている。 以下、 その要点として、 2 点指摘したい。

昼間多部制定時制高校であること
 まず、 昼間多部制定時制高校であることについてである。 このことについて、 向陽館高校のある教師は、 「従来の高校ではこぼれてしまう生徒がいる。 その生徒たちのために、 この高校は昼間多部制定時制という形式をとる必要があるのだ。」 と述べていた。 この、 従来から存在する高校からこぼれてしまう生徒とは、 精神的な場合と、 経済的な場合とがあるという。 前者は例えば、 中学生の時に不登校を経験し、 高校でいきなり 6 時間通しての授業を受けることに自信がない、 という場合がある。 後者は例えば、 家計が厳しく、 生徒が長時間のアルバイトをしなくてはならない場合がある。 6 時間授業に不安がない生徒であれば、 田奈高校など、 中学校までの生徒のつまずきに対応した教育活動を行う全日制高校に進むことができる。 また、 夜間定時制高校も既に存在する。 しかし、 そのいずれをも選べない生徒は、 相模向陽館高校の新設まで選択肢がなかったことになる。 よって、 この高校はそのような生徒のために、 昼間定時制である必要があるのだと感じた。

心理学の理論に基づく、 学校経営
 そして次に、 選択理論という心理学の理論を、 学校経営の基礎に据えたことについてである。 このことについて、 公開授業での生徒の姿を通して、 成果を上げていると感じた。 1 年生と 3 年生を比較して、 後者が落ち着いた、 良好な状態に見えるのだ。
 まず、 1 年生の授業である。 半年間この高校で生活して、 慣れがあるのだろう、 生徒の表情に緊張や不安は見られない。 それでも、 ちょっとしたトラブルで学校から離れていきそうな、 注意深く対応する必要がある生徒たちが少なくないように、 私には見えた。 外界には興味のなさそうな、 いわゆる引きこもりタイプに見える生徒。 一方でやんちゃそうな、 授業中に騒いでもおかしくはないように見える生徒。 そしてタイプを問わず、 携帯電話をなかなか、 しまうことが出来ない者がいる。 また休み時間から続くおしゃべりもなかなか収まらない。 しかしそれでも向陽館の教師は、 叱ることはしない。 ただし、 それぞれの生徒に声がけはする。 「もうそろそろ、 ケータイしまおう。」 そして授業が始まる。 始め教師の言葉を無視しているかのように見えた生徒の多くも、 授業が進むにつれ、 携帯電話を脇に置く。 また、 次第におしゃべりのトーンも下がっていく。 また、 「そろそろ勉強するか。 おまえ、 うるさい。」 というように、 生徒同士が注意し合うようになる。 そうして授業に参加していく。
 他方、 3 年生の授業である。 それは体育の授業であったのだが、 私は見学者の生徒たちと話すことができた。 そして、 生徒同士の会話に戻ったとき、 次のようなことを言った。 「うちら、 おとなになったよね。」 ソフトボールをする生徒たちはおとなしそうな者、 元気の良い者、 それぞれのタイプがいるのは変わらないが、 なんとなくまとまって見えるのだ。 ジャージに着替えることなく標準服のまま、 あるいはジーンズのまま授業にでる生徒がいる。 それでも、 1 年生の授業で感じた、 何かあればまだ崩れてしまいそうな危うさを、 3 年生に対しては感じない。 これは生徒自身の話すとおり、 成長なのだろうと、 私は思った。
 そしてその後、 在校生の保護者と話すことができた。 「他にどこにも行くところがなかった私の子どもを、 この高校は受け入れてくれた。 そんな向陽館高校に対して、 何か恩返しがしたい。 私はそう思っている。 そして同じ思いの親は他にもいる。」 と熱く語ってくれた。 この返答から、 この高校が生徒のみならず、 その保護者の"困り感"をも救っていることを感じることができた。 このタイプの高校を必要としている生徒、 保護者は存在する。 私自身、 今回の参観で、 ただ単に知識を深めることができただけではなく、 感動をもらったことに、 驚いている。
 相模向陽館高校は2013年 3 月、 初の卒業生を出した。 この学校が送り出す卒業生が、 この学校の意義の何よりの証になるであろう。 それを願いつつ、 この拙稿を終えたい。


【1】選択理論とは、 アメリカの精神科医ウイリアム・グラッサーによって提唱されているもので、 人間が抱える問題のほとんどは人間関係のトラブルが原因となっていると見る。 そして、 人間関係よりも自分の願望実現に固執することに由来する、 このようなトラブルを解消するために、 願望実現よりも間にある人間関係の維持・改善を優先し、 問題の解決を図ろうとするのが、 その基本的な考え方である。 (以上は、 柿谷寿美江氏作成のフロー・チャートを元に、 筆者作成。) なお詳細についてはグラッサー 『グラッサー博士の選択理論』 (アチーブメント出版 1998年) を参照。



 (なかじま たろう)

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