支援ができる組織を創る
  かながわの支援教育の方法論  

中 田 正 敏
 2009年末、 内閣府に 「障がい者制度改革推進本部」 が置かれ、 そのもとに推進会議が開かれている。 基本的な認識は 「障がい者と障がいのない者が差別を受けることなく、 共に生活し、 共に学ぶ教育を実現すること」 であり、 これは 「障がい者権利条約においては、 あらゆる教育段階において、 障がい者にとってインクルーシヴな教育制度を確保することが必要とされている」 ことが前提となっている。 インクルージョンというコンセプト自体は、 国レベルの報告書 「21世紀の特殊教育の在り方について」 でも既に2001年に触れられているが、 付属資料の脚注での用語解説というレベルであった。
 インクルージョンについては、 ユネスコの 「特別なニーズ教育の原則、 政策、 実践に関するサラマンカ宣言」 (1994) において、 「誰であろうと決して排除することなく、 個々の人間の違いをむしろ尊重し、 学習を支援することに留意し、 個々のニーズに応じられるような学校をめざして努力すること」 が提案され、 「インクルーシヴな教育をするという原則を法的あるいは政策レベルで採用し、 通常の学校にすべての子どもたちが在籍し、 他の場を選択する場合には、 それ相応の説得力のある特別な理由がなければならないこと」 などが求られている。 そして、 その具現化のために、 「特別なニーズ教育に関する行動大綱」 を提示し、 「身体的、 知的、 社会的、 情緒的、 言語的、 あるいは、 その他、 その子どもの状態がどのようなものであっても、 学校はすべての子どもを適切な配慮のもとに受け入れるべきである」 とし、 「すべての学校は例外なく特別なニーズの連続体に対応しなければならず、 したがって、 それらに対応した支援やサービスの連続体が用意されなければならない」 としている。
 神奈川県は、 この動向を捉えて、 「サラマンカ宣言」 の翌年に研究に着手し、 それらを踏まえて、 「これからの支援教育の在り方について」 という報告書をまとめている。 これは、 国の 「特別支援教育」 が、 その対象を 「学習障がい、 注意欠陥多動性障がい、 高機能自閉症等」 に限定しているのに対して、 「サラマンカ宣言」 の対象とほぼ重なる形をとっている。 こうしたことから、 県は 「特別支援教育」 とは一線を画す形をとり、 例えば、 制度的にも 「特別支援教育コーディネーター」 ではなく、 「教育相談コーディネーター」 を置くとするなど、 独自の路線をとることとなった。 こうした路線は、 「教育ビジョン」 においても明確に踏襲され、 インクルージョン、 支援教育は基本的なコンセプトとして位置づけられている。
 では、 支援教育の視点に立つと、 学校組織としてはどのような対応が考えられるのか?
 インクルージョンの具体的な展開はかなりの難路である。 ユネスコの 「行動大綱」 においても、 これからの組織の在り方として、 「これまで以上に柔軟なマネジメントの手法を開発すること、 子どもたち同士が支援し合うことができるようになること、 困難に直面している生徒を支援すること」 などの課題が挙げられ、 学校経営の成功は、 「教職員が積極的、 創造的に参加できているかどうか、 生徒のニーズに合わせるために効果的な協力やチームワークを発展させられるかどうか」 が鍵であるとしている。 インクルージョンを国の方針としていち早く打ち出している国々でも、 インクルージョンの具体化についての様々な試行錯誤の末に、 従来の学校組織では相当に無理があると考えられていて、 一人で抱え込むのではなく、 子どもを中心において協働で仕事をすること、 教師たちの仕事の根本的な改革がなされることなどが必要であるという認識が深まっている。
 教育改革の中においては、 ユーリア・エンゲストロームが指摘しているように、 焦点はフォーマルなシステム改革や授業改革に絞られてきた。 これらのフォーマルで明示的な問題の陰で見過ごされてきたことがある。 それは教職員と生徒の関係性、 生徒同士の関係性、 教職員同士の関係性である。 関係性を具体化するものは対話であり、 対話により支援が共感とともに浮かび上がる。 多様なニーズをもっている生徒たちへの対応は、 支援のニーズが浮かび上がるようなツールを必要とする。 実態把握のためのツールとして、 対話が重要である。 生徒との対話の中で思わぬ背景が浮かび上がる。 その時、 今まで見えていた生徒像が転換され、 適切な支援があれば、 その苦境から離脱する方法が模索される。 支援により状況が変化し、 自力で解決できるようになる。 もっとも創造的な対話がインターフェースにより形成される。 生徒との対話の中で、 ひとりでは対応できない問題が浮かび上がる。 だから、 教職員のあいだの対話が生まれる。 立ち話の中から解決への萌芽が見いだせることもあるが、 定期的に固定したメンバーが取り組むことで解決の糸口がつかめるものもあるだろう。 多様なコミュニケーションが自在にできる土壌が創られるべきである。 一方向的な実態把握ではなく、 対話により生徒の実態と教職員の実態が浮かび上がる。 そうした多様な対話の中で支援が協働の中で構成される。
 現場での実践に立ち会った立場から言えば、 こうしたことが可能となるためには、 一定の人事配置が必要であり、 その上で初めて対話の土壌が創られるのである。 インクルージョンへのプロセスをたどり、 支援教育を推進するためには、 対話ができる職場が不可欠である。
 対話を通して様々な問題点が浮かび上がるが、 それらの中には何が問題なのかが判然としていないものもある。 対話ができる組織創りはこれらの課題を浮かび上がらせ、 時には、 事実上、 これまでの教育の領域を越境してしまわざるを得ない局面があるかもしれない。 これらについては、 あえて越境し、 これらはどのような問題なのかを浮かび上がらせ、 整理して、 現場から提言していくことが必要である。
 最後に、 国の 「特別支援教育の推進に関する調査研究協力者会議・高等学校ワーキンググループ」 の報告書の中に、 これまでに述べてきた文脈において、 示唆的なものがいくつかあるので触れておきたい。
 この報告書は、 あくまでの 「特別支援教育」 の推進がテーマであるが、 国の2007年の通知からは若干距離を置いた表現がいくつかある。 「高等学校における特別支援教育が、 特別支援教育コーディネーターをはじめとした一部の教員による取組にならないように、 学校組織全体としての取組や校務分掌へ位置づけの明確化、 校務内容の教職員への周知・理解を得ることが必要である」 としている、 通知にはなかった 「学校組織全体としての取組み」 は、 対話による組織づくりにつながる可能性がある。
 また、 「高等学校では発達障がいによる困難以外にも様々な課題を抱えている生徒がいる。 このため、 スクールカウンセラーや養護教諭を含め、 組織として生徒や保護者からの相談への対応が可能な体制の整備が求められている。 このような相談体制の充実は、 特別支援教育体制の充実につながるものである。」 相談体制の充実は、 学校組織全体の取組みを土壌とした組織においてもっとも充実する可能性がある。
 そして、 「既存の校内組織を活用して特別支援教育体制の確立を図る」 という方法論について言及して、 「各学校の実態に最もふさわしい体制の確立」 という提案をしている。 それぞれの学校独自の組織づくりのためには、 生徒と教職員の対話から生まれた支援をすることができるかどうかが鍵である。
 (なかた まさとし 明星大学)
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