- はじめに
相模向陽館高校(以下 向陽館)という学校のことを転勤するまでほとんど聞いたことがなかった。転勤してからも様々なところで「コウヨウカン?何?どこ?」と尋ねられることが多い。開校してから間もないためか、その実態はヴェールに包まれていると言って過言ではない。そのような折、会館の方に向陽館について紹介してほしいと依頼された。勤めて日の浅い人間で良いのかと尋ねたところ、思うことを素直に書いてほしいとの暖かいお言葉をいただいた。斯様なわけで、未だカルチャーショックの真っただ中にいる者が学校の紹介をするはこびとなったが、これには大きな利点があるだろう。まだ染まっていない分、冷静に筆を運べるという立場から学校の紹介を書くことにしたい。
- 向陽館とは
向陽館は昼間の時間帯に授業が行われる定時制高校だ。定時制であるから1日に4時間の授業があり、基本的には4年間で卒業する。生徒は朝から昼まで授業がある午前部と、昼過ぎから夕方にかけて授業を行う午後部の2つのコースに分かれていて、部活動は昼の時間帯を使って午前部・午後部一緒に活動している。
- 多様な背景をもった生徒
生徒は小中学校時代に不登校を経験した者が数多い。不登校と一口に言ってもその理由は様々で、人間関係のトラブルがあった、学習についていけなかった、病気や障害を抱えている、施設等に行っていた、など多種多様な背景をもっている。また、外国籍の生徒も数多く在籍しており、中には日本語があまり話せない生徒もいる。多様な背景を持った生徒が自分のペースに合わせて、ゆっくり学ぶことができるのが向陽館の特徴といえる。
- 「ステップ」と「すこやか」
時間割を見てみると自分の教科の授業のほかに「ステップ」や「すこやか」という聞きなれない授業があることに気付いた。「ステップ」は一年生を対象に、小中と学校に出ることが難しかった生徒の学びなおしのために作られた学校設定科目だ。生徒はここで、読む力、書く力、計算する力などの基礎的な学力を身につけている。また、総合的な学習の時間の「すこやか」では、生徒が自己と他者の違いを認識し、話し合うことによって課題を解決する力の向上をはかることを目的とした授業が行われている。このように生徒が学び直しをし、豊かな人間関係づくりができるよう工夫されている。
- トライアルタイム
午前部と午後部の生徒が一緒に活動できる時間としてトライアルタイムが昼の時間帯におかれている。ここでは双方の生徒が取れる授業が展開され、また部活動も行われている。不登校であった生徒が部活をできるのか、と疑問に思うかもしれないが、様々な障害を乗り越え、実に生き生きと活動しているさまは感動的ですらある。しかし、この時間は午前部の職員と午後部の職員が重なる時間帯であるため、会議が行われることも多く、生徒と向き合う貴重な機会が失われてしまうのは残念である。
- 外国につながりのある生徒たち
先日、向陽館は神奈川県大会で開幕戦を横浜スタジアムで戦った。その時にスタメンの中にカタカナの名前を見つけられた方もいるであろう。彼らが「助っ人外国人」と呼ばれていることが大変ほほえましかった。向陽館には外国につながりのある生徒が数多く在籍していて、その出身も中国や韓国をはじめ東南アジアや南米に至るまで様々である。その中でも日本語に不自由な生徒たちは、取り出し授業での日本語の勉強を通じて日本の文化なども学んでいる。配布物のルビふり、外国語バージョンの用意、また通訳などの体制も整えられていて、言語による壁を取り除く工夫がなされている。
- 生徒に寄り添う生徒指導
「向陽館は荒れている」。そんな噂を転勤前に聞いていた。そうであれば、生徒を追い掛け回して、茶髪は校門で追い返す、といった人権への配慮がないようなことをやっているのではと心配だったのだが、そのような「指導」は行われていない。喫煙、飲酒、暴力行為、物を壊す、といった問題行動を起こす生徒も少なくないが、ここでは生徒とコミュニケーションをとりながら寄り添う姿勢で指導を行い、カウンセリングなどの教育相談も重視している。また、制服がないために、服装指導もない。それゆえに、スカートの丈を注意することに徹するあまり、生徒の本質的な問題に向き合えないという本末転倒は、ここでは起こらない。もっとも、露出度の高い服をまとう女子生徒と接する際、目のやり場に困ることはあるが。
- 職員は超人
先述の通り、向陽館は様々な背景を持った生徒を受け入れている。ゆえに職員は問題行動を起こす生徒への対応と同時に、ADHDや発達障害を抱える生徒への対応、外国につながりのある生徒への対応を行うということが多々ある。こうした場合、保護者との連携が不可欠だが、保護者もまた同様の問題を抱えている場合も少なくなく対応は困難を極めている。超人でなければこれらすべてに対応することは非常に困難であることは読者の想像にも難くないであろう。さらなる人員増加と、知識・経験のある専門家の配置が必要である。
- 労働上の問題
職員の勤務時間は午前部(8:30-17:00)と午後部(10:00-18:30)の2つに分かれていて、両職員の勤務時間が重なるトライアルタイムには授業や部活が入っている。したがって、全職員が同時に休憩を取ることは不可能である。さらに、午後部職員の勤務時間が18:30であるにも関わらず、生徒完全下校が19:00に設定されている。放課後の部活はなく、特勤手当もつかない。完全なサービス残業である。放課後は生徒からの相談に乗ることが多く、また、生徒を帰した後は欠席の生徒(それも多い!)への連絡に時間が割かれる。定時に仕事が終わることは非常に困難であり、見直しが必要であろう。
- 向陽館のこれから
向陽館は開校してから6年目。産声を上げたばかりの新しい学校である。そして、県内初の昼間定時制、しかも初の定時制単独校ということもあり、前例のない様々な新しいことに日々直面している。しかしその都度、知識や経験豊富な職員が華麗なるチームワークで問題に対処しているさまは、とても清々しいものがある。もちろん、未だ数多の問題が整理されていないという面もあるのだが、これからも向陽館はその名に相応しく、個性豊かな生徒達と団結力のある職員と共に、明るく溌剌と前進していくであろう。
|