海外の教育事情 (13) 
アメリカ・イギリスの新聞記事を読む
 
  記事紹介:山梨 彰     解説:佐々木 賢
 
  1. 教育と貧困
    「暴動参加者は貧しく、学校では問題児〜対策費は最終的に予想の30倍以上」(Times, 2011.10.25より)
     2011年夏、ロンドンを中心とするイギリスの主な都市で、若者や民族的少数者などは激しい「暴動」を起こした。このことと教育との関連を見落とすわけにはいかない。
     暴動に加わった若者の2/3には、特別な教育上の支援が必要だったし、1/3は学校追放されたことがあった。内務省によると、彼らは若年で、貧しく、学校の成績も良くなかった。また、黒人が不釣り合いなほど多く暴動に参加したという。しかし、ギャング団の役割は重要ではない。社会・経済的背景と年齢の問題が今回の暴動に関係している。
     ロンドンでの暴動鎮圧関係の費用は、当初の額の30倍にもなった。首都警察には、この1ヶ月で3,844件の賠償の要請があり、総額3億ポンド(約390億円、1ポンド=130円)になる。
     暴動が激しかった地域選出の労働党下院議員は、「教育が問題の鍵であり、政府は、若者の多くが社会に無関心なのはなぜなのかという問題に取り組む必要がある。」
     裁判にかけられた10〜17歳の若者の1/3が2009〜10年に1度以上学校追放されている(16歳以下の全生徒では学校追放の割合は5.6%)。GCSEでA〜Cを5科目以上で取った割合は、暴動参加者では10%である(2009〜10年全生徒では50%以上)。逮捕された者の47%は黒人かアジア系であり、白人は40%だった。

    「2013年までに60万人以上の子どもが貧困ラインに」(Times, 2011.10.11)より」
     貧しい若者の「暴動」への参加の背景には、貧困の深刻化という問題もある。イギリスでは、2009~10年から2012~13年の3年間に所得が7%下落するだろう。35年間で最大の所得水準の低下であり、約60万人の子どもと80万人の大人が2013年までに貧困に追いやられるという報告が出た。
     野党労働党は、「キャメロン首相のもとでは、何10万人もの子どもが将来貧困になるだろう。子どもの貧しさと戦い、成果があったこの10年間は、1年の政策で無に帰した」という。また、子どもの貧困行動グループは、「この衝撃的な報告書により政府の子ども貧困対策や社会的流動性を高める戦略が難しくなった」と述べた。
     報告書によれば、新たな広範囲の税額控除があれば貧困者の増大は緩和されるが、それがなければ更に45万人の子どもと60万人の大人が2020〜21年に貧困に陥るともいう。今年の貧困ラインは、子どものいない大人一人あたりで給付金と税額控除を含めて週給165ポンド(約2万円、年収約100万円)である。
     政府は、この報告書には最貧困の子どもへの補助金などが含まれていないとし、決定した政策は変更しない。政府は、「所得控除を広げれば子どもの貧困は減り、45万人の子どもを含む100万人が貧困から脱出するだろう」と述べた。


  2. ストライキと学校
    「ストライキのために百万人の生徒が授業受けられず〜親には頭痛の種」(Times, 2011.6.27より)
      昨年イギリスは若者の「暴動」だけでなく、6月30日に教員や公務員の大規模なストライキがあった。「先進国」に共通の財政赤字を抱えるイギリスも、年金改革に乗り出そうとしたからだ。教員のストライキは、子どもや家庭に直結する影響を与える。日本では久しく見なくなったストライキを実行するイギリスでは、まだ労働者の活力が残っているのかもしれない。
     ストライキで少なくとも百万人の生徒が自宅待機になり、政府と教員との対立が高まりそうだ。休校になる学校は、全校の1/4の6,000校以上。子どもの面倒で親に深刻な混乱を招きそうだ。
     教育相は、親のボランティアでの学校の維持を促し、ストライキで教師への尊敬心が失われると警告した。公務員の年金掛金の引き上げと定年年齢延長という政府案を拒否してきた教員組合はこの干渉に怒り、「ママ部隊」を学校に置くアイデアを退けた。
     教師・講師協会の書記長は、「年金改革案がそのまま実施されれば、教職には誇るべきものがなくなる。教職には価値がなくなり、良い教師がいなくなる」という。
     組合と政府はストライキと年金改革問題を巡って、互いに有権者の共感を得ようとしている。
     政府は、秋に予定される波状ストライキへの有権者の反応がはっきりしない内に反組合立法の推進を避けている。ストライキに厳格に臨むかというBBCの質問に、企業相は「政府がそうするとも、それが必要とも思わない」と答えた。このコメントで組合と政府の対立は多少は収まるだろう。
     タイムズの調査では1/2の学校が完全に休校する地域がある。27の地方議会の下の1,000校以上がストライキの影響をうけ、学年に教員が一人の小学校が最も影響を受ける。150の地方教育当局全体で1/4の学校は休校だろう。
     年金改革の対象である私立学校でも全寮制学校を除いて、初めて教員の争議行為がありそうだ。学校は、授業がなくなると契約違反の廉での親からの訴訟を恐れている。校長のストライキ参加があれば理事会が学校を開き、子どもをまとめて教えるつもりだ。


