●特集U● 大震災・原発災害の中で子どもたちは |
原発災害と教育現場の課題 |
大森 直樹 |
いまも福島の子どもの大半は放射性物質による汚染地でくらしている。 この状況を前に、 全国の教育現場で取り組むべき課題は何か。 3 点について論じたい。
学校集団避難・保養の提言と具体化 1 つは、 2011年 4 月26日に、 福島県教職員組合が、 福島県教育委員会に 「放射線による健康被害から子どもたちを守るための具体的措置の要請」【6】をおこなっていたことだ。 全19項のなかに次の 1 項があった。 「放射線量の高い学校での授業はおこなわず、 休校もしくは、 放射線量の低い地域への移転など、 子どもたちの受ける線量を減らすため具体策を講じること」。 最初期における学校集団避難の提言である。 2 つは、 6 月24日に、 郡山市の児童生徒14名の保護者が、 福島地裁に民事仮処分の申し立てをおこない、 郡山市に 「学校ごと疎開する措置」 を求めていたことだ【7】。 3 つは、 被災した学校の集団避難を受入れる提案が、 他県の自治体や団体によりおこなわれていたことだ。 3 月31日、 熊本県人吉市は、 「集団疎開支援絆プロジェクト」 を発表し、 中学校丸ごと 1 校 (生徒、 教職員、 及び、 生徒と教職員の家族) の受入れを東北 3 県の教育委員会に表明した (朝日新聞2011年 4 月 1 日)。 5 月12日、 全国に13ヶ所ある国立ハンセン病療養所の入所者でつくる全国ハンセン病療養所入所者協議会も、 学校の受入れに特化したプランではないが、 療養所の職員施設の空き部屋や空き地などに震災の被災者を受入れる方針を表明していた (朝日新聞2011年 5 月12日夕刊)。 4 つは、 5 月15日から、 郡山市に立地する福島朝鮮初中級学校が、 「新潟における合同授業」 を実施していたことだ。 在校生15人全員が校長・教員と一緒に新潟朝鮮初中級学校に移動して泊まり込み、 両校が合同授業をおこなってきた。 そのことを通じて、 放射線の被害から子どもを守ろうとした。 2 週間に 1 度、 週末に郡山の保護者のもとに戻ることを繰り返し、 2012年11月18日までのべ204日の県外への学校集団避難を継続した8。 県外への学校集団避難を可能にした条件とは何だったのか。 梁英聖リャンヨンソン が 2 点を指摘している9。 ・日本の教育行政体系から排除されてい る。 ・在日同胞社会の存在と、 その再生産の核 としての朝鮮学校。 いずれも重要な指摘だが、 とくに第 1 点は重い。 「文部科学省」 → 「教育委員会」 → 「校長」 という教育行政のラインを通じて、 「校舎・校庭等を平常どおり利用して差し支えない」 との判断が下されていた日本の公立学校。 それとは異なり、 そうしたラインの外に置かれていた福島朝鮮初中級学校では、 「子どものためにいかなる判断が必要か」 をめぐって教職員と保護者が協議を重ね、 その協議の結果を行動に移すことができた。 5 つは、 2012年度から、 伊達市では、 市内21小学校のうち 9 校が、 新潟県見附市における 「移動教室」 に取り組んできたことだ10。 学校を単位として子どもたちを一時的に県外で過ごさせる 「保養」 の取り組みとして注目される。 しかし、 子どもたちの 「保養」 の取り組みは、 主にNPOなど民間の団体が担っており、 伊達市のような教育行政と学校としての取り組みはなかなか広がっていない。 学校集団避難・保養を前進させる条件 上記 5 つの動きから浮かび上がる問いがある。 なぜ、 日本の公立学校は、 学校集団避難や 「保養」 の取り組みに大きく踏み出せないのか。 どうしたら踏み出していけるのか。 この間に、 東日本大震災・原発災害後に教育界で出された475件の資料を収集・整理してきたことをふまえ (注 1 と 2 と 8 の資料集参照)、 今後の教育現場の課題として次のことを指摘したい。 第 1 に、 「子どものためにいかなる判断が必要か」 をめぐって教職員と保護者は協議ができるし、 協議の結果を行動に移すことができる。 このことについて確信をもつこと。 第 2 に、 「子どもは自然の中でこそのびのび育つ」 ことが教育現場で確認されてきたことをふまえ、 それを思想として確立し諸提言の基礎にすること。 第 3 に、 学校集団避難に関しては、 財政措置が可能であることについて認識を深めること。 2011年度以降、 双葉町の住民が埼玉県加須市に集団避難したことに伴い、 双葉町の公立小中学校の教員 (2011年度は 6 人) を、 加須市の公立小中学校に勤務させてきた実例がある。 公立小中学校の教職員を各県に配置する根拠法である 「義務教育標準法」 の震災対応運用により、 学校集団避難の所用経費のうち過半を占める教職員人件費を賄うことができる【11】。 第 4 に、 教育委員会・教職員組合・研究者は、 「子どものためにいかなる判断が必要か」 をめぐる教職員と保護者の協議と行動の事実をふまえ、 改めていま必要とされている取り組みについて提言をおこない、 その具体化に行政・運動・研究の立場をこえて力を尽くす必要があること。 原発災害への対応は長期戦でもある。 私自身も教育現場の一員として多くの人々と協力して以上の 4 点に取り組んでいきたいと考えている。 注 【1〜5】大森直樹・渡辺雅之・新井正剛・倉持伸江・河合正雄編 『資料集 東日本大震災と教育界−法規・提言・記録・声』 明石書店、 2013年、 269、 319、 357、 344、 162頁 【6】国民教育文化総合研究所東日本大震災と学校資料収集プロジェクトチーム編 『資料集 東日本大震災・原発災害と学校 岩手・宮城・福島の教育行政と教職員組合の記録』 明石書店、 2013年、 528頁 【7】注 1 、 282頁 【8】具永泰・大森直樹編 『原発災害下の福島朝鮮学校の記録−子どもたちとの県外避難204日』 明石書店、 2014年参照 【9】梁英聖 「原発事故後の新潟・福島朝鮮初中級学校を取材して」 『人権と生活』 第33号、 2011年11月 (同論文は注 1 の380〜384頁と注 8 の52〜58頁にも収録) 【10】白石草 「福島の子どもたちに 「自然」 を」 『世界』 2013年 2 月号 【11】大森直樹 「東日本大震災後の教員配置の検証」 『季刊教育法』 173号、 2012年 6 月 (同論文は注 1 の249〜265頁にも収録) 付記 本稿は大森直樹 「原発災害と教育界の課題」 『教育と医学』 62巻 1 号 (2014年 1 月) に加筆修正をして作成した。 |
(おおもり なおき 東京学芸大学) |
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