●特集 T● 現行奨学金制度は支援になっているのか
奨学金被害の現状と課題
 岩重 佳治

  1. 深刻化する奨学金問題
     教育の機会を確保して、 その人の可能性を最大限に生かすためのものであるはずの奨学金が、 逆に大きな負担となって、 その後の人生のハンディとになる。 そんなことが、 公的奨学金である独立行政法人日本学生支援機構 (旧日本育英会) の奨学金で起こっている。
     奨学金を利用して大学を卒業したものの、 仕事が不安定で生活が苦しく、 奨学金を返せない。 何年も経ってから高額の延滞金を含めて機構から督促があり、 苦しい状況を説明して、 せめて延滞金のカットを求めたが、 応じてもらえずに裁判所から支払督促が届いた。 支払いをできないでいたところ、 いわゆるブラックリストに載せられた。 過去に遡って返還期限の猶予制度の適用を求めたが、 5 年以上前は役所の所得証明が取得できないとして却下された。 このような相談が相次いでいる。
  2. 構造的に生み出されている 「奨学金被害」
     この問題を考える際、 重要な視点は、 奨学金の返済に苦しむ人は、 構造的に生み出されている被害者だということである。
    1. 学費の高騰と家計収入の減少
       現在、 何らかの奨学金を受けている大学性は 5 割を超え、 機構の奨学金は約 3 人に 1 人が利用している。 学費の異常な高騰、 家計の収入の減少により、 奨学金に頼らざるを得ない状況が生まれているからだ。
       教育は自己投資との考えに基づく学費の 「受益者負担」 政策により、 まず私立大学の学費が高騰し、 その結果生じた 「公私格差是正」 を理由に、 公立の学費の引き上げが続けられてきた。 結果、 我が国の大学の学費は世界で最も高いレベルになってしまった。 初年度納入金でみると、 1960 年には国立大学が 1 万円、 私立大学が 7 万円余であったのが、 2010年には国立大学が81万円余、 私立大学が131万円余となっており、 物価の上昇率をはるかに超えて学費が高騰している。 他方、 家計の収入は90年代以降どんどん困難になっており、 世帯年収の中央値は、 1998年に544万円であったのが、 2009年には438万円と急激に減っている。 深刻な就職難により、 大学に行かなければ安定した仕事に就くことが難しい状況の中で、 多額の奨学金を借りて大学に行く人が急増している。
    2. 貸与に頼り切った制度、 利用者や負担の増大と雇用の悪化
       我が国の奨学金のほどんどは貸与であり、 返済をしなければならない。 これは、 諸外国では相当部分を給付で対応しているのと大きく異なる。 そして、 その返済の負担はどんどん大きくなっている。
       機構の奨学金には、 無利子型の第 1 種と有利子型の第 2 種がある。 有利子は、 当初、 一時的な補完措置として導入されたもので、 財政が改善したら廃止することが予定されていた。 しかし、 その後、 有利子奨学金は、 民間からの借入金や財政投融資を大きな財源として拡大を続け、 13年間の間にその事業規模は12倍になり、 今や事業予算にして有利子は無利子の3倍になっている。 また、 無利子は枠が限定されているため、 高 3 で 1 種に予約採用を申し込んだ生徒中、 条件を満たしながらその約78%、 数にして約11万人が不採用になるという事態である。
       延滞金の負担も大きな問題である。 支払いが滞った場合には、 年10%もの延滞金が付加されるが、 そのため、 返しても返しても延滞金に吸収されて元金が減らない事態を招いている。
    3. 不安定・低賃金労働の拡大
       貸与型奨学金の返済は、 安定した仕事と収入が確保されていることが前提だ。 しかし、 労働分野では非正規労働が拡大し、 労働者の 3 分の 1 が非正規労働だとされている。 また、 若者を中心にブラック企業の問題が拡がっており、 正規雇用に就いても仕事の安定性が保障されるとは限らない。 このように、 不安定・低賃金労働が拡大する中で、 奨学金を返済できる状況は大きく崩れている。 実際、 機構の奨学金の 3 か月以上の延滞者のうち、 46%が非正規労働または職がなく、 83.4%が年収300万円以下である。
