●特集T● 「止まらない多忙化、その行き着く先は・・・」
文部科学省
「学校現場における業務改善のためのガイドライン」
を読んで

 金澤信之
  1. 現行制度下での改善
     文科省は2015年7月27日に「子供と向き合う時間の確保を目指して」という副題の「学校現場における業務改善のためのガイドライン」(以下ガイドライン)を公表した。背景には「時代の変化に合わせた授業革新等」と「OECD国際教員指導環境調査等で教員の多忙化が指摘されていること等」があると説明されている。また、ガイドライン公表にあたっては教職員の業務についての調査を実施し、その結果を踏まえて各教育委員会が各学校現場の業務改善を一層進めることを期待するとある。さらに、ガイドライン作成にあたっては「中央教育審議会におけるチームとしての学校・教職員のあり方等についての審議もふまえつつ、現行制度の下で工夫できる方策を検討しました。」ともあり、現行制度下での業務改善を目指したものであり、制度変更を伴う抜本的な業務改善は当面考えていないようだ。

  2. 週当たり平均労働時間
     多忙化を指摘したとされた「OECD国際教員指導環境調査」(以下OECD調査)は2013年に実施された。このOECD調査結果が公表されると日本の教師の勤務時間が参加国、参加地域中最長であり、教師の多忙化がにわかに注目されたのである。2014年9月20日号の週間東洋経済には「学校が危ない」という特集記事が組まれ、先生たちのSOSと題されたルポルタージュが掲載されている。その中で、日教組の組織・労働局長の藤川伸治は多忙化の解決策は「残業代をつけること」と明快に断じた。さて、OECD調査対象となった他国の状況はどうなっているのだろう。
     OECD調査によると日本の教員の週当たりの勤務時間は参加国最長で53.9時間にのぼる。2番目のシンガポールが47.6時間であり、その差は6.3時間である。
     シンガポールの勤務時間や給与は「年間12週間の長期休業期間中は休暇扱いとなり、勤務を要しない。ただし、急務などにより校長から校務・研修命令が出た場合は勤務しなければならない。」「教員は通常の公務員と同じ週44時間勤務。通常の公務員と同様、時間外勤務手当は支払われない。」となっている。また、同国の雇用法によると時間外勤務は1ヶ月あたり72時間以内との規制があり、これは週当たり62時間は合法的に働かせることができるということでもある。
     このようにシンガポールは日本と同じように時間外勤務手当もなく日本以上に長時間勤務になる可能性はあるが、両国とも合法的に長時間労働が発生する点は同じと言えよう。しかしながら、長期休業中は休暇扱いとなる点は日本とは全く違う。現在、神奈川では教員の夏期休暇は5日間である。
     OECD調査で週当たり36.5時間のフランスはどうだろう。勤務時間や給与は「中学校や高校の校長・教頭は、一般官吏と同様、原則として週35時間、年間最長1,607時間。その他の教員の勤務時間は担当授業時間数で決められており、授業時間以外に学校にいる義務はない。決められた担当授業時間数を超えて授業を行った場合には超過勤務手当が支払われる。」「(長期休業期間中について)中学校や高校の校長・教頭については、特段の制度はない。その他の教員については、授業の行われる年間36週以外は原則として勤務を要しない。国家公務員の給与は年俸額が決まっており、その12分の1が毎月支給されるため、長期休業期間中にも支給される。」このようにきわめて緩やかな勤務状況であり、超過勤務手当も支払われている。
     フランスはEUに加盟しており、そもそもEUは1週間の労働時間の上限を時間外労働を含めて48時間に制限している。EUにあってやや長めの42.4時間のスウェーデンは時間外勤務手当はない。しかし、6月中旬から8月中旬まで休暇を取得できる上、年間の法定勤務時間は1767時間、その内の学校内勤務時間の1360時間以外は教員の自由裁量とされている上での週当たり平均なのである。
     多忙化の解決策には労働時間の上限規制が必要であり、時間外勤務手当の創出だけでは難しい。たぶん日本においてはこれは教師に限らず全労働者の課題とも言えよう。時間外手当が無くともスウェーデンは長時間勤務とならず緩やかな勤務状況になっているのはEUの労働時間上限規制があることが大きいと思う。だが、仕事の負担が減らないまま労働時間の上限規制をすれば日本においてはサービス残業が増加するだけだろう。ガイドラインはこのあたりのことをどのように改善しようとしているのだろうか。

