寄稿 

教育的有給職業体験プログラム
  「バイターン」 のすすめ

石 井 正 宏

アルバイト×インターン=バイターン
 NPO法人ユースポート横濱が運営する、 横浜パーソナル・サポート・サービス 「生活・しごと∞わかもの相談室」 の事業の一環で、 今年 6 月から毎週一回、 神奈川県立田奈高校内で相談員をしている (校内名 「田奈Pass」)。 この事業を通して、 普通科高校が直面する、 就職希望者への厳しい進路指導の現実を痛感し、 ここに教育と雇用の接続の仕組みとして紹介するバイターン構想への強いモチベーションを得た。
 バイターンとは、 生徒が企業内で教育的なインターンシップと、 職業的経験であるアルバイトを合わせて体験する、 教育的有給職業体験プログラムである。 同時に、 企業側は若い人材を求めているが、 高校生が就職先の対象として目が向きにくいBtoBの中小企業とすることで、 大手BtoC企業に偏向した就活に、 新たなマッチングの仕組みを提供する。 この際、 企業側には、 生徒の人件費の一ヶ月分の半額 (二万円) を寄付及び地方自治体の助成金により補助し、 生徒の受け入れハードルを下げる。
 このように、 社会的課題に地域の中小企業が主体的に関わり、 若者を地域が育て、 職業人として成長した若者が地域を支える仕組みを持つことで、 社会的投資という視点が見えてくる。 バイターンは 「地域型社会課題解決モデル」 だといえる。 以下に、 スペースが許す限り説明したいと思う。

欲しいのは相談員ではなく企業開拓員だ
 悪化する若年層の雇用状況はもはや説明するまでもなく、 すでに学校単位の努力で解決できるレベルを超えている。 何の策も打たれぬまま、 生徒は待ったなしに成長し、 就職活動の時期を迎え、 結果はどうあれ否応なしに卒業していく。 景気回復の兆しが見えないなか、 国の策を待つのではなく、 具体的且つ実行性の高い課題解決モデルを、 教育現場から提案しなければならないのではないか。
 敗者復活が認められにくい、 現在の日本の労働市場では、 高卒時に進路未決定だということが、 その後の正規雇用へのルートを険しいものにするばかりではなく、 若者たちの希望を緩やかに断つことに他ならない。 希望を絶たれた若者たちが、 社会を支える側に立つことは難しく、 逆に保障を受ける側に立つリスクが高まる。 故に学校と社会との接続の失敗は、 日本の社会保障制度の根幹を揺るがすものであると言っても過言ではない。 時代の流れは、 今後更に大きな要請を学校に求めようとしている。 しかし、 その大きな責任を学校だけが背負い込んでいていいのだろうか。
 出口保証ができないまま、 教え子を卒業させる教師の忸怩たる思い。 この思いを満たすものは、 もはや外部活用の相談員ではなく、 企業開拓員であり、 生徒と企業をダイレクトに繋ぐマッチングの仕組みなのだ。

高校生と企業を繋ぐ中間的就労
 バイターンは、 まだ曖昧な中間的就労の概念で考えると具体性を帯びる。 中間的就労とは、 「職業経験を積む機会を逸した方や、 失業中の方が、 低下してしまった自尊心や対人スキルなどを獲得し、 職業理解・適性の把握の機会として、 賃金が発生する企業内研修のこと。 継続して研修先に雇用されることや、 その経験をステップに就職活動を成功させることを目的とする。 無業からアルバイトや、 非正規から正規雇用へ繋ぐ接続支援のこと」 である。
 ここに、 職業経験を積む機会を逸する可能性の高い学生 を対象者に含め、 学校のカリキュラムとする。 簡単にいえば、 アルバイトの授業化がバイターンだ。 バイターンは、 これまでの 「若者が困難を抱えた段階から支援を開始する対処支援」 一辺倒の政策から、 「困難を抱えないための予防支援」 への大きな転換点に立つ道標としていきたいと考えている。