  3. 学力低下、「書けず」「計算できず」、数学必修化
    「書けない携帯メール世代」 (Daily Mail.2011.9.17より)
      日本ではPISAの順位をめぐって大きな議論がおこり、朝令暮改の如く「ゆとり教育」は放棄された。「学力向上のため」教科書が厚くされ、授業の確保が叫ばれているようだ。
     コンピューター依存と拙い教え方のせいで、生徒の文字を書く力が衰えている。ペンで紙に書く前にキーボードの使い方を習う子どもは、重要な発達段階が飛ばされてしまう。
     教育専門職組合ヴォイス(Voice)のメンバーによれば、子どもはそのうち何でもコンピューターでやるようになるから、筆記体を教えるのは時間の無駄という教師もいるという。一方、筆記体が表現の滑らかさと思考の速さを促すと信じられている。手書きは、キーボードよりも文字と形を学ぶのにはるかに役立ち、思考の創造性と表現が訓練され、巧緻性を発達させる。しかもAレベルやGCSEの試験では紙とペンを使うから手書きはなくせない。
     26年間の経験のある教師は、手書きの水準の低下を目の当たりにして、「Aレベル試験を受ける段階でも、まだ字がうまく書けない子どもがいる。彼らは筆記体を嫌い、難しいという」と述べた。ある作業療法士は、手書きが遅く、読めない子どもは成績や自己評価が低いという。手書きが困難なため作業療法士に紹介されるケースが広がっている。全国手書き協会によると、多くの小学校教師は手書きの教え方を学んでいない。

    「基礎がわかっていないのに数学で良い点を取る生徒、目標のために点数を書き変える教師」 (Times.2011.9.7)
     数学のナショナルテストの成績が平均以上の公立小学校の7〜8歳の子どもを学者が調べたら、基本的な数の知識が不足していた。一問3秒で解く計算問題では、1/3の子どもが半分以下の正答率だった。
     ナショナルカリキュラムは、小3までに基本的計算問題の全てに答えられるのが目標だ。しかしそれは「教え方が効果的にならなければ達成されない」とこの研究者は述べた。
     英国教育学会に出された三つの報告書の一つによると、学校を良く見せ、目標に達成するために、学校の上司や地方議会の圧力で、教師が得点を操作しているという。
     報告書には、11〜14歳の生徒の音楽の点数を調べた結果がある。57人中35.1%の教師が生徒の学力の伸びを示すよう強いられたという。ある教師は「私は、職業上自分が良いと思うように自由にやってきたが、キーステージの目標に合わせた成績水準に変えろと言われた」と述べた。生徒の成績が良くないと大変である。例えば、担当教科の予算が減らされ、上司から戒告を受ける。点数を変えるように指示された教師もいる。
     別の研究報告は、二つの小学校での移民学級の教師を調べ、予想に合わせて点数を低くする学校もあることがわかった。ある教師は、全体の成績が政府の全国水準に接近しすぎないように子どもの成績を低くしろと言われ、そうせざるを得なかったと述べた。
     三つ目の報告書は、二つの中等学校での14歳の理科の成績を調べた。その結果、生徒の成績向上の報告を強いられた教師が、結果を操作した証拠が見つかった。

