海外の教育情報(11) |
アメリカ・イギリスの新聞記事を読む |
記事紹介:山梨 彰 解説:佐々木 賢 |
携帯を持ちこんでカンニング(Times, 2010. 2. 4) より 昨年、 何千人もの10代の若者がGCSEとAレベルテスト 1 のときに、 携帯電話や電卓やノートやMP 3 プレイヤーをこっそりテスト会場に持ち込んでカンニングしようとした。 資格・テスト監督局 (the Office of Qualifications and Examinations Regulation; Ofqual) 2 の数字によると、 昨夏は4,415人がテスト委員会 3 によって罰せられた。 こうしたテスト妨害の行為は 5 %も増え、 テスト用紙に猥褻なことなどを書く、 テスト中に監督の指示に従わない事例も増えている。 テスト監督 (多くは教師) が生徒のカンニングを助ける例も、 60件から今年は88件に増え、 文書訓戒が27件、 停職が17件にのぼった。 監督責任のあるテストセンターへの戒告件数も昨年の52から今年は70になった。 監督局の別の報告書によると、 障害やLD (学習障害) のためにテストで特別な扱いを受けた件数が急増し、 Aレベル、 ASレベル、 GCSEの110万人の受験者の中で343,000件あった。 二カ国語辞書、 点字機、 筆記補助者、 手話通訳などである。 また、 過去最高の163,000人がテスト時間の延長が認められた。 テストのトラウマ、 テスト当日の風邪、 ペットや親戚の死亡による気の動転を理由とする点数調整の要請が370,000件以上にのぼり、 その97%が認められた。 その結果50枚につき 1 枚のテスト用紙に点数が追加された。 監督局長は、 こうしたことを現在のテスト制度が学習者を守っている証しだという。 子ども・学校・家庭省は 「監督局は、 テストが全受験生にとって公平になるようにしている。 特別な扱いは、 どの受験生も技能や知識を正確に発揮できるようにするためだ。 テストでの不正の実例は非常に稀である」 という。 1 GCSEは中等教育一般証明テスト、 ASレベルは、 大学入学資格前期上級レベルテスト、 Aレベルは、 大学入学資格上級レベルテストである。 2 資格・テスト監督局 (the Office of Qualifications and Examinations Regulation; Ofqual) 諸資格やテストの水準を維持し、 信頼性を改善し、 情報提供する機関。 イングランドでの一般資格、 職業資格、 および北アイルランドでの職業資格について監督する。 資格や評価テストをする諸組織を公的に認証し、 それら諸組織の資格判定を認可し、 費用を含めた活動を監視する。 資格カリキュラム開発機構(QCDA)などの組織とも密接に協力している。 監督局は、 政府が直接統制することはないが、 議会への報告書を作成している (資格・テスト監督局のホームページより http://www.ofqual.gov.uk)。 3 テスト委員会 各種テストを作成・実施する民間の団体。 押し付けられる学校への負担とフィンランドをまねた改革(Times, 2010. 1. 13) および (Times, 2010. 1. 19) より イギリスでは、 保守党が1992年にナショナルカリキュラムを導入してから、 政府の教育への干渉が強まり、 その傾向は、 2007年 6 月から2010年 5 月までブラウン労働党内閣のボールズ子ども省大臣のもとで拡大した。 例えば、 お金管理、 親子関係、 家庭内暴力の授業よりも、 全生徒への中国語・日本語・アラビア語の選択必修、 「良識ある社会構成員としての生徒の育成」 など、 多くの 「取り組み」 が政府から提案された (右表を参照)。 女子校協会 (1974年に設立され、 186校の私立女子校が参加) や校長・女性校長会議 (250校以上の指導的な私立学校の校長からなる全英的な組織) や学校・カレッジ指導者協会 (15,000人以上の中等学校とカレッジの管理職からなる組合) などが、 「毎週一つの取り組み」 を学校へ押し付けるとして政府を批判して、 「政府は、 学校に責任を山ほど押し付け、 詰め込みカリキュラムにするのに異常なほど積極的である。 私たちは11歳から14歳のカリキュラムを全面的に変えた。 学校には莫大な負担だった」 と述べた。 