    4. 不充分な救済制度
       奨学金を利用する際には、 将来の仕事は予測できないから、 貸与型奨学金には、 もともと返済困難に陥るリスクが内在している。 そして、 今やそのリスクは飛躍的に拡大している。 これに対して、 機構の奨学金では、 返済困難に陥った人に対する救済制度は極めて不充分である。 機構の制度では、 支払いが困難な場合について、 返還期限の猶予、 延滞金減免、 返還免除、 その他の制度上の救済手段がない訳ではない。 しかし、 それらは適用要件が限られていることに加え、 運用上も、 様々な障がいがあり、 実効性に乏しいと言わざるを得ない。 例えば、 返済が困難な人に対しては返済猶予の制度があるが、 低収入を理由とする場合には、 その目安は給与所得者で年収300万円以下であり、 これは総収入を意味することなどから、 特に家族が多い場合などには基準としては厳しいものになっている。 また、 定収入の場合の猶予期間は 5 年が上限とされてきた。 加えて、 延滞が発生している場合には、 延滞を解消しない限り猶予その他の救済手段は利用できないという運用がなされてきた。 そのため、 本来、 期間制限なしに返済猶予を認められるはずの生活保護受給者が、 延滞が発生しているとして、 猶予が認められず、 最低生活費の中から無理な返済を強いられるケースが後を断たなかった。 延滞金減免や返還免除の制度も、 要件が極めて厳しく、 延滞がある場合にはそれを解消しないと利用できない。 返還免除は、 重度の病気の場合などに求められるが、 そのような病気であっても、 回復の可能性があるとして、 まずは何年か猶予を利用するよう言われ、 申請自体をさせてもらえないケースもある。
    5. 現状に逆行する回収強化策
       返済の困難がどんどん拡がっている状況に追い打ちをかけるように、 機構の奨学金では金融的手法の導入が急速に進められてきた。
       2004年に、 それまでの日本育英会が廃止され、 独立行政法人である機構に移行した。 機構に事業が引き継がれると、 奨学金は 「金融事業」 と位置づけられ、 金融的手法が強まった。 2010年からは 「債権管理部」 が設置され、 今では、 サラ金のように、 担当者が日常的に裁判所に出向くことが当たり前になっている。 延滞 1 〜 3 か月で、 本人や保証人への家電督促や通知、 サービサーへの回収移行や個人信用情報機関への登録が予告され、 延滞4か月で回収をサービサーに委託する。 そして延滞 9 月でほぼ自動的に支払督促がなされる。 信用情報機関への登録は、 2010年度から開始され、 2 年間で 1 万人を突破した。 回収は、 個別のケースへの配慮はほとんど見られず、 ほぼ自動的に行われている。 機構の債権回収は執拗で、 借り手の返済能力にを無視した、 無理な支払要求が横行している。
    6. 親や親戚を保証人にすることの問題
       機構の奨学金を利用する場合、 保証料の負担を覚悟で機関保証を利用する場合以外は、 連帯保証人と保証人を求められ、 多くの場合、 連帯保証人は親、 保証人は親族である。 そのため、 支払いができずに自己破産をしようとしても、 保証人への影響をおそれて、 無理な返済を続けるケースが後を絶たない。 個人保証については、 その責任の軽減に向けた動きがあるが、 支払能力を要件とせずに貸し出され、 返済困難に陥るリスクが高い奨学金については、 個人保証は、 他の場合以上に問題がある。
    7. 「奨学金被害」 呼ぶ理由
       大きな教育費の自己負担、 雇用の崩壊と格差の拡大による家計の困難の拡大は、 奨学金に頼らざるを得ない状況を飛躍的に拡大させた。 そこに、 有利子奨学金の拡大等により利用者負担が著しく増大し、 卒業後の雇用環境の悪化等により、 返したくても返せない人達が急増した。 その状況に配慮しない回収強化策が、 利用者を更に追い詰める。 その結果、 本来、 教育の機会を確保することで、 その人の人生の選択肢と可能性を広げることに資するためのものであるはずの奨学金が、 逆に人生にハンディを負わせ、 厳しい状況に更に追い打ちをかける状況が生み出されている。 奨学金の滞納は、 個人の力ではどうにもならない理由で、 社会の仕組みが生み出したものである。 これは、 構造的に生み出されている 「被害」 であると言わなければならない。
