- クリエイティブスクール
田奈高等学校は1978年創立、 今年の春には32回目の卒業生を送り出した。 この32期生はクリエイティブスクール 1 期生である。 クリエイティブスクールといっても全日制普通科であり、 学年制による運営がなされている点は、 多くの学校と何らかわりはない。 大きな違いはその入試にある。 学力検査が無く、 調査書の評点も使用せず、 観点別評価や面接などを活用して、 中学時代に様々な理由から力を発揮できなかった生徒を受け入れる仕組みなのである。 2013年度から始まる新入試にもこのコンセプトは引き継がれ、 入学してくる生徒像は概ね変わらないと予想されている。
本校には様々な支援を必要とする多くの生徒達が入学する。 貧困、 生活保護、 孤立、 低い自己評価、 低学力、 ネグレクト、 文化的資源の欠如、 外国につながりのある生徒など挙げていけばきりがない。 このような問題や課題が多様な取り組みによって可視化され、 必要があれば医療機関を紹介したり、 児童相談所などの外部機関と連携するなどして対応している。
養護教諭の複数配置、 スクールカウンセラー、 教育相談、 多文化教育担当などによって在学中の支援の仕組みは手厚い。 担任やその他の教職員も生徒を見守り、 課題や問題を把握するように努力している。 そして、 職場の情報共有についても職員会議、 学年会議、 生徒指導会議などがしっかり機能している。
しかし、 出口 (進路) に関わる支援はなかなか従来の型を抜け出すことができなかった。 その結果、 進路未定者が卒業生の30〜40%で高止まりしていたのである。 就職の内定率も下がり続け、 31回卒業生 (2010年度) は30名弱の内定しかなかった。 そこで、 2010年度より校内にキャリア支援センター (以後はセンター) を設置した。 2011年度から本格稼働させることになり、 同年に私がセンターの事務局長となった。
- 進路多様校
三年間の様々な支援によって生徒は自己効力感を高め、 学校への信頼感を増していく。 充実した学校生活。 だが、 その先の出口 (進路) 保障をどうするのか。 センターがその任にあたるのだが、 これは、 前例の無い取り組みになることが予想された。 本校における出口 (進路) 保障とは在学中から卒業後までを見通し、 かつそれぞれの生徒の課題や困難を踏まえていかないと展望が開けないからである。 そもそもクリエイティブスクールの設置に際して、 出口に関する論議はほとんどなかった。
もちろん大学、 短大、 専門学校などに進学していく生徒は少なからずいる。 少子化で、 選ばなければどこかに合格できる時代である。 だが、 2008年のリーマンショック以来、 奨学金に依存した進学が増加していることが気にかかる。 学費全額に相当する奨学金を利用して四年制大学に進学する生徒もいる。 その場合、 卒業時の負債は800万円を超える。 大学生の就職難が話題になる昨今、 返済はできるのか。
また、 本校に多く在籍する生活保護世帯の生徒の進学と就職には通常とは違う困難が伴う。 進学の場合は世帯分離をして国民健康保険に加入し、 生活費を稼ぎ、 学費は学生支援機構の奨学金を利用する。 就職の場合は、 世帯に留まれば収入認定されて保護費が減額されるので、 世帯の収入はほとんど増えない。 世帯を出るための貯蓄をしなければならないが、 それも難しい。 結局は就職をあきらめたり、 せっかく就職しても早期に退職したりして、 負の連鎖の中に落ちていく生徒がいる。
生活保護までいかなくても経済的に苦しくて進学を断念する生徒も多い。 進学費用を貯蓄したり、 家計を助けるためのアルバイトは珍しくないが、 そのアルバイトにも採用されない生徒達がいる。 学校生活を真面目に送り、 卒業には問題がない生徒達。 しかし、 彼ら彼女たちが就労を通して社会的な自立を実現するのは容易ではない。
さらに、 高卒求人は激減・変容し、 かつての指定校・学校推薦といった仕組みは存在しない。 求人票はWebに公開され、 事実上日本全体で高校生が就職競争に入る事態となったのである。 県内の 9 月内定率は、 ここ数年約30%弱である。 4 人に 1 人ぐらいしか内定しない。 私が就職指導を始めた80年代は、 9 月にはほぼ100%の内定があり、 銀行、 デパート、 大手スーパーへも就職していった。 しかし、 現在はそのような大手企業からの高卒求人はほとんどない。 就職希望者は就職をあきらめ、 3 月には自然と内定率だけが100%に限りなく近づいていく。 まさに、 あきらめの就職活動である。
