寄稿 

高等学校における支援教育
~個別の学習支援から生徒全体の学習支援へ~

浜崎 美保
  1. 田奈高校の個別支援
     些細なことでキレやすかったり、学校を欠席しがちであったり、あるいは学習内容を理解することが難しかったりと、高等学校にもさまざまな課題を抱える生徒が在籍する。田奈高校には特に、いろいろな課題を抱えてそれまでに上手くいかなかった経験を持つ生徒が多く入学してくる。
     そのような生徒たちに対して、田奈高校ではクリエイティブスクールの設置の趣旨を踏まえて、さまざまな支援を模索してきた。その結果、生徒指導と協働した教育相談体制の充実、外国につながる生徒への支援、基礎学力が不足する生徒に対する放課後の個別学習支援(田奈ゼミナール)、学習方法が分からない生徒への学習相談、そして卒業後の進路が決まらない生徒への支援(キャリア支援センター)などが構成されている。
     これらの支援については、当初の計画では抽象的な方向性は示されていたものの具体的にイメージされてはいなかった。それらは、生徒との対話の中で、その生徒の「困っている」状況が浮かび上がり、その生徒のために何かできないかと教職員が知恵を出し合う中で、ひとつずつ実現してきたものである。彼ら/彼女らの「困っている」というサインを的確に捉え、具体的な支援を通して粘り強く対応してきた結果として、近年本校の退学率は激減している。
     さらに今年度は、今まで困っているサインが見えにくかった生徒に対する新たな支援が始まった。授業中の生徒への支援をどのように考えていくかという問題である。


  2. 11月の授業研究会  (教員、生徒の氏名はすべて仮名)
     学習支援については、田奈高校は、クリエイティブスクールとして県の指定を受け、1クラスの授業を30人以下で行っている。特に、苦手な生徒が多い数学と英語については、1クラスを半分に割って15人を単位とした小集団で授業を行っている。このような支援を通じて、中学時代に苦手だった英語、数学が分かるようになったと喜ぶ生徒もいるが、やはり理解が難しい生徒も少なくない。放課後の田奈ゼミナールは成果を上げているものの、すべての生徒を放課後に個別支援できるわけではない。
     そのような中、昨年の11月に、1年生のあるクラスの数学の授業を公開してもらい、放課後に学校全体の授業研究会を行った。題材は、2次関数の最大・最小である。授業者の石井先生には、公開用に特別な授業を用意するのではなく、普段通りの授業を行ってくれるように依頼をした。また教員が忙しく空き時間が少ない状況に配慮して、授業の様子をビデオに撮り、授業を直接見ることができなくても、授業の後での研究会でビデオにより授業の様子が分かるようにした。ビデオは、教室の斜め前方から生徒の方を向けて撮影している。
     授業の題材は、2次関数の最大・最小である。石井先生の穏やかな関わりにより、和やかな雰囲気で授業が始まった。石井先生の問いかけに対して、おしゃべりな鈴木さんが積極的に対応している。2次関数の最大・最小は、それまでの学習内容である2次関数のグラフや、平方完成が十分に理解されていないと難しい内容である。時には九九もおぼつかない生徒達にとっては、かなりレベルの高いものである。石井先生の説明は非常に分かりやすかったのだが、問題演習になると、苦戦する生徒が多かった。鈴木さんは「先生、分からないから早く来て」とさっそく石井先生を呼んで教えてもらっている。その後もあちこちから先生を呼ぶ声がかかり、15人の少人数であっても、石井先生一人では対応しきれないほど声がかかる。困っている生徒に気づいた参観者の先生方が思わず教える場面もあった。
     放課後の授業研究会では、まず教室の斜め前方から生徒の様子を撮影したビデオが流された。そこには教室の一番前で、石井先生の話をよく聞き、きちんとノートを取る立花さんが、問題を解く場面で分からずに固まってしまっている様子が映し出されていた。おとなしい立花さんは石井先生を呼ぶこともできず、先生が気づいてくれるまでそのまま鉛筆を動かせずにいたのである。
     研究会での検討は、難しい題材に生徒が頑張ってよく学んでいる様子や、鈴木さんが積極的に質問してよく学んでいる様子、そしてなかなか質問できなかった立花さんの様子に集中した。田奈高校では、生徒指導の予防的観点から、教員が当番で授業中に廊下を巡回している。普段廊下から見ていると、立花さんは何の問題も無いと思われていた生徒である。その立花さんが、鉛筆を握ったまま動かせず、(質問をしたくても)質問が出来ない様子は多くの教員にとって驚きであった。真面目で大人しいと思われている生徒の中にも、授業中に支援の必要な生徒がいることが初めて浮き彫りになったのである。
     その後もビデオで見られた生徒の様子の検討から、分からないところをどう乗り越えさせればよいか、生徒の質問する力(コミュニケーションの力)をどう育てるかなど、授業中の生徒の支援についての議論が続いた。これまでの授業研究会のような、教授方法に限定する枠組みを超えた意見が相互に出された。