       この問題の解決には、 制度を根本的に変える以外にはない。
  3. 奨学金問題の解決に必要なこと
     この問題の解決のためには、 格差や貧困の問題、 子ども・若者の支援の問題等に幅広く対応する必要があるが、 学費と奨学金制度については、 少なくとも以下の改革が必要であると考える。
    1. 利用者の負担の少ない返済制度の実現
       返済困難のリスクは、 もともと貸与型の奨学金制度に内在しているから、 返済困難に陥った人に対しては、 その実情にあった負担の少ない返済制度と救済手段を充実させるべきである。 返還期限の猶予期間の撤廃、 所得に応じた所得連動型返済制度の導入等の救済制度の拡充とともに、 その利用についての運用上の不当な制限をなくす必要がある。
    2. 利息と延滞金の廃止
       もともと無利子が原則であったこと、 金利の負担が大きいことに照らせば、 利息は撤廃すべきである。 また、 延滞金は、 負担があまりに大きいことはもとより、 延滞金を課すことの正当性自体に疑問がある。 延滞金は、 本来、 ペナルティとしての性格を有するが、 自分の力ではどうしようもない理由で返済ができない人について、 ペナルティを課すというのは背理である。 また、 返したくても返せない人にとっては、 延滞金は、 返還促進の手段にもなり得ない。 したがって、 延滞金は廃止すべきである。 そして、 利息・延滞金を廃止するまでの間は、 返済金を元金・利息・延滞金の順に充当して、 負担の軽減をはかるべきである。
    3. 貸与型奨学金の個人保証をやめること
       貸与型奨学金の借主は、 将来の仕事や収入が分からない中で借入れをするから、 将来返済困難に陥るリスクが通常の借金よりも大きい。 また、 借入額が大きく、 返済期間が長くなることからも、 そのリスクは更に大きなものになっている。 他方で、 収入の限られた家庭の子どもに貸与されるものであるから、 親などを保証人にする場合、 それは返済能力の十分でない人を保証に取ることを意味する。 しかも、 保証債務の履行を求められるときには、 保証人は高齢になっていることが多いから、 貸与型奨学金における保証人のリスクと負担は非常に大きい。 利用者が、 保証人への影響をおそれて、 自己破産等の法的救済制度の利用をできないなどの問題も深刻である。 したがって、 貸与型奨学金についての個人保証をやめるべきである。
    4. 国による給付型奨学金の速やかな創設と拡充 
       高校・大学についての我が国の奨学金のほとんどは貸与型である。 学費がこれだけ高いにもかかわらず、 ほとんどを貸与に頼っている国は日本だけである。 貸与は、 結局のところ、 自己負担を課すものであり、 教育の機会均等や、 学びを社会全体で支えるとの理念にも反するものである。 どのような制度設計をするかの議論はあるにせよ、 国による給付型奨学金を速やかに創設し、 拡充すべきである。
    5. 高騰した高等教育の学費を引き下げる施策の実行
       この問題の根本は、 高等教育の学費が高騰し、 過大な自己負担が課されていることにある。 公的支援を充実させ、 高騰した学費を引き下げる施策を推進すべきである。 国連の社会権規約は、 高等教育を漸進的に無償化することを求めている。 我が国は、 マダガスカルとともに長くこれを留保してきたが、 最近、 その留保を撤回した。 したがって、 高等教育の無償化は、 我が国の国際公約でもある。 学費の引き下げも含め、 無償化に向けた道筋を定め、 それを確実に実行すべきである。
  4. 制度改善への動きと課題
    1. 2014年度予算
       奨学金問題についての問題意識の高まりは、 国を動かし、 2014年度予算には、 奨学金制度に関する以下の制度改革が盛り込まれた。
      1. 高校における給付型奨学金の一部導入
