海外の教育事情 (14) 
アメリカ・イギリスの新聞記事を読む
 
  記事紹介:山梨 彰     論評:佐々木 賢
 
【記事紹介】
  1. 学力低下問題

    10年間の否認後にGCSEは易しくなったと認める(Daily Mail 2012.5.19) より

     ここ数年、 公式筋は試験が簡単になったことを否定してきたが、 イギリス最大の試験委員会のイギリス・ピアソン社の社長はAレベル (大学入学資格上級レベル試験) やGCSE (中等教育一般証明試験) の水準にようやく疑問を呈した。 「資格・試験規制局 (Ofqual)」 も、 AレベルとGCSEが 「この10年間、 継続的な成績インフレ」 の状態にあると認めた。
     ピアソン社が発表した報告書には、 難しい新Aレベルの計画の概要がある。 試験は長く、 小論文スタイルの問題で 「ハードルがより高い」。
     試験委員会は以前、 前年度比の成績の向上は、 生徒の勉強の成果だと主張し、 水準は維持されていると反論してきた。 しかしどの試験委員会も、 試験セミナーの開催などで、 学校と 「示し合わせてなれ合っている」 と断言され、 最近は政府の圧力にさらされている。
     ある新聞は昨年、 セミナーで教師が試験問題の情報をもらう方法を暴露した。 試験委員会が易しい試験を認めてもらおうと、 資格・試験規制局に働きかけたこともあったようだ。
     資格・試験規制局はシステムの健全さを 「脅かす危険」 をもつので試験セミナーを禁止していると発表した。 また昨日、 GCSEでの 「楽な」 科目を減らす計画を発表した。 信頼の置けない 「F」 「G」 の評価は削られそうで、 レジャーや旅行や接待のような科目は、 GCSEの科目からは外されざるをえない。 また今後 4 年間、 成績インフレーションを抑える方法も調べるという。


    大企業トップは新Oレベル試験を導入する教育相を支持(Daily Mail 2012.6.23) より

     イギリスの 4 大企業集団は、 GCSEを難しくするというゴーブ教育相の計画を支持する声明を出した。 それによると、 GCSEでは実社会での対応には不十分だという。 経営者協会 (The Institute of Directors)、 イギリス産業連盟 (the Confederation of British Industry)、 イギリス商業会議所 ( the British Chambers of Commerce)、 小企業連合 (the Federation of Small Businesses) は、 中等教育を見直そうというゴーブ氏を歓迎している。
    ゴーブ氏の計画は、 氏が自由民主党とその話をしておらず、 連立政権のクレッグ副首相の怒りを買った。 副首相は、 難しいOレベルとともに、 雇用者が望む実務的資格を成績の低い生徒に与える試験の導入に反対する。 クレッグ氏は、 二層システムを作り出すこの計画は阻止すると述べた。  
     氏は、 「子ども全員が熱心に勉強し、 向上心を持って前進できる」 ような改革でなければならないと強調した。
     経営者協会の教育政策長は、 「雇用者はイギリスの試験成績の低下が心配であり、 必要な資格を作る計画を歓迎する。 教育の全分野での水準向上を図る政府の改革を強く支持する」 と述べた。
     イギリス産業連盟の教育・技術政策長は 「私たちは、 現在のGCSEの結果に懸念をもつ。 義務教育年齢が18歳になろうとしている時、 16歳での試験の役割を再考するのは正しい」 という。
     イギリス商業会議所の政策取締役は、 「企業は、 実業界に入る若者に与える教育への信頼を徐々に失っている。 もし、 若者が前よりも実業界に入る準備ができるようになれば、 改革は成功といえる。」
     小企業連合の教育委員会の委員長は、 「政府には、 学習の質と職業教育とに同じ比重を置く教育システムを発展させてほしい」 と述べた。
     ゴーブ氏に近い筋は、 「ケンブリッジで物理学を学ぶ生徒と同じ数学コースを学ぶ必要のない生徒もいる。 そういう生徒は、 適切なコース学習と質の高い職業訓練をしたほうがいい」 と新しい二つの試験を擁護した。
       

