【書評】

「二重洗脳 依存症の謎を解く」
磯村 毅著 / 東洋経済新報社

福島静恵

 この本は、タバコ、酒、食べ物、薬物、ゲーム、ギャンブル、リストカット、DV、不倫、カルト宗教etc.の様々なリスクに脳がハマってしまう「依存」の共通構造を解き明かし、また、そこから抜け出すための手法をそのまま記したものです。
 著者の磯村氏は、呼吸器内科を専門とする医師で、禁煙治療に長年取り組む中で、脳科学の知見と心理療法を駆使して「リセット禁煙」という手法を開発されました。一般的な禁煙治療の成功率が3割のところ、このリセット禁煙は7割の成功率を誇っています。(それでも3割は失敗するのか、と依存症の手強さを再認識した方にこそ、ぜひ内容をご覧いただきたいです。)
 筆者は以前、磯村氏の別のリセット禁煙に関する著書を読み、やめられなくて苦労していたタバコをすんなり手放した生徒をこの目で見ました。その生徒は「なんで今までタバコなんか吸ってたんだろう」と言いました。このように、やめられなかった自分が理解できなくなるような「気づき」をもたらす手法を、様々な依存症に応用して、より学術的な解説も加えて仕上がったのが本書です。
 この著書自体が心理療法の技術に則って書かれているので、中途半端に内容を明かしてしまうのは憚られますが、ご自身や身近な人の依存行動にお悩みの方の一筋の光になるのでは、と思う一節をご紹介したいと思います。
 依存症脱出に失敗する人のセリフには2つの典型的なパターンがあると著者は言います。ひとつは「わかってる。」もうひとつは「自分にはできない」です。たいていの人は、自分の事は自分が一番よくわかっていると考えています。そのため、自分の認識と現実との間にギャップがある、つまり「二重洗脳」されていることに気が付かず、「勘違いしたまま努力してしまう」というということが起こっているそうです。
 依存症に陥っている当人に、なぜ止められないかと尋ねると「意志が弱いから」「ストレスの多い環境だから」「もう長年の習慣になってしまっているから」などの答えが返ってきます。
 もちろんそれぞれに生い立ちから現況まで様々な事情があります。その一方でそれらのすべてに共通している問題があると著者は言います。それは、依存物質や依存症的行動に対する「抗いがたい欲求・渇望」が次々と湧いてくることです。
 いわば、船の底に「穴」が開いているようなもの。そこから「水」(依存対象に対する欲求)が入ってくるのです。
 では、この穴の開いた船を助けるためにはどうしたらよいでしょうか?
 もちろん、「穴をふさぐ」ことです。
 ところが依存症となると、誰もこの「穴をふさぐ」ことを思いつかない。「そんなことは自分にはできない、変えられないものだ」と思っている。そして「穴」は開いたままで「水」をかき出そうとする、つまりガマンを始めるわけです。
 もちろん意志が強ければ、それでも長い間がんばれるかもしれません。しかし、いつまで頑張ればいいか分からない状態で努力を続けるのは、誰にとっても辛い事です。
 そのため多くの人が、結局はそのうち疲れてきて「1回くらいなら」と沈んで行ってしまい、「自分はなんて意志が弱いんだ・・」と罪悪感や自己嫌悪に苦しむわけです。
 しかし、実際には依存症脱出に意志の強い弱いは直接関係がない、と著者は断言しています。脳に依存が生じる「二重洗脳」のメカニズムを知り、「穴」をふさぐことに取り組めば、かき出す水は遠からずなくなるはずです。
 いかがでしょうか。依存から解き放たれる希望が見えてきませんか?
 先に紹介した禁煙に成功した生徒が、不遜にも「この本の口調、なんかムカツクんだよね〜」と言っていました。その理由を考えてみますと、著者自身が本の中で「現在、最先端の心理療法は仏教に急速に近づいている」と言っているように、依存症からの脱出方法を解説している部分などは、お説法のような語り口も含まれているからかもしれません。これには読み手の好き嫌いもあるでしょう。
 こういったことを差し引いても、本書は「脳に依存を引き起こすメカニズム」を理解し、他の動物にはない「ヒト」特有の認知構造を用いて依存状態から卒業していく術を獲得するのに非常に役立つ一冊であると思います。
 ただ、依存症の手強いところは「やめたいけどやめられない」という側面と「やめたいけどやめたくない」という側面があることだと筆者は考えています。依存対象を手放すことが寂しかったり、不安だったり、恐怖だったりするのです。それは、依存対象が自分にごほうびをくれる唯一の存在になってしまっているからです。脳の依存が強固にできあがってしまえば、家族や友人、恋人ですら、もはやその人に真の幸福をもたらすものではなくなります。ですから、どれだけ周りが心配をして「やめてほしい」と強く訴えても、それは自分から幸せを奪うことだと勘違いされて、関係が悪化してしまうことも多いでしょう。この構図はアルコール、薬物やギャンブル依存では明白ですし、タバコでも、カルト教団でも同じです。
 身近な大切な人の依存症に悩まれている方は、まずご自身が読んでください。依存の本質を知れば、「あの人がやめてくれないのは自分に対する愛情がないからだ」などという悲しい気持ちにならずに済みます。そして、必要ならば専門家の助けを借りることも厭わず、しかし、ご自身が燃え尽きたり無力感に苛まれることがないようにしていただきたいです。
 ご自身が何らかの依存から卒業したいと思っている方には、何度も読み返すことをお勧めいたします。家族に友人、恋人、美味しい食事や何気ない日常の景色など、本来「ヒト」が幸福を感じられるものは身の回りにたくさんあります。それをもう一度取り戻していただきたいと強く願います。



(ふくしま しずえ  教育研究所員)


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