特集 : 検証「特色づくり」「新入試制度」
 

私学を混乱させた新入試制度

湊谷 利男 

 
■ はじめに

「公立高校の入試が変わったので、併願者の手続き状況が判断できなかった。」
「併願者の急増と発表後のその歩溜まりが読めなかった。」
「専願希望者を集めるのが困難になっている。公立高校の複数志願制やア・テスト廃止で見通しがもてなかった。」
「公私間、私学間の競争の激化。今年度の入試の最大の特徴は、中学の教師も高校の教師も、中学生、父母も、“わけがわからない”状態が生まれたことだと思います。」
「公立高校の入試の状況が読めなかったので、定員確保をするのに危機感があった。」

 97年度入試が終わった直後、多くの職場でこうした声が渦巻いた。新入試制度を前に、「どうなるのかわからない」、公立を複数志願できるようになることで私学に入学してくる生徒が減るかもしれないという不安は、全ての職場に共通のものだった。
 

1.生徒減少期の中の「急増」

 調査書が10段階表記から5段階表記に変わったことで、結果的には「ボーダー」が下がった所や意識的に下げた所も少なくなかった。受験する中学生や父母の不安感もあって、結果的には志願者や入学者が急増したところが昨年より増えた。
「新しい公立入試選抜方式に伴う中学生の流れを読み切れず、合格基準算定が目論見を誤り、失敗して定員をはるかにオーバーしてしまった。」

 96年度入試では、前年度より入学者が増えたところが25校(76校中)であったのに対して、97年度は37校が増加した。また、前年度比で減少した学校は96年度入試で51校であったのに対して、97年度は38校と減っている。
 しかし、それは一時的なものであったり、今後にいつまでも続くことのない「急増」であることは明らかであった。それは、次のような声に明確にあらわれている。
「推薦、専願が大幅に減り、併願が増えた。応募者は増えたが、本校に入学したいという希望者が減ったということである。」
「推薦希望者がやや減少。応募者は増加。どの程度の入学者になるのか予想できなかった。」
「志願者の数の減少。公立志向が強い。」
「推薦入試、一般入試共に希望者が減少した。一般入試で特待希望者が大幅に減少した。」
「公立の推薦や追加合格で抜けるものが目立った。」
 今年度の入試の合格発表が行われたあと、新聞紙上では「私立への流出という点も見逃せない。本年度の県内の私立高校の平均競争率は過去五年間で最高を記録した。これは新制度への戸惑いから公立を敬遠する傾向が出ていることの反映とも受け止められる」(3月6日付『神奈川新聞』)という分析が出されたが、はたして公立を「敬遠した結果」といえるのだろうか。
 今年度出願者が増えた所の多くが、増えたのは公立志願の受験生の不安感のための「併願」であって、私学への「推薦」「専願」は減少し続けているのである。私たちは、全体的な傾向としては残念ながら「私学離れ」が強まっていると捉えざるをえない。
 

2.「私学離れ」の原因は、高学費低助成金構造、劣悪な教育条件

  

  計画進学率 実績
92(平成4) 91.0% 91.9%
93(平成5) 91.0% 91.8%
94(平成6) 92.0% 91.6%
95(平成7) 92.0% 91.0%
96(平成8) 92.5% 90.7%
97(平成9) 93.0%  


 計画進学率を上昇させても、全日制高校の進学率がこの5年間低下を続けていることは驚きである。その最大の原因は、私学が公私設置者会議で決めた定員を確保できていないことだと考えられる。94年度から96年度まで3年間、公私設置者会議が私学に割り当てた人数は18,500人であったが、実際に私学に入学した生徒数は、94年度が18,260人、95年度が17,463人、96年度が16,328人であった。96年度の公募人数の合計が19,253人であったからそれと比較すると公募人数より3,000人も下回ったことになる。
 その原因の第一は、全国2位の高学費私学県であることである。97(平成9)年度学費調査の結果は下の表の通りである。

県名 97年度納入金 昨年度比
 1 福井県 804,511円 +7,434円
 2 神奈川県 787,195円 +6,433円
 3 東京都 780,756円 +12,377円
 4 埼玉県 774,169円 +9,178円