卒業が終わりではなく始まりとなる
 バイターンのポイントは、 研修終了後も非正規で雇用され続け、 研修終了、 或いは卒業までもが 終わり ではなく 始まり になる点にある。 この間、 生徒及び卒業生と事業者のコーディネートは、 学校のキャリア支援センター及び地元NPO法人により継続する。 例えば、 卒業後一年を経てバイターン先に正社員として受け入れられた。 そんな事例が学校に届く日がくるだろう。 これは卒業=切り捨てではない仕組みとして、 就活の正規ルートに乗ることができなかった生徒の希望となるだろう。
 非難も想定される。 「学校が非正規雇用を助長するのか」 「学校がアルバイトを斡旋するのか」 など。 しかし、 これまで企業任せにしておけばよかったことを、 学校が担わなければならない時代になっている。 内閣府の 「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」 の中には、 「(略) 仕事に就くために必要な教育プログラムを提供するなど、 学校に期待される役割は極めて大きいと考えられる」 とある。 これは必然な流れであるが、 そもそも、 教師とはそのような人材ではないはずだ。 私は、 学校がこれらを担いイニシアティブを取りつつ、 地域に外出ししていくべきだと思う。 だから、 アルバイトの授業化が必要なのだ。

職業的教育に求められているのは 「大人慣れ」
  「真面目な生徒が内定を取れない」 という進路担当の嘆きをよく聞く。 同時に 「なんでおまえが」 というヤンチャな生徒が内定を決めてくる。 「真面目さ」 よりも、 面接時の 「人当たりの良さ」 が人事担当者には評価されているのだ。 企業の側に立てば、 基本的な生活態度などは労務管理としては指導がしやすいが、 協調性やコミュニケーションは指導が難しく、 そのような指導が必要な生徒に、 時間や手間を割くことができないというのが本音であろう。
 注目するポイントとして、 普通科で内定を獲得する者の特徴に、 アルバイト経験があげられる。 彼らがアルバイトで異世代との対人スキルを学び、 「人当たりの良さ」 である社会性を獲得したと考えるのは妥当ではないか。 「就職希望者へのアルバイト経験を学校が保証できれば、 普通科高校の進路未決定者数は減らせる」 そんな仮説にバイターンの希望はある。