そして、 障がいのある生徒達、 外国につながりのある生徒達とも向き合っていかなければならない。 本校では進学も就職もかつてのような進路指導では対処することができなくなりつつあるのである。 手をこまねいていれば進路未決定者を増やすだけであった。
- 進路未決定者の減少をめざして
キャリア支援センターはセンター長 (副校長) と担当教諭 2 名で組織されており、 キャリア支援グループとも業務分担が重なり合っている。 ここが中心となり、 困難を抱えた生徒達のために新たなキャリア支援の仕組みを企画、 実現、 運営している。 そのために外部の支援者や資源を校内に入れたり、 または様々な支援機関との連携や紹介などといった仕事をしている。 次に主な取り組みについて紹介する。
(1) 就職指導の通年体制
就職指導を通年態勢にし、 ハローワーク的な運営を行っている。 教員だけではどうしても指導の時間が限定され、 卒業までの日々、 生徒の就職指導を継続するのが難しい。 そこで、 緊急雇用対策事業を活用して就職支援員 2 名を雇用した。 お二人ともハローワークでの経験や民間企業における人事部などのキャリアがあり、 円滑に就職支援が実施されている。 教員も学校外の事情に触れることができ、 生徒の指導に役立っている。 取り組みの結果、 2011年度は前年比で 2 倍以上の就職内定者となった。 就職が内定しない場合は卒業後にハローワークへ同行支援をしたり、 履歴書・支援訓練申請書の書き方を指導したりする。 課題は、 就職支援員の雇用の継続ができないことである。
(2) ハローワークとの連携
高卒就職指導 (職業紹介) は、 その高校を管轄するハローワークから委嘱を受けなければ実施できない。 それ以外には、 就職指導開始時期の会議とか簡単な面接指導が主体の連携となることが普通である。 しかし、 今年度からは一歩踏み込んだ連携を模索している。 例えば、 学年会に専門援助部門から担当者においでいただいて、 昨年度の高卒就職概況と今年度の求人状況について説明をいただいた。 8 月末には障がいのある生徒への支援 (障がい枠での求職登録、 職業紹介など)、 就職希望者面接指導を一週間以上に渡って実施。 3 月には求職登録と就労支援、 支援訓練申請などに卒業生を引き継ぐといった取り組みである。
(3) 求職者支援訓練
昨年度から求職者支援訓練1 (旧基金訓練) を活用している。 横浜市青少年育成課から専門学校 (訓練委託機関) を紹介していただき、 生徒の希望を前提としたカリキュラムの検討を行い基礎訓練コースに一部反映させた。 基礎訓練コース (学卒未就職者) と実践コース (医療事務) に卒業生計 7 名が進んだ。 課題もあるが可能性も感じている。 この制度が発展すれば、 普通科高校の卒業生が柔軟に職業教育に移行することができるかもしれない。 また、 給付金制度の運用の仕方によっては、 生徒達の生活を保障することができるので、 職業訓練に入ろうというインセンティブを高める可能性も感じられる。 卒業間際まで進路が決まらない生徒は非常に不安な状態にあり、 こういったメニューは必要である。 ただ、 現状の制度ではなかなかそこまでは難しいだろう。
(4) キャリアカウンセリング
キャリアコンサルタントによるカウンセリングを週一回実施。 これは今年で 3 年目になる。 就職や進学で行き詰まった生徒のカウンセリングを実施している。 9 月に担任から、 課題のある生徒をリストアップしてもらい、 順次カウンセリングに入れて行く。 昨年度も、 諦めかけた生徒が何人かカウンセリングで就職活動を再開し、 内定を獲得していた。 また、 希望があれば 1・2 年生にも対応している。 昨年度までは神奈川県教育委員会から指定を受けた現場提案型のE提案事業で予算を措置した。 今年は、 地域若者サポートステーション2からの派遣を考えたが、 最終的には、 潟Vェアするココロという社会的企業のお世話になっている。
(5) 「新しい公共」 事業