  3. 12月の授業研究会
     その翌月には、希望者対象で、2年生の英語の授業を題材とした授業研究会を行った。前回同様、生徒の学ぶ様子をビデオに撮り、放課後の研究会で見られるようにしている。授業者は田奈高校での経験が長いベテランの小林先生である。小林先生の生徒との対話を大切にした関わり方により、生徒は生き生きと発言し、英文の訳に取り組んでいた。
     研究会は、当該クラスの担任の「うちの生徒たち、なかなかいいじゃないですか」という声で始まった。他の授業ではあまり取り組まない中村さんが頑張る様子に教員からも驚きの声が上がっている。田奈高校の生徒にとって、英語は定着が難しい教科で、be動詞の理解で躓いている生徒も少なくない。しかしその授業では生徒は諦めることなく、難しい訳を考えようとしていた。生徒の苦手な英語の授業でも、生徒が考えることができるのだということに多くの教員が勇気をもらうことになった。
    さらに、教員の問いかけによく対応している村田さんにどう関わるかも話題になった。村田さんの発言だけに教員が乗っていくと、他の生徒が置いてきぼりになってしまう。村田さんの発言を大事にしながら、他の生徒も巻き込んでいくにはどうすればいいのかなど、生徒の様子を基にしながらの検討が続いて行った。
     11月の研究会の時と同様に、参加した教職員は、ビデオを見ながら生徒の具体名で様子を話し、気軽に笑顔で語り合うことができた。自分の授業と比較して語る人もいるし、自分の授業の悩みを話す人もいる。個々人がさまざまなスタンスや視点で語りながらも、共通しているのは、授業中の生徒の様子について話し合い、関わり方などを含めて検討していくのが、生徒にとっても教職員にとっても重要ではないかという思いであるように感じられた。忙しい時期にも関わらず、参加者は20名を超えていた。


  4. 生徒の学ぶ様子を基本にした授業研究会
     今年度田奈高校で行われた授業研究会は、教員の指導方法などを検討するのではなく、まず生徒の様子を観察することを基本にした授業研究会を行ってきた。つまり、生徒の方を向けて撮影したビデオを用い、一人ひとりの生徒の学ぶ様子を丁寧に見ながら、必要な支援を検討するものである。それは教育相談で行うケース会議の授業バージョンとでも表現できるだろうか。ケース会議では、生徒の具体的なエピソードを語る中で、生徒像が浮かび上がり、支援策を検討していく。授業研究会は、それを具体的な授業場面で行ったわけである。その方法は多くの教員の支持を得られた。今年度の授業研究会のあり方について教職員に取ったアンケートの一部を紹介する。
    • 生徒の学ぶ様子を客観的に見ることができるのはとてもためになると思います。普段目立たないような生徒が一生懸命がんばって取り組んでいた姿を見て驚きました。その反面、あまり取り組まない生徒への対応や全体の巻き込み方など、アプローチの仕方がとても重要であると考えさせられました。
    • 生徒の方を向いてビデオ撮影していることで生徒の取り組む姿勢や人間関係がよく観察できて良かったと思います。自分の授業の時とは違う生徒の表情や取り組む姿勢を観察できたことで、授業の進め方の工夫や教材作りに工夫が必要だと感じました。
    • 授業作りの難しさを今更のように痛感しているこのごろですが、生徒の様子をビデオで見せてもらうことにより、講座形から脱しきれない自分の展開を見直し、さらに生徒のそばに寄り添っていかなければいけないと思いました。本校の生徒に対してどのようにしたほうが良いかということ、効果が得られそうかということ、生徒のためにどうしたらいいかということを考えることができて有意義な研究会でした。

