寄稿
21世紀の国際化に貢献できる産業技術教育の拡充を考えたい
国際協力機構海外派遣専門家・工学博士 小林 基宏

「日本的国際化」 からの脱却
 最近、 わが国では盛んに 「国際化」 という用語が使われますが、 これには日本的なスタンダードを規定してそれを国際化するという意味合いがちょっと伺われます。 和英辞書で調べてみますと、 「インターナショナリゼイション」 と出ています。 しかし、 この英語の言葉の持つ深い意味は、 「日本で言う国際化」 とは幾分か違っているようです。 同様なスタンスで 「日本的国際化」 の翻訳 「グローバリゼイション」 も、 的を射てなさそうです。 「エコノミックアニマル」 と不評を買った 「経済活動やものの考え方などを世界的規模に広げる」 というように、 日本国内から眺めた世界観を振りかざしていて全地球的な観点に立つという点では疑問が残ります。 日本からの情報発信ばかりではなく、 海外からの受信にこそ大きく心を向けていくことがたいせつだと思われるからです。
 学校教育において、 わが国が世界の人々と 「共に手を携える歩みのあり方」 を指導するとき、 「国際化」 の言葉が的確に表現されるような合目的的解説を用意しておかないと世界の方々には的確に理解していただけないように思われます。
 聞くところによると、 アフリカのある地域では 「幸せ」 という単語がないそうです。 すべて自然界の摂理のもとで生活するうえでは 「不幸」 という概念が生じようもなく、 対極の 「幸せ」 ということばを不要にしているものと考えられます。 また、 アジア北部の地域では 「ありがとう」 のことばをあまり必要としていないそうです。 人間として生きる上で、 「相互に提供したり、 助け合ったり、 施したりすることが当然至極」 の土地では、 外部の世界に住む人々にはとても思いがけないコミュニケーション概念が存在するようです。
 このような観点での配慮が用意されてはじめて、 真の意味で国を越えたお互いの理解が深まり、 お互いの交流もスムーズに進んで世界的規模での文化や科学技術力などのあらゆる分野が発展し、 「より人間性の高い地球人社会」 が構築できるものと期待できます。
 米国教育学者デューイ氏いわく、 「教育の目的は、 それぞれが自身の教育や学習を継続できるようにすることである」 と…。 国際社会の影響を大きく受容していかねばならないこれからの若い人々に、 どのような教育プログラムを用意すればよいのでしょうか。

工業高校OBたちの海外での活躍ぶり
 いろいろな立場の方々がいろいろな手法を考察されて、 「日本的国際化からの脱却」 を図る上で、 近年の教育の経緯の中から 「温故知新」 的なヒントが得られれば幸いです。
 この頃は 「産業 (専門) 高等学校」 と呼び分けているやに聞き及びましたが、 かつての工業高校に40年間勤続してまいりました私の経験からそのヒントになりそうな事柄を模索し、 できれば何か提言できるような考察ができれば嬉しいことです。
 今日、 世界の産業が大きく発展している基盤に、 わが国の科学技術力が大きく寄与してきたことは事実だと思われます。 1960年代から、 わが国の産業構造が石炭から新しく石油エネルギーに依存した重化学工業の大発展途上にあった当時、 工業高校化学系学科の卒業生たちは、 中近東、 サウジアラビアなどの石油原産国に赴き、 現地の労働者に混じって原油採掘の指揮を取り現地の言葉で生活しました。 現地では必ずしも英語が通用するとは限りません。 ましてや、 現地語を修得してから出発するような時間的余裕も与えられなかったことは想像に難くありません。 気温50℃を超える灼熱の地では、 車のボンネットの上で卵焼きができたと聞きました。 語学的に不自由なだけでなく生活環境も熾烈な状況の中、 卒業生たちはひたすらわが国の技術力を発揮してくれていたのです。
 彼らは務めを終えて帰国すると 「砂漠のバラ」 と称する鉱物を持ってきてくれたり、 「1、 2、 3 」 をアラビア語では 「ワーヒドン、 クナーニ、 サラーサ」 と言うなどと興味深い報告とともに、 3 ヶ月ほどで現地人との会話には困らなくなったと聞いて驚いたものです。
 重化学工業の分野ばかりではなく、 世界の巨大な自動車メーカーを凌駕しつつあったわが国の自動車製造企業、 電気産業関連企業なども、 世界各地に工業高校卒業生をこぞって派遣するという時代でした。 普通高校に比べ語学カリキュラム面で乏しかったはずなのに、 どうやって言葉を覚えたのかと聞けば、 「現地の人々と仕事を進めるなかで自然に身についた」 と異口同音の答えでした。 電気科を卒業後、 やがて核磁気共鳴理論と技術を学ぶためフランスに留学したOBは、 今は先進的医療機器メーカーの社長として世界を飛び回っています。 彼は、 「言葉なんて、 電流回路みたいなもので必要なところには流れる」 と言うのです。
 あるとき私は海外技術教育の単独視察に派遣され、 海外各地で活躍していた工業高校卒業生たちが、 米国のシリコンバレーやメキシコでもどこに在っても実によく活躍しているのを目のあたりにしました。 海外派遣に耐えた彼らは、 任務を遂行する上で駆使する技術・技能をより的確にするために、 付属的な現地語というリテラシーを身につける努力までもして、 ひとつの 「国際化」 を身をもって実践しつつ 「国際協力」 にまさしく貢献していたわけです。
 工業高校卒業生たちが活躍する実情を在校生たちに紹介することは、 まるで我がことのように誇らしく授業に際しても生徒たちと将来の夢を語るよい材料になりました。