「新しい公共」【3事業に応募し採用となったバイターン4を展開している。 バイターンとはアルバイトとインターンシップをかけた造語だが、 そこに研修や有給職業体験を組み込んでメインフレームとし、 最終的には正規採用を目指す試みとなっている。 企業開拓を潟pソナ、 研修と企画調整を潟Vェアするココロ、 事務全般とりまとめをNPO法人ユースポート横濱、 行政の視点を入れる横浜市青少年育成課で協議体を形成している。 なお、 協議体には (社) 緑法人会が入っている。
バイターンを経由して正社員になった生徒は現在出ていないが、 困難を抱える生徒の就労先になったり、 中間的な就労の場となったりとキャリア支援の重要なメニューとして位置づいている。
(6) 横浜市との連携
本校は横浜市青少年育成課の支援によって多くの事業展開が可能になっている。 横浜市は 「子ども・若者育成支援推進法 (2009年 7 月)」 5で定められている 「子ども・若者支援地域協議会」 (横浜市子ども・若者支援協議会) を政令指定都市では、 初めて設置するなど先進的な若者支援を実施している。 2012年度は本校校長が委員として就任し、 学校と若者支援の結びつきがより太くなると期待されている。 横浜市の支援無くしては以下の取り組みは実現不可能である。
(7) 青春相談室・田奈Pass
「生活・しごと∞わかもの相談室」 (パーソナルサポートサービス6) からの出張相談 (校内名称:田奈Pass) を行っている。 相談員 2 名が、 週一回図書室・進路指導室でさまざまな相談に対応している。 ケースによっては 「生活・しごと∞わかもの相談室」 と連携して支援方針を策定する。 必要に応じて在校生、 卒業生が相談室に出向くこともある。 また、 この相談を通してこれまで対応できなかった難しいケースをいくつか取り扱った。 児童養護施設・児童相談所などとも連携をとりながら生徒の支援を行い、 卒業後も見守りを継続した。 また、 卒業生を含めて数名の生徒が 「生活・しごと∞わかもの相談室」 で就労訓練 (中間的就労) を行う団体や労働問題の専門家の支援を受ける、 といった事例もある。
(8) 保育士・介護職プログラム
保育士プログラムを実施している。 卒業後、 横浜市の認可保育園にアルバイトとして雇用され、 国家試験受験資格取得のために 2 年間、 2880時間以上の勤務を行う。 家庭の事情で進学できない生徒の生活を保障し、 受験勉強を支援しながら卒業後も伴走支援を行う試みである。
介護職プログラムの場合も、 進学希望であったが、 家庭の事情で進学を諦め、 しかし、 介護職の学習をしたいという生徒を対象としている。 湘南医療福祉専門学校と高齢者施設ゆうあいの協力を得て在学中からアルバイト研修生として雇用され、 最低限の介護のスキルと理論、 職業人としての意識を学び、 4 月からの正規雇用をめざす。 学習と生活保障を一体化させた取り組みである。
両プログラムとも夏休みのインターンシップで本人の適性と意志の確認を行い、 ミスマッチを防いでいる。 就職活動も同時並行で取り組むことができるが、 内定が出た段階でこのプログラムは辞退となる。 昨年度は、 2 名が介護職に正規採用され、 保育士プログラムは 2 名が別々の認可保育園で現在アルバイトを行っている。
- おわりに
田奈高校はこれまでの様々な取り組みによって在学中に、 生徒が自己効力感の醸成と信頼関係の構築を可能とする居場所となることができた。 それは充実した高校生活を保障するものである。 しかし、 課題が残された。 それは、 卒業後に生徒達がどのようにして社会的な自立を果たすかということである。 センターはそのための仕組み作りが使命である。 外部の支援者や資源と積極的につながりながら、 グローバリゼーション・市場主義のひろがりなどによって生じている若者の就職難や貧困などの課題に向き合い、 乗り越えることが目標である。 そうなると、 求められる教師像も従来とはかなり違ってくるのではないだろうか。
まずは、 専門職としての教師の意識改革が必要である。 外部機関との連携や専門機関の紹介は、 教育の限界を示したり、 教師の専門性を否定するものではない。 それは、 教師が社会の現実を把握し、 生徒の課題という事実の上に立脚して、 それを解決するために重要な情報にアクセスするという高度なスキルと知識を必要とする調整者としての活動である。 教師は専門職の教育者であることに加えて、 社会 (外部機関・資源など) と学校をつなげるファシリテーターとしての役割を併せ持つ新たな専門職【7】へと進化することが期待されているのではないか、 センターの取り組みを通してそう感じている。
