教育研究所代表 杉山 宏
8月、「活力と魅力ある県立高校をめざして」と題した、県立高校改革推進計画案が出された。冒頭の「計画の目的」中に、「生徒の特性、興味・関心、学習希望・進路希望等は、一層多様なものになっています」「県立高校においては、社会や時代の変化に積極的に対応し、生徒のさまざまな希望やニ−ズに幅広く応えるため、教育内容やシステムの改善を進めるとともに、県立高校のあり方そのものを見直すことが求められています」とあり、更に、「この計画は、こうした県立高校をめぐるさまざまな課題に対応するため、県立高校の将来像を示すとともに、その実現に向けて取り組むべき施策を総合的にまとめた計画です」とある。とすれば、県教委は、多様化した生徒の特性、興味・関心、学習希望・進路希望等を現段階で既に広い範囲で捉えていなければならない筈だが、どの程度捉えていたのであろうか。生徒のさまざまな希望やニ−ズに十分に応えられる教育内容やシステムの改善を進める見通しが本当に立ったのであろうか。
97年 4月に設置された「県立高校将来構想検討協議会」は、県教委から、県立高校の適正な規模及び配置、教育内容の充実、将来の在り方等について諮問を受け、98年 9月21日に答申を提出している。この間、各10回の協議会・小委員会が開催され、また、 4回 8校の県立高校の視察を行い、教職員との意見交換と県立高校生(16校 37人)から意見聴取を行っている。更に、フォ−ラムを 3回開催し延べ 767人の参加を、はがき等による意見募集では 160件の情報を得たとしている。それなりの努力は窺えるが、問題山積の高校の現状をどれだけ知り得たのであろうか。なお、この協議会は、県民に直接情報を提供し、広く意見を求めるため、審議を公開にしたという。
97年から神奈川県内の公立高校全日制課程の入学試験が、新方式となった。新方式への移行に際して県教委が諮問機関として設けた「神奈川県高等学校教育課題研究協議会」の審議過程に大きな問題が投げ掛けられた。委員の発言が結果的に無視され、答申に生かされず、県教委が敷いた軌道の上を走り結論に達したということであった。参加者に発言はさせるが、県教委の担当者により最初から一定の方向に結論が出されていたということであった。当然、委員の一部から猛反発があった。結論の出る方向は討議の中で決まるべきであり、討議の中で出された発言が、理由もなく消されては話し合いは成立しない。上記の将来構想検が協議会の審議を公開としたのは、この高課研における県教委の強引な審議方法を連続して行うことを避けたのか。協議会の審議内容を公開しても県教委構想に問題が起こることはないと予測しての結果であったのか。
将来構想検の答申を受け、改革推進計画の策定作業にはいった県教委に対し、神高教は、99年 3月10日、 4月20日に再編問題で交渉し、 5月20日には高校再編問題を含んだ教育改革要求を手交している。更に、 5月29日には18日に出された「県立高校の再編問題にかかわる県教委資料についての見解」を発表し、 7月 9日に「県立高校改革推進計画骨子案」にかかわる要求書を県教委宛提出する等の行動を採った。
また、県教委は今回の県立高校改革推進計画の立案に当たって、「高校フォ−ラムかながわ’99」と名付けた催しを 6ヵ所で開いている。生徒・父母の参加もあった。生徒・父母の参加は生徒の多様化に応える高校改革である以上当然のことであり欠かすことは出来ない。しかし、この催しは 7月18日から25日までの間に行われており、 6月30日に「骨子案」発表され、 8月15日の朝日新聞の記事の資料は、県教委の正式発表用の稿の一つ前の稿だったといわれている。とすれば、時期的に前述のフォ−ラムで出た意見が計画案へ取り込める範囲は自ずから明らかである。
県教委の職員と教職員以外の生徒・父母という直接の当事者を初め多くの人々の意見を聞くということは、県教委の職員と教職員との話し合いの機会を減らして良いということではない。曽ての勤務評定交渉で、58年から60年にかけて70回近い本交渉を持ち、主任制度化交渉で50回の話し合いを持った。生徒の多様化に対応しようとする改革にどれだけの話し合いの機会が持たれたのであろうか。
発表された改革推進計画案の「県立高校をめぐる現状と課題」の内容を見ても、具体的な形で現状や課題が見えてこない。多様化の語は再三出てきているが、抽象的な説明の羅列であり、県教委によって高校現場の多様化の現実的な掌握が何の程度行われたか判らない。しかし、現状と課題が抽象的に述べられているのに「県立高校改革の基本方向」の中の「県立高校改革の施策展開」は、一歩踏み込んでやや具体的な施策展開を示している。「県立高校の規模及び配置の適正化」の項では「新しいタイプの高校など特色ある高校を県内にバランスよく配置するため、統合や改編など再編整備を実施」とあるが、中学校の生徒の多様化が県教委の意図通りバランスよく多様化していなければ、バランスよく配置された高校に進学の段階で問題が起こるのではないか。高校の再編整備に当って何故もっと高校・中学校の教員の意見を徹底的に聞かなかったのであろうか。勿論、種々な意見が出て整理が大変であったかもしれない。だが、仮に、整理が大変な程意見が出たとすれば、それ故にこそ必要であったと言える。何の意見を採り、何の意見を捨てるかを決めるのは教育行政の責任者として県教委の権限だが、何故採ったか、何故捨てたかが明らかにされることは民主行政にとって当然なことであろう。また、教職員側も県教委の働きかけの有無に関わらず、積極的に能動的な姿勢を採るべきであった。それが「教育をつかさどる」者の責務である。
「労使には対立の宿命があり、当然、力関係の上に立った交渉もある。しかし、教育では、民間の労使関係と異ったものがある。教育の質を高め、教育効果の向上を図るため、公教育の在り方について、労働側というより教育の専門家、教師集団の代表者としての立場で話し合う側面もあると理解している。また労使関係とこの教育問題とが密接に関連し入り組んでいるという特性がある」この言葉は、76年 7月24日の主任制度化問題を巡る交渉での県教委側の発言である。教職員を教育の専門家として、教育問題討議の当事者として県教委が対応してゆくと明言していた。四半世紀の時を経ても民主主義の原則は不変であろう。
(すぎやま ひろし 立正大学講師 元県立横浜日野高校校長)