    生徒支援でネットチューターを雇う学校(Times. 2012.5.8) より

     インターネット・サービスが成長し、 ネットチューターの費用が対面の個人授業に比べ約半額だという。 連立政権の 「生徒助成金」 政策 〔注:教育省によると、 この助成金は本来の学校予算への付加金として各学校に在籍する無料給食受給資格のある低所得家庭出身の生徒層を対象にしている。 生徒一人当たり488ポンド (約 6 万円) であり、 総額 6 億2500万ポンド (約788億円) の予算が組まれ (2011~12年)、 金額の使い途は学校に委ねられている〕 による予算をネットチューター費として、 貧しい生徒の支援や成績の良い生徒をさらに伸ばすために使う学校がある。 正規の学校予算からチューター費を出す学校もある。
     チューター事業会社は、 この事業は貧しい子どもを個人的に支援し、 多くの場合、 子どもの進歩は著しいという。
     ネットチューターを利用する校長は、 教師の役割に代わることはないが、 数学や英語のような主要科目で遅れのある子どもの学力の格差を見つけ、 是正するためだと言う。
     TLCエデュケーションというチューター会社のバーネス氏は、 GCSEのボーダーライン上にある生徒を支援するサフォーク州の学校に招かれた。 彼はネット上のサービスを開発し、 マイクやヘッドフォンや双方向の教育プログラムを用いて上限三名までの生徒を遠くから教える教師を雇った。 仕事は、 生徒にアドバイスし、 励まし、 質問に答える。 利点の一つは教師がどこに住んでいてもよいということだ。 理科のチューターの一人はスコットランドのハイランド地方に住む。  
     バーネス氏は30校と連携し、 6 歳から16歳の子どもに英語、 数学、 理科のネット上の授業を提供する。 学校が支払うのは、 一時間あたり生徒一人につき15ポンド (約1,900円) であり、 それに対して個人授業の料金は25ポンド (約3,150円) である。 「ネットでの授業は対面での授業を再現しているし、 ときにそれをしのぐ。 子どもは画面上の問題に釘付けになるので、 他からの干渉も邪魔もない」 と氏は述べた。
     小学校と中等学校の計150校が利用する数学のネットチューターサービス会社のTESのフーパー氏は、 インドで終日勤務のチューターを20人雇っている。 彼らは、 教師資格はないが会社で研修を受けた数学科の大学院生である。
     ネットでの授業は記録され、 フーパー氏が水準を調べ、 研修もする。 授業は一時間で13ポンド (約1,600円) であり、 生徒の約90%はこれまで一対一の授業を経験したことがない。 フーパー氏は、 「生徒も教師も親も、 どこでも、 いつでも、 従来の授業料のごく一部分の費用でネットワークを経由して、 この授業にアクセスできる。 生徒層は中間階級以上に広がり、 こうした形の学習をほとんど経験していない生徒に拡大している」 と述べた。
     エセックス州のサマーズ・ヒース小学校は、 数学の成績がよくない生徒にネットでの支援を行っている。 校長は、 ナショナルカリキュラムテストの前に 9 人の生徒にTESの授業を行った。 「生徒たちは、 馬鹿だと思われることがないので教室では聞けないことも質問できる。 特別な可能性のある授業だ。 私はそのやり方にとても満足だ。 子どもはとても熱心で、 楽しんでいる。 いつも次はいつかと聞いてくる」 と校長は述べた。
     ネット授業は、 通常、 3 ~ 4 人の生徒が画面の前にそれぞれ座り、 個々にチューターと話したり、 レポートを交換したりして勉強する。 終わると、 チューターは生徒の勉強の進展を記録し、 生徒は 1 ~ 5 の点数でチューターを評価する。

  2. 大学教育

    休講、 詰め込み授業…そして授業料高騰(Times, 2012.4.20) より

     本紙による大学教育の調査の結果、 学生が20人も詰め込まれる個別指導授業やたび重なる休講などが明らかになった。 また、 大学が学生への義務を果たしていないことや教育内容の公約に合わせるため陰険な手段をとっている例もあった。
     いい実例もたくさん見つかったが、 学生の多くは、 パワーポイントのプレゼンテーションを読み上げるだけの講義に飽き飽きし、 受講者数の多さに不満を持ち、 通知も説明もない頻繁な休講に幻滅している。 年間3,300 (約42万円) ポンドの授業料を払うのに、 しかも来年の入学生からは9,000ポンド (約113万円) に上がるのに、 支払をしている消費者として扱われていないと感じる学生もいる。
     他の問題は、 レポートの返却に 1 ヶ月以上かかる、 自由選択 「セミナー」 に大学院生があたる、 学期中の中間休暇の 「読書週間」 の間に大学教員が 1 週間の休みを取るなどである。
       

