●特集 T● 現行奨学金制度は支援になっているのか
奨学金の現状と課題 ―真に学びを支援する制度に―
 岡村  稔

はじめに
  「経済的理由で進学に悩む生徒に日本学生支援機構 (以下 「機構」) の奨学金を紹介したい。 しかしそれはその子の将来に重い借金を背負わせて苦しめることになる。 私たち教師は生徒に対してどう説明すればよいのか?」
 2013年11月23日のシンポジウムで会場から出された質問です。
 今、 多くの若者が学費の高騰、 雇用破壊、 奨学金ローン化という 「三重苦」 に苦しんでいます。 「卒業後に頑張って働けば返せる」 と言い切れない雇用の現実があり、 その現実を生徒も理解しているからこそ、 奨学金返還困難者の実態を伝えることで、 進学の決意を萎えさせるのではないかと不安になります。
 私もこの問題に悩みつつ、 一日も早く真に学びを支える奨学金制度をつくりたいと願っている一人です。 その質問には 「生徒にはできる限り正確に現実を伝え、 同時に奨学金の 『あるべき姿』 も伝えてほしい。 そして今、 そこへ向かって少しずつ前進していることを伝えてほしい」 と答えました。
 この一文がその一助になれば幸いです。
  1. 若者の三重苦―学費と雇用と奨学金
    1. 2 つの相談例から 「奨学金」 を考える
       はじめに 2 人の若者の声を紹介します。
       Aさんは私立大学の夜間部1年の女子大生です。 不況から父親の仕事がなくなり親からの援助が受けられない状況でしたが、 Aさんは夢をあきらめられず、 学費と生活費を稼ぐために単身上京し、 住込みの仕事を得て夜間大学に入学しました。 ところがその職場では契約にない残業が続き、 宿舎も劣悪で夜も眠れません。 授業に出られないAさんが退職を申し出ると、 会社はAさんに対して違約金の支払を一括請求しました。 Aさんは地域の労働組合に相談して無事退職できましたが、 今度は 「ブラック企業」 で有名になった居酒屋チェーンで働き始めました。 Aさんは奨学金について 「それも考えましたが、 奨学金は借金です。 親を見ているとこれ以上借金を抱えることは怖くてできません」 と語りました。
       Bさんは20代のOLです。 職場で上司からのパワハラにあい、 うつ病になって退職しました。 医者からフルタイムの仕事は無理だと止められ、 アルバイトで暮らしを立てることになりました。 月 8 万円のアルバイト代では家賃と生活費を引くと何も残りません。 Bさんは大学で奨学金を借りたために月 2 万円の返還を続けてきましたが、 退職後はお金がないために返還猶予の申請を毎年出してきました。 しかし、 経済的理由による返還猶予期間の上限は 5 年間であり、 それも使い切る状況になりました。 Bさんは 「私の生活は変わらないのに月 2 万円返すことはとても無理です。 奨学金を借りたことでこれほど苦しむとは思いませんでした」 と語ります。
    2. 高学費に苦しむ大学生
       次に大学生の実態を見ます。 いま、 大学生が初年度学校に支払う金額 (入学金+授業料) は国立で82万円、 私立で平均131万円です。 この40年間に国立で50倍、 私立で 6 倍の値上がりです。【1】
       機構が 2 年に 1 度行う 『学生生活調査』 (2012年度版) によると大学昼間部の一年間の学生生活費は 188万円です。 内訳は学費が117.5万円、 生活費が70.4万円です。 学費は上がり続けるなかで、 生活費は切り詰められ、 中でも食費は30年来最低 (1982年22.4万円→1992年26.1万円→2002年21.7万円→2012年16.7万円) になりました。 収入の 7 割以上を頼ってきた家計からの支援が 6 割に下がり、 その代わりに奨学金がアルバイトを超えて収入源の 2 位を占めています (図 1 )。 大学生の74%がアルバイトに従事し、 その91%が一年中働き続けています。 家計の支援が減り、 アルバイトの環境も厳しくなる中、 奨学金は学生の命綱であり何らかの奨学金を利用する大学生が過去最高の52.5%となっています。【2】
