海外の教育事情 (17) |
アメリカ・イギリスの新聞記事を読む |
記事紹介:山梨 彰 論評:佐々木 賢 |
今の子どもは不幸、 もっと自由を(Times 2013.7.22) より 今の子どもたちの幸福感は低いという 8 ~17歳の42,000人を対象にした研究がでた。 学校は気が重く、 容姿が気になり、 日々不自由で自分のことを自分で決められないと不満だらけだ。 いじめや家庭不和のような深刻な問題で子どもが落ち込んでいるのか、 それとも不安なだけなのかを調べるべきなのに、 大人は軽く見がちである。 14~15歳の 7 人に 1 人は 「幸せ感が低い」 が、 8 歳では20人に 1 人だ。 2009年に150万人の子どもが非常に不幸という研究がでたとき、 カンタベリー大司教は、 自分だけの幸福を追求する利己的な親が多すぎるからだと批判した。 研究によると、 無邪気に楽しめる子どもが一番幸せという。 親とたくさんおしゃべりし、 友だちがいて、 ウォーキングやサイクリングで新鮮な空気を吸い、 スポーツをし、 良い本を読む子どもは、 そうでない子どもよりずっと幸せと感じる。 家族との良い関係は若者の幸福感にとって最重要要素である。 研究に関わった心理セラピストは、 若者は親の不安感に高い代価を払わされているという。 「14,5 歳の子どもが直面する問題は自立である。 親はオンラインや携帯電話で起こっていることから、 子どもを守らねばと感じている。 若者は自立したいのに、 前の世代に比べたらがんじがらめだ。 親は安全の範囲内で子どもにできるだけ独立と自由を与えるべきだ。 溺愛する親ほど悪いものはない。 失敗をしても10代は許される。 それで学んでいくのだ」。 下の年齢では親と一緒に何かをすることで子どもは幸せになれる。 「トランプをやり、 散歩し、 鳥を見つけ、 本を読む。 子どもは親と一緒ならば何でもよい」。 この20年間、 子どもの幸福感は上向きになっていない。 「若者を取り巻いているのは、 家庭では安心できず、 家族の揉め事に巻き込まれ、 いじめを受けているという私たち全員が解決すべき問題だ」 と研究の責任者は述べた。 自傷がやめられるネット上のサービス(Times, 2013.7.5) より 精神衛生上の問題をもつ10代の若者を無料でカウンセリングするオンラインサービスが始まる予定だ。 スタッフには専門的なカウンセラーや若い年代の助言者がいて、 若者にアドバイスし、 特別な援助を指示する研修を受ける。 いじめ問題のネットフォーラムを提供し、 中等学校でいじめを受けたことがある公爵夫人が支援する慈善団体が、 このサービスを運営する。 この団体が約2,000人の10代の若者の研究をしたところ、 29%が自傷の経験があり、 20%が鬱を患ったことがあった。 鬱病で治療にいった者のうち、 援助を受ける前に色々な人と会話をしたのは平均すると22%だった。 若者の多くが精神衛生上の問題をもつが、 支援する動きはほとんどない。 重篤になれば、 子ども・青年精神衛生サービスから治療を受けられるだろうが、 照会してもらうのに6ヶ月かかるし、 統一性のない治療を受けるだけだ。 心理セラピーは、 子どもよりも大人に対する方がずっと手厚い。 新しくできるオンラインフォーラムに協力している臨床心理学者は 「若者は必要な援助を受けていない。 10代の若者は自然にインターネットをみるのだから、 支援も受けていない何十万人の若者を助けるには私たちがインターネット上にいなくてならない」 という。 慈 善団体の責任者は、 「問題を抱えている10代の若者が理解されていないのは、 精神衛生の問題が無視され、 青年期の不安のせいにされるからだ。 多くの青年が、 何とか乗り切ろうと自傷に訴えたり、 悪い場合は生命を絶とうとするのは受け入れがたい」 と述べた。 学校事故の補償金額が記録的な300万ポンド(5億600万円)に(Daily Mail 2013.7.27) より 躓く、 滑る、 落ちるなどのありふれた事故でのケガの責任を問われ、 昨年の学校事故の補償金額は記録的だった。 体育の授業中に濡れた葉で滑って倒れた生徒に16,000ポンド (270万円)、 ラジエターの後ろで足を挟んだ生徒に19,500ポンド (330万円)、 グラウンドの木の根で躓いた生徒に10,000ポンド (170万円) が支払われた。 昨年全地方議会が、 学校を訴えた399人の生徒に支払った補償金は300万ポンドを越え、 一昨年の240万ポンド、 その前年の210万ポンドを上回った。 