特集U 道徳教育とシチズンシップ教育
「川崎市子どもの権利に関する条例」と高校生 
 
畑山 裕

 2001年4月の施行から、10年が経過した川崎市子どもの権利に関する条例(以下、子どもの権利条例)は、子どもの権利の理念を広く捉え、権利救済制度や権利学習、施策の検証までをも含む総合的な条例で、全庁的、横断的な推進体制を備えている(表1)。
 また、当時の行政は「教育は本来、地域に根ざしたものでなければならない」と考え、条例の策定に子どもをも含む多数の市民が積極的に関わったので、条例には住民自治的な側面があるとされる。さらに政府が1994年に批准した国連「子どもの権利条約(児童の権利に関する条約)」に則り、国に先駆けて子どもの権利保障を具体化したものでもある。
 本稿では、この子どもの権利条例についての、川崎市立高校生の意識と、条例第2章で定めている7つの権利【1】のうちの、「参加する権利」にもとづいた生徒の活動や意見の一端をお知らせしたい。なお、レポートの内容は、あくまでも学校現場での伝聞などをも含む、個人的な知見であることをあらかじめお断りする。

  1. 「川崎市子どもの権利条例」への子どもと生徒の認識
     「川崎市子どもの権利委員会」【2】は、02年・05年・08年の3回、子どもの権利保障の状況を把握・検証する目的で、アンケートを実施している【3】。本稿をまとめるにあたり、比較のため市立高校生に市と同内容のアンケートを実施した(項目は限定)【4】。
    (1)子どもの権利条例の認知度(表2)
     08年の市の調査と市立高校生への調査を比較すると、この条例を知っている生徒の割合は市立高校生が10%ほど低い。ただし、市外のみの在住経験しかない生徒の中に、2名だが子どもの権利条例を知っている生徒がおり、市外でも認識があることがうかがえる。
    (2)市の事業の認知度(表3)
     子どもの権利条例を推進するため展開している事業で、08年の認知度が一番高いものは、「川崎市子ども会議」【5】で26.0%だが、この項目は02年調査では43.9%であった。(1)で見た、子どもの権利条例自体を「知らない」とする回答(65.9%)と、市の事業を「一つも知らない」とする回答(40.7%)には差がある。
    (3)子どもの権利で大切なこと(表4)
     08年の調査では、「安心して生きる権利」(68.0%)が一番高い。7項目を比較すると、(1)と(2)は大切と考える子どもの割合が上昇し、逆にEとFは低下、(3)〜(5)は変動があるがあまり変わらない。いじめや虐待から、自分を守る権利を大切だと判断する子どもが増え、自分から社会に働きかける権利や、自分には関係ないと思えること、自分が誰かの権利を守るために活動すること、などが大切と思える子どもが減ったのだろうか。なお、市立高校の生徒も同じ傾向だが、(1)・(2)の割合が相対的に低く(6)・(7)が若干高めなのは、高校生として、社会へ向き合う気持ちが、少しずつ出てきているからではないかと思われる。
  2. 学校教育推進会議と5校交流会について
     子どもの権利条例に先立ち、2000年1月には学校教育法施行規則の一部改正により、学校評議員制度が導入された。子どもの権利条例には、先述したように市民と当事者としての子どもの参加を推進してきた歴史があり、条例33条には、子どもや保護者・地域住民に学校等の施設を開き、定期的に話し合うことが規定されている。この趣旨を生かす形で、川崎市立の学校では、学校評議員的な機能にいわゆる「学校協議会」的な機能を加えた、「学校教育推進会議」を立ち上げ【6】、子ども(生徒)も委員として参加している【7】。
     市立高校における学校教育推進会議は、全日制・定時制別に推進会議を設置する場合と、一体化している場合がある。また、会議の開催は年3回の学校もあるが、年2回(7月と2月が中心)が一般的。高校では生徒代表として生徒会役員2名が(中学校では役員全員の場合も)参加。議題は、学校の教育目標や学校行事・生徒会活動・部活動・学校評価アンケートの検討・施設設備について・学校と地域とのかかわりについてなどで【8】、生徒会役員の感想は以下のようであった【9】。