  3. タイムマネジメント
     「2.業務改善の基本的考え方と改善の方向性」の「(3)校務の効率化・情報化による仕事のしやすい環境づくり」の中に「教育委員会は、各学校において、適正な勤務時間管理がなされ、勤務実態の改善が図られるように、タイムマネジメントの視点も持って必要な指導助言を行っていくことが必要である。」とある。しかし、タイムマネジメントとはどのようなことか、具体的にどのように実施するのかはほとんど説明されていない。
     タイムマネジメントについては、2008年に発表された「学校の組織運営のあり方を踏まえた教職調整額の見直し等に関する検討会議の審議のまとめ 文科省」(以下審議のまとめ)でかなり踏み込んだ説明がなされている。例えば、労働基準法32条が学校にも適用される以上、校長など管理職は教職員の勤務時間外における業務の内容や時間数を適正に把握する責務を有し、始業、終業時刻を確認し記録することも必要としている。タイムマネジメントとは労働基準法を背景にした管理職による勤務時間管理が大きな要素である。
     だが、これによって時間外手当を大幅に増やそうというわけでもない。通常の学校の業務は勤務時間内で処理し、勤務時間外の業務は臨時のものに限られるようにするべきだと説明しているのである。そのためには、「学校業務のスクラップ・アンド・ビルド、学校事務の共同実施、ICTの活用や事務機器の整備・更新、部活動指導、生徒指導、給食指導、学校徴収金などに関わる専門的・支援的な職員の配置、外部人材の積極的な活用などにより、教員が担う授業以外の業務を縮減することが必要であると考える。また、学校が抱える課題に対応する適正な教職員数の確保が必要である。」と踏み込んで提言している。ICTの活用、学校事務の共同実施、外部人材の活用などガイドラインと共通する部分も多々ある。大きな違いは、ガイドラインが「現行制度下での業務改善」であるのに対して、「専門的・支援的な職員」や「適正な教員数の確保」といった現行制度を超える改革が無ければ教員の長時間勤務は解消できないとしている点である。
     一方で審議のまとめは1971年に人事院が国会および内閣に対して行った申し出を引用し、教員の仕事は自発性・創造性を有するので、時間外勤務を校長などが一方的に命じるのではなく、教員の申し出に対して校長などが承認・命令をするという工夫をすれば良いとの意見を紹介している。この間、教員の時間外勤務訴訟では、常にこの自発性・創造性が争点となってきた。「公立の義務教育諸学校等の教職員の給与等に関する特別措置法」(以下給特法)によって教員に時間外勤務を命ずることができるのは、臨時または緊急やむを得ない場合に必要な限定4業務【1】のみである。しかしながら、実態はそれ以外の多くの時間外勤務が生じている。しかし、ほとんどの判例が教員の自由意志を強く拘束するような形態で業務は行われておらず、時間外手当を支給する必要は無いとしている。つまり、自発性・創造性を有する業務であれば合法的な時間外業務となり手当も必要ないという司法判断が主流なのである。このままでは時間外勤務は減少することはなく、サービス残業がはびこり教員の多忙化は解消されない可能性が大きいと言えよう。

  4. 教職員の業務実態把握
     ガイドラインは「学校現場の業務改善について必要な検討等を行うため」に教職員の業務について調査を実施した。それによると従事率50%を超えるものに学校運営に関する業務が多く含まれている。児童生徒の指導に関する業務も負担感が50%を超えるものは多いのだが、学校運営に関する業務には教員の本来業務から外れる可能性があるものもありそうだ。実は今回のOECD調査に国としてではなく地域で参加したイングランド(イギリス)は教員の多忙化により残業や休日勤務が常態化しており、それが教員の離職の原因となっているという批判を踏まえ、教員に対して管理的・事務的業務を日常的に命じてはならないというAgreementを2003年に労使で締結したという。実際にその管理的・事務的な業務を行うのは、教員資格の無い低賃金の指導補助員(Teaching‥Assistant)であるという。イングランドの教員数は45万人(2006年現在)、指導補助員は約7万人(2004年現在)配置されているという。なおOECD調査ではイギリスの週当たり平均時間は45.9時間とEUでは高めだが、年間勤務日数は195日と定められている。
     ガイドラインは踏み込んで改善策を説明していないが、低賃金などの課題があるとしてもイギリスのような指導補助員、あるいは、審議のまとめが述べたような「専門的・支援的職員」の配置が教師の多忙化を緩和させるためには必要なのではないだろうか。
     なお、イギリスで教員に対して日常的に行わせてはならない業務として挙げられているのは例えば次のようなものである。「●児童生徒や親からお金を集めること。●児童生徒の欠席を調査すること。●大量のコピーをとること。●児童生徒や親宛に定期的に出す便りのワープロうちをすること、コピーをとること、配布すること。●教室の飾りや準備をしたり、掲示したり、取り外したりすること(指示は行う)。●休んだ教員の代替の管理をすること。●ICT機器、ソフトウェアの注文、セットアップやメンテナンスを行うこと。」以上のようなことから、教師の多忙化を改善するためには、全労働者の労働時間規制、給特法下の合法的時間外勤務の問題、教職員定数増、専門的・支援的職員の配置などが検討のポイントになり得るような気がしている。●給特法に関しては全国教法研会誌86号、87号を参考にした。●本文中、他国の現状については、「諸外国の教員給与に関する調査研究 2006 文科省 委託調査」を参考にした。

【脚注】
【1】 イ.校外実習その他生徒の実習に関する業務
   ロ.修学旅行その他学校行事に関する業務
   ハ.職員会議に関する業務
   ニ.非常災害の場合(以下略)
(かなざわ のぶゆき 教育研究所員)


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