    できる学生をVIP待遇で奪い合う大学(Times, 2012.6.11) より

     大学は、 志願者に自分の大学を選んでもらうためにVIP待遇一式や豪華な接待付の大学開放日を提供している。 秋に年間授業料が9,000ポンドに上がると志願者が 7.7 %減るので各大学の争いは激しい。
     大学の魅力を教えるために志願者に大学を開放し一晩宿泊させ、 コンサートの券や在学中無料のジム会員権を餌に使う大学もある。
     成績の良い学生を金銭的に誘う大学もある。 Aレベルで成績Aが三つある優秀な志願者に年間2,000ポンド (約25万円) を提供したり、 1 年生に総長奨学金として3,000ポンド (約38万円) を支給したりするのだ。

  3. 格差への対処

    問題ある家庭から寄宿学校に子どもを送る(Daily Mail 2012.6.16) より

     崩壊家庭の子どもを連れ出し、 寄宿学校に入れるべきだと教育水準局長が述べた。 首席学校査察官のウィルショー卿は、 両親の期待の低さと混沌とした生活態度のために将来が台無しにされている若者を助けるには、 強い干渉が必要ともいう。
     氏は、 「まともに機能していない家族があり、 子どもは、 勉強の訓練をされないで学校に来る。 政府はこのような家族は、 30,000世帯あると言ったが、 それ以上かも知れない。 こうした子どもは、 早い段階で家庭から離して、 世話され、 愛される寄宿学校に入れる必要がある」 と述べた。 彼はまた、 父親は母親との離婚や別離のあとでも子どもに関わって大きな役割を果たすように求めた。
     教育省のスポークスマンは、 「寄宿学校への転校は自由選択で、 地方教育局の裁量である。 それぞれのケースは子どもの個々のニーズに応じて判断されるだろう」 と述べた。

     

【論評】
   
商品化の観点から見たイギリスの教育事情
 教育の商品化政策が施行されて10数年を経た。 イギリスで現在進行中の教育事情を商品化の観点から整理しつつ、 論評しておきたい。
  1. 学校商品
     保守党政権の教育相が 「有名私立学校卒業者が社会を支配している現状は道義的に許し難い」 と異例の発言をした。 閣僚、 判事、 弁護士、 医師、 科学者、 財界首脳、 銀行家、 スポーツではオリンピックやプロ選手、 音楽や絵画等の芸術界も有名私立学校卒業者で占められている。 これを是正するために、 学校査察局長が 「貧困家庭の子も有名大に入れる」 と明言した。 ブラジルでも同様の政策がある。 有名大である連邦大学入学者の半数を公立高出身者で埋め、 その内の半数を低所得層出身に限るという法律を作った1。
     この政策は支持されるだろう。 アメリカや北欧には人種や性の人事枠を設けるクオーター制があり、 一定の効果があった。 だが学歴社会については期待できない。
     なぜなら、 公共事業の私企業化、 金融自由化、 富裕層への減税競争、 それと大衆課税があり、 国家が福祉費や教育費を削減した結果、 格差が拡大した。 学歴格差は社会に根付いた経済格差の反映である。 格差政策そのものを止めなければ、 教育で社会構造を改革することはできない。 貧困者から一定比率のエリートが生まれても、 富裕層と中間層に組み込まれるだけで、 社会構造は変わらない。 日英米ともに生産中心の高度経済成長期には階層移動が可能だったが、 金融中心の新自由主義経済の今では格差はまだ拡大するはずだ。
     2011年に英の 8 月暴動、 南米を含む世界80カ国951都市で反格差デモがあった。 貧困層を有名大に入れる行政は、 この社会不安に対処するための心性操作の一つに過ぎない。


  2. カリキュラム商品
     イギリスには卒業という概念が薄く、 全国統一テストの結果が学習課程の修了を意味する。 1980年代から今に至るまで、 カリキュラムやテスト内容がくるくると改定されている。 それは日本の文科省に当たる教育省で決められるが、 実務は民間に任されている。 イギリス国内統一テストはエデクセル委員会が行うが、 2003年にアメリカの最大手テスト会社ピアソン社に買収された 2。 日本の統一テストがベネッセ等の企業に任されているのと似ている。 だから財界の意向が教育内容へ色濃く反映する。 イギリスの四大財界首脳が新しいO-levelテストの支持を表明しているのを見ても分かる。 財界は創造的仕事が出来るエリートを求めるが、 一方で、 中間層の生徒の就職難があり、 不登校や移民生徒を抱える教育現場がある。 この両者の要求の調整が難航している姿が、 カリキュラムやテストの小刻みな変動に表れている。
     校長会が spelling tests をボイコットする報道 3 は興味深い。 記事を見ると英語に関するだけでも、 「綴字」 「文法」 「創作」 「課題チェック」 「理解度」 等のことばが飛びかっており、 数多くのテストが商品化されてきたことが分かる。 教育省と校長が対立しているが、 両者が保護者を相手に、 カリキュラム商品の売り込み競争をしているようだ。


