流れの中でものを考える

教育研究所代表 杉山 宏 

 1996年 8月27日に教育課程審議会の総会が開かれ、文部大臣より「幼稚園、小学校、中学校、高等学校、盲学校、聾学校及び養護学校の基準の改善について」諮問を受けた。以後、97年11月17日に「中間まとめ」を行い、98年 7月29日に答申を出している。この間の検討は、第15期中央教育審議会から出された「21世紀を展望したわが国の教育の在り方について」の第一次と第二次の答申に留意しながら行われた。即ち、中教審第一次答申の理念である、学校は教育内容を精選し児童・生徒に「ゆとり」を持たせ、家庭や地域社会における教育の充実と共に「いきる力」を育てていくことと、第二次答申の、形式的な平等の重視から個性の尊重への転換を目指すとする考え方に立つこととであった。
 教課審答申を受け、文部省は98年11月18日、小中学校新学習指導要領案を公表し、団体・個人から意見が出されたが、大きな変化のないまま12月14日告示された。高等学校に関しても、文部省は99年 3月 1日に新学習指導案を公表している。
 文部大臣の諮問、教課審の答申、文部省新学習指導要領案公表、文部省学習指導要領告示となる一連の動きは、民主主義的手続きを一応踏んでいるといえるであろう。だが、ほぼ10年毎に行われている改訂の審議検討内容を見ると、改訂の目的として掲げられてきたことが達成されない理由が判る。このことに就いては、小誌のこの欄でも既に述べたことがあるが、89年の改訂時にもいわれた如く、改訂は、前回の改訂以後の社会状況の変化や学校教育の現状と課題に適切に対応すると共に、社会の変化とそれに伴う子どもの生活や意識の変化に如何に対応していくかという観点を重視したとしている。現行の学習指導要領に対する反省を改訂に生かすというのではなく、前回改訂以後の変化に応じて改訂するというのである。勿論、審議の中で個人の意見として現行指導要領への反省が出ることあろうが、少なくとも学習指導要領は告示された時点では誤りはなかったとするのが建て前である。
 今回の教育課程の基準の改善のねらいとして、

  1. 豊かな人間性や社会性、国際社会に生きる日本人としての自覚を育成すること

  2. 自ら学び、自ら考える力を育成すること

  3. ゆとりのある教育活動を展開する中で、基礎・基本の確実な定着を図り、個性を生  かす教育を充実すること

  4. 各学校が創意工夫を生かし特色ある教育、特色ある学校づくりを進めること

これに対して、現行学習指導要領の改訂時の基本方針は、

  1. 心豊かな人間の育成

  2. 基礎・基本の重視と個性を生かす教育の充実

  3. 自己教育力の育成

  4. 文化と伝統の尊重と国際理解の推進

となっている。順序の入れ替えや多少の表現の違いはあっても、殆ど同じこといっている部分も多い。現行基準を何故、新基準に改めねばならぬのか。77〜78年の改訂の折「ゆとりのある充実した学校生活が送れるようにすること」という方針が出されている。77〜78年の「ゆとり」の如く明らかに失敗した場合は勿論、現行学習指導要領と今回の改善のねらいの場合も、現行の基本方針に対する評価がなければならない。成功しているならその方法の一層の進歩向上を考えるべきであろうし、順調にいかなかった場合は、それなりの反省を行ってはじめて新基準によって改善されることになるのであろう。
 今回の改訂で、「総合的な学習の時間」という教科の枠を超えた、横断的・総合的な学習をより円滑に実施するための時間が創設されたが、初等中等教育局小学校課教育課程企画室は「『総合的な学習の時間』は、地域や学校の実態に応じ、学校の創意工夫を生かして実施する時間です。この時間の学習活動は、各学校がそれぞれの地域や子どもたちの実態を踏まえて決めていきます。具体的には、例えば国際理解、情報、環境、福祉・健康など横断的・総合的な課題、子どもたちの興味・関心に基づく課題、地域や学校の特色に応じた課題などについて、各学校が適宜学習課題や活動を設定して展開することになります」と解説している。
 社会科の性格の自由性について、社会科が新教科として発足した年の1947年に上田薫氏が「社会科の性格が、児童の生きた社会経験を尊重し、あくまで環境の具体性を基底として、よき生活態度と生きた知識を獲得することに目的をおくものであるかぎり、各教科に対して社会科のもつ意味はきわめて包容的なものとなるのが当然である」と述べている。また、初期社会科では、社会科のもつ包含性を「(他教科が)離れるべき必然性がある場合は社会科から離れるということは、決して社会科の外へ逸脱することではない。むしろ社会科を真に生かすことであり、また大きな意味において社会科のなかに包まれることである」ともしていた。しかし、この社会科を中心にした問題解決学習は、55〜56年の学習指導要領社会科編第二次改訂以降、系統学習に変化していった。これに対し、今回の「総合的な学習の時間」の場合は、各教科は教科毎に領域が定まりながら、教科の枠を越えた学習時間で「地域の豊かな教材、学習環境を活用しながら体験的な学習、問題解決的な学習が積極的に展開され」るとなっている。とすれば、系統学習と問題解決学習・経験学習の両立も可能になろう。ただ、学習指導要領の中で「総合的な学習の時間」は各教科、道徳、特活と併記されず、総則の項目とされている。本当に学校現場でこの「学習時間」が展開されるためには、それなりの措置が必要である。50年代後半、系統学習への転換後、学校現場は受験対策に追われるようになっていったが、このような問題を除去しなければ、「総合的な学習の時間」も絵に描いた餅となろう。現状や近未来だけを考えるのではなく、学習指導要領の改訂は、50年を超えるこの変遷と教育現場の状況の変遷とを流れの中で考察し、次の動きを考えていくべきである。

(すぎやま ひろし 立正大学講師 元県立横浜日野高校校長)  

 

<<<ねざす目次

23号目次>>>