●特集 T● 現行奨学金制度は支援になっているのか
困難を有する若者の現状から奨学金を考える
 金澤 信之

はじめに
 2010年国民生活基礎調査でこどもの相対的貧困率 (世帯所得の中央値の半分以下、 4 人世帯で250万円程度) は、 15.7%と報告されている。 また、 子どもがいる大人 1 人世帯の相対的貧困率は50.8%とあり、 子育て中のひとり親家庭の経済的な困窮が際立っている。 奨学金制度がこういった経済的に困窮した子どもの自立を支援する仕組みとなりえているのか。 そういった問題意識から今回の討論集会に参加した。

1. 自己責任を理念としたスタート
 そもそも、 現状の奨学金制度はその発足時に自己責任論を基本に策定された。 若者を育み育てるよりは、 一人で努力して勉学に励み、 その費用を自分で賄うことが要求されている。 「新たな学生支援機関の在り方について」 (文科省2002.12.12) の 「3 主な業務と実施の在り方 ( 2 ) 経済的支援 (奨学金事業)」 の 「(1)奨学金事業実施の基本的考え方」 の中で次のように説明された。

○新機関における奨学金事業についても、 意欲と能力のある学生が経済的に自立し、 自らの意志と責任により高等教育機関において学ぶことができるよう、 引き続き無利子及び有利子の貸与制による事業の充実とその合理的、 効率的・効果的実施を図る必要がある。
○学生に対して自己責任と自立意識の確立を促すためにも、 自分の責任において奨学金を借りて返すということを学生が認識するよう、 十分な教育的な指導を充実することが求められる。

 高校・大学までの段階的な無償化を定めた 「経済的、 社会的及び文化的権利に関する国際規約 (A規約)」 の13条 2 項b、 cの適用を日本は留保してきたが、 2012年に 「留保撤回」 を閣議決定し、 国連に通告した。 【註1】2014年度の高校 1 年生から授業料が復活することは、 この 「留保撤回」 が大きく後退したことを意味する。 高校授業料の復活があるわけだから、 大学の授業料が無償化になるなどは現状では議論にすらなっていない。 さて、 そのA規約13条 2 項b、 cとは以下の内容である。
(外務省HP  http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/2b_004.html

(b) 種々の形態の中等教育 (技術的及び職業的中等教育を含む。) は、 すべての適当な方法により、 特に、 無償教育の漸進的な導入により、 一般的に利用可能であり、 かつ、 すべての者に対して機会が与えられるものとすること。
(c) 高等教育は、 すべての適当な方法により、 特に、 無償教育の漸進的な導入により、 能力に応じ、 すべての者に対して均等に機会が与えられるものとすること。

 また、 13条の 1 には 「この規約の締約国は、 教育についてのすべての者の権利を認める。」 とある。 教育を受ける権利を保障し、 「無償教育の漸進的導入」 に努力するのが政治本来の姿であるのなら、 個人の責任を追及し、 高騰した授業料の支払いを学生に背負わせる日本の奨学金の現状はこの規約に遠いものである。 そして、 それを放置し、 高校の授業料を復活させた政治のあり方は 「留保撤回」 に反している。

【註1】経済的、 社会的及び文化的権利に関する国際規約 (社会権規約) 第13条 2 (b) 及び (c) の規定に係る留保の撤回 (国連への通告) について 平成24年 9 月

 日本国政府は、 昭和41年12月16日にニューヨークで作成された 「経済的、 社会的及び文化的権利に関する国際規約」 (社会権規約) の批准書を寄託した際に、 同規約第13条 2 (b) 及び (c) の規定の適用に当たり, これらの規定にいう 「特に、 無償教育の漸進的な導入により」 に拘束されない権利を留保していたところ、 同留保を撤回する旨を平成24年 9 月11日に国際連合事務総長に通告しました。
 この通告により、 日本国は, 平成24年 9 月11日から、 これらの規定の適用に当たり, これらの規定にいう 「特に、 無償教育の漸進的な導入により」 に拘束されることとなります。
(外務省HP http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kiyaku/tuukoku_120911.html