教室にも 「補償文化」 が蔓延しはじめている。 政府の負担額は全部で600万ポンドに達するかもしれない。 費用が高い弁護士が、 被害者への傷害の補償金と匹敵する額を受け取るからだ。 平均すると 1 日 2 件7,500ポンド (130万円) の補償を求める案件を学校は扱っている。 やや変わった事故もある。 例えば2,000ポンド (33万円) の補償をしたのは、 学校の 「サンタの部屋」 のパーティーでテーブルを綺麗にする抗菌性スプレーを使ったらアレルギー反応を起こしたケースだ。 2,100ポンド (35万円) 支払ったのは、 三角比の法則を見せるために使ったロケットで生徒の目を傷つけたからだ。 民間教育団体の 「真の教育運動」 の議長は 「補償文化は全く制御不能だ。 学校は子どもの楽しみを犠牲にしても危険を避ける。 生徒にはいいことはない。 冒険し、 好奇心を育み、 危険を冒して伸びるという学校の魅力はもうない。 真綿で生徒をくるめば、 健康と安全を保てるだろうが、 子供らしさは奪われる」 という。 ある大学の社会学教授は、 「学校で補償を求める声が高まるのは教育にマイナスだ。 単に財政問題ではない。 訴訟を懸念するようになると、 教室ではますますリスクを避け、 外遊び、 体験、 冒険が減ってしまう」 という。 下院の保守党員は、 「学校には適用される法規があり、 子どものケガで法廷から召喚状が届くことはない。 命にかかわるケガではないのにお金を得ようとするのは嘆かわしい。 教育に使われるはずのお金である」 と述べた。 「納税者同盟」 の一員は次のように言う。 「馬鹿げた理由での支払い金額が多すぎる。 ちょっと滑ったり躓いたりするだけで補償金を支払うのは、 補償文化のせいだ。 賠償請求は、 納税者の負担になるし、 学校で生徒が学び、 成長することができなくなる」。 財政援助方式が変わると学校予算は大削減に((Times 2013.6.27) より ロンドンと南東部の学校の予算は、 政府が財政援助方式を変えると大きく減りそうだ。 現行の継ぎはぎ方式を変えて画一的配分方式が導入されれば、 生徒数を基準にして何校に財政援助されるべきかが地域ごとに決まる。 ロンドンと大都市圏の学校は現在の方式では 「財政援助が多すぎ」、 非大都市圏の学校が損失を被っている。 蔵相は、 「地方教育当局の違いで学校への財政援助が不平等になってきた状態を正す」 ために、 援助方式の導入の仕方を協議する。 同じような学校でも生徒 1 人あたりで数百ポンド違うという。 実施は2015年春だが、 都市部の学校では予算が大きく削減され、 閉鎖する学校もありうるし、 親の抗議運動が高まるかもしれない。 補助金は地方重視なので、 非都市圏にある学校にはたくさん配分される。 現在政府は学校への財政援助を、 非都市圏の多くの地方議会が不公平だと言う歴史的な方式によって地方教育当局に与えている。 地方議会が学校に資金を与える場合、 それぞれ独自のやり方で配分している。 地方教育当局は、 資金の配分方法をもっと統一化するよう迫られてきた。 教育省は支出の見直しを 1 %削減で済ませた。 16歳までの教育予算360億ポンド ( 6 兆 1 千億円) は据え置かれ、 さらに180校以上のフリースクール、 20校の大学技術カレッジ、 20校の職業専門学校への財政援助もある。 公立学校向け支出は、 予算が46億ポンド (7,800億円) のままなので、 圧縮される。 地方教育当局への財政援助は 2 億ポンド (338億ドル) 削減され、 アカデミー校支援費用は 1 億 5 千万ポンド (253億円) 削減される。 大学予算は比較的順調で、 貧困学生への年間4500ポンド (76万円) の生活補助金が据え置かれるが、 インフレにスライドする増加はなく 6 千万ポンド (100億円) の減少になる。 教育相が維持すると言った貧困学生への支援計画は、 恵まれない卒業生を援助する 5 千万ポンドの基金に換えられて 1 億ポンドが節約される。 副大臣は、 科学研究予算が46億ポンドのままで、 科学研究機関への支出が 6 億から11億ポンドに増加し、 しかも物価スライド式であるのを歓迎した。 学生への財政援助は、 奨学金よりも学生ローンが使われるので、 ビジネス省は2015~16年に 4 億ポンドを節約できるだろう。 財政援助が受けられる公認の職業資格取得の対象は非常に少ないので、 継続教育カレッジへの援助は 2 億 6 千万ポンドも削減される。 