私立学校は政府提案を実施しなくてもよいが、 「経営上の理由や親の要求などもある。 社会にとって重要なことを教えるべきだが、 一日の長さも学校の一年も変わらないのに何を削ったらよいのか」 とある校長はいった。 それに対して、 子ども・学校・家庭省は、 「現代的で多様な教育を親は求めている。 しかし、 数学・英語・科学のような伝統的な科目も大事にしている」 という。 2010年 5 月のイギリス総選挙で労働党は敗れ、 保守党と自由民主党の連立政権が成立した。 この結果 「子ども・学校・家庭省」 は、 「教育省 (The Department for Education)」 4 に改編された。 保守党は総選挙での勝利に先立ち、 教育政策として 「フィンランドの教育制度を参考にし、 学校査察もリーグテーブルもなく、 教師は修士学位をもつエリート職に」 とキャメロン現首相が主張した。 また、 国家予算での教職の養成を三流の学位しか持たない学生には受けさせず、 小学校教師の養成課程に入るには、 英語・数学でGCSEのAかBを条件にするという。 保守党は、 有名大学の科学・数学の最優秀学生に学生ローンを免除して教師になるように促し、 教師として再養成される他の職業や軍隊からの優秀な人々の昇進を早めるという。 教師の質を向上し、 最優秀教師に給料を高くする自由を校長に与えるともいう。 また、 教師に生徒の所持品検査をし、 不要なものを取り上げ、 破壊的な生徒をやめさせる権限を与えて規律を向上し、 教師による虐待があるという誤った主張から教師を守りたいとも述べた。 4 2010年 5 月12日に発足し、 マイケル・ゴーブ氏 (元タイムズ記者などのジャーナリスト出身で、 保守党の影の内閣時代の教育相) が大臣に就任した。 この下に 「学校局」、 「子ども・家庭局」、 「継続教育・技能・生涯学習局」 がおかれた。 方針として、 ナショナルカリキュラムの制約を本来の最小限のものとし、 教師の柔軟な教育を認め、 官僚的な運営をなくすといっている。 《フィンランドの教育》 【フィンランドの総合学校の授業風景】 生徒たちは、 コンバットパンツや運動着やトレーナーを着ている。 ウールの帽子をかぶっている子もいる。 皆、 ガラス箱に身をかがめて、 ミミズや蟻やナナフシをつついている。 箱の角にレーズン、 魚の餌、 砂糖、 種などがまかれている。 10分毎に何匹の虫がそれぞれの角に引きつけられるかノートに書いている。 18人のクラスのうち 4 人は特別なニーズを持つ。 能力には無関係に小グループで学んでいる。 皆、 2 つの教室の間を動き回り、 目は好奇心に駆られて大きく開いている。 別の教室では若いヒゲの教師が 9 歳児のクラスで課題を出していたが、 驚いたことに、 子どもたちは机の上に乗り、 積み重ねてぐらぐらしている道路工事用コーンの周りを動き回り、 その中で基礎的な工学やチームワークを学んでいた。 この授業の背後には注意深い計画がある。 【フィンランド社会と教育体制、 教師の地位】 フィンランドは人口が530万人の小国であり、 ヘルシンキ郊外は人口が希薄である。 移民が厳しく制限され、 非常に同質的な社会である。 フィンランドが教えることは、 教育の質を維持するには全国の学校査察、 全国テスト、 リーグテーブルだけが唯一の手段ではないということである。 1967年の教育改革で国家がカリキュラムの大綱を決めることになったが、 諸々の権限は地方自治体、 学校、 教師に委譲された。 労働力の資質向上のために学力格差を縮小するという目的で、 1960年代に複線型の学校体制をなくし、 成績不振の子どもに補習が行われた。 1985年には16歳以下の能力別クラス編成が廃止され、 完全な総合的学校制度になった。 イギリスとフィンランドは、 教育費の対GDP比は変わらない。 それぞれ5.9%と5.8%であり、 12〜15歳の生徒一人当たり費用は、 イギリスは8,868ドル (約75万円)、 フィンランドは9,241ドルである。 フィンランドの学校には、 教育の質を向上し、 教職を 「高貴な職業」 にする暗示があふれている。 しかし、 教育制度はイギリスと全く違う。 入学は 7 歳で、 制服も能力別クラスもなく、 授業内容は教師が組み立てる。 カリキュラムは、 政府や自治体が設定した大綱の中で学校が作る。 年齢が上の生徒は 1 年に 1 度、 国レベルのテストを受けるが、 結果は親ではなく学校に送られる。 