【寄稿】

大学授業料と奨学金の現状と課題

小林 雅之

  1. 授業料と奨学金のセット
     ここでは、 大学の授業料と奨学金の現状と課題を検討してみたい。 授業料と奨学金を考える際に重要なことは、 それらを別々に考えるのではなく、 教育費負担の問題としてセットで考えることである。 アメリカ、 イギリス、 オーストラリア、 中国、 韓国など多くの国では、 授業料の高騰が問題となり、 それに対して奨学金などの学生への経済的支援が整備されてきた。 その大きな背景要因は授業料の高騰によって高等教育機会、 とりわけ低所得層の高等教育機会に影響を与える恐れがあり、 その対応として奨学金が整備されてきたことである (小林 2008年、 小林編 2012年などを参照されたい)。 これに対して、 日本では、 まだこうして授業料と奨学金をセットで考えることは少ないように思われる。
     一方、 日本でも、 教育にかかる費用とりわけ高等教育の費用の家計負担が重いことは繰り返し指摘されてきた。 OECD諸国の中でも、 高等教育の家計負担割合は、 イギリスや韓国などと並んで 5 割を超えている (OECD, Education at Glance、 各年)。 その大きな原因は、 私立大学の比重が高いこと (学生数で約 4 分の 3 )、 私立大学の授業料が高いことによる。 私立大学の授業料が高い大きな原因は、 十分な公的補助がないためで、 私立大学に対する経常費補助は、 平均で約 1 割に過ぎない。 これに対して、 国立大学に対する運営費交付金は平均で収入の約 4 割となっている。 このため、 国立大学の授業料は私立大学の授業料の平均 (医歯系を除く) の 6 割程度に抑えられている。 十分な公的補助があれば、 私立大学の授業料も国立大学なみに下げることができよう。
     しかし、 公的補助によって授業料が下げられるという保証はない。 国立大学については、 標準授業料額が決まっているが、 私立大学についてはそのような規制はないからである。 また、 たとえ授業料が値下げされても、 高所得者も低所得者も同じように費用負担を下げることになる。

  2. 給付奨学金の必要性
     これに対して、 アメリカのように授業料が高くても、 給付奨学金が十分に給付されれば、 実質的な授業料負担は軽くなる。 ことにニードベース奨学金と呼ばれる低所得者向けの給付奨学金が増加すれば、 低所得層の費用負担を下げ、 高等教育機会への影響を抑えることができる。
     しかし、 日本では、 学士課程段階では授業料減免を除いて公的な給付奨学金はない。 これに対して、 近年日本学生支援機構 (以下、 支援機構と表記) の奨学金の利用が急速に拡大している。 しかし、 支援機構奨学金は給付ではなく貸与であり、 卒業後には返還する必要がある。 なお、 支援機構では、 返済された奨学金を再び原資として奨学金に貸与するため、 返済ではなく返還と呼んでいる。 しかし、 貸与者や貸与額が大きくなるにつれて、 支援機構奨学金の延滞問題が生じてきている。 これに対して支援機構では、 回収の強化に乗り出した。 このことは一方では回収率の向上をもたらしたが、 機構の回収方法や回収制度やさらには返還の負担の重さに対する社会的反発ももたらした。 日本弁護士連合会などでは、 回収方法が貸与者の立場に立っていないことや延滞金の負担が重いことなどとして批判している。
     このような状況に対して、 どのような解決策があるのであろうか。 筆者は文部科学省 「学生の経済的支援の在り方に関する検討会」 の主査として、 この問題に取り組んできた。 同検討会は2013年 8 月に、 それまでの審議を 「中間報告」 としてまとめた。 同年末から 2 月にかけて 「中間報告」 に対するヒアリングを実施し、 今夏をめどに報告をまとめる予定である。
     ここでは、 同検討会での議論もふまえ、 教育費負担やローン負担、 さらにローン回避や情報ギャップについて、 最新のデータで検討したい。 こうした実証的なデータによって、 実態を明らかにすることによって、 返済の負担軽減や未返済 (延滞) 問題の解消の対応策も考えることができよう。 それに先立ち、 現在の日本における教育機会の格差と教育費負担について現状を検証する。