2. 生活保護世帯の進学
 規約にあるように、 すべての者の権利として進学が認められるべきであるとしたら、 困難な状況にある若者がどのようにして進学するのかを検証する必要がある。 そういった観点から、 生活保護世帯の若者に許されている進学方法について確認したい。

○大学や短大に進学することは可能です。 ただし、 生活保護上の取扱いとして、 (1)大学生だけ生活保護から外れる (世帯分離する) こと、 (2)奨学金や貸与金を受けること、 の 2 つの要件を満たす必要があります

○世帯分離とは家族と同居している大学生・専門学校生等を生活保護上の世帯員の認定から除外する取扱いのことです。 世帯分離が適用された場合、 生活扶助や医療扶助は適用されませんから、 大学生・専門学校生は国民健康保険に加入し、 保険料や医療費自己 負担分を自分で支払う必要があります。
(「高校生支援プログラム」 神奈川県保健福祉局 福祉部生活援護課作成)

 2013年から入学金と受験料の貯蓄は認められるようになった。 しかし、 それ以外の貯蓄は原則として認められていないので、 授業料は全額奨学金で賄うことになる。 また、 生活費、 国民健康保険、 医療費などは自分で稼ぐ必要がある。 これでは権利として認められた教育と言うことはできないだろう。 児童養護施設、 里親家庭の若者達が直面する課題もほぼ同様である。
 さらに、 幸運に恵まれ、 頑張って四年生大学を卒業したとしても全員が安定した仕事に就けるわけではない。 派遣労働は無制限に拡大し、 非正規雇用は増加するばかりだし、 ブラック企業の問題もある。 大卒三年離職率も30%になっている。 (2013年厚生労働省職業安定業務統計) もし、 非正規雇用となれば年収は200万円前後しかない。 (賃金構造基本統計調査 厚生労働省 2013年) 四年制大学卒業時の負債は600万円に近い。 (利息を入れれば700万円を超える) 年収の 3 倍以上の負債を自己責任で返済しつつ生きていくことが 「教育についてのすべての者の権利」 を認めた社会のありようということができるのだろうか。


3. 高卒就職とリスクのある進学
 奨学金による進学のリスクが高いので、 就職を選択するとしてもそれほど容易なものではない。 高卒求人票はピーク時の20%以下であり、 有効求人倍率も 1 倍以下である。 (全国 「高校・中学新卒者の求人・求職状況」 取りまとめ ( 7 月) 2013年 9 月厚生労働省) また、 求人内容もかつてのように銀行、 デパートなどの大企業は存在しない。 もちろん中小企業への就職が悪いというのではない。 多くの生徒は現場、 見習いなどの仕事 (かつてあった事務という仕事はほとんど無い) へ就くわけだから、 しっかりマッチングをしなければ早期に離職してしまう。 現在、 高卒 3 年離職率は約40%である。 (厚生労働省職業安定統計2013年) しかしながら、 しっかりとした気持ちで就職に臨んだとしても、 企業は厳選採用の姿勢を強めており、 神奈川県の採用試験解禁月 ( 9 月16日解禁) の内定率は30%弱である。 (2012年ハローワーク資料より) かつて、 新規高卒の内定は10月までにはほぼ決定したが、 現在、 新規高卒の就職活動は卒業年の 6 月まで継続する。 しかし、 それを支える体制を高等学校の多くは持っていないし、 就職についての専門的な知識やスキルをもった教員も少ない。 よって、 高校現場では良い就職口は無くなったからという理由で進学への進路変更が勧められるし、 生徒・保護者も取りあえず進学という気持ちになるのが現実である。 結果として、 高校卒業時の就職希望者の内定率は100%に限りなく近くなる。
 だが進学したとしてもリスクはある。 大学・短大、 専門学校生の 8 人に 1 人が中退している。 (「中退白書2010 (NPO 『NEWVERY』)」) 実は、 これは学校によって格差があることも報告されている。 難関国公立は中退率が低い。 私大の多いところでは卒業までに27%の学生が中退したという調査もある。 (読売新聞 2007年 7 月) さらに、 大学を卒業したとしても大卒未就職率は23%と報告されている。 しかし、 これも2005年と2010年を比較すると国公立では半分程度に改善されたのだが、 私大、 特に偏差値56以下になると27%前後に高止まりしているのである。 さらに、 人文・社会科学系の未就職率は平均よりもかなり高い。 (「学卒未就職者に対する支援の課題」 (労働政策研修機構 2012年))
 中退、 卒後未就職、 離職などで非正規雇用となれば前述した低賃金雇用となってしまうのである。 もちろん不安定な雇用であり、 雇い止めもある。 このような状況で奨学金を借りていたら、 多くの若者が経済的にも心理的にも追い詰められていくのは必然である。