教師は取得に最低 5 年かかる修士号を持つ。 採用されるのは応募者の10〜12%で、 教育に高い価値が与えられ、 教職は敬意が払われているが、 給料は低い。 小学校の教師の年収は、 37,584ユーロ (約430万円) で、 中学校は43,944ユーロである。 しかし、 購買力ではイングランドの教師が少し良いだけである。 この10年間、 フィンランドの学校は、 OECDの15歳児の数学、 科学、 読解力テストでトップレベルにあり、 国際的なあこがれであった。 ある大学教師は、 「テスト内容が15歳で教えられる内容と他の国よりも関係が深かったから」 という。 雇用する側は、 概ねフィンランドの教育制度に満足を示しつつも、 無料の教育制度が長すぎ、 「大学の平均卒業年齢の28歳は高すぎる」 と不平をこぼす。 しかし、 教育委員会はフィンランドのような小国は労働力に投資する以外はないという。 「530万人の人口では、 だれ一人遅れをとらせてはならない。 幸いにも、 どの政党も公正と質という教育の理想像では同じだ。」 貧富差、 成績格差、 怠学の相関(Times, 2010. 2. 15)、 (Times, 2010. 1. 14)、 (Daily. Mail, 2010. 1 .2)より 教育上の格差が社会・経済的な格差を反映していることは、 最近日本でも報道されるようになった。 イギリスでは労働党政権は、 格差是正のために公立学校へ莫大な予算をつぎ込んだが、 さほど成果はなかった。 野党時代の保守党は貧富差が教育上の格差を産むと批判してきた。 保守党・自由民主党新連立政権はこの格差是正をどのように進めるのだろうか。 最近の実態を、 まず幼い時からの子育てとの関連から見てみたい。 サットン財団の報告書によると、 貧困家庭出身の子供は、 学校に入学時から語彙力で 1 年の遅れがある。 子育てと家庭生活が成績に影響し、 困難で貧困な家庭出身の子どもは幼い時から遅れ、 多くはクラスの仲間に追いつけず、 成績不良のサイクルに陥っていく。 12,000人の 5 歳児の成績を調査した結果、 最貧困層は中間層よりも約 1 年、 富裕層よりも16ヶ月の遅れがみられた。 報告書によると、 「就寝時刻の決まり、 本の読み聞かせの習慣、 博物館や美術館への見学などは、 最貧困層と中間層の学力格差の原因の50%である。 また、 インターネットが見られる、 車があるなどの良好な生活条件にあるかどうかは学力格差の原因の30%を占め、 母子の健康は10%、 母親の就業や子育てのやり方が10%である」 という。 毎日本を読んでもらえる 3 歳児は、 再貧困層での45%に対し最富裕層では78%である。 豊かさと家庭生活は重なり合い、 最貧困層の子どもの 1 / 3 は、 親のGCSEの成績が悪く、 2 / 3 は 5 歳になるまでに両親が離婚する。 もちろん子育てをうまくやり、 子どもが良い成績をとるように導く貧困家庭もある。 報告書は、 子どもセンターを作り、 効果的な子育てプログラムを提供し、 全 3 〜 4 歳児の保育料の無料化財源を最困難家庭の 2 〜 4 歳児向けの25時間保育事業に回すことを提言する。 保守党のゴーブ氏は、 貧困で困難な子どもにとって学校システムが役立っていないと非難する。 無料給食に頼る子だと毎年45人しかオックスフォードやケンブリッジに入学しないのに、 有名私立学校からは平均で毎年82名入学するからだ。 怠学率と成績不振との相関関係は高い。 怠学や長欠の多い中等学校は、 ナショナルテストの成績が良くない。 統計は、 貧困と成績不振の関係の深さを冷厳に示す。 怠学者や長欠者が多い学校では、 全体として数千人の生徒が週に 1 日は学校に行かず、 308校では長欠者が10人に 1 人に上る。 ニューキャッスルのエクセルシオールアカデミーは、 昨年欠席を繰り返す生徒が24.3%とイングランドで 3 番目に高く、 GCSE5科目で良好な成績を取ったのが12%とイングランドで 6 番目に悪かった。 チェルムズフォードのセントピーターカレッジは、 長期欠席の割合は18.8%であり、 GCSE 5 科目で目標に達した生徒が 8 %とイングランドで最低だった。 この学校は1943年に開校したが、 生徒数は312人に減り来年閉校の予定である。 