 不況とリストラが国民生活を圧迫している中で、公立の学費との格差8倍の高学費に耐えられない家庭が増えている。「公立がだめなら、進学そのものを諦める」「定時制・通信制へ」など傾向を生み出していると考えられる。
 第二に、公立が既に40人以下学級を実現している中で、学級定数・専任率ともに改善できず、私学のよさといわれた「行き届いた教育」「面倒見のいい教育」も困難な状況になっていることである。
 一部に入学者が急増した学校を生んだ今年度の高校1年の1学級平均生徒数は、この三年間で最高の43.64人となった。最大50人以上の学級を持つ学校は13校となり私学全体の半数近くになっている。
 「急減期」を口実にした「専任不補充」、「非常勤講師」でまかなう経営方針をとる私学が多く、専任率は全体として低下を続けている。専任率が60%を下回る学校も少なくない。生徒が急増した学校のほとんどが船員教員の補充をせず、非常勤講師などでまかなっているために、教職員の多忙は限界にきている。
 さらに、施設、設備面での不十分さも一部の私学を除けば深刻である。老朽校舎、校地や運動場の広さは公的な助成がないまま父母の学費負担で解決することは極めて困難だといわざるを得ない。
 そして第三に「いじめ」「不登校」などに代表される、今日の教育問題は今や公立・私立の別なく生まれているが、生徒確保のために「生徒のため」ではない、「学校のため」とでもいえるような管理的な教育の強化など、私学教育が抱えている多くの問題も指摘されている、中でも、生徒に対する「処分主義」が父母の不満になっている学校が少なくない。そのような場合の多くは、一部の教師によって処分が決定されるなど民主的な学校運営が行われていない。生徒の成長と発達をなによりも大事にする「学校づくり」を進めることなしに、生徒・父母の支持や信頼を得ることはできない。
 「急減期の私学生き残り」戦略をウリにした経営コンサルタントが私学に売り込みを始めたといわれている。それは結局、学校を企業としてみて、教育を商品と考え、経営的に生き残る「戦略」でしかない。それは以上述べた三つの課題に逆行した道を歩むということであり、公教育私学としては死滅の道と言う他ない。
 

3.新入試制度と私学の課題

 今年度入試で、中学側の進路指導は、「入れる学校から入りたい学校へ」という指導に変わり「結局、私学併願を進めることが多くなった」という声を多く聞いた。複数志願制は、「競争」を激化させ、受験生の不安をあおり、その結果「バブル」のように私学への「併願者」を増やし、一時的な生徒増が生まれた。しかし、それは私学が公立の「補完物」的な性格をいっそう強める結果になり、私学の未来は切り開かれないことは明らかである。
 公私協同による、「公教育の充実」しか解決の道はない。生徒減少期は、制度的には教育の条件を飛躍的に改善し、すべての子どもに行き届いた教育を保障する好機である。計画進学率の引き上げと、公私共に30人学級の実現を真剣に追求することが、急務だと考える。
 私学において、「生徒減」が経営難、「私学危機」と捕らえられるのは、公教育機関としての私学が、財政的には「学費」という父母の負担によって支えられていることの矛盾によってである。現在3割程度の比重しか占めない私学への公費助成を抜本的に拡充し、国会決議で目標とされた1/2助成を実現することが、「公教育私学」を支える財政的な最低限の保障として第一の課題になっている。
 そして第二に、現状の低助成金構造の中で作り出されているさまざまな「ゆがみ」を克服することが求められている。
 中でも、県議会でも取り上げられた併願者の「入学金延納措置」の問題である。東京は6割の私学が延納を認めているのに大して、神奈川では6割が「先取り」をしているといわれる。様々な経過や地域性があるといわれているが、生徒父母の立場にたった改善が求められている。
 さらに、生徒獲得競争の激化は、学校教育の内容でも、入試方法の面でもいくつかの「ゆがみ」をもたらしている。公立中学の側からの問題点の指摘だけでなく、「学校訪問や説明会の回数が急増して日常の教育活動に支障をきたしたり、休日に休みが取れず疲労が蓄積しいる」などの悲鳴も職場から聞こえてきている。教育内容や学校づくりの努力を広く生徒父母に知らせることなしに「行きたい学校」に選択される可能性はないわけだが、公教育私学としての基本を逸脱するような募集の仕方などは改めなければならないだろう。

(みなとだに としお 神奈川私教連委員長/神奈川学園)

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