【寄稿】

高校生のアルバイト事情
―授業「バイトで困ったこんなこと」―

阪本宏児

はじめに
  本稿は、授業を通じて明らかになった高校生のアルバイト実態についての報告と、それを踏まえた若干の提言からなる。
 筆者の勤務する総合学科高校では、総合学科の必修科目「産業社会と人間」と総合的な学習の時間を一体化して、いわゆる職業理解や進路選択に主眼を置いたキャリア教育を展開している。授業内容のマイナーチェンジはほぼ毎年行なっているが、単位数の配置を大幅に見直した2015年度(1年次:3単位→2単位、2年次:1単位→2単位)からは、2年次前期(4〜9月)に「働き方のいま」「働き方を考える」という単元を新たに設置し、若者の雇用を取り巻く現状やワークルール等を集中的に学ぶこととした。仕事をめぐるリアルな現実を知ることが、「働くこと」に対する意識・関心を高めてくれることを期待しての取り組みである。
 もっとも、当初からアルバイト率が高いとみられていた本校生徒にとって、「働くこと」は、既にごく身近な行為でもある。そこで、新たな単元の導入にあたっては、生徒たち自身のアルバイト体験を教材の一つとして取り上げることにした。その結果、アルバイトに関わるさまざまな事実が、悉皆的に浮かび上がってくることとなった。

授業「バイトで困ったこんなこと」
 本校2年次生における総合的な学習の時間2単位は、週1回、50分授業×2時間連続で設置されている。授業「バイトで困ったこんなこと」は、「働き方のいま」の第2週目に、次のような手順で授業を進めた(2015年5月実施)。
  1. クラスの生徒を各5人前後のグループに分け、グループ毎に各自のバイト経験、バイト先と仕事内容、時給、週あたりの日数・時間、バイトをしている理由・していない理由を発表しあい、ワークシートに記入する。
  2. グループで話し合い、バイト先や仕事内容、時給の面などで、メンバーに共通する点を3点書き出す。
  3. バイトで困ったり、「おかしい」と思ったりした事例をグループ内で出しあい、“最悪”と思われた事例を一つ決める。
  4. 各グループの"最悪"事例を板書してもらい、それに対する助言・解決策を各自が考え、ワークシートに書き込む。
  5. 教員は"最悪"事例に対する生徒の助言・解決策を聞き出しつつ、各事例に適切なコメント(違法か否か、相談先等)を付与していく。
 この授業の一義的なねらいは、違法な労働に遭遇した生徒も、そんな不運とは無縁に「楽しく」バイトをしている生徒も、ともに一定割合存在することを前提に、不当な事例は決して他人事ではなく、それに対しては何らかの対処法があることを全体で共有する点にある。こうした形の学習は、授業担当者の力量はもちろん、生徒のノリによっても授業の成り立ち度合いが変わってくるが、アルバイトへの親和性が高い本校生徒にとっては取り組みやすかったようで、提出物をみても授業後の教員の感想を聞いてみても、授業の目的はある程度達成できたと思われる。

アルバイト率78%!
 さて、ワークシートの記載から本校生徒たちのアルバイト事情を探ってみたい。神奈川の県立高校、それもいわゆる「進路多様校」における生徒のアルバイト実態が明らかにされた事例としては、田奈高校の報告(2011年7月)がある【1】。以下、適宜比較していきたい。
 表1は、男女別のアルバイト経験の有無とその内訳をまとめたものである。本校2年次生の在籍数は5月1日現在で231人(休学者除く)、当日の授業出席者は206人であった。アルバイト経験「あり」(バイト率)は全体で160人(うち159人が継続中)、当日出席者の78%に及んだ。バイト率は男女で30ポイントもの差があり、女子に限ればじつに88%に達している(男子は57%)。アルバイト先にも男女で相違がみられた。飲食店が全体の52%を占めるが、女子のアルバイト先に飲食店が占める割合は、男子より20ポイント高い。
 高校生のバイト率は地域や学校による偏差も大きいようで、調査主体によって数字には相当な開きがある。例えば、ベネッセ教育総合研究所の2009年調査【2】によれば、高校生のアルバイト経験は、高2全体(3,049人)で17.0%、「進路多様校」(高1・2合わせて1,187人)に限っても31.3%であるが、アルバイト求人サービス「an」の2014年調査【3】では、高2(928人)で43.8%となっている。本校2年次生の78%は、これらの調査結果と比べて驚異的な高さと言えるが、田奈高校の数値は76.1%(3年生2月のアルバイト経験率)であり、本校と近似している。
 アルバイト先を供給する地理的条件もさることながら、高いバイト率が大局としては生徒たちの家計状況や部活動加入率(本校では5割程度)を反映していること、そして後二者が受験難易度と相関関係にあることは改めて指摘するまでもないだろう。