子ども・学校・家庭省は、 無料給食を受ける生徒は怠学になりやすいが、 中等学校での怠学生徒率は、 7.1% (2006) → 6.7% (2007) → 5.6% (2008) で低下しており、 さらに減らす努力がなされているという。 リーグテーブルを見ると、 GCSE 5 科目でC以上の良い成績をとって卒業した生徒はかろうじて半数であった。 公立学校では、 英語と数学を含む 5 科目で良い成績だった生徒は50.7%いたが、 職業関係の科目を除くと数字は47.9%に落ちる。 30%の生徒がGCSE 5 科目で合格ラインに達しなかった学校は、 1 年間で439から247校に減った。 一方、 30%以下だった54校は閉校した。 ボールズ大臣は来年までに目標未達成の学校は閉鎖し、 アカデミーとして再開するという。 AレベルテストでAを 3 つとった貧困地域の生徒数は、 昨年の6.9%から5.6%に減った。 一方富裕地域では昨年より 1 %増の12.3%だった。 その上、 874,346人の11〜16歳の生徒が学ぶ965校では生徒の半分以下が、 成績が向上しなかった。 「要求される成績水準を満たせない学校が多すぎ、 成績の格差として現われる貧富の格差は悪くなっている」 と保守党のゴーブ氏は述べる。 イングランドでは公立中等学校の授業料は無料だが、 私立学校の授業料は、 10,000ポンド (約130万円) 以上かかる。 にもかかわらず、 子どもを私立学校へ通わせる中間層が増えているという。 子ども省の統計によると、 私立学校に行く11歳から19歳の生徒数は2000年の 8.3 %から2009年の 8.9 %に上昇し、 この12年間で最多になった。 中産階級は公立総合制中等学校に背を向けた。 この人数は非大都市圏州でもロンドン周辺の諸州でも多い。 私立学校の中等課程に通う割合は、 ブリストルでは21.4%、 ブラックバーンとポーツマスでは19.1%であり、 ロンドンのある一区では中等課程56.5%、 初等課程52.1%であり、 裕福なケンジントン・チェルシー特別区では割合が最高で、 初等課程でも中等課程でも人口の多数派である。 私立学校は、 5 年間で授業料を40%値上げしたのにシェアを伸ばした。 労働党は1996年にブレア氏が公立学校の質の向上を訴え、 公共支出を353億ポンドから639億ポンドに増やすとともに、 公立学校に数十億ポンドの支出をした。 マンチェスターでは、 中等学校生の16%が私立で教育を受ける一方で、 無料給食の対象生徒は、 全国平均が10.3%に対し28%にのぼる。 子どもの貧困が高水準の町で、 私立学校へ行く割合が高い。 これは教育上のアパルトヘイトの拡大の兆候である。 しかし、 子ども省は 「圧倒的多数の生徒は、 最高水準の教育をこれまで提供してきた公立学校に通っている。 私立学校を選ぶ親はいつもいるものだ」 という。 ナショナルテストのボイコット(Times, 2010. 1. 26) (Times, 2010. 5. 3) イギリスではナショナルテスト、 日本流にいえば 「全国学力テスト」 が、 1980年から導入され、 そのテスト結果を表にした 「リーグテーブル」 という学校別成績一覧表が公表されている (小学校は1996年、 中等学校は1994年から)。 その後、 その弊害が指摘され、 イングランドでもウェールズでも見直しが始まっている。 そういう中で、 今年度の10〜11歳児対象 (キーステージ 2 ) のテストをボイコットするという動きが昨年から始まった。 教員組合だけではなく、 校長の団体も反対の立場に立った。 ボイコットの学校単位の支持率は、 地域によって30〜70%に上った。 なぜボイコットなのか? 教師たちは、 ナショナルテストが子どもだけでなく、 教師や教育そのものに不要な圧迫をあたえ、 テスト結果に基づくリーグテーブルが学校教育の妨げになり、 子どもの成績を正しく反映していないからだという。 例年ならば、 10歳〜11歳の60万人の子どもが受ける英語と数学のナショナルテストは、 5 月 6 日の総選挙直後の10日の予定である。 しかし、 今年のテストは混乱する見通しだ。 全国校長協会 5 と全国教員組合 6 がボイコット案を投票にかける。 昨秋のボイコット賛成はあまり多くなかったが、 今回は支持が多そうだ。 ボイコットが実施されれば、 リーグテーブルは混乱する。 支持者の行動は慎重であり、 ボイコットは 「ストライキとは違う」、 リーグテーブルがなくても子どもの学習状況は中等学校に送られると強調した。 