特集 運動部活動
かながわ部活道ぶかつみち
 〜 「運動部活動考」 から17年〜
 
塩谷 和雄

  1. はじめに
     本書12・13ページに 「運動部活動をめぐる変遷図」 がある。 この図表は、 筆者が 「かながわ部活ドリームプラン21」 の企画に携わった折に、 部活動をめぐる動向や課題等を時系列に整理したものである (一部加筆)。
     上段の表は入部率の年次推移である。 県立高校における運動部活動への入部率が調査開始以来最低となったのが、 平成元年度の32.8%。 以後、 増減を繰り返しながら、 平成21年度には43.6%、 10.8ポイントの上昇となっている。 こうした変動と併せて、 行政施策の流れ、 社会の変化、 スポーツ文化の形成過程等を概観しながら全体像をイメージしていただければ 「部活」 が見えてくる。
  2. 『運動部活動考』 の背景・経緯
     平成 4・5 年度に神奈川県教育委員会は 「運動部活動研究協議会 (以下、 「協議会」 という。)」 を設置・開催し、 その研究協議内容を報告書 『運動部活動考』 としてまとめ、 平成 7 年 3 月に発行した。 昭和の終わりから平成初期にかけて、 運動部活動をめぐる課題が山積していたことから、 当時の教育庁生涯学習部スポーツ課学校体育班が主体となってこの問題に正面から取り組み、 関係機関・団体等と連携を図りながら課題解決策を模索したものである。
     この時期は、 「人生80年時代」 「生涯学習・生涯スポーツ時代」 の到来が叫ばれて久しく (時流から、 教育庁組織の中で運動部活動を所掌していた 「指導部体育課」 が 「生涯学習部スポーツ課」 に改称・改組されている)、 週休二日制の普及、 学校週五日制の試行を間近に控えて、 児童・生徒の休日活動や家庭・地域における余暇活動のあり方など、 各方面で議論を呼んでいた。 中学校体育連盟、 高等学校体育連盟、 高等学校野球連盟 (以下、 「中体連」 「高体連」 「高野連」 という。) が主催する各種大会の土曜日実施の是非等について意見が交わされたのもこの時期である。
     こうした流れの中で、 学校部活動は多くの課題を抱え、 その改善を求められていた。 大別すると、 (1)生徒をめぐる課題…生徒の部活動離れ・帰宅部現象、 燃え尽き (バーンアウト) 症候群、 少子化・生徒減による部員不足、 休・廃部、 ニーズ・価値観の多様化、 通塾・習い事・アルバイト事情等、 (2)教職員にかかわる課題…教職員の減少と顧問不足、 顧問教員の高齢化、 及び肉体的・精神的負担感の増大、 専門的指導者の不足、 顧問教員の異動による部の衰退、 過熱指導、 勝利至上体質、 体罰の問題等 (3)活動全般にわたる課題…学校教育における部活動の位置づけ、 競技力の底辺を担い、 生涯スポーツ基盤を担う運動部活動の二面性 (競技志向/楽しみ志向)、 時間外勤務、 休日の生徒引率、 事故責任等の問題の三点である。
     眼前に横たわる負の現実を正視しつつ、 未来を担う子どもたちのより良いスポーツ環境づくりを渇望したこの協議会メッセージは、 全国都道府県教育委員会はもとより、 中体連、 高体連、 高野連、 スポーツ競技団体、 大学等の学術機関、 各種教育機関等々に広く伝えられ、 関心や共感を呼んだ。