海外技術教育現場との交換交流
 現役の工業高校生たちにも海外研修の機会を与えてはやれないものだろうか。
 お互いの国の技術教育という基盤に立った交流を促進することが、 お互いの国の産業の理解に直結し、 ひいては経済社会の理解、 そして民族的理解へと進展することに繋がり、 「より人間性の高い地球人社会の構築」 へと発展するでしょう。 これは、 単なる語学交流やホームステイ体験では得られない実質を伴った新しい国際理解と国際交流への切り口を開発することに行きつくのではないでしょうか。
 全国工業高等学校長協会の主催で96年度から99年度までの 4 年間、 日米が毎年相互に 9 名を派遣し合う交換交流制度が創設されました。 私もその下準備に当たりましたが、 生徒の費用負担ゼロ、 語学力も問わないという仕組みに生徒たちは目を輝かせ、 帰国後にはそろって英語好きになるという副産物も生まれました。 しかしその後、 米国の大統領選挙があって政権が交代し、 この制度の継続に米国側の財政的事情で続かなくなってしまうというハプニングがありました。
 その直後、 さらに生徒海外派遣制度の新しいシステムづくりの折衝で豪州に派遣された私は各州を巡り、 アデレード市での技術研修制度を誕生させることができました。 時差も小さく安全で派遣生徒も20名と多くなりました。 この制度は順調に継続し、 第 8 回目の2008年度も無事に実施されました。 毎年この作業に携わる方々の尽力に対して敬服します。
 これら合わせて12年間の海外交流制度が実践されてみて把握できたことですが、 「語学学習時間の少ない工業高校生に海外派遣は無理だ」 と主張された方々に知っていただきたいと思うばかりの成果で、 今までにはなかった新しい国際交流のシステムが成立しました。
 米国でも豪州でも、 「職業観の育成」、 「生涯教育の在り方」 が 「普通科教育と抱き合わせになっている」 という教育システムの実態をくまなく体験させていただけました。 これらは、 最近、 産業総合高校等に統合編成が進みます日本の現代的高校教育の中で、 「国際化のための教育システムづくり」 の上に少しでも参考にしていただけたら幸いだと考えます。

全国の産業 (専門) 高校2700校…
 新しい観点での新しい試みが、 単なる語学交流では得られない実質を伴った国際交流の切り口に行きついた事例となりました。 この事例は、 わが国における国際理解教育プログ
ラム実践の今後に、 次のような展開が期待できるのではないでしょうか。
 全国の産業技術系の高等学校には工業技術教育の現場ばかりではなく、 商業、 農業、 水
産、 そのほか最近はより分化して家庭科、 看護科などと全体の学校数は2700校もあり、 全高等学校数の約20%を占めています。 たとえば工業高校だけでも全国に500余校ありますから、 各校が海外からの高校生をたった一名ずつ受け入れるだけで年間500名と交流できる勘定になります。 これを全ての産業 (専門) 高校で実践するとなれば、 2700名です。 単なる語学交流ではなく産業技術を通じた理解のうえに立つ、 より実質的で有意義な国際交流のシステムが構築されることになりましょう。
 世界の技術教育現場にある高校生を産業技術の習得という理念のもとで、 このような国
際交流制度で日本側が受け入れれば、 わが国の生徒にはもちろん、 送り出す国々側にも歓
迎されましよう。 技芸を通じての研鑽ですから言葉の習得も早くなりますし、 日本の今後
の真の国際化にもつながることです。 ひいては、 海外の資源・エネルギーに依存しきって
いるわが国が、 将来的に危惧される食料輸入難に際してもこの 「真の国際化理念の実践」
が功を奏する日があるのではないでしょうか。 21世紀の国際理解教育や国際交流制度の一環として、 このような教育プログラムが普遍的に実現されるその日の到来を心より期待し、 心より願わずにはおられません。

 (こばやし もとひろ 元県立高校教員)
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