以上のような経過・背景から新方式が生れてきたわけだが、その特徴を簡単に整理してみると次のようになろう。
中学卒業生の減少期に入り、希望者全入という新制高校の理念の達成が物理的条件としては可能となってきた現在、その理念に一貫して抵抗してきた文部省−旧自民党文教族 −財界は、「個性化」という耳障りの良い言葉によって高校の「特色づくり」を進め、その「特色」にあわせて子どもたちを振り分ける(学校を子どもにあわせるのではなく、子どもを学校にあわせる)手法を通して選抜体制の維持をはかると共に、「能力主義」「効率主義(安上り)」を徹底させ、子ども・親・教員を分断し、個別の利益追求を軸とする自助努力、受益者負担を共通の価値理念とするような社会形成の中に教育を組み込むことが必要だった。そしてそのための新多様化であり多様な入選を作り出したのだと言えよう。
神奈川においては今春、はじめての新方式による選抜が行われたわけだが、そこで起 こったこと、その原因についてまとめてみる。
(1)複数志願制(第1希望校・第2希望校志願方式)による大量の欠員
今回の改革の目玉は複数志願制の導入にあった。この方式は一番入りたい学校(第1希望校)の定員枠を8割とすることで、「行きたい学校」の枠を狭めるという根本的な矛盾を抱えていたが(高校教育課は「第2希望も希望の内」とうそぶいている)、さらにこの方式は第2希望校の実際の受検者数がまったく読めないことから、59校-641名という大量の欠員を生み出した。第1希望競争率が1を割った学校は普通科全日制では六ツ川高校の情報科学コースと小田原城内高校の外国語コースの2校のみであり、大量欠員の原因は第2希望枠にあることがわかる。第2希望枠の対象者は、第1希望枠で不合格になった中で私学に流れなかった受検生のみであるため、少なくとも第1希望枠での選考が決定するまで分からないし、ここで合格になった受検生が多ければ当然第2希望校に回ってくる対象者は減ってしまう。次に神奈川高教組が開催した教育フォーラムの資料の一部を紹介し、第2希望校に回る受検生の数が読めないことを示そう。
これは第2希望枠についてのデータである。
|
定員 |
志願者数 |
倍率 |
学区平均 |
実質
受検者数 |
実質倍率 |
A高校 |
56 |
294 |
5.25 |
5.15 |
39 |
0.70 |
B高校 |
56 |
293 |
5.23 |
5.08 |
30 |
0.54 |
A高校もB高校も結局欠員を出したわけであるが、第2希望枠の志願者数は学区平均値よりも高い。しかし、実際に対象者となった数は、志願者数からは予想もつかないほど少ない数であるが、このシステムから考えれば仕方のないことなのである。だから、どの学校でも起こる可能性があるのだ。第1希望枠で多くの不合格者を出さぜるを得なかったところが、第2希望枠では対象者が回って来なくて定員が埋まらないという不合理。これは受検生の側からも言える。第 1希望枠で不合格であっても、第2希望校を同一校にしていれば合格していたのに、他校に変えていた場合は・・・。
このように、欠員が生じるメカニズムは明らかに制度の問題なのだが、県教委指導部長は「『行ける学校から行きたい学校へ』という今回の改革を受けて生徒たちが選択した結果」だと話しているという。これは結局、欠員を出した学校は生徒が選択しなかった、すなわち人気のない学校だということであり、当該学校に責任を転嫁する言い方であり、許せない発言だ。
(2)複数志願制による「学校間格差の拡大」
第14期中教審は高校教育改革の障害となる「壁」を「学校間格差」だとした。もし、今回の入選改革が本当に高校教育の改革を目指すものならば、この学校間格差がいくらかでも緩和されるものでなくてはならなかったはずである。結果はどうであったか。