     平成 9 年 3 月には、 ポスト運動部活動考として 『運動部活動考U』 を策定し、 「課題解決に向けた27方策」 を提示、 順次展開していった。 研究協議 [問題提起] から 活性化推進 [課題解決] へのシフトである。 こうした施策のたゆみない継続が、 平成11年の神奈川県スポーツ振興審議会建議、 平成12年から平成19年にかけて取り組まれた 「運動部活動活性化推進事業」、 そして、 「かながわ部活ドリームプラン21」 へとつなげられた。 この間、 各学校では生徒活動の活性化をめざして特色ある部活動が展開されるとともに、 入学者選抜における選考基準にも反映されるようになり、 多くの高校が中学生時の活動状況や入学後の部活動加入の意欲等を重視するようになった。
    (閑話休題)
     県内大会はじめ、 関東大会、 インターハイ等の会場に足を運ぶと、 お揃いのTシャツ・ポロシャツに身を包み、 選手やチームに寄り添う 「部活追っかけ」 の姿がある。 私は、 沖縄県で開催されたインターハイ 「美ら島沖縄総体2010」 の際、 役柄からハンドボール競技の主会場となった浦添市民体育館にいた。 もの凄い熱気と声援  どこもかしこも親・親・親、 溢れんばかりの 「部活応援団」 である。 (一昔前だったら、 子どもに嫌がられ、 せいぜい遠くから隠れて観ていられたかどうか…。) よしあしはともかく、 これを 過熱と言うには申し訳ないほどの豊かな感情表現と交わりである。 我が子が舞台に立ち、 仲間と共に戦う姿、 得点/失点、 成功/失敗、 出来/不出来、 勝ち/負けといった相対的な現実、 筋書きのないドラマを前に、 一喜一憂する親たち。 期待と不安を抱えながら、 異なる家族が互いに手を取り、 抱き合って感動を分かち合うシーン  。 舞台装置としての 「部活」、 これをめぐる 「物語」 は永く続いていくのだろうと思う。
  3. 「かながわ部活ドリームプラン21」
     神奈川県教育委員会は、 平成19年 8 月に、 本県における教育の総合的な指針となる 「かながわ教育ビジョン〜 『心ふれあう しなやかな 人づくり』」 を策定した。 その基本理念・教育目標を踏まえ、 学校におけるスポーツ・文化活動の総合的なアクションプランとして、 平成20年 2 月に策定されたのが 「かながわ部活ドリームプラン21」 である。
     策定当時は (現在も)、 長期的な不況等により、 社会に閉塞感が漂い、 いじめ・自殺・不登校・ひきこもり等々、 子どもたちをめぐる教育課題も多岐にわたり山積していた。 こうした中で、 人と人、 心と心をつなぐスポーツ・芸術の媒体価値、 仲間との共同活動と切磋琢磨が人間形成に果たす役割などに期待を込め、 「かながわ教育ビジョン」 の教育目標《たくましく生きる力・思いやる力・社会とかかわる力》の具体的な習得ステージとして、 夢と希望に満ちた神奈川の 「部活」 創造にチャレンジしたものだ。
     このプランの第 1 ステージ (平成19〜22年度) は、 5 つの柱で構成された戦略プロジェクト 「しなやかファイブ」 に沿って推進された。