  3. 教師商品
     オンラインチューターの費用は一時間約1,900円、 普通の塾の3,150円より安い。 教師がインド系だとさらに安い。 相互交信が可能で、 1 対 1 の質疑応答もできるから、 教室で無口だった生徒もオンラインでは質問する。 だから、 優等生も学習困難生徒も成績が向上した例があるという。 これからは教師派遣の業界はさらに利益を伸ばすだろう。
     だが消費者である家庭は教育費が嵩み、 教育によって格差が広まる。 イギリスのテレビを観ていたら、 年老いた姑を殺した息子の妻が語る場面があった。 姑のケア・ホームの負担が重く、 二人の子どもを荒れた公立校に通わせざるを得なくなり、 安全な私立校に通わせるには 「姑を殺すしかないと思った」 と語る4。
     さらに、 IT機器を使った学習は危険性がある。 電子文字の人体に与える影響の研究で 「情報疾患」 と呼ばれる中毒になることがある。 これに罹ると健忘症になる。 生身の人間関係をつくらないからコミュニケーション能力が衰えるとも言われる 5。 ネット犯罪が起きている。 ブログの指導者が指令をだし、 子どもたちを催眠にかけ、 自殺や犯罪に巻き込む。 親が叱ると、 子は 「『親は嘘をつく』 と指導者の言ったとおりだ」 と笑って取り合わない6。
     教師商品と言えば、 日本の塾教師派遣業サピックスが国公立大受験界で独占体制に入った。 サピックス小学部出身者が私立開成中高一貫校の全合格者416名中221名、 筑波大付属駒場132名中89名、 桜蔭 271名中141名に達した7。 2000年以降、 公私立中高一貫を目指し難解カリキュラムをこなす塾が栄えた。 首都圏約 5 万 4 千人の生徒が年に100万円出すから、 年に540億円、 「 3・3 お受験」 という小学校 3 年生の 3 月からの塾通いが 4 年間続くから、 2,160億円市場を展開していることになる。


  4. 学生商品
     大学は優秀な学生を得るために、 コンサートチケットやスポーツジムの使用券、 授業料免除や特別奨学金やゴールドカード等の豪華なサービスを提供している。 一方で、 一般学生は値上げされた学費を払うために学生ローンを借り、 分不相応な負債を抱えて卒業し、 就職難と非正規社員の比率が高まったために、 借金返済に苦しんでいる。 だから、 高額な学費に見合わない授業内容に不満をもつ学生が多い日本の大学でも同じ現象が起こっている。 有名大学は優秀学生に学費免除や特別奨学金をだすが、 一般学生は経済的に四苦八苦の状態だ。
     1992年の四大進学率は24.6%だが2009年には50.1%になった。 92年の高卒求人167万だが、 09年には19万に減ったからだ。 職がなくて進学したから、 奨学金を当てにする。 日本学生支援機構の利用者は1998年に50万人だが2010年には118万人に倍増し、 無利子の第一種は20%、 残りの80%の学生が利率 3 %の第二種を受けている。 月10万円を、 4 年間借りたら返還総額は650万円になり、 卒業後すぐに月に 2 万 7 千円を20年間払い続けて42歳で、 やっと返済が終わる。 滞納は 1 万368件あり、 滞納者の年収は300万円以下であるという8。
     IT時代に入って企業が個人情報を手広く集めている。 「顧客関係管理」 という戦略があり9、 長期に利益をもたらす消費者に高いサービスを与え、 無利益消費者は名簿から削除するという。 教育が商品化された現在、 大学がこの戦略を取り始めたのだ。
【注】
 1 朝日新聞、 2012.8.29
 2 佐々木賢・山梨彰・沖塩有希子著 「商品化された教育」 p44 青土社
 3 ロンドン・タイムズ2012.5.7
 4 BS.TV 『New-Tricks』
 5 ロンドン・タイムズ2005.5.22
 6 BS.TV 『Silent Witness』
 7 週刊新潮 2012.1.12
 8 朝日新聞 2012.3.17
 9 デイビット・ライアン 『監視スタディーズ学』     岩波書店

   

   (やまなし あきら 藤沢養護学校教員)
   (ささき けん 研究所共同研究員)

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