特集Ⅰ 公開研究会に参加して
通信制高校における受容と滞留のジレンマ
―公開研究会「通信制高校は今」に参加して―
 
樋口 明彦
 
  1. 高校中退者にとっての通信制高校
     今の若者にとって、通信制高校はどのような役割を果たしているのだろうか。その存在は知っていても、詳しい内実を知る機会は決して多くない。2011年度において、通信制高校の生徒数は18.8万人で、高校在籍者の約5.3%に当たる。定時制高校の生徒数が11.6万人であることを思えば、通信制高校が一定の存在感を持っていることが分かる。
     わたしは、2010〜2011年度にかけて内閣府で実施された「高等学校中途退学者の意識に関する調査」に参加して、高校を辞めてからおおよそ2年以内の高校中退者を対象に、その現状を探ってきた(調査結果は内閣府HPを参照されたい)。調査結果から、通信制高校の役割について、いくつかの事実が分かってきたのである。
     第一に、高校中退者にとって、通信制高校は、高校に再び入学する際のもっとも大きな受け皿になっているということだ。確かに、高校中退者が現在している活動内容は多岐に渡る。回答者1176名の内訳は、「働いている」56.2%、「在学中」30.8%、「仕事を探している」13.6%、「家事・家事手伝いをしている」11.0%、「その他」7.0%、「妊娠中・育児をしている」5.4%、「特に何もしていない」4.0%となっている(複数回答)。ただ、「在学中」と回答した362名のうち、「通信制高校」49.7%、「全日制・定時制高校」33.1%、「大学」10.8%、「専門学校」5.8%、「無回答」0.6%と、その半数が全日制・定時制高校ではなく、通信制高校に通っていることが分かる。高卒資格を得ようと再び高校に入学する若者にとって、通信制高校はもっとも広い窓口になっているのだ。
     第二に、通信制高校に通う生徒は、その時間をすべて学業生活に費やしているわけではない。男性の50.6%、女性の62.9%が学業以外の活動を兼務しており、その多くはアルバイトである。兼務をする者の割合は、全日制・定時制高校に通う者よりも高い。つまり、通信制高校に通う若者たちの多くは、学業生活と職業生活のバランスを取る必要に迫られ、そのなかで将来の進路を模索している。
     第三に、通信制高校に通う者のうち、すべての者が将来への展望を獲得しているわけではない。確かに、通信制高校に通うようになった生徒は高校を卒業して高卒資格を取得するという具体的な目標を見出し、その実現に邁進している状況と言える。ただ、たとえ直近の目標を見つけたとしても、必ずしも将来への明確な方針を持っているとは限らない。事実、「しばらく遊んでいたい」「まだどうしていいかわからない」と回答して将来の進路が定まっていない者の割合を見てみると、「通信制高校」では21.7%を占め、「特に何もしていない」の25.5%に比肩しうる相対的に高い値となっている。
     このように、高校中退者にとっての通信制高校は、もっとも有力な受け皿である半面、いくつかの不安定な要因も抱えていることが推測できる。

  2. 報告から浮かび上がる通信制高校の現状
     公開研究会「通信制高校は今」における横浜修悠館高校(井上恭宏さん)、厚木清南高校通信制(中澤邦治さん)、第一高等学院(川島光貴さん)の各報告からは、通信制高校が抱える可能性と課題が、学校内で日々繰り広げられている教育実践のありようとともにヴィヴィッドに伝わってきた。冒頭において、通信制高校の役割を高校中退者の進路という視点から検討してきたが、ここでは教育現場の報告から見えてきた役割をわたしなりに整理してみたい。

    (1)さまざまなニーズの存在
     各報告は、通信制高校において、さまざまな事情を抱えた生徒たちが数多く通っている様子を伝えている。不登校経験者・高校受験に合格しなかった者・外国籍の者・障害を抱える者(横浜修悠館高校)、不登校経験者・将来展望やアルバイトに消極的な者(厚木清南高校通信制)、不登校経験者・勉強について行けず転校する者(第一高等学院)など、そのニーズは多岐に渡る。ただ、生徒がさまざまな事情を抱えているからこそ、学校への定着を促すために、学校独自の取り組みが不可欠となるようだ。例えば、横浜修悠館高校では、体育の授業をおもしろくしたりして生徒の受容を図ると同時に、時間を厳守させ教員の指示に従うことを求めている(「抑止の生徒指導」)。

    (2)受容と滞留のジレンマ
     さまざまな生徒を広く受容するからこそ、通信制高校では生徒が滞留してしまうというジレンマが生じる。第一に、在籍して実際に科目登録をする「実活動生」だけでなく、在籍はするものの科目登録をせず実質的に学ばない「不活動生(休眠生)」の存在がある。横浜修悠館高校では、在籍する約5000名のうち約2200名(約44.0%)が不活動生、また厚木清南高校通信制でも、在籍する1081名のうち189名(約17.5%)が不活動生に当たると言う。また、実活動生であっても、必ず単位を取得するわけではない。厚木清南高校通信制の報告によれば、単位修得率は1年次生23%、2年次生51%、3年次生54%と、1年次生が低くなっている。
     第二に、滞留が長期化すれば、そのまま卒業しないというリスクに直結する。横浜修悠館高校は2008年度の新入生うち3年後に卒業した者の割合を9.2%と伝える一方、第一高等学院は全体で98%が卒業すると報告する。おそらく、公立高校と私立高校では集まる生徒層や指導方針に違いがあることが、その理由の一端であろう。ただ、原則上、自らカリキュラムを組み自発的に学習する単位制において、明確な規範となる卒業年限がない以上、いつ卒業するかという判断も難しいジレンマを抱えている。

    (3)卒業後の進路選択
     新規学卒一括採用という雇用慣行が行き渡る日本において、卒業後の進路選択は、高校の大きな関心事の一つと言える。もちろん、各校とも体系だった進路指導の仕組みを確立しており、厚木清南高校通信制や横浜修悠館高校は、社交性や責任感を持つためにも、生徒にアルバイトを薦めている。ただ、厚木清南高校通信制が報告するように、就職となると、正規雇用での採用は厳しい状況にあるようだ。他方、大学進学希望者が多い第一高等学院では、進路指導の方向性も異なるだろう。確かに、生徒を幅広く受容する通信制高校において、生徒を卒業させることこそ核となる責務だという見方も存在しうるだろうが、やはり卒業後の進路未決定は大きな課題と言えるのではないか。

  3. 通信制高校の役割再考
     高校中退調査と公開研究会の報告から分かることは、通信制高校がさまざまな事情を抱えた高校生たちの大きな受け皿になっているという紛れもない事実である。したがって、彼ら/彼女らの高校生活を有意義なものにするためには、(1)いかに受容するか、(2)いかに卒業に導くか、(3)いかに進路へ繋げるかという3つの階梯――それぞれ違った局面を意味しているものの、相互に深く連関している――を視野に納めることが必要だと思える。つまり、将来の「踏み台」という視点である。
     そのためには、一人一人の抱えるニーズを正確に見極め、そのニーズに対応することのできる制度の構築が欠かせない。もちろん、その責務をすべて通信制高校に負わせるべきではない。高校の過剰負担を避けるためにも、必要なサービスを提供することのできる外部機関の協力が必要だろう。ともあれ、これからも将来へと通じる生徒一人一人のバイオグラフィのなかに通信制高校を位置づけることが肝要である。

  (ひぐちあきひこ 法政大学社会学部)

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