    〔戦略プロジェクトの主な取組〕
     Project 1: 「みんなが主役」 をキーワードとし、 生徒がきらきらと輝く姿をイメージしたプロジェクトである。 「かながわ部活ドリーム大賞」 が創設され、 グランプリ賞 (最優秀校)、 チャレンジ賞 (入部率アップ校)、 スポーツ賞 (全国大会で活躍・県大会初優勝等)、 キャプテン・マネージャー・顧問賞、 特別賞など、 生徒・保護者・顧問・部活動インストラクター・地域住民等々の多様な取組、 目立たない陰徳にも光を当てた顕彰・激励等が行われている。 また、 全国大会出場や優秀な成果を収めた選手・チーム関係者と知事・教育長が一堂に会してふれあう 「かながわ部活ドリーム表敬」 の随時実施、 厳しい地区予選を勝ち抜いた中学生への神奈川県中学校総合体育大会 「出場証」 の交付などが行われている。

     Project 2: 「元気な学校」 をキーワードに、 生徒がいきいきと躍動する姿をイメージしたプロジェクトである。 部活動への参加を奨励する一方、 健全な部活動運営を求めて、 「かながわ部活の日」 が設定されている。 この取組は、 活動の目的・目標の明確化、 部員のモチベーションの維持・向上、 活動時間の適正化、 栄養・休養等の生活習慣の確立、 施設・設備の安全確保、 活動・指導内容の充実など、 日ごろの活動を総点検するもので、 全県立高校が年間計画の中に位置づけて実施されている。 プラン導入時は 「しなやかファイブ運動」 として、 「 5 つのC」 1 の声かけ・呼びかけ・気にかけ運動なども推奨された。 現在は、 各学校が独自のモットーやキャッチフレーズを掲げ、 「部活」 の良き風土、 雰囲気づくりに取り組んでいる。 また、 中学生の進路選択の参考となるよう 「部活さがし・部活えらびのインフォメーション」 による情報提供等も行われている。

     Project 3: 「切磋琢磨」 をキーワードに、 日々の練習や練習試合・公式戦などを通じて、 たくましく成長し合う姿をイメージして創られたプロジェクトである。 ライバル意識をもった仲間同士が、 励まし競い合い、 互いに磨き合って、 共に成長する 「かながわらしい部活」 を探究するため、 「切磋琢磨する部活道」 重点モデル校を指定 (運動部・文化部)、 部活動への 「参加促進・地域連携・競技力向上」 を推進する 「学校の特色となる運動部活動実践事業」、 子どもたちを手塩にかけて育む人づくりを合い言葉に、 クリエイティブ・スクールへの支援 (近隣大学との連携による学生コーチング等)、 スポーツサポートシステム (SSS) の導入などが行われている。

     Project 4: 「協働・連携」 をキーワードにしたプロジェクトである。 「かながわ部活」 を支える協働のネットワークづくり、 関係機関・団体等の強固なスクラムづくりをイメージした取組である。 県体協のスポーツ医科学委員会等の協力を得て 「部活動エキスパート指導者派遣事業」 を開始するとともに、 従来の部活動インストラクター活用事業 (運動部・文化部) や部活動安全対策指導者の充実が図られている。 協定大学 (策定当時23大学) との連携による部活動支援学生ボランティア活用事業、 運動部活動活性化推進協議会 (構成:中体連・高体連・高野連・県体協・公立中学校長会・県立高校長会・私学協会・県P協・高P連・神教組・高教組・市町村教委・体育C・スポーツ課・保健体育課の各関係者) や庁内検討会議を設置するなどして諸課題の解決を図っている。 さらに、 「かながわアスリートネットワーク」 の設立により、 優れた指導者によるセミナー等が可能となった。

     Project 5: 「人材育成」 をキーワードに、 スポーツ・文化活動を通じた人と人とのふれあい、 豊かなコミュニケーションを促進するプロジェクトである。 「かながわ教育ビジョン」 が示す人づくりの観点を踏まえ、 @子どもたちに心と体の大切さを伝え、 現代社会を生き抜く力を育もう、 A子どもたちを元気な活動者、 有能な指導者、 逸材に育てあげよう、 B子どもたちをみんなの力で手塩にかけて育もう、 をスローガンに定め、 このプロジェクトは推進されている。 また、 「かながわアスリートネットワーク」 の協力と連携による 「かながわ部活ドリーム講習会」 の開催、 運動部活動指導者研修会、 文化部活動専門家講演事業、 高校生文化活動支援事業などが実施されている。
     なお、 第 2 ステージ (平成23 〜 26年度) に入った 「かながわ部活ドリームプラン21 versionU」 では、 本プランの基本構想を継承しつつ、 さらに未来を拓くたくましい人材の育成をめざし、 「未来にはばたく人づくり」 を理念としている。 また、 運動部入部率50% (平成23年度43.2%)、 文化部入部率33% (平成23年度28.3%) の目標値が設定されるとともに、 前記の戦略プロジェクトは 「競技・表現力向上」 「地域・企業等連携」 「参加促進」 の三本柱に整理され、 諸施策が継承されている。 とりわけ、 versionUにおける顕著な取組は、 「企業等連携協議会 (愛称:KDAC)」 2 の発足である。 こうしたネットワークの拡大により、 今後一層きめの細かな活動支援が期待される。

