- はじめに
通信制高校は今どうなっているのか?この問に答えるのが本論の目的である。
結論から言えば、ここ10年で通信制高校は、「働きながら学ぶ」場から、学校教育につまづいた若者の「学び直し」の場へと変わってきたということである。そこで問題になるのは、そうした変化により通信制高校はどのような難問を抱え、それをどう解決しようとしているかである。ここでは厚木清南高校通信制での実践を手がかりにして、その解決の糸口が見出せればと考えている。
- ここ10年間の変化
文部科学省の学校基本調査では、全国にある通信制高校は209校である(平成22年度)。公立が72校、私立が137校である。通信制高校の校数は、2000年代中頃から私学を中心に増加傾向にある。当然生徒数も増加しており、在籍者は平成22年度、187,538名である。これは全高校在籍者数の5.3%を占める。
全通研の調査資料【1】からここ10年間の通信制高校の変化を数字で見ると、その特徴は以下の5点である。
第一の特徴は、上述のように在籍者数が増加しているということである。
第二の特徴は、在籍生の低年齢化が進行しているということである。平成10年度の全国の通信制高校の入学者の平均年齢は19.2歳であったのが、その後年々下がり、平成23年度新入生では17.1歳となっている。平成23年度の厚木清南高校通信制(以下、「本校」と表記する)の新入生(280名)の平均年齢は17.4歳である。そのうち中学新卒者が6割、過年度卒業者は2.5割、成人は1割強となっている。
第三の特徴は、転編入生率の増加である。転編入生率とは入学者のうち転編入者の占める割合をいうが、これは平成10年度には全国平均26.7%であったものが、年々上がり、平成20年度には39.2%にまで上昇している。このことから、通信制高校が高校中退者の受け皿になってきていることがわかる。本校での平成23年度の転編入者は62名であるが、入試による入学者には過年度卒業者が含まれているので、本校の編入生率は約38%ほどである。
第四の特徴は、生徒の大学進学志向の高まりである。全国平均の大学・短大進学率(その年の卒業生のなかで大学短大進学者が占める割合)が平成10年度には5.2%であったのが、平成19年度には15.3%である。本校の平成23年度の大学・短大進学率は14.9%である。
第五の特徴は、不登校経験者等の入学増加である。前述の全通研の調査によると、「新入生に占める不登校生徒の割合はどのくらいか?」という問いに対して、不登校生徒の割合が30%から70%であると回答した高校が、104校中79校にのぼるのである。本校でも新入生の約4割が、小中学校時代に何らかの不登校経験をもっている。
こうした数字からうかがえることは、本校も含め現在の通信制高校の多くが、はからずも不登校経験者や高校中退者の再教育の場となっているということである。
- 通信制高校の歴史
- 1948年〜1980年代
そもそも高校の通信制課程はどのような変遷をたどってきたのだろうか?今日までの歴史を簡単に見てみたい。
通信制高校は、第2次世界大戦直後の1948年(昭和23年)に設置され、定時制とともに勤労青少年の教育機関としての役割を担うようになった。
その後高度経済成長時代に入り、1961年には学校教育法が一部改正され、第45条「高等学校には、…通信制の課程を置くことができる」と明記され、(1)通信制課程の設置(2)通信制独立校の設置(3)広域通信制高校設置が認められ、(4)技能連携制度が確立した。また定時制・通信制の修業年限は4年以上とされた。(その後1988年の改正で、定時制・通信制の修業年限が、現在のように3年以上となる。)(3)の広域通信制高校ではNHK学園高校が全国に先駆けて1963年に開校した。「広域」という意味は、県を越えて生徒が在籍する通信制高校のことであり、すべて私学である。(4)の技能連携制度というのは、専修学校(高等課程)や企業内訓練施設などに通う生徒に高卒資格を与えるために、通信制高校と技能連携関係を結び、その通信制高校で卒業に必要な科目を履修させるものである。
その後、70、80年代に生徒は徐々に増加していき、1985年には通信制生徒在籍数が定時制生徒在籍数を上回った。こうした増加傾向のなかで、通信制高校の生徒層にはある変化が生じた。それは、高校中退者等の転編入生の増加や不登校経験者の入学増加である。
- 1990年〜現在