政府は 「ボイコットが進められているのは非常に失望している。 子どもが小学校生活をすべてテスト準備に費やしているのは神話だ。 今年から、 14歳以前に外部採点のテストを 2 回だけ受けるようになる」 と述べた。 ボールズ子ども省大臣は、 テストの点数公表だけでなく、 理科、 英語、 数学について教師による学習評価を公表すると発表した。 組合との和解案のようだ。 教師は、 教師による評価はテストと同様に正確だし、 費用はかからず、 教師や生徒にストレスを与えないと主張している。 保守党は、 リーグテーブルを支持するが、 政権をとればテストを中等学校の第一学年時に移し、 教師が採点する形にするという。 ボイコットを支持する校長や教師は、 テストはやる気に満ちた生徒に不公平な烙印を押すし、 教師が過去のテスト問題をやらせて、 小学校の最終学年の教育をゆがめるという。 「現在は、 何千人の子どもが自分の能力を誤って理解して、 中等学校に進学している。 また、 全く不当にも、 学校や学校をとりまくコミュニティを 「失敗」 と決めつけ、 そのため校長の採用がしにくくなり、 校長の労働環境の悪化を招いている」 と述べた。 今年に限り、 テストの作成・採点契約がテスト委員会 7 のエデクセルと結ばれており、 総額23,000,000ポンドになる。 給料減の懸念ではボイコットを止められなかったが、 教育水準局による査察への悪影響を恐れて、 ボイコットを断念する校長がでた。 ボールズは 5 月 2 日、 テストをしなかった学校には、 テスト成績による学校査察の判定に影響が及ぶと述べた。 NAHTの年次総会で、 ボイコットの動機は支持するが、 査察の結果が懸念されるので実行できないという校長もいた。 ある校長は 「やむなくテストはやるが、 悪影響を招くという意見が満場一致だ」 という。 テストを実施する別の校長は 「ボイコットしたら、 教育水準局や理事が何をするかが心配である。 ナショナルテストは信頼できないが、 私にはボイコットはできない」 という。 NAHTとNUTの指導層は、 50%の小学校がボイコットに参加するというが、 支持は弱まっているようだ。 両組合での投票率は50%以下だった。 ボイコットを決定した校長は苦境を語る。 「いじめのようなやり方でテストに参加させ、 『こうしろ、 ああしろ』 という通達を理事に送るのは悪質である。 子どもたちに話をすると、 テストをやりたくないという。 教育水準局が私に悪い評価を下すのは構わない」 と述べた。 5 全国校長協会 (National Association of Head Teachers:NAHT)。 1897年に設立された小学校、 中等学校、 特殊学校などの指導的立場にある校長らの組合・専門職協会で28,000人のメンバーがいる。 6 全国教員組合 (National Union of Teachers:NUT)。 1870年に設立されたイギリスで最大規模の教員組合。 組合員は約30万人。 7 テスト委員会 (Exam Board)。 各種テストを作成・実施する民間の団体で、 エデクセル委員会はその一つ。 資格カリキュラム開発機構に指導されている。 【記事解説】 佐 々 木 賢 カンニング 高卒認定のGCSEと大学入試に役立つAレベルテストでカンニングが多くなっている。 携帯電話や計算機やノートやプレイヤーを使い、 年々手が込んできている。 資格テスト監督局長は 「不正は稀である」 と述べているが、 学生4400件、 教師88件、 監督不行き届きで70件も罰せられたのが 「稀」 と言えるだろうか。 ここでは、 監督に当たる教師がカンニングを指示し、 奨励さえしている事に注目したい。 不正が起きる社会的背景を考えてみる。 テストは個人や個々の学校の実力の有無やその程度を計ろうとするものだ。 実力に応じてそれが有効に働く社会ならば、 カンニングなどしない。 不正が流行るのは、 見せかけの資格や点数が有効な社会だということになる。 教師のカンニング指示や奨励はイギリスだけの話ではなく、 日本やアメリカにも共通する。 日本では2007年 7 月に東京都足立区の 「全国学力テスト」 での不正が発覚した。 試験会場で教師が生徒の誤答を指し、 事前にテスト問題をやらせ、 成績の悪い者を採点から除外したが、 教師だけではなく、 校長が絡み、 教委が指示し、 最終的に教育長が加担していたことが分かった。 