アルバイト先はどこか
 ケイコさん (40才) と子ども 4 人の母子家庭。 3 人の子どもと母自身が喘息でいずれも継続的な治療が必要ですが、 定期受診にはほとんど来ません。 発作を起こすと受診しそのつど私は定期受診の必要性を説明し母は 「わかりました」 というのですがやはり来ない繰り返しでした。 ある時 「定期受診の日に来ないのは、 もしかしたら経済的に大変だからですか?」 と聞くと (この時私は 「こんなこと聞いていいんだろうか」 とかなりドキドキしましたが、 思い切って聞いてみました)、 「実はそうなんです。 医療費は後で返ってくる (長野県は小児医療費は償還払い制) けれど、 4 人分の薬代は 1 万円を超えてしまうので、 かかれない」 ということでした。
 この一家は何年も前から診ているかかりつけの患者さんでしたが、 私はそれまで 「何度言っても中断する困ったお母さん」 としか見ていませんでした【1】。

平均時給は923円
 授業時点での神奈川県の最低賃金887円に対し、生徒たちの平均時給は923円であった(田奈高校では、調査当時の最賃789円または818円に対し、平均847円)。日給10,000円(現場作業系)の1人を別とすると、最高が1,108円(大型家具店1人)、最低が850円(焼肉店1人、食品小売店1人)である。高校生の時給=最低賃金額という筆者の予想に反し、時給900円が最多で62件、次いで890円(事実上の最賃額)・950円が22件、1000円以上が21件等であった。最賃法違反となる887円未満も6件明らかになった。
 今回、平均時給で業種中最低(905円)であったコンビニは、アルバイト先としては1位である。時給では他業種より劣るとは言え、平均すれば最低賃金を10円以上上回っており、利便性や仕事内容・求人数等々の面からは高校生側との需給がバランスしているのだろう。
 一方、アルバイト先2位の居酒屋は業種別トップの時給(958円)であった。居酒屋は時間帯・客層などの点で、コンビニよりはるかに激務になると予想されるし、建前としては高校生に縁遠いはずであるが、他業種より高給を給することでアルバイト人員の確保を図っているようである(時給1,000円超の21件中、少なくとも8件が居酒屋)。本校女子生徒にとって居酒屋がポピュラーな選択肢になっている背景には、時給の高さと地理的条件(生徒たちの自宅と学校の途中に大きな繁華街が複数ある)があると考えたい。

平均月収6万円!?
 週あたりの平均アルバイト日数は3.65日(田奈高校では3.2日)、平日の平均勤務時間は4.14時間であった。休日に限ると5.48時間となる(表4)。イメージするなら、月・水・金曜日は15時半に下校した後、17〜21時過ぎまでバイト、帰宅は22時を回る頃だろうか。
 では、生徒たちのアルバイト代はいくらくらいになるのか。月収については、生徒が互いに明かすことへの抵抗感も考慮してワークシートの項目に入れなかったため、具体的な金額は不明である。単純に平均時給(923円)・週あたり平均労働日数(平日2.65日、休日1日とする)・1日あたり平均労働時間(平日4.14時間、休日5.48時間)を掛け合わせれば、1ヶ月で6万円余りとなる(田奈高校では平均4.2万円)。
 この数字をどのように捉えるべきかを考察することは本稿の目的ではないが、各種調査等で示される大学生の平均アルバイト収入と比べても、遜色ないどころか、かなりの高水準と言えそうである。なお、今回算出された1ヶ月6万円という数字が本校生徒の実態とかけ離れていないであろうことは、以下に紹介する生徒たち自身の感想からも裏付けられる。
 
平均的大学生像とのズレ
 2013年4月に株式会社リクルートキャリアが発表した「大学生の生活実態」調査によれば、大学生の平均月収は86,600円、内訳はアルバイト・定職29,900円、奨学金26,800円、仕送り・小遣い27,600円、その他2,300円となっている(4,105人、調査は2012年9〜11月、http://data.recruitcareer.co.jp/research/2013/04/post-6834.html)。
 奨学金をテーマにした別の授業でこの収入構成に対する感想を書いてもらったところ、筆者のクラスでは、35人中13人が「バイトの収入が少ないので驚いた」「もっとアルバイトの時間を増やした方がいい」といった旨を記していた(「小遣いをもらっていること」に対する驚きを記した生徒も5人いた)。より具体的に、「アルバイト代が今の自分の給料より少ない」「自分はアルバイトだけで(大学生の平均収入の)合計を超えてるので違いがすごいと思った」等と記した生徒もおり、田奈高校の数字から考えても、実際には生徒の多くが3万円をはるかに超えるアルバイト収入を得ていると思われる。
 生徒たちのギャップは、大学生のお金の使途自体に対する意外感とも結びつくようである。同じ授業では、全国大学生協連合会の調査結果を使い、大学生の1ヶ月の平均生活費も取り上げた。同連合会の調査では、一人暮らし・自宅生とも「教養娯楽費」その他の合計が2万円台であり、収入額の少なさと絡めて、「娯楽にかけるお金が安いことに、今の大学生は楽しんでいないんだなと感じました」「遊ぶお金をまったく使ってなくてすごい」「もし奨学金がなかったら5万ちょっとで1ヶ月を過ごすのはムリ」等と率直に述べる生徒もいた。
 アルバイト代や生活費はそもそも地域差が大きく、本校が所在する大都市限定の数値と全国平均を比較しても余り意味がないかもしれない(生徒からもそうした発言があった)。調査主体による差異も目立ち、ブラック企業対策プロジェクトが2014年7月に実施した「学生アルバイト全国調査結果」(4,702人、http://bktp.org/special/black-arbeit/investigation)によれば、平均月収は53,576円であり、同じ全国調査でありながらリクルートキャリアの調査とは2万円以上も開きがある。