こうした生徒の変化に対応して、90年代以降に私学の広域通信制高校が続々と設立された。クラーク記念国際高等学校(1992年)や星槎国際高等学校(1999年)などがそうである。これらの広域通信制高校のなかには、全国に分校、学習センター、サポート校等を設けて、系列化を進めて全国展開するものもあらわれた。
2000年代に入ると、通信制高校に変化の大きなうねりがやってきた。まず、2002年、小泉構造改革のもと、特別区域限定で株式会社が小中高大の学校を作れるようになったことである。こうして、経済産業者が認可する株式会社立の通信制高校が開校した。具体的には、アットマーク国際高等学校(2004年)など15校である。さらに、2004年には、「高等学校通信教育規程」・「高等学校設備基準」が改定され、通信制高校設置に大幅な規制緩和がなされた。これにより、それなりの規模をもつ専修学校は、自校の施設を利用して、独立した通信制高校として認可された。この結果、技能連携生は減少傾向にある。
2002年新高等学校学習指導要領にもとづく「ゆとり教育」がスタートしたが、この時期、公立高校においては、生徒数の減少や生徒の多様化にともなう高校の再編・統合が行なわれ、全国的に登校型の通信制高校設置や定時制・通信制のフレックス化が進められた。神奈川県では、全国初の全定通3課程を持つ単位制普通科のフレキシブルスクールとして2005年に厚木清南高校が開校し、2008年には登校講座を中心にすえた単位制普通科の通信制高校である横浜修悠館高校が開校した。
- 通信制での学びとは?
- 学習指導要領での規定
さて、通信制高校では、そもそもどのような学習が進められているのか。そのことは、学習指導要領において定められているで、それを簡単に説明しておこう。
通信制課程での学習の基本は添削指導と面接指導である。しかし、各教科・科目の添削指導回数及び面接指導の単位時間(1単位時間=50分)数の標準は、それぞれの教科・科目で違う。例えば、国語は1単位につき添削指導3回、面接指導1時間である。したがって4単位が標準の国語総合ならば、生徒はレポートを12通(1通分のレポートの分量は3、4ページというのが本校の標準)合格させ、面接(スクーリング)に4時間出席すればよい。一方、体育の場合は1単位につき添削指導1回、面接指導5時間である。体育はスクーリングでの実技が重視されているのである。
高校卒業の認定は全定と同様である。3年間以上高校に在籍し、必履修科目を含んで74単位以上の科目を修得することで高校卒業が認定される。また本校では履修と修得の区別は最後に行う定期試験に合格(30点以上)するか、しないかによる。
- サイモンソンの同価値理論
そもそも「通信教育」という言葉を和英辞典で引くと、correspondence course とある。つまり、文通による添削指導(通信添削)を基本とする教育コースということである。
通信制にあっては、生徒は自宅での自学自習が基本である。教科書を読んで、レポート学習を進め、それを学校に提出して教師から添削指導を受ける。したがって、スクーリングとよく言われるが、それは正しくは「面接」と言い、一見同じようであるが、全日制のような登校型の学校の「授業」と同一ではない。通信制の学びにおいては、レポート学習を行う生徒と添削する教師との文通によるやりとりが、全日制・定時制での「授業」にあたるものなのである。
ともすると、こうした学習形態の違いを理解せずに、全日制でいう「授業」と通信制での「スクーリング」を混同するなどして、生徒が登校する回数が少ない通信制の学習形態を劣ったものだとする先入観や臆断が少なくない。しかし、対面教育と遠隔教育、形は違っていても同価値の教育を提供できればよいのである。そのことを主張するのが、サイモンソンの提唱する「同価値理論」である。彼は、「通信技術の発達などによって、擬似的な遠隔教育環境(バーチャル教室など)が可能になってきている現在、何が遠隔教育で何がそうでないかを区別しようとするよりも、遠隔・通学を問わずすべての教育経験に『同等の価値』を持たせることに主眼を置くべきだと主張する」【2】。
近年のITの発達により、郵送にかわって、「e-ラーニング(=インターネットなどで教師と学習者が双方向に交通する学習システム」を実施している通信制高校が増えてきつつある。e-ラーニングでは、添削指導の迅速化がはかれ、より頻繁なやりとりが可能になるので、対面教育だけの教育以上の価値の提供も期待でき、注目を浴びている。
- 自己主導的学習とは何か?