    (1)高校生の発言を、他の参加者はどう受け止めたと感じたか
    ・提案した内容を前向きに捉えてくれた・ちゃんと向き合って聞いてくれたので話しやすかった・自分の提案した内容が受け止められ、実現できうれしく思った・・など、出席した生徒は、大人が真摯に発言を聞いてくれたと感じている。
    (2)知らない大人のいる会議に参加した印象
    ・学校では体験できない、新鮮で、友達感覚とは違った感じなので、良い意味で話すことも聞くこともできた・貴重な意見が聞けた・・など、ある程度緊張しながらも、年代を超えた話し合いに、好印象を抱いている。
    (3)学校関係者以外の人(町会以外に商工会などから招聘している学校もある)の印象
    ・地域と連携がとれているが、自転車通学などで迷惑をかけているようなので、協力が必要・先生やPTAの人と違う意見が聞けたので、さらに学校が良くなればいいと思った・学校の様子を知ってもらうためによいと思う・自分たちではわからない学校外からの意見が聞けて良かった・・など、視点の異なる意見を前向きに捉えている。
    (4)推進協議会に出席する生徒代表は今のままでよいか。
    ・生徒会役員の他、2名ぐらい・学年代表を加える・クラス代表を・代議員会の委員長も・・など、より生徒全般の意見が話せる体制を望んでいる。また、全生徒にアンケートを実施して意見を吸い上げたい、などの考えを持つ役員もいた。
     学校教育推進会議に参加している教員からは、生徒だけでなく、大人の側も違った角度からの意見を知り、お互いに参考になっていることが多いと思うとの話が聞けた。ただし、この会議に参加しない生徒や教員・保護者は、現状では会議の内容が十分に広報されていないこともあり、ほとんどが関心を持っていない。さらに、委員会で協議された課題が、継続的に検討され何らかの成果を上げる事例は、少ないように見受けられる。文科省の定める学校評議員制度が、「校長の求めに応じ、学校運営に関し意見を述べることができる」と、制度をあくまでも校長の補助的な機関とする限界が表れている。しかし、せっかくの生徒・学校・地域、それぞれに良い刺激となる会議であり、生徒の意識も高いことを考えると、学校側で何らかの工夫を行いさらに充実させることはできないものだろうか。
     また、市立高校では5校すべての全・定の生徒会代表が集まり、交流を深める「生徒会交流会(市立五校交流会)」の取り組みも行われている。以前、市立高校で行われていた同種の会を、10数年前に復活させたものである。関係者の話では、子どもの権利条例を特に意識したわけではないが、当初は、各校の生徒会役員同士が直接連絡を取り合い、顧問とは別に、運営に取り組んでいたとのことである。全・定合計でも、生徒会数が10しかなく、交流と親睦を深めることが中心で、大きなテーマを設定することも行わない。しかし事前のアンケートや打ち合わせを行い、交流を通して、各校の特色を知ることや生徒会活動を活発にするヒントを得るなど、お互いに良い刺激を与えあう機会となっている。
  3. 川崎市子どもの権利条例を取り巻く状況
     7項目ある子どもの権利(表4)のうち、子どもが2番目に大切だと思う「ありのままの自分でいる権利」(48.5%)について、職員の結果は02年29.8%、05年27.3%、08年40.6%で、両者の意識が近づいてきている。その一方で、職員は「参加する権利」に対して、02年8.5%、05年・08年ともに3.5%と、子どもが自分の意見を述べ、社会の各所で活動に参加することには、関心が低いままである。