学校間格差を簡単に測定することはできないが、いくつかの資料から推測することはできる。まず、学区外の進学校を第1希望とし、学区内を第2希望という使い分けによる全県レベルにわたる格差拡大について見てみよう。以下のデータは2月8日付新聞発表の最終応募状況からピックアップした「学区外志願者」に関するものである。
|
募集 人員 |
第1 希望枠 |
第1希望志願者
|
第2 希望枠 |
第2希望志願者
|
第1・2同一志願者
|
湘南 |
398 |
318 |
421 |
96 |
80 |
403 |
31 |
403 |
31 |
翠嵐 |
317 |
254 |
386 |
63 |
63 |
355 |
32 |
349 |
31 |
厚木 |
398 |
318 |
399 |
67 |
80 |
386 |
34 |
384 |
33 |
多摩 |
277 |
222 |
365 |
45 |
55 |
289 |
21 |
284 |
20 |
ここに上げた4校は学区外志願者数が特に多い学校で、それぞれ県内でも有数の進学校である。特徴的なのは学区外志願者が多いだけでなく、第2希望志願者と第1・2 同一志願者の数がほとんど同じという共通点が見られる。湘南高校にあってはまったく同一であ る。これはどういうことかというと、学区内の学校を第1希望校とし、第2希望を湘南高校にした受検生は一人もいない、すなわち一方通行の選択ということを意味している。他の3校は一人ずつである。学区外は8%条項によって合格者は募集人員の8%以内に抑えられるから湘南・厚木で31名、翠嵐で25名、多摩で22名となる。厚木と翠嵐の場合は数名の不合格者が出ることになるが、第1希望枠で学区外進学校に挑戦し、第2希望枠で学区内に滑り止めを求めるケースだと見ていいだろう。
それではこうしたいわゆる「トップ」校以外の学校ではどうだったのだろうか。某県内大手予備校が作成したデータを借りて分析してみたい。
[第1・第2希望 同一志願率の例]
*同一志願率は同一志願者数/(第1希望志願者+第2希望志願者−同一志願)の式で、算出しているため、同一志願者数/第一希望志願者数の値より小さくなっている
横浜中部 |
同一志願率 |
川崎北部 |
同一志願率 |
鎌倉藤沢 |
同一志願率 |
光陵 |
89% |
多摩 |
73% |
湘南 |
84% |
横浜平沼 |
72% |
生田 |
46% |
鎌倉 |
72% |
市立桜丘 |
60% |
百合丘 |
41% |
七里ガ浜 |
54% |
金井 |
57% |
麻生 |
42% |
大船 |
53% |
舞岡 |
58% |
生田東 |
36% |
藤沢西 |
52% |
市立戸塚 |
57% |
川崎北 |
47% |
深沢 |
44% |
上矢部 |
48% |
市立高津 |
44% |
大清水 |
44% |
汲沢 |
48% |
菅 |
39% |
湘南台 |
50% |
保土ケ谷 |
64% |
柿生 |
39% |
藤沢北 |
41% |
豊田 |
67% |
柿生西 |
56% |
藤沢 |
67% |
|
|
|
|
長後 |
68% |
平均 |
61% |
|
45% |
|
57% |
そして、普通科全体の同一志願率が63.3%、専門学科の同一志願率が67.9%と紹介されている。以上のことから言えることは、各学区共に「トップ」校では同一志願率が高く、中間層といわれている学校で第1希望校・第2希望校を使い分けているということだろう。その結果、従来以上の格差・序列のついたことが予想される。いわゆる「底辺」校が浮上する要素はもちろん無い(「底辺」校の同一志願率も高い)。
(3)複数志願制・総合判定による私学受検の増大
先に、第2希望志願者数が実際どれだけ対象者として回ってくるか分からない、というのは受検者の側からも言えると指摘したように、新方式の複雑さ、分かりにくさは中学校の担任や進路担当、そして受検生自身に大きな不安感を与えた。その結果出てきた対応として、一つは1ランクあるいは2ランク志望校を下げたというもの、そしてもう一つが私学を受検しておくというものであった。早々と公立に見切りをつけて、専願で私学に行った者もあれば、とにかく併願しておいて不安感を解消した者もいるだろう。中学によっては、全員に私学併願を勧めたところもあるという。
