●特集T● 現行奨学金制度は支援になっているのか
奨学金担当者1年生としての疑問と意見
 久世 公孝

1. 1年間だけ奨学金担当者となる
 現任校在籍 9 年目となる。
  「演劇体験」 という学校設定科目 (系科目) を立ち上げた人から引き継ぎ、 次の後継者が来ないために長々と席を温めている。 (どなたか関心のある方がいらっしゃいましたら、 ぜひご連絡を下さい。)
 グループの仕事もPTAを長らく担当してきた。 土曜日出勤が多くなるためか、 こちらも後継者が現れず転任以来一昨年度まで7年間務めてきた。 一定程度専門的な知識・能力が必要とされる授業はともかく、 校内人事としてこの有様はよろしくない。 昨年度PTA書記を替わり、 グループも替わりたかったが、 引き継ぎとバックアップのために管理・運営 (=総務) に 1 年間とどまった。
 1 年間で消え去る予定でいるため、 あまり引き継ぎが大変な重い仕事は担当できない。 自分の高校生時代の 「日本育英会」、 つまり、 成績要件のある無利子貸与のイメージで、 奨学金担当を引き受けた。 右から左へ書類を流せばよいだけかと思っていたのだが、 とんでもない1年間となってしまった。


2. 奨学金なのか、 教育ローンなのか?
 国語の先生なので、 語義にこだわる。
  「奨学金」 を辞書で引くと、 次のように出てくる。

しょうがく‐きん【奨学金】 (『大辞林第二版・goo辞書』)
(1) すぐれた学術研究を助けるため、 研究者に与えられる金。
(2) 奨学制度で、 貸与または給付される学資金。

 日本の奨学金の理念は 「育英」、 つまり、 「すぐれた才能を持った青少年を教育すること。」 (『同』) であるから、 児童生徒学生であっても (1) の語義が適用され、 成績要件のある奨学金が多い。 その点、 神奈川県奨学金は、 3.0 以上の要件を撤廃した分本来的である。 しかし、 神奈川県奨学金をはじめ地方自治体や交通遺児にかかる奨学金が貸与であるのに対し、 アメリカで連邦政府がおこなっているペル奨学金など、 世界的には先進国では奨学金とは通常返済義務がない給付奨学金をいう。
 つまり、 日本の奨学金制度は世界水準に達していない。
  「【表1】県立某高等学校の奨学金応募状況」 をご覧頂きたい。
 在学奨学金については、 その多くが給付型である。 地方自治体や交通遺児にかかる奨学金など、 巨額の資金が必要と推測されるものが、 無利子貸与となっている。 しかし、 給付型は、 横浜市高校奨学金の評定平均 4.0 という成績要件をはじめ、 極めてハードルが高い。 ハードルが校内選考程度で低いものは、 給付額が低い。 または、 国籍などに条件が付されている。
 そのためか、 在学奨学金に大きなニーズはない。 2013年度はまだ高校授業料無償化が存在していた影響もあるだろうが、 県立某高等学校では、 在学奨学金全体で応募17名・採用15名であった。
 それに対して、 高校卒業後に必要となる、 大学等予約奨学金のニーズは圧倒的に高い。
  「【表2】某県立高等学校日本学生支援機構予約奨学金応募・採用状況」 に示したように、 説明会に、 春秋合計で127名が参加し、 89名が応募している。 38名が応募しなかったのは、 奨学金担当者が 「これは奨学金という名の借金であることを注意せよ。」 と連呼した影響が少なからずあると思う。 県立某高等学校の 3 年次在籍数は、 260数名である。 説明会参加者が在籍数の約50%、 応募者が約35%に及ぶ。
 それだけの生徒が利用する日本学生支援機構予約奨学金は、 成績要件がない第 2 種および入学金対策の入学時特別増額は、 奨学金の中で唯一、 有利子貸与つまり貸し付けである。 つまり、 奨学金ではなく教育ローンである。
 【表1】に示したが、 日本学生支援機構以外の予約奨学金は、 交通遺児にかかる奨学金以外は、 民間に給付型があるものの、 募集人数枠が少なく高倍率のものだけである。 県立某高等学校では、 その全てを含めて、 応募 6 名・採用 2 名に過ぎない。
 ただし、 横浜市福祉保健センター母子福祉資金は、 まとまった金額の無利子貸与予約奨学金である。 横浜市在住母子家庭という条件があるが、 成績要件がなく、 しかも保護者が借入人となれば連帯保証人が不要であり、 何人かの生徒が救われている。 学校に案内が来るのが年度末で、 学校を介さず応募する形式なので、 奨学金担当者は見落とさないように注意されたい。
 高卒就職の状況について、 「2012年度 3 月末の時点で、 高卒内定率95.8%。 3 年連続の改善で、 1993年 3 月以来20年ぶりの高水準」 (「時事ドットコム」) という報道を読んだ記憶がある。 ちょうどその年度に卒業年次の担任を務め、 就職の面倒もみたが、 好景気の印象はない。 就職希望者向け学習会では、 講演をお願いした講師が 「可能ならば上の学校へ行ってから就職せよ。」 と助言をし、 製造業に就職した生徒には、 就職先が求人票と全く異なる労働条件のブラック企業で、 2 〜 3 ヶ月で転職した者もいる。 高卒内定率の数字が上がっても、 就職を希望する生徒の、 卒業後の展望に明るいものはない。
 進学をするにしても、 学資が準備できなければ借りるしかない。 そのニーズに対して教育ローン貸し付けの業績を伸ばしているのが、 日本学生支援機構予約奨学金である。