<注>
【1】求職者支援制度とは、 雇用保険を受給できない失業者の方 (※1) に対し、 (1)無料の職業訓練 (求職者支援訓練) を実施し、 (2)本人収入、 世帯収入及び資産要件等、 一定の支給要件を満たす場合は、 職業訓練の受講を容易にするための給付金を支給するとともに、 (3)ハローワークにおいて強力な就職支援を実施することにより、 安定した 「就職」 を実現するための制度です。 (※1 雇用保険の適用がなかった方、 加入期間が足りず雇用保険の給付を受けられなかった方、 雇用保険の受給が終了した方、 学卒未就職者や自営廃業者の方等)
(http://www.mhlw. go. jp / seisakunitsuite / bunya / koyou_roudou / koyou / kyushokusha_shien / in dex.htmlより 厚生労働省 2011年10月施行)
【2】無業の若者の職業的自立を図るためには、 仕事に求められる知識・スキルの習得だけでなく、 これに先立つ働く自信の回復といった職業意識の啓発や、 社会適応の促進を含む包括的な支援が不可欠です。 また、 こうした支援を行うに当たっては、 各人の置かれた状況に応じた個別的な対応、 また、 一度限りの支援に止まらない、 継続的な対応が求められるので、 このための地域の関係機関 (地方自治体、 ハローワーク、 保健・福祉機関、 教育機関等) のネットワークを構築する必要があります。 こうした観点から、 厚生労働省では、 2006 (平成18) 年度から、 地域のネットワークを活用して若者の職業的自立支援を行う 「地域若者サポートステーション事業」 を実施しています。
(http://www.mhlw.go.jp/seisaku/2009/01/03.htmlより)
【3】官だけでなく、 市民、 NPO、 企業などが積極的に公共的な財・サービスの提供主体となり、 教育や子育て、 まちづくり、 介護や福祉などの身近な分野において、 共助の精神で活動する 「新しい公共」 を支援する。 <新成長戦略> (抜粋) (2010年6月18日閣議決定)
【4】ねざすNo48 2011年11月10日
教育的有給職業体験プログラム 「バイターン」 のすすめ 石井正宏
【5】 「子ども・若者育成支援推進法」 は、 教育、 福祉、 雇用等各関連分野における施策の総合的推進や、 社会生活を円滑に営む上での困難を有する子ども・若者への支援を行うための地域ネットワークづくりの推進を図ることとしています。
(内閣府 http://www8.cao.go.jp/youth/contents.htmlより)
【6】 「パーソナル・サポート・サービス」 は、 政府の緊急雇用対策本部のプロジェクトとして行われているもので、 様々な領域にわたる問題が複雑に絡んで自分の力のみでは必要な支援策にたどり着くことが困難な方に対して、 その方の抱える問題の全体を構造的に把握した上で、 当事者本位の個別的、 継続的、 包括的な支援を行う仕組みの構築を目指しています。 政府の 「新成長戦略」 (2010年6月) の 「21の国家戦略プロジェクト」 の一つにもなっています。
(内閣府 http://ps-service.jp/aboutより)
【7】1966年のILO・ユネスコによる 「教員の地位に関する勧告」 において、 専門職としての教師の 「地位」 が確立した。 (「教師=専門職論の再検討」 市川昭午編 『教師=専門職論の再検討 教師教育の再検討1』 教育開発研究所 1986年 第1章1−33頁) その後、 ユネスコ第45回国際教育会議による 「教員の役割と地位に関する勧告」 (1996年) においては、 学校以外の教育機関の拡大や社会的統合力の弱体化という社会情勢の中で、 教育的活動の調整者としての教師という位置づけから、 より高度な専門職としての教師が要請されるにいたったとされる。 ( 「教職の専門性」 秋田喜代美・佐藤学編著 『新しい時代の教職入門』 有斐閣, 2006年, 第8章149−171頁)
(『鳴門教育大学研究紀要』 第25巻2010年 「教職の専門性と教師教育の課題」 芝山明義)
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