「ブラックバイト」は珍しくない
 授業「バイトで困ったこんなこと」の本来のねらいである、生徒たちが遭遇している違法労働についても触れておきたい。
 これについてはグループ内での話し合いに任せたため、全体での出現率を把握することはできなかった。しかし、各クラスで発表されたグループ毎の“最悪”事例を並べてみると、やはりと言うべきであろう、どこのクラスでもいわゆる「ブラックバイト」的体験が表明される結果となった。主な事例をあげると以下のようになる。
 ○22時以降でも働かされる(4件)
 ○残業代がもらえない(4件)
 ○休憩時間なのに休憩がとれない(3件)
 ○シフトを強制的に入れられる(2件)
 ○食器を割ったら給料から引かれた(1件)
 ○給料日に給料が入らない(1件)
 繰り返しになるが、これらは悉皆調査の結果ではなく、各クラス6〜8グループ作ったなかでのいわば代表的事例である。およそ3グループに一つの割合で、歴然たる違法労働を含め、被害体験を話す生徒が最低一人はいたことになるわけで、「ブラックバイト」が高校生にまで蔓延しつつある現状を雄弁に物語ってくれる。

「家庭学習」は可能か
 「進路多様校」の教員であれば、生徒たちの生活のなかでアルバイトがいかに大きな位置を占めているかは、日常的に実感できることだ。とは言え、8割(女子に至っては9割)近いバイト率と大学生を超える月収、いまやファストフード並に身近な職場となった居酒屋…こうした労働実態には、改めて驚かされてしまう(もちろん本校固有の状況かもしれないが)。
 「進路多様校」の生徒の多くが経済的に困難な環境に置かれていることは、各種データからも裏付けられる自明の事実である【4】。しかしながら、今回明らかになった諸事実が、経済的困窮のみを反映していると捉えることにも無理があるのではないか。それだけでは、同じ学校の男女間でバイト率に30ポイントもの差があることを説明できない。やはりこの背景には、消費や時間の使い方をめぐる指向性も関わってくるのではないだろうか【5】。
 筆者は昨年度、管理職から自己観察書の目標に「家庭学習の習慣」を生徒に身に付けさせることを書き加えてほしいと要請された。本校で年1回実施している業者テストに付随するアンケート調査によれば、家庭での「1日あたりの学習時間」は、2年生で平均15分である(「学習しない」が7割以上)。管理職の願望も理解できなくはないが、アルバイトの背景も把握しないまま「家庭学習」の定着を「目標」に掲げたところで、どのような達成の術があるのだろうか。

おわりに
 今回「働き方」に関わる学習を進めてみて、アルバイトとの親和性が高い生徒たちだからこそ、その現実を教材化することの意義を感じた。残業代の割増率の計算、労基法を中心とした法教育、雇用に関わる時事問題や卒業後の生活費をテーマにした進路学習等々、いずれも生徒自身が自己参照的な視点を持てる貴重な学習機会となることは間違いない。
 いまや「ブラック企業」の巣窟の感を呈する外食産業、とりわけ居酒屋を「仕事場」にしている生徒が多数いることを踏まえれば、違法労働との向き合い方は、もはや「必修」と言っても過言ではないと考える。


【脚注】
【1】吉田美穂「高校生の現実を踏まえたキャリア教育・労働法教育とキャリア支援センター」独立行政法人労働政策研究・研修機構、2011年(第54回労働政策フォーラム講演資料、http://www.jil.go.jp/event/ro_forum/20110709/resume/yoshida.pdf)
【2】佐藤昭宏ほか『第2回子ども生活実態基本調査報告書』ベネッセ教育総合研究所、2009年
【3】佐々木知美『an若年層白書2014』株式会社インテリジェンス、2015年
【4】例えば、本研究所独自調査「学校間格差と階層差」『ねざす』No.40、2007年などを参照。
【5】今回の授業では、「バイトをしている理由」も共有する情報の一つとしたが、「お金のため」58%、「遊ぶため・趣味のため・欲しい物を買うため」6%、「進学のため・生活のため・食費のため」8%、「貯金のため」3%などとなった。グループ内での公開が前提になっていることもあり、これらの回答傾向から経済的困難の度合いを伺うことは難しい。
 


(さかもと こうじ 神奈川県立鶴見総合高校教員)


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