有給にする3つの意味
  「別に長期のインターンシップでもいいのではないか」。 私も何度もそう考えたが、 以下に有給にするメリットを挙げていく。  
  1. 強いインセンティブ。 課題集中校の生徒は、 「どうせ、 だって、 でも」 と 3 Dの応酬で、 教師の促しをかわす受動的生徒が多い傾向にある。 お金がもらえるならば断る理由は減少するはずだ。
  2. 教育効果の強化。 経済格差が様々な経験を積む機会を奪い、 自己効力感を得られないまま、 「何も出来る気がしない」 大人になる。 バイターンは成功体験の機会を、 地域の企業が高校生に提供するプログラムでもある。 その成功体験をより、 教育効果の高いものとするため、 生徒の承認欲求をしっかり満たすもの、 それが賃金である。 (マズローの欲求段階説。 承認欲求が満たされ、 自己実現へと繋がる)
  3. バイトからバイターンへの促し。 高校生のアルバイト経験は接客に限定されるため、 職業選択の幅を広げられない。 それが故のミスマッチによる早期離職というケースも目立つ。 賃金は、 バイト中の生徒 を職業適性把握の機会としてバイターンに促す際の必須条件である。 また、 課題集中校の生徒は生活困窮世帯が多く、 生徒のバイト代が家計を支えているケースもあり、 有給であることは、 世帯への支援にも繋がる。
受入れ企業の負担軽減とメリットの最大化
 バイターンの成功と継続には、 受入れ企業の負担軽減と、 受入れメリットの最大化が条件である。 先日、 ある金属加工会社の社長がこんなことをぼやいていた。 「求人を出したら100人以上の応募があり、 面接をして 3 人採用したが、 三日でみんな辞めてしまった。 人は欲しいがもう募集をかける気がしない」。 このような理由で、 新規採用をしたくてもしていない中小企業は多い。
 また、 そのような企業には、 後輩を指導したことのない30代の 永遠の新人 がいる。 彼らが自分たちの仕事を高校生に伝えたり、 マニュアルを作成したりすることで、 企業の活性化も期待できる (インターンシップ受入れのメリットは、 職場の活性化が挙げられている)。
 また、 面接だけではわからない適性の把握ができることをメリットと感じる経営者は一定数いると思われる。
 生産性と対価が見合わない 「非戦力期」 から、 生産性が高まる 「戦力期」 への移行期間の企業負担の軽減には、 (1)一週間程度の 「無給期間」。 (2)一ヶ月程度、 生徒の給料の半分を補助し (後述)、 半分を事業者負担とする 「半額補助期間」。 (3)事業者が全額負担する 「有給期間」 というフェーズを作り、 企業の負担軽減を考えている。
 100人と面接するよりも、 或いは大卒者よりも、 バイターンで真っさらな高校とのWin-Winなお見合いに価値を見出す経営者は必ずいると思う。 生徒としても、 そこに就職が出来なくても、 その経験が次のステージのキャリア・パスになることも、 大人たちは理解しておくべきだろう。
 バイターン開始前の、 ビジネスマナー研修だけではなく、 研修開始後の学校では把握されていない生徒の課題を企業内で発見し、 企業内で解決するケースもあれば、 学校に持ち帰り解決することもできる。 これは、 生徒の複眼的な見立てにもなり、 可能性の広がりや、 課題の早期発見にもなる。 これが教育的である大きな意味であり、 進路指導の大きな骨子にもなるだろう。

バイターンは循環型社会的投資モデル
 補助金について触れておきたいと思う。 一ヶ月の賃金の半額補助額は概ね一人 2 万円程度である (週 3 回)。 もしも、 この生徒が就職できず、 生活保護受給者となった場合、 毎月最低でも12万円の社会保障費が必要となり、 これが長期化する危険が高い。 生活保護受給者にならなくても、 納税をしない若年無業者になるだけでも、 先述した通り、 社会保障を揺るがす問題になるといえる。
 バイターンの経験が奏功し、 就職した場合。 高卒サラリーマンの生涯納税額が 2 億 6 千万円と言われている。 地域が若者を職業人に育て、 育った若者が育ててくれた地域を支えていく、 循環型社会的投資という理念を、 バイターンを通じ、 定着させていきたいと考えている。 (本稿執筆中の 9 月13日時点では、 地方自治体の負担や、 中小企業組合等を中心とした寄付等で準備中)。 また、 無給期間の在り方により、 補助金抜きの運営も考えられることも記しておく。

「バイターン」 は、 自由に使えるオープンソース
 バイターンは、 一人のカリスマ教師の個人技で運営されるものであっては意味がない。 一定程度の経験値を有していれば、 誰もが運営できるよう、 学校組織を超えたノウハウの集約と分散を繰り返しながら、 補助金の出所や有無、 コーディネーターの担い手の所属、 地域性に沿った企業開拓、 進学対象者への専門領域の見定め等、 様々なアレンジを施しながら、 その学校の特性に合わせながら独自に進化させていくべき仕組みだと考えている。
 バイターンは、 ソースコードが公開され、 誰もが自由に活用できる、 オープンソースのソフトウェアのように共有財産としていきたい。 今、 田奈高校では、 様々な協力者が力を合わせながら、 そのソースコードを構築しており、 この原稿が皆様に届く頃には、 いくつかの好事例が出ていることを今は願うばかりだ。 是非、 皆様も未来の日本を担う若者のために、 この取り組みの参加を検討してほしいと思う。

  
(いしい まさひろ 株式会社シェアするココロ 代表取締役社長)

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