    3. 高等教育は人生で 2 番目に高い買い物
       では、 その奨学金制度はどうなっているのでしょう。 奨学金は機構以外に各学校や民間団体も扱っています。 しかし海外で 『奨学金』 と呼ばれる返す必要のない給付制はわずか3.8%です。 全体の 9 割を占める機構の奨学金は全て返還義務がある 『ローン』 です。【3】
       機構の奨学金は無利子貸与と有利子貸与の 2 種類があり、 有利子が 4 分の 3 を占めています (図 2)。 無利子は一定の条件で貸与金額は決められていますが、 有利子は申し込み時に貸与金額と金利方式 (固定・変動) を選択します。 毎月の有利子貸与額は大学で最高12万円、 大学院15万円、 法科大学院22万円を貸与します。 大学 4 年間毎月12万円利用すると貸与総額が576万円。 3 %上限金利で試算すれば、 返還総額は775万円で20年間毎月 3 万2,297円返還します。 入学時増額や無利子と併用など、 他にも利用すると返還総額は1,000万円を超えます。 1,900万円の返還計画書を持って相談に来た方は毎月 8 万円ずつ返しながら 「家賃より高いです」 と言いました。 高等教育が住宅に次ぐ人生で 2 番目に高い買い物になっています。
  2. 「奨学金」 ローン化の現状と背景
    1. 「行政改革」 の度に変容する奨学金
       こういう話をするとかつて育英奨学金を利用された大人達はその変容に驚きます。 日本に公的奨学金制度が生まれて70年。 もともと奨学金は無利子のみであり、 一部返還免除の特別貸与制度や教職・研究職の返還免除制度など、 給付的性格がありました。 ところがその奨学金が行政改革の度に 「ローン化」 されます。
       最初が1984年、 中曽根内閣の第二臨調行革で有利子奨学金が創設され、 同時に特別貸与制が廃止されました。 次に1999年、 橋本内閣の金融改革で、 財投を財源に金額選択制の有利子制度をつくり、 それ以来有利子の規模が急激に拡大しました。 3 度目は2004年、 小泉内閣の特殊法人改革により日本育英会が廃止され、 日本学生支援機構に事業が移行しました。 中期目標に延滞額の削減が明記され、 回収率向上が至上命題となります。 奨学金を金融事業と位置づけ、 教職等の免除制度を廃止する一方、 金融的手法を導入して来ました。
    2. 「金融事業」 としての奨学金制度
       3 ヶ月以上の延滞者を個人信用情報機関に登録する制度 (ブラックリスト化) は、 開始 3 年 (10〜12年度) で登録者が 2 万人を超えています。【4】4 ヶ月目から 5 ヶ月間、 機構は民間の債権回収会社 (サービサー) に回収委託を行います。 2012年度に機構は 7 万 5 千件委託し57億円請求しました。 そのうち業者が回収した債権は43%で19億円です。 機構がサービサーに支出した額が 6億2800万円ですから回収金の 3 分の 1 は業者の利益です。 延滞 9 ヶ月になると法的措置が始まります。 機構が裁判所に支払督促申立を行った件数は2006年度に 1 千件を超え、 5 年後の2011年度に 1 万件を超えました。 2006年度 1 件もなかった強制執行は2012年度326件と激増しています。【5】回収強化策により回収率は 『改善』 されていますが、 延滞者の大部分は返したくても返せない状態にあり、 罰則はその人の状況を一層困難に追い込みます。 機構が行う 「延滞者の属性調査 (2011年度)」 では 3 ヶ月以上延滞者の83%が年収300万円未満でした。 同時にこの調査で延滞していない返還者の年収が毎年低下 (年収400万円以上2007年50.2%、 2008年 37.5%、 2009年 34.2%、 2010年 21.6%、 2011年16.7%) していることも問題です。 返還者が懸命に努力をしても、 延滞者予備軍を社会が作り出しているのです。【6】
    3. 9兆円の奨学ローン構想