実はこうした通信添削による学習方法は、自己主導的学習(Self-Directed Learning)という考えをベースにしてこそ成り立つものである。
自己主導的学習とは、「学習者が学習目的を認識し、学習者自身が日々の学習の計画や意志決定(何をいかに学び、どこで支援を得るか等)やコントロールの第一義的責任をもつ学習」をいう。したがって、こうした自己主導的学習を阻害する要因となるのは、教師が生徒を過度にコントロールし、生徒を教師に依存させる構造をもつ学習である。大学受験のための詰め込み授業がその典型だろう。逆に、生徒一人ひとりが高校卒業に向けて取り組む通信制高校でのレポート学習は、まさにこの自己主導的学習の典型例である。
この自己主導的学習で教師に求められることは、生徒の「やる気」をどう引き出すかである。そのために役立つのが、ケラーのARCSモデル(アークスモデルと読む)である【3】。彼は、生徒の学習意欲を高める手立てを4つの側面に分けて考えた。注意(Attention)、関連性(Relevance)、自信(Confidence)、満足感(Satisfaction)である。教師は生徒にこれから学ぶ科目について注意を促し、生徒に「面白そうだな」と思わせる。次に「やりがいがありそうだ」と思わせるような魅力的な課題を課す。評価基準は事前に示し、「やれば、できそうだ」を生徒に自信をもたせる。やるかやらないかは生徒任せであるが、継続的な添削指導やスクーリングを通じて、教師はこの生徒の主体的な学習を支援する。課題を自らの課題としてやりぬき、試験に合格した生徒は、やり遂げた自信や「やってよかった」という満足を得るだろう。この学習を通じて生徒は自らの力で難関を切り抜けていく自信や自主性・自律性を身につけることができるのである。
- 生徒の卒業文集から
実際に、卒業を決めた生徒からはそういう多くの声を聞くことができる。本校で卒業に際して書いてもらっている卒業文集から二人ほど紹介しよう。
「入学した時と卒業する時の気持ちは全然ちがいます。何をしても中途半端だった自分が、この2年間色んなことがあった中で学校だけは頑張って、初めて何かをやりきることが出来ました。清南で学んだことを次の学校にも生かして頑張りたいです。自分もやれば出来るんだ。」(女子)。彼女は、一度は失いかけた自信や自己尊重を取り戻した。
「今まで受動的になりがちであった学校生活も、通信制においては全て能動的に行なわなければならなかったことはそれまで予想していたものよりもずっと厳しく、度々自分の無計画さ、積極性の欠如、怠惰な習慣に頭を抱えました。…しかし、そのような僕がこうして無事卒業を迎えられたことは、ひとえに支えて下さった先生方、同じ学校で学ぶ友人達、そして暖かく見守り続けてくれた家族の存在があったからこそ可能となった事であると強く感じております。…この厚木清南高校通信制は自学自習を重視しています。生徒自身が自ら学び、問題を解決し新たな疑問に気づき、新しい知識を吸収する。自ら学び、問題を解決し成長する形式は勉強本来の形に他ならないものでしょう。…」(男子)。彼は自学自習の学びを経験する過程で、自分を支えてくれた人々への感謝の気持ちとこれからの人生を生き抜く「生きる力」を獲得した。
通信制高校は、学校教育につまずいた若者の最後のよりどころとも言われる。通信制高校に学び、自学自習の大切さに目覚め、再び学習意欲を喚起することを今後も期待したい。
- 清南通信の現実
- 卒業することの難しさ
卒業生のこうした言葉は後輩を勇気づけるものだが、現実には卒業まで漕ぎ着ける生徒の数は少ない。以下の数字をみれば、その厳しい現実がわかる。
平成23年度(2011年度)卒業生は101名(平成22年度99名、21年度99名)である。平成23年度の実活生数892名に占める割合は11.3%である。また、3,4年次生(209名)を分母にすると卒業した生徒の割合は48.3%である。
この数字をどのように評価したらいいのだろうか?