    「18歳まで数学を必修に」  (Times, 2012.1.23より)
     数学の授業は、人文科や芸術科や語学と替えてでも18歳か19歳まで必修にすべきだと、政府から独立の「数学教育に関する勧告委員会」の座長の学者が語った。
     氏は、GCSEとASレベルの間に新しい数学の資格を作るように政府に勧告している。16歳からの高度に専門的な3〜4科目中心のAレベルモデルが終わり、専門的な選択科目を伴いながらも広い学習をするバカロレア型に向かう大きな変化である。この新たな資格は数学者間で議論し、2016年までには実施したいという。
     氏によると大学での学習では、社会科学や生命科学でも数学に長けていることが必要であり、「16歳以後に誰もが数学を学習することは、国として非常に賢い考えだ。16歳を過ぎると生徒はほとんど数学を学ばないが、技術発達競争のある現代世界では、市民が基礎的な数学的原理や数学的思考を理解することが重要である。イギリスは先進国でも異例な国の一つだ」と述べた。


  4. 学校の規律
    「教師に生徒を抑えるより大きな力を〜「教育底辺層」を作らないために」 (Times, 2011.9.2より)
      不適切な行動のために学校からスポイルされた生徒は、その後の人生で教育とは無縁になり、社会的な下層を形成する。彼らは「教育底辺層(educational underclass)」と呼ばれている。
     その一方、学校の権威を保つために物理的な力で生徒を抑えることが、一層教師に認められることになりそうだ。
     ゴーブ教育相は、規律向上と出席率上昇に失敗した学校では、「教育底辺層」が作られ、犯罪と社会崩壊を促したという。「教育改革にも拘らず、毎年何千人以上の子どもが教育底辺層に加わる。この若者たちは、10代の年月を学校に行かずに過ごし、資格も技能も持たず街中にいる。学校システムの機能不全を示す失われた人々だ。教育底辺層は、ギャングの新人供給源になり、非行少年施設に収容されて刑務所の独房は満杯になる」と氏は述べた。
     約1ヶ月間で約100万人の子どもが欠席している現状を踏まえ、怠学に関する規則は厳しくなる。長期欠席の境界が低くされ、ゴーブ氏は一学期の20%という基準を15%にしたが、さらに低くする考えだ。この夏の暴動後にゴーブ氏は「読み書きができないこと、怠学、学校追放、犯罪などは全て密接に関連している」と述べた。
     ボール前教育相は、生徒の喧嘩をやめさせ、規則を守らない子どもを教室から出すことを教師は恐れるべきではない、生徒と「接触しない」という学校での規則はありえないと述べた。

    「学校は生徒にも職員にもゼロトレランス方式を採用すべき」 (Times. 2011.10.19)
     イギリスでも、生徒は厳しくすれば良くなることを自らの体験から信じ込み、実践する教育関係者がいる。学校の問題行動に関する政府の専門アドバイザーのテイラー氏によると、子どもはどんな小さな規則違反でも学校の規則を破れば、罰せられるべきで、この方針に反対の教職員も規律を守る行動をしなければならないとも言う。
     こうした提言で、校長と政府の緊張が高まるかもしれない。これまで政府は、学校の指導者に自治と教職上の判断を尊重してきたからだ。そこでテイラー氏は学校との協働的なやり方を進め、押し付けるよりも、良い教育上の実践を擁護し、広めようと気を配る。
     氏のアドバイスは非常に基本的である。教師は授業を教える子どもの名前を覚え、授業の予習をし、決められた授業のやり方を守り、規則をはっきりと示して、生徒が確実にそれを知るようにし、それを一貫して適用するということだ。また、校長や教師が一日に二回、朝の出欠席と昼休みに行動チェックリストを見るようにという。ただリストは学校の状況を優先させて使うべきだともいう。
    さらに、校長が制裁一覧表を生徒に掲示し、規則を破ると常に確実に適用すべきという。このやり方は、報酬システムとバランスさせ、良い行動は賞賛するのがいい。クラス担任には、子どもの特別なニーズを理解し、冷静に対応し、子どもの行動について親に情報提供することを勧める。