590万台のカメラが監視中、 笑顔を向けよう!(Times 2013.7.11) より 590万台のカメラがイギリス人を監視しているという調査が出た。 多くは私企業や個人が 財産を守るために使っている。 英国セキュリティ 産 業 協 会 (the British Security Industry AssociationBSIA) は機械は非正規品で、 映像の利用規則がほとんどないと警告した。 BSIAは、 急成長するイギリスの監視社会化を2年間包括的に研究した。 それによると監視カメラは490~590万台稼働中で、 国民10人におよそ 1 台の割合だという。 以前の調査よりもずっと多くなり、 個人の家を除けば監視されない人間の活動はほとんどないことになる。 学校関係は30万台あり、 1 校あたり平均10台である。 病院には37,000台、 地域のデイ・センターには36,000台、 ホテルには35,000台、 大学には15,000台だ。 これには、 交通機関と自宅での設置数が含まれないので、 実際の数値はもっと多い。 国民は、 映像はほとんど警察に提供されるので、 監視カメラは法律遵守に決定的に必要と考えていると研究はいう。 BSIAは、 「監視カメラには殺人者やテロリストが写っているので、 犯罪との闘いにとって頼りになる」 と述べた。 しかし、 BSIAは私物の監視カメラは非正規品で、 据え付けが悪く、 警察などの活動にはほとんど役立たないともいう。 イギリスは監視カメラ技術の利用については世界でもトップクラスに入る。 BSIAによると、 「イギリスの監視カメラの数は他国よりも多い。 イギリス人は受け入れている」 と述べた。 しかし、 皆が満足しているとは限らない。 「ビッグブラザーを監視する」 団体は、 「報告書を読むと監視文化がどれだけ野放図になっているかがわかる。 プライバシーが見境なく侵害されているし、 監視カメラは犯罪の捜査にも抑止にもほとんど影響がないと何度も指摘されている。 健全な民主主義社会を作るには不要なやり方だし、 監視カメラが警察の取締りの代行をするので、 犯罪や反社会的行動への対応は緩慢になっている」 とのべた。 【論評】 佐々木 賢 1 子どもの幸福感 子どもの幸福感が低下している。 中でも14歳から15歳が最も低い。 理由は学校嫌いと容姿不安と不自由さにある。 セラピストは 「ドラッグや携帯電話や犯罪を心配する親の不安感が原因で、 勉強やボランティアをさせるといい」 と助言している。 以前にこの欄で 「子どもの外遊びを止めさせる大人」 (T 03.6.8)」、 「子どもの遊ぶ力を奪う大人 (DM06.5.30)」 の記事を紹介したが、 専門家やマスコミは10年間も 「親が悪い」 と言い続けている。 それに、 子どもが述べる 「学校」 と 「容姿」 の問題に応えていない。 社会的背景に触れず 「親の責任」 などと、 個人化するのが彼らの特徴的だ。 小学校から大学まで80回も一斉テストを強いる制度、 お仕着せの習い事をさせる親、 昔あった路地や広場や空家をなくし、 外遊びをする子どもを 「うるさい」 と言って叱る隣の人が居る。 一極集中の大都市化と、 自然を 「開発」 してコンクリートで塗り固め、 生産現場が海外に移転し、 町工場や自営農家を追い払い、 広場は駐車場になり、 ボランティアはあっても真の体験がない。 消費社会では、 子どもにとって 「すること」 がなく、 「してもらうこと」 ばかりが多くなった。 だから外見の容姿などを気にするのだ。 こうした社会的背景を見ない記者やセラピストこそ反省すべきではないか。 2 オンラインサービス 調査によると、 10代の若者の自傷経験者が29%、 ウツ病が20%、 誰かに相談した者が22%しかいない。 最悪の場合に自殺につながるから、 心理セラピストが必要で、 気楽に受けられるオンライン・サービスが生まれたという。 子どもや若者の精神疾患は増えているが、 「幸福感低下」 の記事と同様、 社会的背景について述べていない。 今の消費社会では、 生身の人間関係が希薄になり、 生活実感がなく、 仕事や活動する機会がなく、 出番の喪失が問題なのだ。 それに触れず 「セラピストやカウンセリング等の専門家の治療を受けろ」 というのだから、 盗人猛々しい。 これと同じ内容の記事を以前に紹介した (DM&T 05.9.28)。 18歳以下の 4 万人の子が抗ウツ剤を処方され、 その内セラピーを受けた者は 6 %しかいない、 という内容だ。 