       こうした奨学金 「ローン化」 の背景には教育を 「市場」 と捉え、 「受益者負担」 主義を徹底させようという高等教育政策がありました。
       現在の有利子奨学金制度ができた1999年に社会経済生産性本部が 『教育改革の提言』 を行います。 その中で 「学資 (=学費+生活費) の合計は年間300万円。 (中略) 親が代わって学資を支払うことは、 しないことを原則にする (たとえば、 贈与とみなして課税するなど)。 そのかわりに学生本人に対して、 銀行から奨学ローンの形で貸付を受けられるようにする。 1200万円を20年賦、 市中金利+α (年 6 %の固定金利) で借りるとして、 毎年の返済額は約100万円程度。 自動車ローンに比べれば高額だが、 住宅ローンほどではない。 (中略) その規模は、 毎年、 約300万人に年間300万円として、 約 9 兆円。 しかも将来世代への健全な貸付だから、 やがておつりがついて戻ってくる」【7】という 9 兆円の奨学ローン構想を打ち出しました。
       この考え方はその後も継承され2004年に日本育英会が廃止される前の国会では、 「新たな学生支援機関の設立構想に関する検討会議」 座長を務めた奥島孝康氏 (元早大総長) は参考人質疑のなかで 「今、 大学へ進みたいという意欲と能力のある者にとって大学に進むことが、 経済事情によって困難であるということはほとんどあり得ない (中略) 自己責任・自立型の社会に対応した奨学金制度は給付より貸付という形を取る必要があり、 公平だ」【8】と給付制奨学金を否定しました。 現在でも財務省は 「そもそも大学進学は将来の自分のための投資という側面があり (中略) 有利子貸与で措置するのが原則といえる。 (中略) 無利子奨学金は極めて例外的な場合に限定すべきである」【9】という立場であり、 この受益者負担論を世論と運動で乗り越えることが求められています。
  3. 教育は無償に、 奨学金は給付に
    1. 教育 「無償化」 へ新たな前進
       私たちは 6 年前に 「国民のための奨学金制度の拡充をめざし、 無償教育をすすめる会 (奨学金の会)」 を結成し、 累計15万筆の署名を提出してきました。 経済格差による教育格差の拡大を憂う大きな世論の力に押され、 2010年度高校無償化が始まり、 2011年には文科省が初めて概算要求に 『大学等の給付制奨学金導入』 を盛り込みました。 そして2012年 9 月11日、 33年間政府が放置した中等・高等教育の漸進的無償化の国際人権規約の 『留保』 を撤回し、 この国は 「教育無償化をすすめる国」 になりました。 安倍政権下においてもこの立場は変わらず 「OECD水準の教育予算 (8.5兆円)」 を目標にした 「第 2 期教育振興基本計画」 を閣議決定しました。 しかし安倍政権は臨時国会の最終版で 「高校無償化廃止法案」 を強行採決・成立させ、 高校教育を 「原則無償」 から 「原則有償」 に逆行させました。 教育の 「無償化」 と 「市場化」、 奨学金の 「給付」 と 「ローン」 化の激しいせめぎあいは続いています。
    2. 2014年度奨学金予算をどう見るか
       2013年12月24日閣議決定された2014年度の奨学金事業予算は、 近年急激に拡大した貸与人数と事業費が始めて減少に転じました。 無利子の事業予算が拡大し、 有利子の割合が縮小したことは歓迎すべきですが、 無利子奨学金の財源を見ると、 拡大したのは返還金であり、 政府貸付金は昨年の719億円から676億円 (▲43億円、 ▲5.9%) に減額されています。 回収強化で返還金が増えた分、 政府の支出を減らしていくのでは、 「有利子から無利子へ」 の流れは実現できません。
       有利子奨学金の財源は、 財政融資資金・財投機関債・民間資金借入金などの民間資金が77%を占めます。 財政融資資金等の償還金に 1 兆241億円が使われるなど、 財源だけみればほとんど民間ローンと変わりません。【10】
