●特集 T● 現行奨学金制度は支援になっているのか
教育討論会を終えて
 コーディネーター 手島 純

鮮明なメッセージ
 シンポジウムという形での討論会は、 シンポジストが複数のために焦点がぼやけてしまって、 議論が空中分解することも多い。 しかし、 今回のシンポジウム (教育討論会) は、 多角的な議論のなかで鮮明なメッセージが発せられた。 また、 学校現場で予約奨学金担当者が知っておくこと、 生徒に語るべきこともはっきりした輪郭をもったと思われる。
 そもそも、 奨学金問題をシンポジウムのテーマにしようと考えたのは、 現行の奨学金制度が学資ローンになっているのではないかという疑問からである。 奨学金というのは給付するのが本筋なのに、 貸与になっている。 しかも、 返済に際しての利率もそう低くはない。 ちゃんと返済できないと、 とても大変なことになるらしいということも分かってきた。
 教育研究所は、 多くの奨学金担当者、 いや、 すべての教職員に奨学金を取り巻く事実を認識してもらうために、 シンポジウムを開催した。 ここで話された内容は私自身も知らないことがあって、 情報としては非常に役に立つものばかりであった。
 以下、 シンポジストの発言を追いながら、 シンポジウムのなかで話されたことを私なりにまとめたいと思う。

シンポジストの発言要旨
 田奈高校の金澤さんは、 高校を卒業してすぐに就職したくても求人が限られているために、 奨学金を借りて無理に進学することの問題点について、 データを使って示した。 進学しても就職困難な時代では、 非正規雇用が待っていれば、 奨学金は返済できない。 また、 生活保護家庭の生徒が進学する場合には 「世帯分離」 を行わざるをえず、 あまり知られていない 「世帯分離」 の問題点にも言及した。
 桜陽高校の久世さんは、 実際に奨学金係りとしてやってきたことを報告した。 予約奨学金の係りとして、 所得証明書や障害者手帳のコピーなど個人情報を集めなければならないことの問題点を指摘し、 「なんか金融業者の手先をやっているようだ」 という感想を述べた。
 日本学生支援機構の労働組合で書記次長である岡村さんは、 奨学金の歴史をデータで示しながら、 現在の奨学金がかつての奨学金とは様変わりしていることを指摘した。 借りたものは返せということで、 回収強化だけが先行し、 「 3 か月滞納すると、 個人信用情報機関に通報され、 ブラックリスト化される」 という状況になっていることを教えてくれた。
 弁護士で奨学金問題対策全国会議の事務局長をしている岩重さんは、 「奨学金被害」 という言葉で奨学金問題の詳細を紹介した。 延滞金には10%の上乗せされること、 貧困ビジネスが介入していること、 保証人になると一方的に負担がかかる場合があるということなどであった。 岩重さんは 「諸外国では、 給付型の奨学金のことを奨学金と言います。 貸与の方は学資ローンと言って、 奨学金とは絶対言いません」 と指摘した。 まったく、 そのとおりである。

会場から
 フロアからも意見をいただいた。
 年配のある教員から次のように発言があった。 「実は、 私は良き日本育英会で大変お世話になって神奈川県の教員になれて、 借金棒引きさせてもらって30年経ってまして、 特別免除職なもんで・・・略・・・奨学金担当になったらこんな大変な制度なのかって、 奨学金ショックなんです」。
 また、 薬学部に行った卒業生についての報告があった。 「毎月12万円借りて、 6 年間行くのですよね。 そうすると1000万円近くになるのですが、 非常に危ないと思います」。
 ある専門学校のやり方の批判もあった。 「専門学校から、 受かった生徒は予約奨学金をとってくれ、 それが条件だと言われました。 専門学校が授業料を取り損なわないようにしているようです」。
 ほかにも現場での戸惑いや疑問が多く出された。 かつての日本育英会と現在の学生支援機構の奨学金制度は全然違うということがあり、 その違いを知らない奨学金担当者も多い。 加えて、 現在の奨学金制度は、 個人情報の問題や貧困ビジネスが絡まって行われているということである。 そうした現実からの戸惑いや疑問だといえる。

鮮明なメッセージを受けて
 現行奨学金制度の問題を知らないままに、 教師が高校生に奨学金を勧める、 いわば善意の罠を俎上にのせてのシンポジウムであった。 それをさまざまな視点で検証した会になったと思う。
 私が、 予約奨学金の係りになったら次のことは生徒に言おうと思う。
  「予約奨学金を借りる前に、 奨学金の内容をよく知る必要があります。 無利子の奨学金を希望しても有利子に回される可能性がとても高いです。 その有利子では、 たとえば大学の 4 年間で毎月 5 万円借りるとすると、 1 年で60万円、 4 年で240万円になります。 しかし、 有利子で返済する場合は、 現在の利率では約300万円返済することになるのです。 また、 返済を滞ると、 ブラックリスト化され、 とっても困ることが待ち受けることになります。 よく考えて、 家族も含めて判断してください。 なお、 保証人の欄がありますが、 個人保証にはできるだけしないようにしましょう。 お金はかかりますが、 機関保証にしないと、 周りに多大な迷惑をかけることになります」 と。
 そして、 奨学金問題をすべての学校や担当に周知させ、 安易な気持ちで申し込ませないようにすることも大切な仕事であると強く思った。
    
 (てしま じゅん 教育研究所員)

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