また、 一流大学で学生の 4 分の 1 が精神疾患を訴え、 カウンセリングを求める者が 5 年間で20%増えた (T 05.9.16) という。 イギリスの自閉症率は1980年代には 1 万人に 2 人だったが、 2003年には60人となった。 アメリカのカリフォルニアでは1988年から1998年の10年間で237%に増えた。 この増え方は不自然であり、 医師が以前に 「自閉症」 と診断しなかった者を、 1900年後半から自閉症とする診断が増えたからだという (T 05.6.29 ) という。 アメリカにDSM (Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorder) という精神疾患診断の手引きがある。 統計的処理で症状を分類し、 診断基準を示した。 診断名は1952年の DSMⅠは106、 1968年DSMⅡは182、 1980年のDSMⅢは 265、 1987年のDSMⅢ-R (改訂版) は292、 1994年のDSMⅣは374であり、 その数が倍増してきた。 なぜ増えたか。 精神疾患の薬が製薬会社のドル箱であるからだ。 日本でも、 ウツ病は1996年に43万人強だったが2011年96万人となり、 15年間で 2.2 倍になった。 患者が 「増えた」 からではなく、 抗ウツ剤の対象者を作為的に 「増やして」 きたからだ。 野田正彰の 「うつに非ず、 うつ病の真実と精神医療の罪 (講談社)」 を読むとそれが分かる。 昔は 「スランプ」 「神経衰弱」 「ノイローゼ」 「不眠症」 等と言われた人々を抗ウツ剤投与の対象者に仕立て上げたのだ。 製薬会社の利益を増やすため、 マスコミと精神医学会と大学教授らが一致協力して 「心の風邪」 キャンペーンをした。 薬を増やすと倦怠感も増え、 薬を止めると離脱症状が出て苛立つという悪循環に陥る。 解決策は 「薬を処方する医者と縁を切ることだ」 と野田は言う。 抗ウツ剤の副作用で最も怖いのは薬がもたらす怒りと攻撃性と興奮であり、 他殺願望が生まれることだ。 1999年にアメリカのコロラド州コロンバインでの銃乱射事件の犯人はSSRI (強迫性障害対症薬) の常用者であり、 同年に日本で起きたハイジャック事件 (全日空の機長を包丁で威嚇) の犯人も抗うつ剤を常用していた。 日本の裁判では抗うつ剤による 興奮状態を認定した。 有害な薬が放置されてきたのは製薬会社の利益が大きいからだ。 前号で紹介したが、 日本の抗ウツ剤の売り上げ高は2000年から2007年までの 7 年間で 5 倍強となった。 世界の大手製薬会社の売り上げをみると、 国家予算並みの兆円の桁の数字が並び、 アメリカが第 1 位、 日本は第 2 位、 中国が第 3 位、 イギリスも10位内に食い込む (『業界地図』 日経新聞、 2012年版)。 グローバル企業の世界制覇の中核を担ったのが製薬会社なのだ。 「薬よりカウンセリングを」 の主張はもっともらしく聞こえる。 だがオンラインサービスも消費文化の一つに過ぎない。 相談できる友だちや家族や地域の人がいたらカウンセリングなどいらない。 子どもたちが生身の関係を失い、 出番の喪失で悩んでいる現状を克服するとは思えない。 居場所作りや地域再生、 生活再生や格差是正の方が急務である。 3 事故賠償 学校側が保護者に支払った賠償金の額が 2 年間で50%も増えた。 学校は一日平均 2 件、 120万円相当の訴訟案件を扱っているというから、 校務分掌の多忙化に拍車をかける。 前号の解説に 「教師への損害賠償が記録的 (タイムズ 13.3.29)」 を紹介したが、 この記事と対をなし、 教師と親との賠償合戦が展開されている。 コメントしている識者たちは学校側に立ち、 「危険性を承知で子どもたちを外遊びさせろ」 と言っているが、 こういう事態に追い込んだ社会の全体構造に触れていない。 「悪徳弁護士」 が横行していると批判しているが、 新自由主義理念の利権獲得競争がある現在、 弁護士だってその枠の外に出にくい。 徳より金、 素人より専門家を促したのは誰か。 私見に過ぎないが、 弁護士の 9 割は 「悪徳」 で、 良心や徳に殉ずる弁護士が 1 割弱は居ると思うが、 後者は収入減を余儀なくされる。 製薬会社の利権に頼らない研究者が僅かに居ても、 大学法人化で公的予算を半減され、 大学の収益増加を強要されれば、 企業の資金提供を受けざるを得ない。 ほんの30年程前には、 庶民は自給や自営の営みが多い生活をしていた。 