       今回、 「困窮している奨学金返還困難者の救済措置」 が具体的に盛り込まれたことは前進です。 しかし延滞金年利10%から 5 %へ引き下げの対象は、 「平成26年 4 月以降に生じる延滞金から適用」 であり、 いま困窮している者は対象となりません。 「池で溺れている人を先に救ってほしい」 という延滞者の声は届いていません。 経済困難事由の猶予上限が 5 年から10年に延長され、 給与年収300万円以下の基準が一部緩和され、 延滞者にも猶予制度が適用されるようになります。 私たちが長年求めてきた問題が一歩前進しましたが、 誰もが安心して利用できる制度にするためには、 より柔軟な減額・免除等の制度が必要です。
    3. 「権利」 としての無償化・給付制奨学金
       日本政府は70年代以降、 高等教育を自己投資と言い、 教育予算を削減し、 家計にその負担を押し付けてきました。 しかし国民が教育を受けることによる最大の受益者がその社会であることは、 国際的には常識です。 ですから各国は教育を人権と位置づけ、 無償化を進めてきました。 現在OECD (経済協力開発機構) 加盟34ヵ国中、 給付制奨学金がない国はアイスランドと日本だけですが、 アイスランドは大学授業料が無償であり大学院生には給付制奨学金があります。 結果、 日本の教育への公財政支出の対GDP比がOECD (平均5.4%) の中で 4 年連続最下位 (3.6%) となり、 高等教育における私費負担割合は65.6%とOECD平均 (31.6%) の 2 倍以上に拡大しています。 (図3)
おわりに
 私たちは今、 「教育は無償に、 奨学金は給付に」 というスローガンを掲げ署名運動をしています。 貸与制奨学金は卒業後の安定した
雇用を前提にした制度です。 低賃金・不安定な非正規雇用が拡大する中で、 安心して学ぶためには 『借金』 ではない奨学金が必要です。
 文部科学省は 「限られた財源の中で給付奨学金は対象が限定される。 貸与制が公平だ」 と言いますが、 社会から支えられていると実感できる教育は、 その知識や能力の自発的な社会への還元を促します。 卒業後の負債がなくなれば新たな消費の拡大に繋がり、 少子化への歯止めにもなります。 明日の社会に豊かな利子をつけて還元される権利としての給付制奨学金が求められています。
 進路に悩む生徒に、 胸を張ってすすめられる奨学金制度をみんなで実現させましょう。



【1】文部科学省 「学校基本調査」 より
   大学初年度納付金 (入学金+授業料)
国立1970年 16,000円→2010年 817,800円
私立1970年175,090円→2010年1,315,600円
【2】学生生活費、 アルバイト従事割合等の数字は日本学生支援機構 「平成24年度学生生活調査」
*2002年以前の調査は文部科学省
【3】日本学生支援機構 「奨学事業に関する実態調査」 より2010年度事業規模総額11,535億円の内
・日本学生支援機構奨学金87.7% 
・機構以外の貸与奨学金8.4% 併用0.1%
・給付奨学金3.8%
【4】JASSO年報より
3 ヶ月以上延滞者情報個人信用情報機関への登録件数
年度  2010   2011 2012   計
件数  4,469   5,899  9,871  20,239
【5】延滞債権の回収委託状況、 法的措置件数等は日本学生支援機構 『平成24年度業務実績に対する項目別評価』 より
【6】日本学生支援機構 「奨学金の延滞者に関する属性調査」 より
【7】社会経済生産性本部 「選択・責任・連帯の教育改革〜学校の機能回復をめざして〜教育改革に関する報告書」 1999年
【8】奥島孝康氏参議院文科委員会参考人質疑2003年 5 月13日
【9】財政制度等審議会 「平成26年度予算の編成等に関する建議」 2013年11月29日
【10】財務省財政投融資分科会 (2013年12月22日) 説明資料より

     
 (おかむら みのる  「奨学金の会」 事務局次長、 日本学生支援機構労働組合書記次長)

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