  3. 家計所得と進学機会の関係
     日本社会における様々な 「格差の拡大」 が問題とされるようになり、 教育機会の格差に対する関心も高まっている。 子どもの教育費を親 (家計) が負担するのは当然であるというわが国の教育観の下では、 家庭の経済状況によって、 教育機会、 とりわけ多額の費用負担を要する大学への進学が大きく異なることになる。
     なぜ教育機会の所得階層差が問題か。 所得階層と教育機会が結びついていれば、 親の所得階層によって子の教育機会が異なることになる。 さらに、 学歴や学校歴と卒業後の所得とは強い結びつきがあるので、 子の所得階層を規定する。 これは、 社会学でいう階層の再生産問題である。 階層が再生産される社会では、 「希望格差」 (山田昌弘) が生じ、 意欲や能力のある低所得層の若者の教育機会を奪うことで、 活力が失われる。 これは本人にとっても、 能力の浪費であるが、 社会全体でも人材の浪費となる。 これが教育機会の問題が重要な大きな理由である。 このため、 教育機会の均等は教育を考える上で最重要な理念のひとつとして、 憲法26条や教育基本法第 4 条にも明記されているのである。【1】
     こうした家計の経済的状況による教育機会の格差を、 東京大学大学経営・政策研究センターが実施した 「全国高校生・保護者調査」 (以下、 CRUMP2006) は明確に示した【2】(小林 2008年など参照されたい)。 CRUMP 2006調査から 8 年が経過し、 その間、 2009年以降の雇用情勢の一段の悪化など、 家計と大学進学を取り巻く環境はより厳しくなってきた。 ここでは、 より最近の状況について、 2013年 3 月高卒者の保護者を対象に2014年 2 月に実施した調査【3】(以下、 保護者調査2013) の結果を検討する。
     保護者調査2013は、 NTTコム社のウェブモニター調査によって実施し、 1,343名から回答を得た。 このため、 2 つの調査は厳密には同じ特性を持つ母集団ではないため、 年時間の比較には留意が必要である。 保護者調査2013のサンプルの属性をチェックすると、 4 年制大学への進学率や、 東京、 神奈川、 大阪など大都市圏の居住者の割合がやや高めであるが、 進路状況をみるかぎり、 Webモニター対象の調査であるがゆえの極端な偏りが生じているわけではないとみなしてよいと思われる。 ただし、 数字の絶対値には偏りがある可能性が高いので、 あくまで傾向を捉えるためのデータと考えていただきたい。
     保護者調査2013の結果を見ると図 1 のように、 私立大学進学率に大きな格差が見られることや専門学校や就職では低所得層の割合が高いことなど CRUMP 2006 と同じ傾向が確認できる。 国公立大学進学については、 所得600万円未満の層の進学率はやや低くなっていて、 国公立大学進学には階層差が見られる。 しかし、 国公立大学進学について、 格差の拡大は見られるものの、 大きな差ではないということもできる。 このように、 国公立大学の格差については、 さらに、 調査をして検証していく必要があり、 現時点では、 決定的なことは言えない。
     さらに、 CRUMP2006では、 所得階層別大学進学率を中学校 3 年生時の成績の自己評価別にさらに詳しく見ると、 図 2 のように、 成績上位者では、 4 年制大学進学率は、 低所得層67.0%に対して、 高所得層72.9%とあまり大きな差は見られず、 所得階層と大学進学率の相関が見られないことが大きな特徴であった。 子どもの成績が良い場合には、 保護者は何とかして子どもを大学に進学させている。 私はこれを 「無理する家計」 と名付けた。 こうした 「無理する家計」 が日本の大学進学を支えてきた。

     この点を保護者調査2013で確認すると、 図 3 のように、 全体としては、 所得が高いほど進学率が高いという相関関係はどの成績でも見られる。 中の下についても上下に波を打つ傾向が見られるが、 所得階層との相関が見られる。 しかし、 成績上位者では一定の傾向が見られず、 線が上下に大きく波を打っている。 このように、 成績上位者について、 保護者調査2013では、 CRUMP2006のフラットな傾向つまり所得階層と関連が見られないという傾向とは異なる。 このように上下に波打つ原因のひとつはサンプル数が少ないことによる。

     このように、 保護者調査2013の結果は、 CRUMP2006とやや異なる傾向を見せているが、 これらの点を明らかにするためには、 さらに、 同じような検証を続けていくことが必要であろう。 ただ、 私立大学や専門学校進学あるいは就職については、 所得階層との強い関連は 2 つの調査でも変わらず見られる傾向であり、 教育機会の格差の存在は明らかである【4】。