アメリカのテキサス州では、 全7,700校中の400校が足立区と同じような不正をしていた ("Reason" 2006年 6 月号)。 足立区は東京の最貧困区であり、 テキサスはメキシコからの 「不法移民」 が多く、 共に厳しい社会的格差と貧困層を抱える地域である。 格差や貧困だけではなく、 資格の形骸化の問題も潜む。 大卒や高卒資格が学歴インフレと若年失業の増加のため、 軽く扱われて始めている。 今や通信制高校が大流行だ。 文科省調査によると、 08年の通信制高校は、 併設校118、 単独校79、 合わせて全国で197校に達する。 「通信制高校へ参入続々」 という 『朝日新聞』 の記事 (08年11月 1 日) には、 「10万人余の不登校生がいるからビジネスチャンスだ」 と業者が叫んでいる、 と伝えている。 費用は 1 単位の取得に約 7 千円だから、 高卒に必要な74単位を得るには、 約52万円が必要だ。 ある私塾教師の話によると、 塾生が首都圏の私立通信制高校のパンフをもってきた。 読んで見ると 「じっくり学べます」 「授業料も安い」 「過去に履修された方は、 高卒認定試験に全員が合格しています。」 と書いてある。 それに 「1 科目 1 〜 2 日で修得できます。 時間のない方にはピッタリです」 とも書いてある。 「常識では考えられないから、 もう一度問い合わせてごらん」 と告げた。 その生徒は高卒認定試験の 2 教科の成績が悪く、 どの学校でも単位が取れなかった。 でも不思議なことに、 その高校から単位をもらってきた。 テストに出たら、 先生が答案を持ってきて 「そのまま写しなさい」 と指示したという。 資格や単位や学位の売り買いは以前からあるが、 教育に市場原理が導入され、 規制が緩和され、 様々な形で民営化が進むとこれが一層盛んになる。 ソフトバンクの子会社が経営するサイバー大学では、 学生が一度も通学せずに卒業できる仕組みのため、 替え玉が講義や試験を受けることが可能だ。 620人いる学生の 3 割が一度も本人確認をされていない (『朝日新聞』 08年 1 月22日)。 通信教育の名を借りた詐欺まがいの資格商品が出回る。 年に数十万円を払えば高卒資格が得られる。 通信教育の理念はいい。 ただし実態は軽薄文化の後押しをしている。 他国のカンニングを笑えない。 学校への統制 押しつけられる過重負担とフィンランドをまねた教職改革 学校統制とフィンランドの教育という両テーマを抱き合わせで論ずるのは如何なものか、 と思われるであろう。 フィンランドは学校統制の少ない国だからだ。 だが教育への期待があまりに強いと、 両者が結びついてくる。 2009年から2010年までに、 イギリス政府が学校に要求したテーマ表を見よう。 遅れた生徒への授業、 学校評価を上げる、 吃音指導、 入学時の親の不満に応える相談会、 性教育、 麻薬・アルコール・喫煙対策、 いじめの記録、 5 歳からクレジットカード使用の指導、 中学生に中国語・日本語・アラビア語、 チューターによる生徒相談等々と課題が目白押しだ。 現場の学校長らが 「もう、 たまらん」 と政府を批判している。 「詰め込み教育」 ということばがあるが、 週に一回の割でテーマを押しつける 「詰め込みカリキュラム」 に、 現場はうんざりしている。 文科省に当たる当時の子ども学校家庭省は 「親は現代的で多様な教育を要求してきている」 と説明し、 「伝統的な科目も大事にしている」 と答えている。 つまり、 何でもかんでも教育現場が引き受けるべきだと思い込んでいる。 日本でも同様の事態が進んでいる。 学校現場の多忙化は全国いたる所で問題になっている。 会議が多い、 研修が多い、 通達が多い、 統計資料の事務処理があり、 保護者への対応業務が増えている、 少人数学級で多様な選択をするために授業数が多い。 教育が何にでも有効だと思う姿勢を教育幻想と名付けると、 正に現代は教育幻想時代である。 2010年 5 月にイギリスでは労働党に代わって保守党が政権の座についた。 首相のキャメロンは 「フィンランドに倣え。 学校査察やリーグテーブルを廃止し、 教師の質を上げるため、 教員資格の要件を修士とし、 教師のエリート化を進める」 と宣言している。 トップ大学の優秀学生に教職課程を受講させ、 三流大学の学生は門前払いにする。 小学校教師の養成にも、 高卒認定テスト上位者のみを対象にする。 