今年5月に発表された「県内公立高等学校全日制入学定員計画と実績」によれば、県内私立高校進学者の数が17,189名と例年より1000名ほど増えている。これは明らかに新方式が受検生に与えた不安感の結果と言えるだろう。不安感の原因は第2希望志願者の動向が志願状況の発表だけではまったく判断できないというだけではない。第1希望志願状況においても8割枠を基礎にしているために軒並み高い倍率になっているし、普通科では第1希望枠の7割(全体の56%)が成績で、残り 3割と第2希望枠のすべてが総合判定になるわけで(専門学科ではすべて総合判定)、その内容が不透明なだけに不安の材料となった。高校側でもこの総合判定の扱いに困惑したところが多かったと聞く。
(4)複数志願制が導入したコンピュータによるデータ処理
第1希望校・第2希望校という複数志願方式においては、それぞれの学校間でデータが飛び交うことになる。これを処理するために急遽コンピュータ処理が導入され、専用のソフトが開発された。しかし、このソフトは特定の文字を入力すると送信不能になるなどの欠陥があり、さらに受検生の氏名や住所など選抜資料としては不必要なものまで入力させたために、試行段階からトラブルが続いた。本番のデータ送信においてもミスが続出し、受検生に混乱を与え、県教育長、県知事が謝罪するという事態を招いた。
初年度だったとはいえ、コンピュータ導入に伴って、特にその担当者の作業量と精神的負担は大変なものであった。また、すべての作業をコンピュータによらなければならないような指導が行われたためか、手作業・人海作戦の方が余程合理的な場面も多く、現場での不評を買った。
さらにコンピュータ処理に伴う問題点を整理しておくと、@トラブルが1校内に留まらない A不正アクセスの可能性 B個人データの管理(各校のフロッピー管理だけでなく県教委に集められたデータ管理も含めて問題あり)C第2希望校での選抜資料は通信 データのみによらなければならないなどが考えられる。
(5)不適切な再募集日程、定時制日程
大量の欠員によって、約3校に1校の割合で再募集が行われたが、その日程を見ると、3月5日に合格発表があり、6〜7日が再募集期間となる。再募集のある学校と募集人員は6日の新聞で明らかになるので、受検生はほとんど検討する余裕がない。結局どこかを出願しておき、10〜11日の志願変更で確定するしかなかったと思われる。
一方、定時制の募集は合格発表のあった3月5日からであった。ここで不合格が分かった受検生は、定時制に願書を出すか、翌日の新聞発表を待って、再募集に応じるか、いずれかの判断を迫られることになる。定時制受検者が多ければ、今回のように 641名の欠員の内 418名しか埋まらなかった原因ともなる。この逆に定時制に流れる受検生が少なければ定時制の統廃合に拍車がかかるだろう。
ところで再募集には私学合格者は志願させてもらえないと何人かの保護者から聞いた が、本当だろうか。私学経営者への配慮や送り出した中学校と私学間の信頼関係といった理由が考えられるが、もし、本当だとすれば、やはり欠員 223名が宙に浮いた原因の一つと言えよう。
(6)その他
以上の他に、複数志願制による入選作業の長期化とそれに伴う作業量の増大、学力検査の問題が採点しやすいものに限定されてくる。総合判定の中に課外活動を盛り込んだために、その内容に振り回された、中学校と受検生(ある中学校の例だが、学区内のある高校がボランティア活動を「重視する内容」に掲げたことから、それまで人気の無かった社会福祉委員に殺到し、それまで地道に活動を続けてきた生徒が抽選で外されてしまったという)。新方式の分かりにくさから今まで以上に塾・予備校への依存度を増すことになる。など多くの問題が指摘できる。