    「学校への「抜き打ち」査察」  (Times,2011.10.4より) 
     ゼロトレランスのような方針は、行政も学校に対して採用するようだ。日本では大阪の動向を連想するが、教育基準局による学校査察が「抜き打ち」になるという。
     教育基準局にマイケル新局長が就任し、生徒の行動を調査するため学校への「抜き打ち」査察が始まりそうだ。教育基準局は否定してきたが、査察予定日の前に学校が規則破りの生徒を隠すという非難は前からあった。
     新局長は「抜き打ち」査察の導入で学校が問題行動に厳しく対処するようになると期待する。彼は、東ロンドンのアカデミー校長で、厳格に規律・訓練するという評判を得た。この学校はイギリスで最も厳しい学校といわれた。制服着用を厳しくし、髪型を規制し、ハグと握手を禁止し、居残りの罰をすぐに与えたからだ。
     前最高責任者のローゼン氏も、「良好(satisfactory)」と判定された学校に対して、この秋に「抜き打ち」査察を行う予定であった。「良好」は生徒の行動水準について、4段階の上から2番目にあたる。マイケル氏は規律の重要さに一層力点を置くつもりだ。規律は、かつて大半の学校で問題なしとされたが、氏は教育の質が最高ではないのに「優れた」という判定が多すぎるという。「優れた」と判定された学校は入学者数が増え、財政赤字、試験成績の低落、職員の離職などがなければ将来の査察を免除される。
     現在は、査察の2日前に学校に通知がくる。2年前までは5日前の予告があり、2005年以前には予告通知は6週間前だった。1月からの規則では、教えること、指導的であること、生徒の成績・行動に焦点が当てられ、「優れた」を得るのは一層難しくなる。都心部の学校で経歴を積んだマイケル氏は、非大都市圏州や郊外のコミュニティにある「惰性的な」学校に批判的だった。

記事解説                                     

佐々木 賢

  1. 貧困
    子どもの貧困が深刻だ。全体の12%に当たる60万人の子どもが貧困線上にあり、最近35年間で最高になった。政府はこの最悪状況を脱するため税控除等の施策をするというが、解決は困難だろう。貧困率を低めに計算したとの批判もある。高い小売物価指数ではなく、低い消費者物価指数を使うと社会保障の給付金が低くて済む。これは一種の心性操作だが、それでも多数の貧困者が出ているから根が深い。子どもの貧困は大人の貧困である。子どものいない成人男子の平均月収が10万円以下であるというから、若年失業や短期労働化やワーキングプア問題と連動し、グローバル規模での格差拡大が背景にある。
     8月暴動の参加者の3分の2が学校永久追放者と要支援生徒であったから、暴動は学校の非行生徒と関係がある。逮捕者の内、ギャングは13%に過ぎず、貧困の怨みが背景にある。黒人も暴動に参加しているが、人種より貧困と失業の社会経済的背景の方が要因と見られている。暴動の被害額は当初予想の30倍に当る390憶円に達したというから、2011年は日本の他に、多くの国が「想定外」の事態に直面した。
    子どもの貧困は日本でも深刻になっている。生活保護受給者の推移を見ると、敗戦後の1946 年は295万人だったが、高度成長期の1995年には88万人に減少し、経済グローバル化以降の1999年には 100万人に上昇し、2011年には200万を突破した。所得が生活保護基準以下の低所得者の受給比率は、イギリスは87%日本は20%以下であるから (朝日新聞2009.11.19)、日本の方が深刻度が大きい。厚生労働省の国民生活基礎調査(2012.2.29)によると、03年06年09年の国民の貧困率はそれぞれ14.9%15.7%16.0%で、子ども貧困率は13.7%14.2%15.7%であり、やはり過去最悪である。
    この状況が学校現場を直撃している。教員の研究集会に出ると、具体例が報告される。怪我をしても救急車に乗りたがらない生徒がいる。「保険料の滞納で医療費が払えない」と思い込んでいるからだ。部活で校外に出る交通費がないから退部する生徒もいる。家庭に常備薬がないため保健室に求めてくる。片親ないしは両親が不在で深夜に街を徘徊する児童もいる。小学校一年の新学期に持ち物が揃えられない子が数年前から増えてきた。沖縄では、家がなく車に寝泊まりして通学する児童がいて、万引きしないと食事ができない家庭の子がいる。児童に食べ物を与えた経験を持つ教師が六○%を越える学校がある(加藤彰彦講演、「沖縄の視座から子どもたちの今をさぐる」(12.2.25、於那覇)。
     貧困に関する記事を読むと気になることがある。貧困が自然現象であるかのように書く。人為の及ばない嵐や台風が吹き荒れているように表現する。あるいは貧困は個人の責任のように思わせる。少しましな言説は「不況」のせいにする。だが実態は格差に問題がある。一方に貧困が、他方に富裕があるのではなく、富裕があるから貧困があるのだ。富裕層をより富ませるために多数の貧困層がでたのだ。その様相を「年金スト」の項で説明したい。