    〔成果と課題〕
     部活動加入率が文化部を中心に上昇傾向にある。 参加促進の取組や優れた功績の顕彰等により、 部活動の活性化が図られている。 各学校の独自性・独創性が見られ、 放課後や休日の部活動が 「元気な学校」 の雰囲気づくりに貢献している。 また、 小・中学校や地域との連携が図られるとともに、 競技力向上の面でも成果が見られ、 中体連・高体連の競技成績 (県・関東・全国規模) 等にも反映されている。 さらに、 スポーツ・文化活動の活発化により、 生徒の表現力やコミュニケーション能力の向上にも資していると思われる。
     一方、 中学校の部活動入部率 (85%) のうち、 運動部はおよそ64%であるが、 高校入学後には43% ( 2 割減) となっている。 中学校での運動部経験者が高校入学後に文化部を選択するケースも影響していると思われるが、 中高の連続性、 より良い活動の継続性は課題である。 また、 部員のスポーツキャリアの格差、 体力・技能の優劣、 ニーズの差異、 志向の混在 (楽しみ志向/競技志向) 等々を踏まえた組織マネジメントの難しさ、 チームワークやメンバーシップの維持・向上、 チーム編成上の問題などが課題として挙げられる。 可能な学校においては、 興味・関心の変化や適性に応じた転部・兼部の自由度なども研究課題としたい。 さらに、 放課後や休日の過ごし方の多様化、 学業との両立や大学受験等の進学に悩む生徒の存在、 通学時間・家庭環境・経済状況等による制約、 活動への影響、 専門的な指導者の不在など、 『運動部活動考』 で挙げられた継続課題もまだまだ多く横たわっている。
  4. おわりに
     冒頭に、 「運動部活動をめぐる変遷図」 (本書12・13ページ) を紹介した。
     下段のオリンピックは 「北京」 で切れている。 今夏の2012ロンドン五輪におけるわが国のメダル獲得数は史上最多の38個となった。 メダリストたちが凱旋した銀座パレードは主催者発表によるとおよそ50万人。 朝から厳しい暑さの中、 四方遠方から駆けつけた人々が、 身動きできないほど混雑する沿道から歓喜のエールを送り、 選手との笑顔の交流が感動を呼んだ。
     産業能率大学スポーツマネジメント研究所の調査によると、 ロンドン五輪 「感動度」 部門で卓球女子団体銀メダルの福原愛選手がトップ、 石川佳純選手が 2 位、 なでしこ澤穂希選手がこれに続く。 また、 「子どもにやってほしいスポーツ」 女子部門ではサッカー女子が五輪前後の比較で数値が最も上昇したという。 直後に行われたU 20女子W杯ジャパン2012―タイミングを見据えた戦略は 「ヤングなでしこ」 を一気に風に乗せ、 全国の 未来っ子 とその 親 たちに相当のメッセージを送った。
      祭り は2016リオデジャネイロへと続く。 日本オリンピック委員会 (JOC)・国立スポーツ科学センター (JISS) は、 各都道府県教育委員会と連携して 「タレント発掘・育成事業」 を進めていると聞く。 「育て 未来のメダリスト」 をかけ声に推進されるこうした取組が、 どう 「部活」 とつながっていくのか。 国民の期待と教育現場の危惧を背負って、 どのように折り合いをつけていくのか。 さらに、 2020東京五輪 (招致へ立候補予定) …オリンピックが続く限り、 「学校部活」 は生き続けるのだろうか。
  1. 5つのC
    1. チャレンジ 何事にも進んで挑戦
    2. クリエイト よりよい生き方を創造
    3. チェック 生活や活動を振り返り総点検
    4. チェンジ 現状を打破し変革
    5. コンティニュー 「継続は力」 粘り強く前進
  2. 企業等連携協議会
     愛称はケイダック:KDAC [Kamagawa Dream-Assist Community]。 versionUによると、 「県教育委員会と企業・大学・専門学校・NPO等が連携・協力するとともに企業等間相互の連携・協力を促進することにより、 企業等が有する人的資産 (技術・能力等) や物的資産 (施設・設備等) を積極的に活用して、 学校の教育活動 (特に部活動) を支援する」 としている。

  (しおや かずお)

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