新 学 習 指 導 要 領
教育研究所代表  杉 山   宏  
いよいよ新学習指導要領が小・中学校でこの 4 月から実施され、 高校でも来年度から学年進行で実施されることとなった。 ところがこの時期になって基本方針を揺るがすような問題が投げ掛けられてきた。
 今回の学習指導要領は、 これもこの 4 月から実施される完全学校週 5 日制の下、 ゆとりを確保し"生きる力"を育成するとしている。 96年 7 月の中教審第 1 次答申は 「"生きる力"の育成を基本とし」 「自ら学び、 自ら考える力などの"生きる力"という生涯学習の基礎的な資質の育成を重視」 などを提言し、 97年11月の教課審 「中間まとめ」 は中教審答申を受け 「自ら学び、 自ら考える力を育成する」 を含め改善の目標 4 項目を挙げていた。 かくして、 ゆとり教育の実現を目指す方向は一応定着し、 98年 7 月の教課審答申、 同年12月の幼稚園教育要領、 小学校及び中学校学習指導要領告示、 99年 3 月に高等学校学習指導要領、 盲学校、 聾学校及び養護学校学習指導要領告示と表面的には順調に来た。
 その間、 授業時数の縮減は学力低下に繋がらないか、 という懸念をかなり多くの人々がもっていた。 しかし、 97年 6 月の中教審第 2 次答申は 「学力観そのものが、 単なる知識の量から自ら学び、 自ら考える力へと大きく転換している」 とし、 新しい学力観を提唱した。 また同答申は 「現在の大学入学者選抜においては、 知識量の多寡を問うペーパーテストによる学力試験が偏重される傾向にある。 これからの教育においては、 自ら学び、 自ら考える力などの"生きる力"を育成しつつ、 子どもたちの個性を伸ばしていくことを重視しており、 大学入学者選抜においても、 今後一層、 子どもたちの多様な個牲や能力・適性、 意欲を幅広く評価していくことが必要である」 ともしており、 新しい学力観に基づいた入試をと呼び掛けている。 答申は当然、 高校入試においても同様な基本方向を示していた。
 しかし、 入試の状況はこの答申の呼び掛けに簡単には応ずるとは思えない。 完全学校週 5 日制の問題にしても、 昨年11月 5 日付読売新聞によれば、 都内の私立中では 5 日制に移行する学校は半数を割り込む見通しで、 特に有名進学校の殆どは 6 日制を維持するという。 また、 1 月28日付読売新聞は、 全国の私立中・高の学習内容削減に関し 「学習内容が 3 割削減された新学習指導要領が 4 月から施行されるが、 全国の私立中学・高校の66%は、 教える内容を春以降も減らさないと決めていることが、 全国学習塾協会のアンケートでわかった。 『学力低下』 への懸念が強まる中、 進学校を中心に授業のレベルを維持しようとする私学が多いことが裏付けられた形だ。 この調査は昨年12月に全国の私立中学・高校から無作為抽出した453校に質問書を郵送。 半数を超える254校から回答を得た。 『2002年から学習内容をカットしますか』 という質問に、 カットすると答えたのは、 わずか 7 %。 22%は 『ほぼ残す』、 66%は 『カットしない』 とした。 このうち、 私学の集中する"激戦区"の首都圏では、 『カットしない』 と明言した学校だけで85%にのぼった。 また、 入試に、 教科書から削減された内容を出題するかどうかについては、 まだ決めていない学校が 4 割以上あったものの、 全国で20%、 首都圏で34%が 『(出題を) カットしない』 と答えていた」 と述べている。
 この私学側の動きに対する文部省 (文科省) 側の動きの中で疑問の残ることがある。学習指導要領改訂後、 恒例のように文部省教科調査官等を編著者に総則、 各教科の解説書の類いが出版されているが、 今回改訂の中学校社会科編の文中に 「学習内容を削減することが必要不可欠であることを意味している。 したがって、 この点を考慮すると、 学習内容は従前の約 4 分の 1 程度の減らし方では対応できず、 理想的には従前の 2 分の 1 程度にすることが望ましいということになるであろう」 「これまで指導してきたことが基礎・基本の内容であればあるほど、 その内容を引き続き指導したいと思うのは当然である。 しかし, これまで指導してきたことが、 たとえすべて基礎・基本の内容であっても, 今回はそのうちの 4 分の 1 は削除の対象にせざるを得ないのである。 これが授業時数の縮減に伴う厳選の時代に要請されていることなのである。 また、 内容の精選を行うと、 よく 『〇〇が指導できなくなるが, それを教えなくてよいのか』 といった旨の質問をする先生が散見される。 『教えなくてよいのか』 と問われれば, 学校でこれまで教えてきたことの大部分は, 『教えた方がよい』 にきまっている。 しかし, それを言ったら何も削除の対象にできず, 授業時数の縮減に対応することができない。 『教えた方がよい』 が, それが物理的に不可能になっている。 現実を直視し, 内容の削除の対象にせざるを得ないのである」 と記されている。 教えた方がいいが、 授業時数が減ったのだから削除せざるを得ないとしており、 しかも削除の量に対する記述も雑駁な感じで、 この学習指導要領に法的拘束力があるとすれば、 これからの学校教育はどうなるのかと、 当然気になっていた。
  1 月17日に文部科学相が新方針として 「確かな学力の向上のための2002年アピール (学びのすすめ)」 を示した。 翌18日付読売新聞は 「遠山文部科学相は17日、 東京・南青山で開かれた全国都道府県教委連合会総会で、 児童・生徒の学力向上に向けて、教科書の内容を超えた授業や、 補習や宿題を奨励する新たな方針を表明した。 また、今後は教科書に学習指導要領を超えた 『発展的記述』 を行うことを容認した。 これは、教育内容を大幅に削減する新学習指導要領と完全週 5 日制が 4 月に全面実施され、 学力低下が懸念されているのを受け、 文科省が昨年から進めている過度の 『ゆとり教育』 から 『学力向上』 重視への転換を明確に打ち出したものだ」 「文部省は 1 年前、 それまで事実上 『教える上限』 としていた学習指導要領を 『最低基準』 と180度方針転換、 『出来る子を伸ばす』 など、 能力に応じた教育を打ち出した。 この日の文科相の 『アピール』 も、 こうした線上にある」 と報じている。
 伝習館訴訟における最高裁第一小法廷の判決は、 学習指導要領の法規性を示しているととれるということがいわれたが、 仮に、 法的拘束力ありとした時、 解釈で180度転換が行われたり、 同じ指導要領なのに方針が一変されたりしては、 学校現場はどうなるのだろう。
 美濃部達吉氏が 「法律は一般社会人とかく密接な関係に在るものであるから、 その性質上必然に社会的常識と離るべからざるもので、 法律を作るにも又はこれを理解するにも、 健全な社会的常識がその第一の基準とならねばならぬ」 と述べている。 とすれば学習指導要領は、 法として欠格の烙印を押されても仕方がないのではなかろうか。
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(さとう おさむ)