     また、行政の実態としては、事業によっては担当所管が定まらず、さらに正規職員の担当していた役割を、一部ではあるが非常勤職員(退職者を充当)に代えるなど、組織を横断した推進体制があっても、権利条例を実際に担う現場の人的体制を弱体化させる傾向がある。この実態については「川崎市子どもの権利条例が策定された当時の『人権・共生のまちづくり』という川崎市の基本方針が、行財政改革の名のもとに、効率化や成果主義が導入されたことにより、施策の推進に携わる市職員の意識に大きな影響をもたらしたのではないか」との指摘がある(内田信之)。
     また、意見表明に関わっては、2003年5月にまとめられた「川崎市立高等学校教育振興計画」【10】では、「『川崎市子どもの権利に関する条例』の趣旨を生かした高等学校づくり」が、計画の基本方針に明記され、計画策定にあたっては、校外や校内での「市立高校生の声を聴く会」や、2校ではあったが「中学生の声を聴く会」が開催された。統廃合の対象校の生徒の中には、市教委担当者も出席した組合主催のシンポジウムで、シンポジストとして思いを率直に語ったり、統廃合反対の署名活動や、市教委への請願で意見陳述を行ったりした生徒もいた。しかし、この間「川崎市子ども会議」では、統廃合の問題について話し合われたことはなく、子ども(生徒)の参加について徹底を欠く対応となった。
     その後の市立高校の「教育改革」では、子どもの権利を狭く捉え、安全や、大人の価値観による「健全育成」に限る傾向がうかがえる。市民や子どもとの協働も、行政や学校の都合や考えが優先され、先に述べた人的体制の弱体化とともに、行政の子どもの権利条例への姿勢の変化が表れている。さらに、川崎市子ども会議へ応募する子どもは減少し、かつ固定化の傾向にある。加えて、こども会議の委員からは「区の子ども会議は大人がやることの指示を出すのに対して、市の子ども会議は、子ども自身が今何をする時間なのかを自分で判断して行動していた。(中略)区の会議では学校の先生に言われて参加している場合もあるので、主体的な目的が感じられない」(前川友太)、という感想も聞かれる。
     また、高校生の意見表明に関わって、生徒会役員の一人から「高校生の考えを広く社会に知ってもらうことは必要だと思う。ただし、『意見を出すこと』を学ぶ時に、適切な教育がされていないのではないか。自分が体験した例として、間違ったことを言った時の先生の指摘が、全否定だったことがある。それを繰り返すうちに、受け入れてもらえない、どうせ否定される、といった考えが無意識のうちに定着するのではないか。根本的なところが見直されなければいけないと思う」との、教員へ向けた指摘もあった。
  4. まとめにかえて
     子どもの権利については、当初より「子どもがわがままになる」などの否定的意見が聞かれ、条例の理念についても研究者間では賛否があった。しかし10年を経過し、社会状況の悪化から、大人ですら「権利」と称して自己選択・自己決定が押し付けられ、自己責任を負わされてしまい、結果として社会的矛盾が隠ぺいされる傾向が強まっている。 
     子どもが尊厳を持つ一人の人間として尊重され、子ども自身が大切にされていると感じ、自分を好きになり、国際的にも低いとされる自己肯定感が高まること。その結果として、誰かのために役立ちたいと考え、社会参加へも前向きになれるように、子どもに働きかける重要性がますます高まっているのではないだろうか。「子どもの権利」を再度見直し、切り離せない関係にある大人の側の権利確保の問題にも、意識を高めて行きたい。

<参考・引用文献、注>
○「教育」2002年6月号(小特集:川崎市子どもの権利条例をめぐって)国土社
○「形成」2011夏22号(特集:川崎市子どもの権利に関する条例10周年)川崎教育文化研究所2011年
小宮山健治(元市民局長)「川崎市子どもの権利条例〜その制定から今日まで〜」
内田信之(元中学校長)「わたしのなかの子どもの権利条例―子どもに寄り添い関わり続けて、今―」
前川友太(川崎市子ども会議 前代表)「わたしと子ども会議」