  5. 田奈高校の学習支援と支援教育
     平成14年に出された「これからの支援教育の在り方について」という報告書で「支援教育」とは、「小・中・高等学校、または、盲・聾・養護学校という学校種を越えて、どの学校でも行わなければならない、個々の子どもを大切にする学校教育そのもの」と定義されている。さらに支援教育の対象については、すべての子どもたちとする一方で、「自らの力で解決することが困難な課題(教育的ニーズ)を抱える子どもたち」を優先的に支援の必要な対象であると位置づけている。
     田奈高校で今まで行われてきたのは、優先的な対象である「自らの力で解決することが困難な課題を抱えていると考えられる生徒」への支援である。教職員と生徒との対話の中で、その生徒の抱える困難が浮かび上がり、その生徒への支援の方策が考えられてきた。
     今年度、授業研究会の中で検討されてきたのは、さらに一歩進み、困っていることが見えにくい生徒への支援である。授業に真面目に取り組んでいるが、質問できずに固まってしまっている立花さん、できる生徒の村田さんの発言についていけない渡辺さん、そしてどの授業にもなかなか取り組めない生徒がいる。その生徒たちが、どういうことがあればもっとよく学ぶことができるのかを私たちは検討してきた。田奈高校の生徒の学習面の課題は複雑であり、検討はまだ十分ではない。しかし、今年度の研究会を通じて、今後必要な検討の方向性は明確になった。「支援の必要な生徒にどうやって関わるか」、「どうやれば生徒が学習という活動に参加できるか」である。その具体的方策として、「協同的な学び」を取り入れてはどうかなどの積極的な提案も出始めている。来年度以降も具体的な生徒の学ぶ様子から、さまざまな模索をしながら、さらに検討を深めていければよいと考えている。
     高等学校では、義務教育までと違い、単位の履修と修得が求められる。各学校で違いはあるだろうが、テストの点数が低く、授業中にもよく取り組むことができない場合には、進級や卒業ができないことにつながることもある。学習面の課題がある生徒に対しての支援は、各校で必要不可欠なものであろう。田奈高校でも前述した通り、基礎学力の低い生徒たちを支援するための仕組みとして放課後の補習「田奈ゼミナール」を行っている。
     しかし生徒は一日6時間もの長い時間を、教室で授業を受けて過ごしている。放課後の個別の学習支援だけでは限界がある。生徒がどういう場面でよく学んでいるのか、どういう場面で躓いているのか、どういうことがあれば、さらによく学ぶことができるのか。これらを検討することは、生徒の授業中の取り組みを支援することにつながる。つまり個別の学習支援を超えた、生徒全体に対する学習支援である。これが、高等学校において今後求められる学習支援ではないだろうか。
     そのためには授業研究を、多くの高校で行われている「教員の授業方法を検討するスタイル」から、「生徒の学ぶ様子を検討するスタイル」へと変更することが必要である。生徒の学ぶ様子を検討することこそが生徒の支援につながるのである。
     一人ひとりの生徒が、分かりたい、学びたいという意欲を持っている。それに応えていくための支援が求められている。それが授業を子どもたちの居場所にすることにつながり、学校が子どもたちの居場所になることにつながる。それは「個々の子どもを大切にする学校教育そのもの」であり、神奈川の支援教育の具現化である。


(はまさ きみほ 総合教育センター)

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