4. 保護者の意識
 経済的な負担を軽減して高等教育へ進学するためには、 授業料を低くし奨学金を給付型にすることが必要だが、 そのためには国がこれらに対して予算を準備しなければならない。 しかしながら、 私立大学の授業料を税金で負担することについては80%近い保護者が反対しているとの調査結果がある。 また同調査によると、 半数の保護者が所得による教育格差の存在をやむを得ないと考えている。 (Benesse 教育研究開発センター・朝日新聞社共同調査 「学校教育に対する保護者の意識調査」 2012年) 実は同じ調査を2008年にも実施しているのだが、 所得による教育格差をやむを得ないと考える保護者は2012年には13%近く増加し、 半数を超えた。 さらに、 経済的にゆとりのある家庭では60%を超えている。 2008年のリーマンショック後の厳しい経済状況の中、 格差を否定する保護者の方が少ないのは驚きである。
 また、 日本政策金融公庫の 「教育費負担の実態調査」 (2012年11月28日) よると、 この 5 年間で年収 (税込み所得) が 「200万円以上400万円未満」 家庭では奨学金を受けている割合が52.4%から54.8%へと2.4%上昇したにすぎない。 しかし、 「600万円以上800万円」 未満の家庭では、 47.9%から57.2%へと9.3 %、 「800万円以上」 の家庭は44.2%から58.4%と14.2%も上昇しているのである。 現状の奨学金の拡充は高所得層ほど受け取る機会が増えている。 これは、 奨学金の返済能力の差によるものか、 あるいは中流層の経済的な劣化を示すものであろう。 確実なのは、低所得層が奨学金申請をためらっている現状があるということだ。
 厳しい現実の中で保護者は分断されている。
 

おわりに
 困難を有する若者が高等教育に進学するためには、 奨学金の給付型への移行と高等教育の授業料などを低額にすることは有効である。 給付型奨学金と低額な授業料になれば、 進学者も増え、 授業料に起因した中退は減るだろう。 しかし、 それが実現したとしても生活保護家庭の若者などは自らの力で生計を立てながらの進学となり、 現実的には厳しい生活となるだろう。 また、 非正規雇用が拡大し、 正規雇用への就職率は当分改善されず、 卒業後の低収入・不安定雇用のリスクは依然として高いことも予想される。 彼らを支える相談支援、 生活支援の構築が必要だと思う。
 奨学金の仕組みを改善することは若者支援の重要な要素の一つであるが全てではない。 奨学金問題からあぶり出されるのは、 複数の困難を有する若者達の存在である。 彼らに対しては、 労働 (雇用・賃金など)、 福祉 (生活など)、 健康・保健 (医療など) を切り口にしたワンストップな支援が必要となっている。 こういった支援を実現するためには、 教育を公共的なものと捉えるような保護者の意識改革と学校は総合的な支援のプラットホームに変化するべきだという教職員の意識改革が不可欠である。 さらに、 若者が希望を持てる雇用の在り方を政治は実現するべきである。  
     
 (かなざわ のぶゆき 教育研究所員)

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