1960年、 フィンランドでは二層体制 (後期中等教育段階で進学組と就職組に分ける複線系の制度) を廃止し、 全員に普通教育を施す単線系の教育制度に変えた。 1967年、 教育行政の権限を自治体・学校・教師に、 つまり国から現場に委譲した。 1985年、 16歳以下の生徒の能力別学級編成を廃止し、 生徒たちが自分の興味に従い自由な雰囲気で総合的な学習をする学校を作った。 その結果、 OECDが主催する国際学力テストPISAで、 この国の児童生徒はトップクラスの成績を収めている。 イギリスの新首相が 「フィンランドに倣え」 と檄をとばした理由も分かる。 だが、 思惑どおりにいくだろうか。 なぜなら教育は他の諸政策や社会のあり方と関係しているからだ。 北欧諸国は選別をしない、 共同体や連帯を重んじる、 地方重視に心がけ、 格差を縮めるように努めている。 貧困率をみると、 イギリスは 9 %だが、 北欧諸国は 5 %であり、 日本は17%である。 社会保障支出のGDP比率はイギリス 7 %だが、 北欧諸国は14%であり、 日本は 2 %である(『朝日新聞』 2007年 7 月 9 日)。 教育だけ変えて、 済む問題ではない。 2007年11月、 銃乱射事件がフィンランドで起き 8 人が死亡した。 翌年 9 月にまた同国の職業専門学校の男子学生が銃を乱射し、 10人が死亡している。 犯人の少年はネットで 「弱者は淘汰されるべきだ」 とか 「人生は全て戦争だ。 苦痛だ」 と叫んでいた(『朝日新聞』 2008年 9 月24日)。 若年失業が世界的規模で増えていることに関係があるに違いない。 この国でも、 若者が未来に希望を持てなくなっている。 さて日英の新内閣は似ているところがある。 民主党が2009年に出した 「教育職員の資質及び能力の向上のための教育職員免許の改革に関する法案」 では、 教員免許について教職大学院の修士号を持つ者に 「一般免許状」 を与え、 その後 8 年後に研修を課し、 「専門免許状」 を与えるという。 教師のエリート化である。 こうすれば教師の資質が向上すると思っている。 イギリス新政府と同様、 教育幻想に囚われている。 資格要件を厳しくすれば、 門戸が狭くなり、 上層か中間層の出身者しか資格が得られなく、 多数派である庶民出身者の教員が少なくなる。 それに修士の称号を持つ者が優れた教師であるとは限らない。 日英の両新政府とも、 社会的格差と成績格差が連動しているシビアな現状を無視している点が共通している。 2009年に出した民主党の 「地方教育行政の適切な運営の確保に関する法律案」 では、 第 3 条に、 学校設置者が地方公共団体になっている。 これは都道府県や市町村の教育委員会を全廃することを意味している。 第 7 条をみると、 学校の重要事項の協議機関は学校理事会であるが、 この学校理事会は市区町村長の下に置かれるから、 行政主導の教育になる。 実は行政主導で教育民営化へ進む。 ひな型は杉並区立和田中にある。 ここでは地域本部の主宰者が株式会社サピエンス研究所であり、 それに属する学習塾のSAPIXが授業を請け負っている (大森直樹 『政権交代と教育現場』 東アジア教育文化学会、 第 6 回学術シンポジウム報告、 2010年 8 月19日)。 格差 12,000人の 5 歳児を対象に様々な項目をたてて格差を調べている。 富裕層や中間層に比べ、 貧困層は成績では16カ月の遅れがある。 富裕層・中間層と貧困層との成績格差の原因の半分は、 就寝時刻の決まりや家庭の読み聞かせ習慣などであり、 車とパソコンの所持率が原因の30%、 母子ともに健康状態を維持しているかどうかが10%である。 それに加え、 子が 5 歳までに親が離婚したことが、 成績格差の原因の75%にもなる。 怠学や長期欠席数も多く、 高卒認定テストの合格者は公立学校で約半数しかいない。 確実に社会的格差は成績格差と連動している。 この報告書では 「保育の無料化などの政策をすべきだ。 財団はその基金を提供する用意がある。 ただ、 これをすれば貧困が解消するというほど単純なものではない。 貧困は社会の様々な面、 例えば家庭の文化、 精神病、 犯罪、 成績、 虐待、 離婚等の面に連鎖的に波及しているからだ」 という趣旨のことを述べている。 正に、 そのとおりだと思う。 アメリカではオバマ政権が誕生した。 