  2. スト
    当誌48号で校長会の99%が賛成した大規模の教員ストが予定されていることを伝えた。政府の年金改革案で停年2年延長、保険料値上げ、受給額の引き下げがだされたからだ。2011年6月30日ストが実施された。教師30万、公務員10万、それに国境警備隊や首都警察官の多数が参加した。地域別参加率は、北西部のカンブリア71%、ボルトン82%だが、ソースで有名な西部のウスター46%、南東部のサリー46%、ケント34%であり、産業革命以来の労働者が多い地域で参加率が高い。日本では、管理職や警察官や警備隊や公務員のストは禁止されているので不思議に思われようが、イギリスの労働運動をみると、やれば出来るではないかと思う。
    年金制度には財源を国庫で賄う無拠出制年金(税方式)と、被保険者が掛け金や保険料を負担する拠出制年金(保険方式)がある。ニュージーランド等は税方式の無拠出制だが、日本や英国は保険方式の拠出制である。保険料の一定比率を雇用主側が負担するとはいえ、保険方式は被保険者である公務員や一般労働者が保険を掛けたのだから、契約に従って年金を受け取る権利がある。財政赤字を理由に、政府が契約を一方的に破棄するのは許されない、というのがストの理由である。
    日本では、拠出金は国民年金基金や厚生年金基金として積み立てられ、目減りしないように運用されている。ところで、AIJ 投資顧問会社が証券取引方違反で業務停止処分を受けた(毎日新聞12.3.27)。この会社は中小企業の厚生年金基金の運用を手がけ、「240%の運用利回り」と虚偽の宣伝をしていた。非難されるのは当然だが、投資会社で高額の運用利回りをだしている会社が他にあるからこそ、宣伝に騙される人たちがいたのだ。それに加え、金融ビッグバンの規制緩和で、許可制から登録制に変わったからこそ、投資会社が急増したのだ。日本には現在300ほどAIJと同質の会社がある。
    レバレッジという投資方法がある。少額の証拠金を元に多額の借金をして投資する方法だ。これをヘッジファンド(私的に大規模資金を集め、投資する機関)が多用している。自己資金100憶円、借金400憶円、合計500憶円を投資し、年率10%の利益をあげた場合、金利コスト1%の4憶円を差し引いて、自己資金の利回り分は45憶円になる。この方法で投資したら、100憶が年に145憶円になる。AIJの責任者は逮捕されたが、ヘッジファンドや金融規制緩和をした立法府や行政府の面々は逮捕されない。ほぼゼロ金利の預貯金をした庶民が損をし、多額の借金ができた投資家と富裕層が得する制度である。
    国家財政は全ての国が赤字である。今はどの国の財政収入も税金より国債発行の方が多い。2010年末、日本の借金は1000兆円、アメリカは1170兆円、ドイツは220兆円、ギリシャは40兆円だ(朝日新聞2011年12月25日)。折しも、イギリスのオズボーン財務相は「永久国債と50年の超長期国債」の発行を考えていると発表した。そして所得税最高税率を50%から45%に、法人税を26%から22%に下げるという。国債の引き受け対象は保険会社と年金基金と長期投資家たちである(朝日新聞2012.3.22)。
    年金基金は国民の保険料の積み立てた金だ。日本の例から推測すると、その金をレバレッジの方法で暴利を得ている少数の人がいる。だが一方で国民の年金保険料を上げ、支給額を下げ、税金を上げ、公務員給与を下げる。多数の貧乏人から金を取り、少数の金持ちに貢ぐ経済体制だ。今は産業資本主義が終わり、金融資本主義全盛期に入った。金融支配の実態を見据えて年金問題を見なければならない。国民は国家に永久に税金を払い続け、国家は国債を持つ投資家に永久に利子を払い続ける仕組みが出来上がっている。
    2011年11月12日カナダ市民で憲法学者のロッコ・ギャラッティはカナダ中央銀行と連邦政府を提訴した。教育や健康やインフラ整備等の公共サービスを怠り、私的機関である銀行が国家の経済政策を無力化し、金融支配を実現させ、貧困者の貧困状態を継続させる施策を政府に強要した罪を問うたからである(http:bijp.net/money)。