どこにでも揉め事やいじめがあるが、 弁護士を使わず、 仲間内で話し合って妥協していた。 子どもたちも危険を承知で川遊びをし、 事故があってもどこにも訴えなかった。 今は近現代社会の終焉の時期に突入したのではないか。 自然破壊や成長経済や消費文化や専門家支配や金融資本主義の社会から、 抜け出す道を模索しなければならない。 4 学校予算 ロンドンの学校予算が削減される。 政府によれば地域による不平等を是正するためだ。 フリースクールや技術カレッジや職業学校への財政支出のためアカデミー校や大都市校の公立校の予算を減らさざるを得ないからだ。 外部の者にはよく分からない。 教育省の予算は46£ (7820億円) はそのままだから、 支出のやり繰りで諸案件を処理しなければならない。 日本の文科省総予算は 1 兆3000憶円だから、 人口半分のイギリス教育省の総予算も大体同じくらいである。 それにしても、 予算のことはよく分からない。 庶民の生活感覚から分かるのはせいぜい数千万円が限度で、 億の桁の金で何が出来るかは見当もつかない。 兆や億の桁で語られる国費に疑義を持つのは難しい。 これが付け目で、 国家財政は現代民主主義政治の最大の欺瞞ともなりうる。 長野県佐久市 (人口約10万) は国家が勧める99憶円の大型公共事業を受け入れるか否かについて、 無作為抽出の市民の討論集会に、 延べ63時間を費やし、 住民投票の末に受け入れ拒否を決定した。 この直接民主主義に倣い、 日本の教育予算 1 兆3000億円に 1 億2000万人が参加したら、 述べ9828時間、 1 日 2 時間討議したら、 4914日約13年かかことになり、 ほぼ不可能である。 日英とも教育民営化が進み、 派遣教員が増え、 教材やテスト業者が跋扈し、 学校統廃合があり、 株式会社立校や公設民営学校や私塾の買収がある。 全体として、 減らされた公的予算が私企業の利益につながり、 株価に反映されて富裕層と中流層を富ませ、 庶民と貧困層を苦しめているが、 日本では教育民営化すら実感しない風潮がある。 民主主義とは名ばかりで、 金の動きの真実は国民に知らされていない。 5 監視 前回 「生徒の指紋採集」 の記事を紹介し、 論評欄で生徒のDNAサンプルが登録され始めたことを報告した。 ここでは監視カメラCCTV (Closed Circuit Television 閉鎖回路的TV) が590万台に達したことが報道している。 複数カ所で撮影された映像を一カ所の中央制御室に送り、 全映像を録画し、 必要な映像を抽出することが可能となった。 学校関係には30万台、 約 1 校に10台の監視カメラがあり、 イギリスは世界最多の保有率だという。 日本でも最近、 携帯電話の送信記録から、 犯人の動向をキャッチして、 犯罪捜査に役立ったという記事が多くなった。 私的なバソコンの送信も全部記録されている。 グーグルマップでは、 各家屋の表札まで映すことができる。 前回の論評で、 共通番号制度、 外国人登録、 住基ネット、 旧植民地での現地住民の居住認可証明・指紋認証・手帳等、 軍隊・病院・刑務所等の生体認証等の管理の様相を報告した。 ここで、 監視社会の問題点を批判的に整理しておきたい。 (1)歴史的にみて、 旧植民地時代からの民衆支配に使われた。 (2)IT社会に入り、 詳細なデータの処理が可能で、 一元管理をし易くなった。 (3)富裕層や中流層の財産管理に便利だが、 多数の庶民層や貧困層には利便性がない。 (4)データの記録には、 管理者が包摂と排除の論理で分類をするから、 男女・人種・所属・階層・所有の選別が行われ、 データそのものに差別と偏見が含まれる。 (5)国民のプライバシーが損なわれる。 (6)データ管理に私企業が参入するから、 顧客関係管理システムでは、 利益消費者・無利益消費者・不利益消費に分類され、 それぞれサービス内容が異なり、 自ずと差別される。 (7)国家が管理に加わり、 警察の捜査に効果を発揮するが、 市民警察から治安警察への移行に伴い、 思想犯も取り調べの対症となる。 (8)監視社会はグローバル化社会にあっては、 世界資本が優位に立ち、 世界中の庶民を個々に俯瞰的に掌握し、 民衆は地域・学校・職場等からバラバラに分断され、 孤立し、 対象化される。 |
(やまなし あきら 元県立特別支援学校教員、 県立高校非常勤教員) (ささき けん 研究所共同研究員)) |
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