  4. ローン負担とローン回避の問題
     先に、 支援機構奨学金の大きな問題点のひとつとして、 貸与 (ローン) であり、 返済の負担が大きく、 延滞問題が生じていることにふれた。 返還が滞り、 負債が増加していることに対して、 特に財政当局から改善要求がなされ、 同機構の中期計画にも達成目標が掲げられ、 回収が強化されてきた。 これに対して、 日本弁護士連合会などが、 同機構の回収方法に問題があると指摘している。 また、 返還の猶予などについても適用範囲や期間が小さすぎるとしている。
     ローン負担の問題と関連して近年英米で大きな問題となっているのはローン回避問題である。 公財政負担軽減のため、 各国とも給付奨学金 (グラント) から貸与奨学金 (ローン) へのシフトが急速に進んでいる。 しかしローンの場合には、 ローン未返済に陥る可能性は大なり小なり必ず存在する。 このため学生や家計は将来の負担を恐れてローンを回避する傾向がある。 とりわけ低所得層ほどローン回避し、 高等教育機会の選択に影響し、 低廉な教育機会 (短期高等教育や自宅通学など) を選択したり、 ひいては進学を選択しない傾向があることが明らかにされてきた。 これは、 高等教育の機会均等のための奨学金がローンの場合には、 最も経済的支援を必要とする層が支援を受けないことになり、 効果がないことを意味しているため、 大きな問題となり、 英米では、 ローン未返済やローン回避傾向に関する研究がなされている。
     支援機構奨学金に場合でいえば、 第 2 種奨学金は最高月額12万円まで貸与されるから、 大学 4 年間では元金だけで576万円となる。 利子率が 1.7% (2014年 3 月現在) としても、 返還総額は約650万円になる。 この返済に対して低所得層は、 きわめて大きな負担感をもつと考えられる。 なぜなら同じ650万円でも、 低所得層と高所得層では負担感は全く異なるからである。 このため、 特に低所得層でローン回避傾向がみられる可能性が高い。
     保護者調査2013で、 この点を確認すると、 図 4 のように 「返済が必要な奨学金は、 負担となるので、 借りたくない」 という質問に 「強くそう思う」 と回答した者の割合は、 所得1,050万円以上の高所得層を除いて、 所得階層が低くなるにつれて高まる。 ローン回避傾向が低所得層ほど強いという傾向がみられる。
     しかし、 他方で、 図 5 のように、 「学費や生活費は奨学金やローンでまかない、 本人が就職してから返すべきだ」 と考えている者の割合は、 低所得層ほど高くなっている。 このように、 ローン負担やローン回避について、 保護者の間にはアンビバレントな思いがあると見られる。

  5. 情報ギャップの問題
     授業料や奨学金の問題に関して、 最近注目される問題は情報ギャップである。 授業料やローンの制度は複雑化している。 様々な種類の奨学金やローンがあるだけでなく、 利子率や返済方法なども十分な金融知識がないと、 理解することが難しい状況になってきている。 特に低所得層の場合には、 日頃金融関係に疎く、 情報や知識の豊富な高所得層と大きなギャップを生じる。 これを情報ギャップといい、 各国ともこの問題に注目が集まってきた。 このような知識や理解を促進するのが、 金融教育である。
     この情報ギャップや金融教育について、 文部科学省の 「学生の経済的支援に関する検討会議」 では、 支援機構と日本弁護士連合会の双方からヒアリングを行ったが、 両者の主張の差は小さくない。 支援機構では、 奨学金について十分に周知しており、 相談があれば応ずるとしているのに対して、 日本弁護士連合会の側では、 突然一括返還を迫られたケースがあるとしている。 事実がどのようになっているかは明らかではないが、 いずれにしても双方の主張にはギャップがあることは確かである。
     支援機構には情報ギャップを生まないようにできる限りの努力を求めたいが、 支援機構の努力だけでは限界があり、 大学や高校などの教育機関あるいは生協や民間育英会などの関連団体によって、 奨学金に関する情報や返還についての理解を得る仕組みを作っていくことが必要だろう。
     実際、 保護者調査2013でみると、 進学者の保護者でも、 支援機構奨学金について、 「聞いたことがない」 と答えた者は9.6%だが、 「知っているが内容は詳しく知らない」 が42.2%で、 「この奨学金のことをよく知っている」 と答えた者は48.2%となっている。 利用する必要がない者が詳しく知っていないのは当然かもしれないが、 逆に応募した者の中でも約 1 割は詳しく知っていない。
     また、 就職者では、 「聞いたことがない」 が13.2%で 「知っているが内容は詳しく知らない」 が49.1%となっている。 詳しい内容がわかれば進学を選択した可能性がある者も中にいるだろう。
     他方、 ローン負担などで進学を回避した者もある可能性がある。 「給付奨学金 (返済不要) がもらえれば進学してほしかった」 という回答は、 「とてもあてはまる」 が11.4%、 「あてはまる」 が10.5%で合わせて21.9%が給付奨学金があれば進学を選択した可能性がある。 逆に言えば、 給付奨学金がないために、 教育機会を失っているとも言える。 文部科学省 「学校基本調査」 によれば、 2013年度高卒就職者18.4万人であるから、 その21.9%にあたる4.0万人が進学機会を失っている可能性がある。 これは毎年の数字であるから少ない数字ではない。
     さらに、 上記に加えて 「経済的に進学が難しかった」 者は35.1%であり、 約6.5万人となっている。 両者には重複があるので、 それを考慮すれば 「経済的に進学が難しかったが給付奨学金があれば進学する可能性のある」 者は、 約 2.4万人となっている。