※【表1】【表2】略

 
3. 生徒の状況と 「貧困ビジネス」 としての日本学生支援機構予約奨学金
 当たり前だが、 日本学生支援機構予約奨学金に応募する生徒は、 家庭状況が苦しい者が多い。 【表2】に示した 「所得連動返還型無利子奨学金適用者」、 無利子貸与の第 1 種採用者で年収300万円以下の者は13名おり、 第 1 種採用者の36.1 %となる。
 なぜこの救済制度を、 無利子貸与の第 1 種にのみ導入して、 有利子貸し付けの第 2 種に適用しないのか謎だが、 予約奨学金全体からデータを集約すると、 家庭状況の困難さはより鮮明になる。
 表に示していないが、 年収200万円以下の家庭は全採用者の19.4 %あり、 母子父子家庭は47.2 %に及ぶ。
 日本学生支援機構予約奨学金の応募には、 保証人 (保護者)・連帯保証人を立てるとともに、 「確認書兼個人信用情報取り扱いに関する同意書」 という文書に、 生徒本人・親権者の署名押印を付し、 「所得証明」 など前年度収入を証明する書類を添付して提出しなくてはならない。 これは、 返済が滞納した場合に、 全国銀行個人情報信用センターなどの個人信用情報機関に、 個人情報 (本人情報、 契約内容、 返済状況等) を提供してもよいことに同意する文書である。 個人信用情報機関に情報が流されると、 ローンが組めなくなったり、 クレジットカードが使えなくなったりする。 サラ金で借金をする時にも、 同じものの提出を求められる。
  「所得証明」 が得られない事情がある場合、 それに代替するものの添付を求められる。 そこからも生徒の家庭状況が垣間見える。 生活保護家庭 (生徒は高校卒業後世帯分離の必要が生じる)、 祖父母の年金で生計を立てている家庭、 失職し貯金を切り崩して生活している家庭などが、 少なからぬ世帯数存在する。
 昨年年度末、 文科省から奨学金担当者向けに、 経済的困窮状況にある生徒の支援のために日本学生支援機構予約奨学金の活用を求める連絡が届いた。 2014年 4 月より救済策を拡大し、 災害・傷病・経済困難・失業などの返還困難な事情が生じた場合の返還期限の猶予が、 通算 5 年から通算10年に延長されること、 また返還期日を 6 ヶ月過ぎるごとに延滞している割賦金の額に対して課せられる延滞金を、 年10.0 %から 5.0 %に引き下げる制度改正が示されていた。
 しかし、 返還期限猶予の延長はともかく、 経済的困窮状況に対する支援であるはずの奨学金制度が、 「確認書兼個人信用情報取り扱いに関する同意書」 の提出を求めたり、 延滞金の罰則規定を設けていること自体が、 制度として矛盾していないだろうか。
 それだけではない。
 【表1】の無利子貸与第 1 種の応募数と採用数には17名の開きがある。 第 1 種には家計要件とともに成績要件があり、 評定平均3.5以上が条件となっている。 応募者は全員その既定を満たしていたが、 【表2】に示したように、 そのうち11名、 第 1 種希望 (含第 2 種併用) 総数の20%強が、 「選外」 (申し込み基準に達しているが順位付によって不採用) となっている。 足切りラインを3.5から引き上げたということだが、 その成績数値は学校には何の連絡もない。 故意に無利子貸与第 1 種から有利子貸し付け第 2 種の人数を増やそうとしているようにさえ見えてしまう。
 また、 有利子貸し付け第 2 種と入学時特別増額に課せられる金利は、 他に大学在学中は無利息である。 そのため、 借入時には返済時の金利が不明であるという、 「ローン」 としてはあり得ない制度となっている。 2014年 2 月時点での最新情報は、【表1】【表2】に示した通りだが、 年金利上限が3.0%に設定されているため、 その最高位に達した場合は、 日本政策金融公庫の教育一般貸し付け (国の教育ローン) の年金利が固定2.35%であるので、 奨学金金利が銀行ローン金利よりも高いこととなってしまう。
 生徒は現在できる防衛策を立て、 多少苦しい状況となっても返済を可能な限り軽くし、 リスクを低くすることを考えている。 借り入れ月額は 5 万円が最多で第 2 種全体の45%強を占め、 現在推測される金利が若干高めでも変動金利よりも固定金利を選択する者が81%強を占める。
 しかし、 支援制度に対して防衛策を考えなくてはならないとはどういうことだろうか。 日本学生支援機構予約奨学金が 「貧困ビジネス」 にさえ見えてきてしまう。

