特集U
困っているひと
 
赤 木 智 弘

  『困っているひと』 (大野更紗 ポプラ社) という本が話題になっている。
 難民支援などを行っていた著者が、 治療法のない免疫系の難病にかかり、 入院して治療に専念する生活を、 ユーモラスに描きながらも、 社会保障の根源的な問題をえぐり出す名著と評していいだろう。
 私はこの本が発刊する前に、 大野さんと対談する機会を得たが、 まさか目の前の人が難病を患っているとは思えないほどに、 明るくチャーミングな女性であった。 難病であっても苦労を感じさせないユーモラスな文章は、 当人そのものの持って生まれたものなのだろう。 どうしても文章が深刻になりがちな私からみるに、 とても羨ましい部分がある。
 さて、 私がこの本で最も重要であると考えている点は、 この本のタイトルが 『困っているひと』 であるという部分である。
 大野さんは免疫系の難病を患っている。 ならば病気の厳しさや悲惨さを全面に出したタイトルを付けてもいいはずだ。 しかし、 本のタイトルは 『困っているひと』 であって、 決して 「難病のひと」 ではない。
 彼女が本を通して描くメッセージは、 決して 「私は難病だから助けて下さい」 ではない。 「難病」 という、 いくらでも同情を引き出せる、 小さな括りに自らを置いて支援を求めるのではなく、 「困っている」 という、 極めて大きな括りの中に支援の根拠があるべきだと訴えているのである。

 震災が起きた直後、 被災者に対する支援が相次いだ。 自治体は住む場所を提供し、 被災者を雇用するという企業も現れた。 しかし、 なぜ支援の対象が被災者だけなのか。
 家がないというなら、 ホームレスも状況は同じではないか。 また、 安定した仕事が得られない人は、 震災前からたくさんいたはずだ。
 困っている人たちが心の底から欲しがっている 「家や仕事」 が、 震災の被災者にのみ潤沢に用意される状況は、 それ以前からホームレス問題や、 就労支援にあたっている人たちにとっては、 歯がゆいに違いない。
 実際、 知人のホームレス支援NPOの代表に話を聞くと、 自治体に掛け合うにしても、 被災地の問題に結び付けないとロクにお金が出ないのが現状のようだ。 また、 個人からの寄付金も減っているようで、 やはりお金が被災地にばかり流れてしまっている。 その知人の団体は比較的知名度のある団体なのだが、 そこですらその状況なのだから、 もっと小さなNPOの苦労が忍ばれる。
 被災地の人たちが困っていることは確かである。 しかし、 だからといって被災地以外の人が困っていないということにならない。
 3 月11日以前、 この国には 「貧困」 「非正規雇用」 「男女不平等」 「教育機会の不均衡」 「年金格差」 などなど、 すべての国民に関係のある大きな問題が横たわっていた。 しかし震災以降、 行政の支援も人々の関心も、 もっぱら 「被災者」 に移ってしまい、 これまでの問題は忘れ去られているかのようだ。
 当然、 震災の問題があったからといって、 震災以前の問題が消えてなくなるわけではない。 であれば、 人々の関心が震災に移ってしまっている今、 それまでそうした問題で困っていた人は、 震災以後はこれまで以上に困っているはずだ。
 にもかかわらず、 震災の問題ばかりに注目が集まる現状では、 困っている彼ら自身も、 「被災者と比べれば……」 という心情が勝ってしまい、 なかなか困っているという声を素直に上げることができない。 私はそのことを危惧している。

 この文章を読む方の大半は教職員ということになるのだろうが、 教職員は多くの家族と接することになる。 その中には問題を抱えた家族もあるだろう。 しかし、 震災が発生したからといって、 そうした家族の問題が解決したわけではないだろう。 そして彼らは彼らで、 被災者と異なるベクトルで困っている。 そのことを決して蔑ろにするべきではない。
 もちろん、 意識的に蔑ろにしたい人はいないだろう。 しかし、 ここまで人々の関心が被災のことばかりに寄っている現状で、 被災と関係のない人達の問題を被災者と平等に扱うことは、 非常に困難である。 意識的に取り上げないと、 被災者以外の問題は容易に埋もれて、 忘れ去られてしまう。
 大震災以降、 言論界の中にも 「日本は一変してしまった」 「放射能汚染によって日本はもうダメになってしまった」 と、 大げさに騒ぐ人達がいる。
 しかし、 私たちがこれまでに認識してきた社会問題の重さや深さを思えば、 震災の問題が積み重なったとしても、 日本が抱えてきた問題の本質は決して変わっていない。
 震災に乗じてここぞとばかりに浮き足立つのではなく、 私たちがこれまで見聞きしてきた細かな問題を、 これまでのように見つめ続けることが、 これまで以上に必要とされていると、 私は考えている。

 そういうわけで、 教職員の皆様においては、 震災を特別扱いせず、 これまでと変わりなく生徒やその家族の問題などに、 寄り添っていただきたい。 よろしくおねがいします。

  
  
(あかぎ ともひろ フリーライター)
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