そこである年度の生徒数のフローに着眼し、同一年度の入学者数に対する卒業者数の割合を算出してみると、本校は平成23年度(入学者数342名)において29.5%である。これに対し、全国的な数値は平成19年度(2007年度)において入学生徒数33848名に対し卒業者数29862名で、88.2%となる。本校と比べ、大変な開きがあることがわかり、驚きである。
これは、全国的に比較してみても、本校は入学してもなかなか卒業できない学校であるという事実を示している。もう少し分析してみよう。
平成23年度卒業生101名のうち、平成21年度に入学して、3年間で卒業した生徒は33名であった。卒業生に占める割合は3割ほどであるが、21年度入試での入学者数は273名であったから、3年間本校で学び今年卒業できた生徒というのは273名中33名、たったの12%ということになる。在学4年目以降に卒業を果たす生徒もいるので、そのことも勘案しなければならないが、全日制高校と比べてしまうと、大変厳しい数字だと言える。
- 単位修得率、進級率の低さ
単位修得率に関して見てみよう。本校は単位制であるが、修得単位が14単位以上で2年次、44単位以上で3年次へとクラスが進級するしくみをとっている。平成23年度前期は、1年次生23%、2年次生51%、3年次生54%である。(単位修得率とは、実活動生に占める、1単位以上単位修得した生徒の割合)1年次生が入学早々に学習を停滞させてしまうことがこの数字で如実にわかる。次に進級率を見てみると、平成23年度学年末において1年次生は22.7%、2年次生が43.0%、3年次生が48.3%の生徒が進級・卒業した。1年次から2年次への進級が厳しいことがこの数字からもわかる。
1年次から2年次への進級がなかなか進まない原因はなんだろうか?
やはり、不登校経験や学習障害により小中学校の学習空白を埋めることができないということに尽きる。新入生の基礎学力の低下は著しく、それが単位修得率や進級率の低さに結びついているといえよう。
- 今後の対策
単位修得率や進級率・卒業率を上げるには、教科指導や担任のフォローアップ以外に今後どのような対策が必要だろうか?
第一に、「基礎の学び直し」を具体的にどう展開していくかである。平成21年3月告示の高等学校学習指導要領でも「義務教育段階の学習内容の確実な定着を図るための指導を適宜取り入れるなど、指導内容や指導方法を工夫すること」と、一歩踏み込んだ表記となったわけであり、事態の深刻さがうかがえる。本校では、数年前から学び直しの科目として「数学入門」や「英語基礎」を置いている。さらに面接時間にはならないが、登校型の基礎講座(国語、数学、英語)を前期に計10回、木曜日午後に設定している。3年前から実施しているが、平成24年度からは個別学習的なドリル学習を展開する予定となっている。
第二に、不登校生徒増加と関わって心に悩みをもつ生徒も増加しており、そのための教育相談体制をどう確立していくかである。教室へ入るのが心の負担になる生徒にとって保健室や養護教諭の存在は欠かせないものである。また、スクールカウンセラーは、上述の全通研の調査によれば、通信制にあっては4割の学校に配置されておらず、残りの6割についても他校・他課程との兼務であり(本校もそうである)、専任が配置されているのはわずか全国112校中7校にすぎない。スクールカウンセラーは、どこよりも真っ先に通信制高校へ配置されなければならないのではなかろうか。
第三に、きめ細かな進路指導をどのように行っていくかである。本校では、就業体験(インターンシップ)による単位修得や教科「職業一般」での実務代替による単位修得など、働くことが直接単位修得に結びつくしくみを取り入れている。就職指導においても地元のハローワークと常に連携して、きめ細かな指導を行っている。生徒にとって就職は高校卒業という目標と直結するものであり、学習の重要な動機付けである。また、進学においては、本校が全定通のフレキシブル校であるという利点を生かして、大学進学を志望する通信制の生徒が全日制の授業を選択するケースも年々増えてきた。
最後に、生徒の低年齢化とも関わることであるが、PTA組織のような保護者を交えた相互交流や情報交換の場が必要だということである。本校では開校当初から通信制においてもPTAを立ち上げた。学校と家庭を結ぶことが、生徒の自宅学習を基本とする通信制の学びにおいてどれだけ重要であるかは言うまでもないことだからである。
注
【1】全国高等学校通信制教育研究会編「平成20年度高等学校通信制教育実態調査」、2009年
【2】鈴木克明、「「通信制高校にとっての放送教育」から学んだこと」『放送教育』2000年9月号、2000年
【3】鈴木克明、『教材設計マニュアル』、2002年
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