特集U 道徳教育とシチズンシップ教育
障がい者スポーツの実践からシチズンシップ教育を考える
 
小林 伸行
  1. 障がい者スポーツの実践
     障がい者スポーツとは、身体障がいや知的障がいなどの障がいがある人が行うスポーツのことで、既存のスポーツを障がい者も楽しめるようにアレンジしたものや、障がい者のために独自に考案されたものがある。パラリンピックでは代表的な20種目が行われているが、その他にも様々な障がい者スポーツが多くの人々に親しまれている。
    私はこの障がい者スポーツを、2003年度から授業の内容として取り上げ、学校の特色などに応じて、学校設定科目、総合的な学習の時間、体育、福祉の各科目の中で実施してきた。障がい者スポーツを授業内容として取り上げるねらいは、それを取り入れる教科、科目の特性により異なるが、次の4点を状況に応じて設定し指導した。
    1)障がい者が行うスポーツや身体活動を体験することにより、障がい者のQOL(生活の質)を向上させるために、それらが重要な役割を果たしていることを理解する。
    2)障がい者や健常者がともに楽しむことのできるスポーツや身体活動を体験したり工夫したりすることにより、様々なちがいを持った人々が共に楽しみ活動する共生のあり方を考える。
    3)障がいの有無にかかわらず、スポーツが誰でも親しみ楽しむことのできるものであることを理解する。また、障がい者スポーツが独立した領域として確立しており、価値ある活動であることを理解する。
    4)他者とかかわりながら行うスポーツや身体活動が、障がい者、健常者にかかわらず、人の成長に大きな影響を与えることを体験的に理解をするとともに、それらの持つ可能性について考える。

     これらのねらいを意識しながら、次のような科目において障がい者スポーツを授業に導入し取り組んできた。
    • 学校設定科目としての実践
       2003年度に開校した単位制高校で、「障がい者スポーツ」という学校設定科目を設置し、1年間を通した2単位の授業として実施した。内容は、視覚障がい者のためのスポーツ、車椅子の操作や車椅子を使ったスポーツ、重い障がいがあっても楽しめるスポーツ、障がい者と健常者が共に楽しむスポーツ、などである。また、ノーマライゼーションやインクルージョン、障がい者を取り巻く社会環境についてについて考えたり、調べ学習の成果をプレゼンテーションしたりする活動も取り入れた。
    • 総合的な学習の時間での実践
       2007年度には2学年の「総合的な学習の時間」において、生徒が選択するテーマ別学習の一つに障がい者スポーツを取り上げた14時間の授業を実施した。ここではテーマを「共に生きる」とし、障がい者と健常者が共に生きるということの意義やあり方について、障がい者スポーツを題材として学ぶよう試みた。
    • 福祉科の科目での実践
       2007年度には勤務校が再編統合予定校との交流授業を実施しており、福祉科の「社会福祉基礎」をTTで担当していたため、単元「障害者の福祉」との関連で障がい者スポーツを取り上げ2時間の授業を行った。ここでは特に、障がい者のQOLとスポーツの関わりについて考えさせるよう意図し、アイマスクをしてのランニング、縄跳び、ボール遊びや、視覚障がい者のための卓球「サウンドテーブルテニス」を取り上げた。
    • 体育の単元としての実践
       2008年度からは、福祉科をもつ単位制高校において、学校の特色と関連する体育の授業を設定するために、体育の単元として障がい者スポーツを取り入れた。ここでは、障がい者に限らず高齢者や病弱の人など、誰もが楽しむことのできるスポーツという趣旨から、「アダプテッドスポーツ」という名称を単元のタイトルとした。内容は車椅子を使ったスポーツを中心に取り上げ、スポーツの持つ力や可能性について考えることを主なねらいとして授業を展開した。また、視覚障がいのある教員とTTで行う授業も試みた。