この政権への教育政策提言集が一冊の本になっている ("The Obama Education plan: An Education Week Guide" Jossey-Bass Inc.)。 提言の一つに関して、 全米学校行政監視協会会長ダン・ドメニッヒは次のように述べている。 「1965年から現在まで、 成績向上のためと称する93の多様な教育プログラムが出されたが、 分散的で焦点がなく、 無調整であり、 全てどれも失敗に終わっている。 そこで私は提言する。 貧困対策、 これ一本に焦点をあてれば子どもたち全体の成績は上がる」 と。 ノーベル賞を受けた経済学者のクルーグマンは公共事業を縮小し民営化を進めた政策が貧困と格差をもたらしたと批判している。 政府は30年間、 庶民を騙し続けた。 「公共事業はムダだ」 「公務員は不正をはたらき、 ムダな書類を作っている」 と述べ、 民営化を進める口実としたが、 そんな主張は根拠がない。 すべての国民が必要とするのが公共サービスであり、 政府が提供しなければならず、 政府以外には誰も提供しないサービスなのだ。 それは全国民への適切な学校教育であると彼は述べている。 ("NYタイムズ"2010.8.9) 民営化とは公共事業を廃止し、 私企業に任せることだが、 公共事業で救われる多くの庶民を犠牲にした。 民営化負担は国民に等しくかかってくる。 公共事業費や福祉費や教育費の削減の結果、 庶民にかかる負担が 1 人 1 年に100万円だとすれば、 年収 1 億円の富裕層や 1 千万円の中間層には響かないが、 大多数を占める年収500万円の層には重くのしかかり、 年収200万以下の層には自殺の強要にも等しい額である。 民営化負担が貧困層を直撃した。 テストボイコット 校長会と教員組合が一体となって、 国の一斉テストのボイコットを計画している。 対象は10から11歳、 小学校上級学年60万人のテストだ。 理由は、 1.テスト練習の授業になってしまい、 これは正規授業を妨害する、 2.児童の日常の成績を反映しない、 3.児童のストレスが増える、 4.外部評価で教師と校長に圧力がかかる、 5.テスト業者への 2 千 3 百万ポンドはムダ金だ、 というものである。 テストには外部テスト (授業をしている教師以外の他者のテスト) と内部テストがあり、 競争テストと到達度テスト、 業者テストと公的テスト、 同年齢テストと異年齢テスト、 公開テストと非公開テスト、 悉皆テストと抽出テストがあるが、 全て前者が商品化し易い。 テスト商品は様々な教育商品 (学校商品・教師商品・生徒商品・カリキュラム商品等) の価格を決める貨幣の役割をもっている (佐々木賢 『教育と格差社会』 青土社、 2007年) から、 教育民営化を進める政府は一斉テストを重視する。 エデクセル委員会は名目は半官半民の機関だが、 アメリカの大手テスト業者ピアソン社に買収されたので、 実質的には民間企業である (『商品化された教育』 青土社、 2009年)。 ここに 2 千 3 百万ポンド (約34億円) も支払うから、 「ムダだ」 と教師たちが主張している。 2010年のテスト予算として、 日本の文科省は60億円を計上したが、 仕分け作業で36億円に削られた。 イギリスは日本の 2 分の 1 の人口だから、 イギリスの34億円は高い。 この記事の後、 2010年 5 月10日に一斉テストが行われたが、 ボイコットも実施され、 60万児童の内、 一割の数万の児童はテストを受けられなかった ( 'Heads refuse to hand out tests to pupils' "Times" 2010.5.11)。 新聞では 「教師たちが空前無比の行動に出た」 と伝えている。 校長会の重鎮、 スティーブ・イレダーレ氏は 「問題用紙は封印されたまま回収される。 回収を拒否されたらゴミ箱ゆきだ。 この行動を保護者は100%支持しているし、 査察局の私への評価は下がるだろうが、 一向に構わない。 将来の子どもたちのためになることを確信しているから」 と意気軒昂に語っている。 一割程度のボイコットだったが、 20年以上続いてきたナショナル・テストと教育民営化の動きに風穴をあけたことは確かなようだ。 |
(やまなし あきら 藤沢養護学校教員) (ささき けん 前教育研究所代表) |
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