         高校無償化に所得制限を設けることにより浮いた財源を利用して、 低所得世帯の高校性等を対象に、 一部、 給付型の奨学金が導入された。
         給付型が導入されたこと自体には意義があるが、 教育関連予算内でのやりくりの域を出ていない。 また、 高校無償化に所得制限を設けることは、 給付の申請の際に提出が求められる所得証明等の資料を、 困難な家庭ほど提出できないなど、 真に支援を必要とする人に届かないおそれがある。 高校・大学の給付型奨学金の導入と拡充は、 きちんとした予算をつけて行うべきである。
      2. 無利子奨学金の拡充
         無利子奨学金の貸与人員が 2 万 6 千人増加されることになった。 但し、 文科省の概算要求は 7 万人増であったこと、 被災地枠を除く新規増は 8 千人に留まること、 無利子利用の家計基準が厳格化されたことなど、 問題も多く、 無利子の原則に向けた更なる拡充が求められる。
      3. 返還困難者への救済制度の改善
         延滞金賦課率の10%から 5 %への引き下げ (2014年 4 月以後に発生する延滞金から適用)、 経済困難を理由とする返還期限猶予制度の制限年数の 5 年から10年への延長、 返還期限猶予制度等の適用基準の緩和、 延滞者への返還期限猶予制度の適用を通じて、 真に困窮している奨学金返還者に対する救済措置を講じることになった。
         これまで、 延滞者には返還期限猶予が適用されなかったのに対し、 延滞者の一部にも猶予制度が適用されることになったのは前進であるが、 延滞があっても猶予が利用できるための所得要件は、 延滞がない場合に比べて厳しく、 猶予以外のたとえば返還免除などの救済制度は、 延滞者には適用されないままである。 返還困難者にとっては、 延滞金賦課率が 5 %でも苦しいことに変わりない。 また、 経済的困難を理由とする返還期限の猶予については、 10年を過ぎた後は、 経済的に苦しくても利用できないという問題が残る。
    2. 今後の課題
       これらの改善は、 返還に苦しむ人の現状に照らせば、 焼け石に水といった感があるが、 これまで全くなされなかった制度改善が、 わずかではあるが実現されたことの意義は少なくない。 但し、 以下の点に留意する必要がある。
      1. 改善された制度の適用が徹底されるよう、 その運用を監視する必要がある。 予算が限られていることから、 様々な利用上の制限がなされないようにする必要がある。
      2. 機関関保証においては、 1 年程度の延滞で保証機関による代位弁済がなされるが、 その後は、機構に債権が残っていないという理由で、 救済制度も機構のそれとは異なり、 延滞金も、 代位弁済額に対して年10%の賦課率で課されることになる。 そうすると、 この場合、 せっかく改善された制度が適用されないことにもなる。 保証会社は運用上柔軟な対応をするとしているが、 運用に委ねるのではなく制度の改善で対応するべきである。
      3. 制度改善の次のステップとして、 返済金の充当順位を元金、 利息、 延滞金の順に変更することや、 所得に応じた柔軟な返済制度等を実現し、 次の改善につなげる必要がある。
  5. おわりに
     お金がないことで教育を受けることが制限されることは、 本来、 あってはいけない不正義である。 お金がないために借り入れた奨学金という名の学資ローンが、 人生の大きな負担となって気力や体力を奪い、 人生の選択肢を奪い、 尊厳や誇りまでをも奪っている。 お金の心配をせずに思い切り学べる社会を実現すること、 奨学金の返済に苦しむ人が一刻も早く救済され、 人として大切にされるようにすること、 そのために、 この問題に多くの人に感心を持っていただきたいと思う。 そして、 それぞれの立場で声を上げていただきたいと思う。 それが、 いずれ制度の改善に向けた大きな流れとなるはずである。      
 (いわしげ よしはる  奨学金問題対策全国会議事務局長、弁護士)

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