  2. 障がい者スポーツによる学習とシチズンシップ教育
     2003年度から8年間にわたり、様々な形で障がい者スポーツ(アダプテッドスポーツ)を取り入れた授業を行ってきた。どの授業においても当初、生徒が選択した理由は、「なんとなく興味があったから」「なんとなく楽しそう」という意見が多く、十分な動機により選択したわけではなかった。しかし授業が始まってみると、ほとんどの生徒が積極的に生き生きと取り組むようになった。学習ノートや感想文には「障がいのある人も、いろいろなスポーツを楽しめることがわかった」「障がいのある人の視点を体験できた」「スポーツが障がいのある人の生活の質を向上させるのに役立つことが理解できた」などの記述が多く見られた。また、障がい者への態度についても、「障がいのある人のことをもっと知りたいと思った」「困っていたら助けてあげたいと思う」などの意見が多く見られ、理解を深めるとともに、意識の変容が見られたと考えられる。理解や意識のレベルを明らかにすることは難しいが、始めに設定した4つのねらいについて、一定の効果があったと思われる。
     ところで、これらの授業の中で得られた効果は、学校への導入が進められようとしているシチズンシップ教育のねらいと、多くの部分で重なるのではないだろうか。シチズンシップを発揮するために必要な能力や態度には、他者との関わりに関する意識として、人権の尊重、多様性の尊重、他者に対する敬意、ボランティア精神などがあげられるが、これらはまさに障がい者スポーツの授業の中で意図していることそのものである。
     健常者の生徒たちは、障がい者スポーツを体験することにより、誰もがスポーツを楽しむことができることを理解する。それまでは自分たちとは別の存在であるかのように思っていた人たちが、自分たちと同じようにスポーツを楽しむことができる存在であること理解し、そこから人権への気づきが生まれる可能性があると思われる。
     また、障がいなどにより違いのある人々が、どのようにしたら一緒にスポーツを楽しむことができるかを考えながら学ぶことも、この授業の重要な課題である。それは、障がい者を健常者に合わせることではなく、また健常者を障がい者にい合わせることでもない。障がいがあることをそのまま受け入れ、その上で、ともにスポーツをする方法を考え、工夫することが大切である。自分と違う他者をありのまま受け入れ、ともに生きる方策を探ることもこの授業のねらいであり、それはシチズンシップ教育の意図する多様性の尊重につながるものと考えられる。
     学校設定科目や総合的な学習の時間など、多くの時間が確保できる科目においては、障がいを抱えながらも様々な分野で自己実現をめざして活躍する人々の姿を、ビデオ映像などにより紹介することがある。また、そのような人々をゲストや講師として招き体験談を聞いたり、実際に運動の指導してもらったりすることもある。生徒たちは、障がいを受け入れ、あるいは障がいを乗り越えながら真剣に生きる人々に接することにより、障がい者を身近な存在として感じ、敬意を抱くようになる。また、人間の可能性に対する気づきが、他者を尊重する態度につながることも期待できる。これらの意識も重要なシチズンシップの要素であると考えられるであろう。
     ボランティア精神もシチズンシップに欠かせない意識である。ボランティアには様々な分野があるが、その一つに障がい者への支援活動があり、障がい者の生活をより豊かにするためにスポーツを効果的に活用する方法がある。障がい者スポーツの授業は、そのための具体的な支援方法を体験的に学ぶ場であるとともに、ボランティア活動を始めるきっかけにもなるであろう。そのような体験を重ねることで、シチズンシップに必要なボランティア精神も育っていくものと考える。
  3. インクルーシブなスポーツ活動とシチズンシップ教育
     近年、学校では障がいのあるなしにかかわらず、生徒の能力を最大限に生かし可能性を追求していく教育の実現を目差して「共に学び共に生きる教育」が推進されているが、障がい者スポーツを取り入れた授業においても、障がい者や健常者が一緒にスポーツを楽しむインクルーシブな活動について体験的に理解することを主要な課題としている。スポーツなどの身体活動は、競争的な活動であろうと協働的な活動であろうと、多くの場合、他者との関わりながら行うものである。その実施には他者の存在が極めて重要であり、他者との関わり方がその効果に大きく影響を及ぼすものである。したがって、スポーツによる学習は座学を中心とする他の学習に比べて、インクルーシブな活動をより実現しやすいものと考えられる。障がい者スポーツでは、このスポーツの特性を生かして障がい者と健常者が共に学び楽しむ活動を体験的に学ぶこともできる。
     授業の場では健常者が大多数であるため、インクルーシブな活動は擬似的につくり出すことが多い。視覚障がい者と晴眼者、車イス利用者と健常者など様々な状況を設定し、ロールプレイングをしながらインクルーシブなスポーツを体験することにより、生徒たちは共に活動する具体的な方法を学び、その楽しさや意義について理解を深めるものと思われる。
     インクルーシブな活動の体験は、障がいなどにより異なる特性を持つ他者を理解するための方法を学ぶものでもあり、シチズンシップを発揮するためのスキルとして身につけておくべきものであろう。授業の中ではロールプレイングであっても、それをヒントとして実際の場面に生かしていくことができれば、シチズンシップ教育としても十分に機能するものであり、有効に活用すれば効果が期待できるものと考えられる。
  4. まとめ
     障がい者スポーツを利用した授業は、始めに示した4つのねらいを意識しながら実施しているが、その中でも特に、障がい者への理解を深めることや、共に学ぶインクルーシブな活動の意義を理解し、その方法を学ぶことを重視しており、シチズンシップ教育のねらいと方向性が一致している部分も多い。
     シチズンシップ教育は、政治に関する分野、経済に関する分野、社会・文化活動に関わる分野など、広範囲にわたっているため、様々な教科と関連づけながら多面的に指導することが望ましいと考えられるが、その一つのアプローチとして障がい者スポーツを取り入れた授業は十分な効果が期待できると考える。各学校で、車イスなどの用具を整備できるかが課題となるが、工夫次第では、特別な用具を使用せずに、さまざまな障がい者スポーツを実施することは可能である。障がい者スポーツの授業は障がい者への理解や支援の方法を学ぶだけでなく、健常者と障がい者が共に学び、共に楽しむ方法の具体的なイメージを育てることができる。
     学校現場はキャリア教育やシチズンシップ教育などのプログラムが導入されることにより、生徒や教師に新たな負担となることが考えられるため、特別なプログラムを作成するのではなく、普段の授業の中でそれらと関わりを持たせながら指導することが望ましいであろう。ここで紹介した学校設定科目や福祉科目での障がい者スポーツの実施は、どの学校でも実施できるわけではないが、シチズンシップ教育の一環として総合的な学習の時間や体育に取り入れることができる。

  (こばやし のぶゆき 横須賀明光高等学校教員)

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