【1】子どもの権利条例では、子ども(18歳未満のすべての人)の権利を、以下の7項目に定めている。
(1)安心して生きる権利(いのちが大切にされ、いじめられたりしないで、安心して生活できる)(2)ありのままの自分でいる権利(他の人との違いや個性が大切にされ、秘密が守られる)(3)自分を守り、守られる権利(心や体を傷つけられないように逃げ、助けてもらうために相談できる)(4)自分を豊かにし、力づけられる権利(遊んだり学んだり活動したりすることができる)(5)自分で決める権利(自分のことを自分で決めたり、決めるときにおとなに助けてもらえたりする)(6)参加する権利(自分で意見を言ったり、社会で活動したりできる)(7)個別の必要に応じて支援を受ける権利(国の違いや障がいなどで差別されず支えられる)
【2】表3に示した子どもの権利条例に基づく主な施策や事業の一つ。市長の付属機関で、任期3年・定員10名。市の諮問を受け、子どもの権利の保障状況を検証し答申を行う。
【3】<08年調査の概要> (1)子ども(市内在住の満11・12歳、満13〜15歳、満16・17歳のそれぞれ1,500
人ずつ計4,500人回収数計1,847票 (41.0%)) (2)おとな(市内在住の満18歳以上の男女個人1,500人
回収数628票 (41.9%)) (3)職員(市立施設(学校など)の職員982人 回収数512票(52.1%・・回答
者、学校関係74.8% 児童福祉関係25.0%) (4)調査方法:郵送調査
【4】(1)市立高校の生徒(全日制・定時制の1〜3年生)394名(回収100%)に実施・・市内在住者は324名、市外在住・不明(無回答)は計70名。 (2)調査方法:生徒へ直接記入を依頼。
【5】表3に示した子どもの権利条例に基づく主な施策や事業の一つ。公募の子ども(概ね小4〜18歳未満)が市長と懇談し、意見報告と提案をする。市の会議とは別に、各行政区と中学校区にも子ども会議がある。
【6】「川崎市立学校(園)の管理運営に関する規則」・・校種別にあり、高校では第27条に規定されているが、委員の詳細は記されていない。
【7】「『学校教育推進会議』試行のための指針(2001年3月 川崎市教育委員会通知同川教指第一七八七号)の『3委員の構成等』には、委員として校(園)長のほか、(1)幼児・児童・生徒(2)保護者(3)学区域住民(4)教職員(5)その他校長(園長)が必要と認めた者と、子どもを一番先においた委員の指定がなされている。」
(内田塔子「開かれた学校づくりとこども参加」『早稲田教育評論 第16巻第1号』早稲田大学 2002年)
【8】「『学校教育推進会議』試行のための留意事項(2001年3月6日 教育長名で市立学校(園)に通知)には、予算や人事については含まず、(1)学校教育目標、教育計画について(2)学校行事、その他の教育活動全般について(3)学校・地域等の教育環境についての相互理解と連携について(4)その他、学校運営上必要なことについて、と規定している。」(内田塔子 同上 )
【9】学校教育推進会議に出席した8名の生徒・卒業生への聞き取り。類似した内容は、一つにまとめた。
【10】「川崎市立高等学校教育振興計画」は、学校間連携の推進や通学区域の検討などを含んだが、方針の一つに「新しい視点による学校・学科・学系の創造」が謳われていた。この内実は、5校ある定時制を、独立した単位制の3部制定時制高校1校と、夜間定時制高校1校に統廃合する案で、教育委員からも強い批判が出された。計画に基づき設置された「定時制課程検討委員会」では、当初の委員に定時制の保護者と卒業生が加わり、真摯な議論が交わされた結果、定時制高校の役割や現状についての意見がまとまらず、統廃合推進の教育委員会の立場と、慎重さを求める市民・生徒の考えの両論が報告書に併記された。



  (はたやま ゆたか 川崎市立川崎総合科学高校教員

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