 
4. 日本学生支援機構予約奨学金の受付業務は学校の仕事か?
 日本学生支援機構予約奨学金の持つ教育ローン・貸し付けビジネスとしての性格が、 担当教職員に学校としてふさわしいとは思えない内容の業務を強要している。
 先述の 「確認書兼個人信用情報取り扱いに関する同意書」 の集約は、 明らかに学校がおこなう業務から逸脱している。 それに添付する 「所得証明」 の集約、 「所得証明」 が得られない事情がある場合は、 生活保護・年金通知・預金通帳などのコピ−を集約しなければならず、 生徒家庭状況についての重大な個人情報を手元に置くこととなる。
 日本学生支援機構から 「同意書」 や添付書類の再提出指示も多く、 県立某高等学校の奨学金担当者は、 第 1 次募集分だけで、 「同意書」 6件、 「所得証明」 等の添付書類11件の再提出のために夏季休業中に奔走することとなった。


5. 日本学生支援機構に強く望むこと
 有利子貸し付けは明らかに奨学金ではない。 奨学金を名乗るならば、 無利子貸与または給付にするべきである。 これが最も言いたいことであるが、 現在直ちに予約奨学金の全てが無利子貸与または給付に改正されるとは思えない。
 しかし、 予約奨学金は、 奨学金の皮を被った貸し付けビジネスであるために、 教育ローンと考えた場合には不可解なことが多々存在している。 それは、 是正するべきである。 以下、 列挙する。

(1) 第 1 種における 「選外」 での落選を止めること。 原資の関係があるならば、 成績数値条件を引き上げて明示すること。
(2) 所得連動返済型無利子奨学金制度を第 2 種にも適用すること。 返済の救済策は無利子貸与よりも有利子貸し付けに設けられるべきである。
(3) 返済時年金利を借入時に明示すること。
(4) 「所得証明」 は推薦条件の証明であるとしても、 「確認書兼個人信用情報取り扱いに関する同意書」 の集約・再提出は学校の本来業務ではないので、 日本学生支援機構の方で各家庭とおこなうか、 奨学金担当教職員の兼業扱いを明確にすること。


6. 学校が最低限おこなうべきこと
 日本学生支援機構予約奨学金は、 純粋な生徒支援のための制度とは言い得ないので、 生徒への説明に際して、 また、 個人情報の管理について、 十分な注意が必要である。
 生徒への説明に際しては、 (1) 「確認書兼個人信用情報取り扱いに関する同意書」 の持つ性格について徹底すること、 (2) 第 2 種は教育ローンであることについて徹底すること、 が必要である。
 県立某高等学校には、 新入生全員配布の学校生活案内冊子があり、 その奨学金欄に下のように記載している。

  「日本学生支援機構予約奨学金は、 返済能力のある連帯保証人・保証人 (もしくは機関保証制度加入) とともに、 『確認書兼個人信用情報の取り扱いに関する同意書』 への押印・提出が義務づけられています。 これは、 返済が滞納した時に、 クレジットカードが使えなくなったり、 ローンが組めなくなったりすることに〈同意〉する文書です。 第二種は有利子であり、 現在は銀行より利率が低いとはいえ、 実質的に教育ローンと変わりませんので、 その点によく注意して、 利用して下さい。」

 個人情報の管理については、 奨学金担当者は、 本来学校が集約するべきではない極めて重大な生徒家庭の個人情報を扱うことから、 次の方策を講じるべきである。
(1) 生徒家庭状況情報 (「スカラネット入力下書き」 を集めるならば) や 「所得証明」、 障害者手帳コピーなど特別控除に係る証明文書の集約については、 個人情報収集の学校長許可を得るシステムとするべきである。 生徒の携帯電話番号を集約する際の許可と同じでよい。 これは、 最高責任者を明確化するための措置であり、 その手続きを経ずに業務をおこなうと、 紛失などの場合奨学金担当者の個人責任となる可能性がある。
(2) 日本学生支援機構予約奨学金の推薦は、 学校長名での推薦なので起案が必要となる。 提出文書は、 (1)送付状、 (2)推薦者一覧、 (3)確認書兼個人信用情報の取り扱いに関する同意書、(4)「所得証明」 他収入等に関する証明書 ((3)に添付) となるが、 その無用の回覧・コピ−の保管をおこなうべきではない。
  県立某高等学校では、 (1)(2)(3)のコピーを起案して保管し、 84)は起案に添付しての回覧をおこなわないようにしている。

  (くぜ きみたか 横浜桜陽高校)


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