  3. 学力と規律
    パソコンの普及によりペンよりキーボードを使う者が多くなり、手書きが出来ない子どもや若者が増えた。「IT時代に手書きがムダだ」と主張する教師もいる。こうした現実を見て、手書きによって作文や描写、創造性や思考力を養おうと主張する学者や教師の教育実践が紹介されている。3歳児で一桁の足し算と引き算の基礎を習得したか否かで、初等算数教育に多大な影響があると説く研究グループがある。18歳までに、基礎数学に加え、統計や問題解決型の数学を強制的に教えて置くべきだと主張する研究が紹介されている。だが一方で全国一斉テストの廃止を主張する教師たちがいる。
    怠学や非行や長欠などの規律違反生徒が増え続けている。これに対して、教育省はゼロ・トレランスの厳罰主義で対処しようとしている。微罪も含めて規律違反の回数を記録し、その多寡に応じて生徒処分する。と同時に、教育査察局は校長や教師や学校スタッフを評価し、信賞必罰主義を貫くという。
    紹介された記事を読み感じたことを二点述べたい。手書きの大切さや創造性や思考力や数学能力の向上は悪いことではない。だが記事の中で「国際社会の競争に与するには」と主張されているのを見ると、大人の願望に過ぎないのではないかと思う。それも中間層以上の人たちの願望である。多くの庶民と若者たちは就職難のために、出番の喪失に喘いでいる。経済グローバル化のために、やり甲斐のある仕事は上層1割りに独占され、しかも中間層の没落が指摘されており、パートや派遣等の単純で短期の仕事が増えている。こうした時代に「創造性や思考力や数学能力」は虚ろに響く。今求められているのは、多数派の若者に出番を与える地域の再生ではないのか。
    学校規律について、政府や教育省は8月暴動に懲りて、規律の厳格化を意図しているに違いない。「学校機能が停止しているから暴動が起こった。規律の厳格化で実態が治まる」と思っている。若者の実態を知らないし、荒れた学校の現場教師の苦悩を理解していない。現場を知らない評論家や教育省と、現場の当事者との意識のずれが甚だしい。
    2011年に限っても、若者が中心となったデモや騒乱が世界中で起こった。6月には中国の広東省・四川省・モンゴル・湖北省・浙江省で、8月から11月にかけイギリスのロンドン・ブリストル・オックスフォード等10都市で、10月にはツイッターの呼びかけでカナダやアメリカの各地で起こり、「我々は99%だ」のスローガンでウォール街が占拠され商品取引が一時停止された。同質のデモは80カ国以上951都市で起こっている(毎日新聞11.10.17)。このデモや騒乱の意図したものは反格差である。11月のアテネの12万人デモは「生きる権利」を主張している。
    学校規律の問題と反格差デモは異質のものだという議論もあろう。だが根は一つである。
    学校で勉強したことが将来の社会生活で役立ち、生きる希望を持てると感じた時にどうして校内暴力を繰り返すのか。卒業しても失業が待っているし、仕事があっても不安定な短期の単純労働だし、大卒でも高利の学生ローンの支払いが一生涯続くし、異性との付き合いもなく、結婚できる見通しがなく、離婚世帯が過半数を越える実態がある。だから、自殺や孤独死や薬物中毒が増えている。問題なのは単なる貧困ではなく、貧困から派生する孤立と人間関係の喪失である。現場教師は生徒に規律を課すことではなく、親身の相談相手になることだ。
    イギリスの教育省のゼロ・トレランス政策は実態を規律問題に矮小化する心性操作に過ぎない。ギリシャの民衆が「生きる権利」を主張したように、富裕層優遇策をとる政府に対し、現体制全体の見直しを要求している。民衆のデモはある程度の秩序を保って論理を武器に闘っているが、暴動や騒乱は秩序の破壊を目論む。だから両者を異質と見る人もいるだろうが、「生存を脅かされている」点では同質と見た方がいい。


  (やまなし あきら 藤沢養護学校教員)
    (ささき けん 前教育研究所代表)

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