  6. 今後の学生への経済的支援のあり方
     各国で問題となっているローン負担やローン回避の問題を解決するために最も有効だと考えられるのは給付奨学金と所得連動型返済制度である。 所得連動型返済とは、 オーストラリアやイギリスやアメリカの一部のローンで導入されている返済方法で、 卒業後の所得に応じて返済をしていく方式である。 低所得層にとっては負担感が少なく、 ローン負担やローン回避問題に対する有効な解決策と考えられる。 文部科学省の検討会でも、 給付奨学金や所得連動型返還の導入については、 すべての委員が賛同し、 今後具体的な設計を詰めていく予定である。
     もうひとつ、 検討会で議論されているのは、 先にふれた情報提供のありかたである。 これには大学や高校進路指導との連携協力が不可欠であり、 今後どのように国として支援できるか検討している。 また、 大学の情報公開については、 2014年度より大学ポートレートが創設され、 大学を目指す生徒や保護者への情報提供を行っていくことになっている。
     最後に、 学生への支援については、 国や地方の支援だけでなく民間団体との協力が重要であることを強調したい。 アメリカやイギリスでは、 国や教育機関だけでなく、 学生支援に関わる中間団体が重要な役割を果たしている。 日本にも2,000に近い民間奨学団体があるが、 国や地方公共団体との協力や連携は十分ではない。 今後はこうした団体に支援していくことも求められる。
参考文献
小林雅之 2013年a 「大学授業料と奨学金の現状と戦略」 『大学時報』 No. 353, 30-35頁。
小林雅之 2013年b 「進学の格差の拡大と学生支援のあり方」 『生活協同組合研究』 Vol. 456, 29-36頁。
小林雅之 2013年c「教育費 『誰が負担』 議論を」 日本経済新聞 2013年9月30日。
小林雅之 2013年d 「大学の教育費負担  誰が教育を支えるのか」 上山髑蜻シ編 『大学とコスト』 岩波書店。
小林雅之 2012年a 「家計負担と奨学金・授業料」 日本高等教育学会編 『高等教育研究』 第15集、 115-134頁。
小林雅之編 2012年b 『教育機会均等への挑戦 −授業料・奨学金の 8 カ国比較』 東信堂。
小林雅之 2009年 『大学進学の機会』 東京大学出版会。
小林雅之 2008年 『進学格差』 筑摩書房。
山田昌弘 『希望格差社会』 筑摩書房、 2004年。


【1】憲法第26条 すべて国民は、 法律の定めるところにより、 その能力に応じて、 ひとしく教育を受ける権利を有する。 教育基本法第 4 条第 1 項 すべて国民は、 ひとしく、 その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、 人種、 信条、 性別、 社会的身分、 経済的地位又は門地によって、 教育上差別されない。 第 3 項 国及び地方公共団体は、 能力があるにもかかわらず、 経済的理由によって修学が困難な者に対して、 奨学の措置を講じなければならない。
この他に, 高等教育における教育機会の均等を考える場合に重要な規定として, 国際連合の1946年の世界人権宣言 (Universal Declaration of Human Rights) 第26条 高等教育は, 能力に応じ, すべての者に等しく開放されていなければならない。 と1966年の 「国際人権規約」 (International Covenant on Economic, Social and Cultural Rights) 第13条第 2 項C 「高等教育は, すべての適当な方法により, 特に, 無償教育の漸進的な導入により, 能力に応じ, すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること」 があげられる。
【2】この調査は、 「高等教育グランドデザイン策定のための基礎的調査 (文科省学術創成科学研究費)」 (金子元久研究代表) の一環として、 全国4,000人 (男女各2,000人) の高校生と保護者を対象に2005年11月に実施した調査である。 さらに2006年 3 月に、 高校生の進路について追跡調査を行っている。 ただし、 保護者調査は2005年11月のみ実施した。
【3】この調査は、 文部科学省先導的大学改革推進委託事業 「高等教育機関への進学時の家計負担に関する調査研究」 (研究代表小林雅之) による調査である。
【4】2012年 3 月高卒者の保護者についても同様のウェブモニター調査を実施したが、 そこでは所得階層別格差の拡大が見られた。 これについては、 小林 2013年aと2013年bを参照されたい。

   
 (こばやし まさゆき 東京大学)


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