新しい教育課程の実施におもう 
教育研究所代表 黒 沢 惟 昭

 
1 アンケートの結果から
 新しい教育課程が実施されてから半年余が経つ。この間、新しい赴任地の山梨の各地で、この問題について、話をする機会が多く与えられた。教研集会、PTA、社会教育関係者の会などが主である。そこでは、完全学校五日制になって、「学力」が「低下」するのではないか、という不安の声が多く聞かれた。
 私の手もとに、山梨県教育研究所が行った完全学校週五日制に関する調査の報告書(2002年9月)がある。県内の公立小中学校へ子どもを通わせている保護者65,000人を対象にしたおおがかりなアンケート調査で、約54,000人の回答(回収率83%)の分析である。それによると、五日制について、「不安である」は34%、「どちらともいえない」が49%で、「よいことだと思う」は17%と少なく、不安を感じている保護者の割合が大きいことがわかる。また、不安な点については、「学習時間が減る」が35%、次いで「子どもが目的もなく過ごす時間が増える」が22%、3位は「塾通いが増える」16%となる。
 以上のアンケートの実施期間は6月下旬からの一ヶ月間であるが、まずは予想通りの、前述の各地で耳にした声とほぼ同じ結果である。こうした結果は全国のどこでも同様であると考えて間違いはないであろう。しかし、それにしても10年まえに五日制が月一回土曜休日として試行された当時、このような結果を予想する者がいたであろうか。当時、私は都の要請で、「学校五日制の実施に伴う社会教育の役割」という調査研究を社会教育関係者と3年がかりで行ったことがある。いわゆる「受け皿」の問題であるが、その時は大人たちの週休二日制が盛んにいわれ、それとの関連で、学校五日制はごく当たり前のこととしてうけとめられ、「学力」「低下」が懸念されていたことは寡聞にして知らない。

2 豊かで楽しい学校を
 「学力」「低下」論については、私なりの見解があるが、それについてはいずれ稿を改めたい。先述のアンケート結果に戻ると、「子どもの学校に何を期待するか」という問いに、「子どもが毎日笑顔で通える学校であってほしい」という回答がなんと56%(30,094人)の過半数で、「学力をつけてほしい」の18%よりも3倍も多いことが注目される。これに対して調査者は、多くの保護者の方々は、「豊かで楽しい学校」を山梨の学校教育に期待しているのだとコメントしている。
 私も中2の親の一人として全く同感である。これまた、全国各地の圧倒的多数の保護者にも共通するねがいではないだろうか。

3 「学び」から逃走する子どもたち
 私は偶然の機会に「課題集中校」の現場を垣間見て、そこで、苦闘する教員たちに感動しつつ、事態をなんとかしたいと考え、高校改革にのめり込んでいったように思う。県内におけるそのような高校はおよそ2割ぐらいであることも聞いて改めて驚いた。ところが、最近、さらに驚くべき事実を知らされた。なんと、7割から8割の子どもたちが、小学校の高学年頃から、「学び」を拒絶し、「学び」から逃走しているというのだ(佐藤学『「学び」から逃走する子どもたち』)。私の子どもを見ていると納得のいくことだとも思える。いわゆる課題集中校はこの「学び」からの逃走の必然的帰結ではないかと思うのである。その上さらに、「階層差=学力差」も指摘されている(「競争加速」A『朝日新聞』2002.10.7)。そうであれば、「学力低下」云々よりもまず、「逃走した子どもたち」を呼び戻すために、「豊かで楽しい学校」の再建の方が先決ではないだろうか。

4 旧来の教育の大転換を
 名案があるわけではないが、行き詰ったときは原点に立ちかえってみることが肝要である。一つは、今度の新教育課程に大きく関連する15期中教審の「答申」(96年)である。
 それは「21世紀への教育の在り方」を審議したからだ。そこでは、これからの社会は変化の激しい行き先不透明な厳しいものになると予測している。残念ながら、この予測は今のところ見事に的中している。そのために、「生きる力」の育成が、その方途として「ゆとり」教育が提唱された。より具体的には、外枠としての「五日制」、内容としての「総合学習」である。この手だてによって、子どもたちの「学び」への関心と意欲を「引き出そう」(因みに、教育のヨーロッパ語の原義は「引き出す」である)というわけである。知識を教え込むことになりがちだったわが国の教育を自ら学び自ら考える力の育成を重視する方向への転換を図った提言として画期的といえよう。

5 子どもの未来のために
 考えてみれば、行き先不透明な激動する社会にふさわしい教育などは誰にも分かりはしないのだ。わかっているのは、これまでのやり方では絶対駄目だということである。だから、大人たちができることはその解決を未来の子どもたちが自ら見出してくれる仕掛けをつくることでしかない。試行を重ねながら到達したのが、学校五日制に象徴される新しい教育課程の筈である。もちろん、内容削減のやり方などに問題があることもつとに指摘されている。これまでの知識を詰め込む教育に慣れ親しんできた保護者も一般市民も、「学力低下」を心配していることはすでにみたところである。さらに、マスコミや塾関係者もこれを煽り立てている傾向が強い。肝心の教員の側も保護者に自信をもって説明できる理論も実践も不充分の者が多い。しかも、基礎学力の低下を招くとして、その停止を訴える声も強まっている。
 しかし、すでに原点を確かめたように、旧来の体制に戻ることは許されないだろう。それでは、「学び」から逃走する子どもたちは、増えこそすれ決して減らないだろう。とりわけ、公立校としては、旧教育に耐え忍ぶことができる2〜3割ぐらいの子どもたちではなく、圧倒的多数派である子どもたちが学びの楽しさを実感できる「豊かな楽しい」学校の再生に全力をつくすべきである。そのことを切望したい。

(くろさわ のぶあき)
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